42.逃げた(リーンハルト)
ジョセと婚約してから半年、ほとんど話すこともなく結婚する。
そんな状態で仲良くできるだろうか不安になった。
せめて結婚式の後、落ち着くまでは仕事を減らせないかレオルドに相談すると、
レオルドとリリーアンヌが代理になってくれるという。
これで少しは落ち着いてジョセに向き合うことができると思った。
レオルドからは国王の仕事の報告が、リリーアンヌからは王妃の仕事の報告が、
毎日のように後宮へ届けられていた。
俺は国王の報告に目を通したが、王妃の報告は机に積みあがったままだった。
少しずつ王妃の仕事を教えていくつもりだった。
女王は国王と王妃の仕事両方を一人でこなしていた。
そのため、その仕事を継いだ俺も両方の仕事をこなしていた。
その仕事量の多さに処理しきれず、レオルドの補佐付きではあったが。
当然、王妃の仕事の内容も知っているから、後宮にいる間に少しでも教えたかった。
ジョセは難しい話をするとすぐ何かに逃げた。
今日は頭が痛い、お腹がすいた、散歩に行きたい、様々な理由で逃げられた。
最初に休みを与えてしまったのがいけなかったのかもしれない。
リリーアンヌが代わってくれるなら、自分がやらなくてもいいだろうと思っているようだった。
そのうち身ごもっていることがわかると、子どもを産む方が大事だと、
もう王妃の仕事には関わろうとしなかった。
何度もレオルドから手紙が来るようになると俺も焦りだした。
このままレオルドに任せっぱなしにするわけにはいかない。
だけど、国としたらレオルドが国王になった方が平和かもしれない、
なんて思ってしまったのも事実だ。
それでも国王は自分だと反省し、俺だけでも後宮を出ようとした。
でもその度にジョセに大泣きされ、それなら子どもを産まないと言われると、
後宮の中でただジョセを慰めることしかできなくなっていった。
あの日、馬鹿兄貴と初めて怒鳴られた。
今までレオルドはけっして声を荒らげるようなことはなかったし、
俺に対して何か命令するようなことは絶対に無かった。
よっぽど怒らせたのだろうとは思っていた。
後宮から出て文官から何があったのかを聞いて、血の気が引いた。
リリーアンヌがレオルドを捨てて王宮を出た。おそらく俺たちが原因だ。
なんてことをしてしまったのだろう。
レオルドの幸せを守れと言った母の顔が浮かんだ。
レオルドがリリーアンヌと幸せになったことで、あんなにも安心して逝った母。
俺は…いったい何をしているんだ。
まだ嫌がるジョセを置いて、すぐさま国王の仕事に戻った。
久しぶりの仕事はきつかったが、レオルドが報告を続けていてくれたおかげで、
今行っている事業で知らないことは無かった。
レオルドに比べたら遅いだろう。それはもうあきらめてもらうしかない。
きっとレオルドは王宮には帰ってこないだろう。
リリーアンヌだけがレオルドの存在意義だ。王政なんてどうでもいい。
もちろん、リリーアンヌもここには戻ってこないはずだ。
リリーアンヌはレオルドがいるから王宮にいてくれたようなものだ。
権力にも地位にも興味がない二人が、ずっとここにいてくれるわけなんてない。
二年間も縛り付けてしまったことが、今更ながら後悔しかなかった。
国王に戻って一月、ようやく何とかなってきたが、問題は王妃の仕事だった。
王妃がいるのに、俺がその仕事をするわけにはいかない。
俺が国王の仕事をするだけで精いっぱいだというのもあるけれど。
議会で王妃の仕事はどうするんだと責められ始めた。
今年度はリリーアンヌが決めてくれた予算でなんとかなる。
だけど、そろそろ来年度の予算を決めなければいけない時期が来ていた。
リリーアンヌを戻してほしいという声には即座に反対した。
何を考えているんだ。
これ以上、関係の無いリリーアンヌに何をさせる気なんだと。
リリーアンヌを王妃にしてほしいという声には、呆れるしかなかった。
殺されたいのか?と言うと意味が分からないという顔をされた。
リリーアンヌに迂闊に手を出せばレオルドに潰されるぞと言うと、
ようやく何を言われているのかわかったようだ。
リリーアンヌと離縁しろなんて言ったらレオルドは容赦しないだろうし、
下手したら他国に二人で行って戻ってこないかもしれない。
俺はリリーアンヌのことで怒ったレオルドを止める気はない。
何かあっても無かったことにするだろう。
議会でそう言うと、さすがにリリーアンヌを王妃にという声は聞かなくなった。
だが、王妃問題はそれで終わるはずがない。ジョセが仕事をしない限り。
毎日のように責められ、ついに降参した。これはもう俺が悪い。
王妃と側妃を同時に娶ることになった。候補は議会が選定するらしい。
せめて候補の中から選ばせてほしいと言うと、それは許可された。
誰でもいいとは言いたくない。最後まで妃は大事にしたい。
子を産むためだけに婚姻するような思いは、したくないしさせたくない。
ジョセはもうダメだろう。
ずっと泣いて女官たちを困らせているようだ。
王妃と側妃が後宮内で暮らすようになったら、ジョセは他の二人とうまくやっていけないだろう。
側妃としての立場を理解できるとも思えない。
今お腹にいる子を産んだら、離宮で静かに暮らさせたほうがいいのかもしれない。
その時は子どもとは一緒に暮らせないだろうけど。
王族教育が始まれば、どっちにしても離されることになっている。
王妃にしろ、側妃にしろ、それは最初から決まっていたことだ。
国王としてじゃなく、一人の男としていられた。二年間も。
それを一生の思い出にできると思えば悪くないと思う。
レオルドとリリーアンヌを犠牲にして手に入れた幸せだ。
もうこれ以上は望まない。
一人の男としてじゃなく、国王として生きなければいけない。
俺はここから逃げることはできないのだから。




