41.弟とリリーアンヌ(リーンハルト)
レオルドの好きな子は、俺が十四歳、レオルドが十三歳の時にわかった。
学園に入ってきたレオルドの隣に、いつも同じ令嬢がいたからだ。
見たことのない優しい顔をするレオルドにほっとした気持ちもあったが、
そうやって王族から、俺から離れていくレオルドにひどく複雑な感情を持った。
レオルドは王家の血が入っていない。だけど、俺の弟だ。
半分は同じ血なのに、どうしてこうも違うのだろう。
紹介してくれたリリーアンヌは公爵家の色を持つ綺麗な令嬢だった。
銀色の光をまとうような美しさに、清楚なのに色気も感じさせる。
まだ十三歳だが、どこか大人のような雰囲気を持つリリーアンヌは、
同じように大人びたレオルドの横にいると、一つの光となって存在するように見えた。
レオルドは王配と公妾からの子で王家ではないとわかっていても、
政略結婚の話は自国だけでなく他国からも来ていた。
優れた容姿や魔術師としてだけでなく、王政に関わる手腕も含め、
どうしてレオルドが女王の子でなかったのかと悔やまれるほどだった。
母はその政略結婚の話をことごとくはねのけ、レオルドは成人してすぐ公爵にする、
王族として政略結婚させる気は全くないと議会にも宣言した。
当初はそれに反対していた議会も、レオルドとリリーアンヌが一緒にいるところを見れば、
シュベルト侯爵夫妻を思い出したようで反対しなくなった。
いろんなことが重なったのだろう。母はどんどん衰弱していった。
レオルドを十五歳で結婚させるまでは議会に邪魔をさせないと、その気力だけで持ちこたえていた。
そんな時だった。俺はある令嬢に一瞬で心を奪われた。
レオルドと同じ黒髪の令嬢に懐かしさを感じた。
ずっと探していた人に出会えた、かけたものを取り戻したような気がした。
嬉しい気持ちのまま王宮に帰ると、深刻な顔をしたレオルドと隣国の王太子に会った。
その令嬢に会うのはやめておけと注意され、頭に血が上った。
お前は好きな子と結婚するからいいだろう、俺には自由なんて無い、
これからひたすら種馬のような人生が待ってるんだ。
一度くらい好きな子の隣にいる楽しさを知ってもいいだろう。
お前はこれから王宮を出てどこにだって行ける。だけど俺はどこにも行けない。
死ぬまで王宮に囚われ続けるんだ。
そこまで言って、何を言ってんだと気が付いたが、言った言葉は取り返せない。
レオルドの顔を見るのが怖くて、すぐに私室に戻った。
その後しばらくは黒髪の令嬢をそばに置き、なんてことのない会話が楽しくて、
こんな楽しい日々がいつまでも続けばいいと思った。
それが終わったのは突然だった。
ふっと身体の中から何かぬけて行ったのを感じた。
何だろうと思ったがわからずにいると、昼に茶髪の令嬢が俺に話しかけてきた。
王子である俺に向こうから話しかけるとは礼儀知らずもいいところだ。
側近たちにすぐに止められ、教室から追い出されて行った。
周りのものも皆、その令嬢の行動を不思議そうに見ている。
…どういうことだ。俺には黒髪の令嬢の記憶はあった。
なぜ黒髪の令嬢が茶髪になっているのかはわからないが。
あんなに好ましいと思っていた気持ちは、どこにもなかった。
他の者も同じように黒髪の令嬢を思っていたはずなのに、記憶にないという。
何が違うのかわからないけれど、俺には記憶が残されていた。
忘れてしまっていれば良かった。俺はレオルドになんてことを言ったんだろう。
後悔だけが残ったが、周りが忘れていることを良いことに、俺もすべてを忘れたことにした。
母の願いが叶って、レオルドたちは十五歳になるのと同時に結婚した。
ひがむ気持ちはもう残ってなかったから、素直に祝福することができた。
弟を頼むとリリーアンヌに言うと、笑顔で任せてくださいと言われた。
それを母に伝えると安心したのだろう。
そのまま眠りにつくように意識が無くなり、一月が過ぎた頃亡くなった。
さすがに一人で国王の仕事をこなすのは無理だった。
レオルドを飛び級で卒業させて補佐についてもらった。
一年がすぎて、ようやくなんとか王政に慣れてきたころ、隣国から俺に婚約の話を打診された。
よくある婚約の話なら断るつもりだった。
まだ王政に慣れて来たばかり、婚約も結婚もしている余裕なんて無かった。
だけど、自国から独立したリハエレール国を合併するための婚姻だと、
議会にかけて判断してもらうしかなかった。
その結果、第二王女を側妃として娶ることになった。
それを聞いて側妃かとがっかりした。
側妃ということは王妃も娶らなければいけない。
最初の結婚をする時点で、後から妃が増えるのを覚悟しなきゃいけないのか?
俺も、その嫁いでくる王女も。そんな結婚で幸せになれるんだろうか。
レオルドとリリーアンヌの幸せそうな結婚式の姿が思い出された。
王女は俺と結婚して、あんな顔をしてくれるだろうか。
初めての顔合わせで来た王女は泣きそうな顔だった。
礼儀作法もあまり知らないような感じで、王宮で暮らしていけるんだろうか。
二人きりにされて話してみると、愛妾の子で今までほっとかれていたらしい。
だけどレフィーロ国に戻るための手段として王女が選ばれた。
王妃の子の第一王女はレンメール国の公爵家に嫁いでしまっている。
第一王子が領地を継ぐことになっていて、残りは王女しかいない。
そう説得されて無理やり連れて来られたと、涙をこらえている姿に守ってやりたいと思った。
なんとなく、王にならなければいけなかった俺と重なったのかもしれない。
議会には王妃にすることを反対された。
それは当然だろう。王妃教育どころか、王族教育すらまともにされていない。
子を生むだけの側妃にしろと言われるのもよくわかっている。
だけど、王女を子を生むだけの存在にするのは嫌だった。
そんなことをしたら、俺自身が種馬だと認めてしまう気がしたから。
レオルドは俺の意見に賛成してくれた。
議会を黙らせたのはレオルドだった。
どこまで王族に意思の無い婚姻を強いるつもりだと。
議会の連中がはっとして、うつむいてしまった。
シュベルト侯爵夫妻やぼろぼろになって亡くなった母を思い出したのだろう。
王女ジョセフィーヌを王妃として娶る条件として、
王子を二人以上生むことが出来なければ側妃にするとされた。
五年くらいはこれで猶予ができたのだろう。
王妃として娶ることと、王子を二人以上生めば側妃もいらないことを伝えると、
ジョセは初めて嬉しそうに笑ってくれた。