43.留学(リーンハルト)
「こっちに来るって?王女が?」
いつものように議会が始まった直後、レンメール国から使者が来たと知らせを受け、
議会の途中ではあったが宰相が書簡を確認した。
「はい。王妃にしろ、側妃にしろ、
会いもせずに決めるのはお互いのためにならないと、
留学という形でこちらに滞在させてほしいそうです。
その間に妃として相応しいか見定めてほしい、そう書かれています。」
「…その申し出はありがたいが。」
次の王妃は失敗するわけにはいかない。
そう何度も王妃を変えるわけにはいかないのだから。
だからレンメール国からの申し出は、こちらにとってありがたい話であった。
だが、レンメール国は何を考えてそんな申し出をしたのだろう。
「王女の他に公爵家から二人、侯爵家から一人、留学に来たいそうです。」
「待て。レンメール国の公爵家って、どこだ?
ジョセの姉が嫁いだところじゃないだろうな。」
「それが…そのレーンガル公爵家のようです。」
「は?」
もう訳が分からなかった。
ジョセを王妃から側妃にする話はリハエレール公爵家には伝えてある。
公爵家としては最初から側妃にするつもりだったので、すんなり承諾された。
それなのに、ジョセの姉の嫁ぎ先が出て来るとは考えもしなかった。
「ジョセについて不満があって送り込んでくるのか?」
「いえ、そういうわけではないようです。
レンメール国でいくつか問題が起きているので、
それについて相談したいとありますね。
公爵家の二人は、その話し合いをするために来るようです。
他国に知られないために留学という形なのでしょう。」
レンメール国で問題が?しかも、王女ではなく公爵家が話をしに来る?
疑問ではあったが、王女がこちらに来てくれるのがありがたいことに変わりは無い。
公爵家からの相談も聞いてから判断すればすむことだ。
「わかった。許可を出そう。学園のほうには宰相から連絡を頼む。」
「承知いたしました。」
「では、次の議題ですが、妃候補として3人決まりましたので報告します。
ジェンガル公爵家のリランダ様、ニジェール公爵家のジェニファー様、
ハンネル公爵家のアンジェラ様、以上です。
まずは一人ずつお茶会に呼びましょうか?」
「ちょっと待ってください。」
宰相が俺に向けて説明をしていると、議員の一人が手をあげた。
「どうしましたか?」
「侯爵家からも候補に入れてほしいと要望したはずですが、
それについてはどうなっていますか?」
ああ、そういえば宰相には言ったが、議会では説明していなかった。
「それについては、俺が却下した。」
「どうしてでしょうか?」
「妃候補についてレオルドに相談した。」
「レオルド様が王宮に戻られたのですか!?」
「いや、そうではない。
だがレオルドに相談する機会があったから聞いてみた。
レオルドの考えでは、侯爵家では王女二人に対抗するのは難しいだろうと。
公爵家だけにしておけと言われたよ。」
「それは…そうですが。
ですが、侯爵家でも王家の色を持つ二人だけでも。
グランドール侯爵家のエリーゼ様と、
リリーアンヌ様の妹のアンジェリーナ様だけでも。」
やっぱり、それか。
確かに王家の色を持つかどうかも選定の基準になるんだろうが。
「レオルドが、リリーアンヌの妹は頭が空っぽだからやめておけと言っていたぞ。
もう一人のエリーゼというものは、レオルドが公爵になる宣言をした時に、
レオルドに陛下になって自分を側妃にしろと言ったものだな。
大勢の貴族の前でそんな不敬な発言をする令嬢はいらないぞ。」
アンジェリーナだけでなくエリーゼのほうも調べてある。
どちらも王家の色を持つことだけが誇りの、空っぽな令嬢だった。
王妃はもちろん、側妃にしても問題を起こすことが予想された。
そんなものたちを選ぶわけがない。
「そんな…リリーアンヌ様に比べたら、
どの令嬢でも空っぽに見えるでしょうけど。」
「やっぱりリリーアンヌ様に戻って来てもらった方が…。」
今、聞き捨てならないことを言ったやつがいるな。
まだ懲りてないのか。だから議会に出るのは嫌なんだ。
「今、リリーアンヌを戻せと言ったやつは誰だ。立て。」
睨みつけながら言うと、誰も立ちあがらなかった。
これ以上、リリーアンヌを引きずられて良いことなど一つも無い。
「先日、軍の私物化が発覚し、新しい将軍に代えて新体制にしたのだが…、
それを実行したのはレオルドだ。
将軍を捕まえて、侯爵家を一つ潰したのもな。」
議会がざわつく。将軍の軍の私物化は今に始まったことではなかった。
将軍の権力の強さに議会も黙っていたにすぎない。
その証拠をそろえて将軍を捕まえたのがレオルドだった。
「将軍と侯爵家当主は処刑。侯爵領は王家に返上。
妻と娘は修道院に。皆も知っているな?
将軍はそれだけの罪を重ねていた…
その罪を暴いて軍を正常化したのがレオルドだが、
それにかかった時間はほんの数時間だ。」
「は?」
「わからないか?レオルドが本気を出したら、
その辺の貴族の家を一つ二つ潰すことなんてたやすい。
何一つやましいことなんて無い、と言うなら構わないがな。
これ以上リリーアンヌの名前を出して、
レオルドに目をつけられ潰されても知らないぞ。
俺としては権力だけあって害しかないような貴族の家は、いくら潰れても構わないけどな。」
にやりと笑って議員たちを見渡すと、誰も目を合わせようとしない。
それはそうだろう。貴族なんてどこも同じようなものだ。
必ずやましいことの一つや二つある。目をつけられたら困るだろう。
「ついでに言うと、将軍と侯爵家は俺とレオルドに孫娘を嫁がせようとしていた。
俺の側妃にと望んでいるだけならいいんだが、
レオルドのほうはリリーアンヌと離縁させようとしていた。
そして、リリーアンヌをロードンナ国に嫁がせようとしていたそうだ。
それによって戦争か内乱がおきることも想定してな。
さて…どれがレオルドの気に障ったのだろうな。」
そこまで言うと、もう誰も発言しようとしなかった。
一歩間違えれば本当にロードンナ国と戦争になっていた。
それを止めてくれたのがレオルドならば、多少のことは目をつむる。
ここに出席している議員の家が半分くらいになっても、何も言う気はない。
宰相に今日の議会はここまでにしようと告げると、議会は閉じられた。
青い顔をした議員たちがふらふらと部屋から出ていく。
もう次の議会では馬鹿なことを言い出したりはしないだろう。