44.王女ミランダ(リーンハルト)
「レンメール国第二王女ミランダです。お会いできて光栄ですわ。」
連絡が来たのは先週だと言うのに、王女を含めた一団はすぐに到着した。
おそらく書簡を出したすぐ後、こちらの返事を待たずに出発したのだろう。
どうしてそんなに急いでこちらの国に来たのかは、
レーンガル公爵家の二人に聞くことになるのだろう。
だけど身分的に上の王女がいるからには、こちらに先に会わなければいけない。
そう思って、到着した翌日に会うことにした。
銀髪で紫目のミランダ王女は長身で、文句のつけようのない美女だった。
まだ十七歳ということで留学希望だったのだろうが、容姿からは幼さを感じない。
銀髪という点でリリーアンヌと似た感じでもあるが印象は違った。
王女として生まれ、王女として育ってきたのだろうが、少し違う。
何か普通の王女とは違う印象を受けた。
お付きの女官は連れて来ず、侍従を一人連れていた。
侍従は黒髪に茶目で長身だが男性としては少し細いようにも思う。
女性のようにも見える侍従だが、聞くところによると剣技が強いらしい。
こちらに来るまでの間も盗賊を始末していると聞いた。
ただ、人払いをと王女に願われたのだが、この侍従は動こうとしない。
いったいどういうことなんだろうか。
「こちらこそ、お会いできてうれしいです。
王女のほうから会いに来てくれるとは思っていませんでした。」
「ええ。実はお願いがあってきました。
書簡にするわけにはいかなかったので、直接お話ししたくて。」
「お願いですか?」
「はい。私を娶るにしても、王妃か側妃か迷われていますよね。
それを王妃にしてほしいとお願いに来ました。」
「王妃に、ですか?理由を聞かせてもらえますか?」
王女らしく一番でなければ気が済まないとかいう理由なら問題ない。
言われてもそのお願いを聞く理由が無いからだ。
だけど、なんとなくこの王女は違う気がする。
「形だけの王妃にしてほしいのです。
陛下は今の王妃を愛していらっしゃるのですよね?
今回王妃と側妃を娶るのも、議会に言われて仕方なくですわよね?」
「形だけの王妃ですか?」
「ええ。王妃としての仕事はきちんとこなします。
側妃だと、形だけの側妃というわけにはいきませんでしょう?
側妃は子を産むのが仕事ですもの。」
「理由をお聞きしても?」
王女はにっこり笑って、後ろにいる侍従の手を取った。
「私はこの侍従、カインを愛しています。
ですが、伯爵家の三男のカインでは降嫁できないのです。
一緒に逃げることも考えましたが、その時に陛下との話が来て。
陛下と今の王妃の恋愛物語は有名な話です。
他に娶るのが嫌な陛下なら、この願いを聞いてくれるのではないかと思いました。」
…えーっと。侍従が恋人で、その侍従と一緒にいたいと。
だから形だけの王妃にして、侍従を公妾にしたいってことなのかな。
そうか、この王女の目は恋に溺れている者の目だ。
それだけ周りが見えていないんだろう。
俺も王妃との結婚前はこんな感じに見えていたのかな…。
「…そうですね。話は分かりました。
それを受け入れるかどうかはこれから考えます。」
「考えてもらえるだけでもうれしいです。ありがとうございます。」
ただ、この王女は、どこまで考えて言いだしたのだろうか。
何も考えていないとは思いたくないが…。
「王女が留学中には答えを出します。
その間、王女も考えてもらえませんか?」
「私が考えるのですか?」
軽く首をかしげて聞いてくる王女は無垢なようにも見える。
本来は女官たちが説明することなのだが…仕方ない。
「まず、初夜は誤魔化せません。今、王女は純潔ですか?それも確認されます。
初夜で間違いなく契ったということを医術士が確認します。
それをもって婚姻が認められるからです。我が国で白い結婚は認められません。
…一度でも、俺としなくてはならない。その彼は、それを我慢できますか?」
「…。」
「それに王妃として嫁いでくるわけです。不貞は許されません。
王妃が公妾を持てるのは、子どもができない場合で五年。
俺と閨を共にしていない場合でも三年待たなければいけません。
その三年間は、彼をそばに置いておくことは出来ません。
何かあれば彼を処刑しなければいけなくなります。
…そういうことを、わかって願い出ましたか?」
わかって、なかったな。王女の顔色が悪いだけでなく、侍従の顔色も悪い。
何かを我慢するように手を握りしめているが、それはそうだろう。
目の前の男に好きな女を差し出さなければいけない。
そう言われて素直に差し出せる男はいない。
「返事は留学が終わる前に聞きます。
ですが、この国にいる間に逃げ出すようなことは止めてくださいね。
外交問題になりますし、下手したら戦争の原因になります。
くれぐれも、馬鹿な真似だけはしないでください。
俺は王女が嫌なら、妃にすると言う申し出を断りますから。」
「…わかりました。」
「ああ。それと、この国にいる間はずっと監視されていると思ってください。
そちらの彼との行動も筒抜けですので、気を付けてくださいね。」
「…はい。」
大丈夫かな、この王女と侍従。
留学期間はまだ決めていないけど、早めに帰ってもらおうかな。
王妃としての仕事だけしてもらえるならありがたいけど、
これ以上ややこしい問題は起こさないでほしい。
公爵家との話し合いの前に、重い課題を持ち込まれてしまった。