32.軍部
王宮の執務室から出て軍部に行こうとして、このまま王宮内を歩くのはまずいと気づく。
俺が王宮内にいることが知られると、文官たちが集まってきて面倒なことになりそうだ。
とりあえずシオンに変化して、軍部の中に潜入することにした。
王宮内にある軍部へは入り口で許可証を見せなければ中に入れない。
だけど、俺は何度も中に入っているので、直接中に転移すれば問題ない。
人の少ない場所に転移し、そのまま軍部の施設内を歩き回る。
おかしい…軍人が少ないだけじゃない。
軍そのものが機能していないのか…?
これじゃ王都の治安はどうなっているんだろう。
「だから、護衛に何人か貸してほしいのよ。」
「そんなこと言われても、ダメですよ。」
「どうして?貸してくれないなら、お祖父様に言いつけるわよ?」
「…俺が行きます。それでいいでしょう?」
「嫌よ、あなたは一緒にいてもつまらないんだもの。
あれもダメこれもダメってうるさいし。
他の者を貸して。三人くらい。」
「はぁぁぁ。わかりました…。」
男のほうは見たことがあった。大きな体に似合わず穏やかな性格をしていた気がする。
令嬢のほうは見たことないけど、会話から予想が出来た。
お祖父様に言いつける、ね。
将軍の孫ってことは、レイハバル侯爵家の令嬢だな。
名前まではわからないけど、娘が二人いたはずだ。
許可証が無いと入れない軍部に来て、軍の人間を護衛代わりに使うとはね。
ここまで私物化しているとは思わなかったが、これで証拠が一つできたな。
将軍に会って、話して解決できるならそれでいいと思っていたが、
こうなるとやっぱり力づくで解決するしかなさそうだ。
将軍の執務室をノックせずに開けると、将軍と副将軍の他に令嬢がソファに座っている。
ここにも令嬢か…。
「なんだ、お前は。ここをどこだと思ってる!」
将軍が声を荒らげるのを聞いて、ああと気が付いて変化を解く。
来たのが俺だとわかって将軍の顔が青ざめる。ようやくこの状況がまずいと思ったようだ。
「レオルド様!どうしてこちらに!」
「話があって来たんだが、外部のものがいるようだな。」
「これは孫娘でして…ほら、挨拶するんだ。」
「レオルド様、将軍の孫娘でアンリ・レイハバルと申します。
レオルド様にお会いできるなんて…。」
感激です、という表情で目を潤ませているが、何を考えているんだか。
「ここは軍関係以外は入れないはずだ。どうして令嬢がいるんだ?」
令嬢のほうは全く見ずに将軍に問う。
「いえ、あのですね、仕事を手伝ってもらっているんですよ。」
「ほう?仕事だと?
つい先日も辺境からの派遣要請に応じなかったようだが?
何の仕事があるって言うんだ?」
「え!…いや、あの、今は人手が不足していまして。」
「とりあえず、その令嬢は外に出せ。」
「え~レオルド様とお話ししたいですぅ。ここにいちゃダメですか~?」
「副将軍、つまみ出せ。」
「はっ。」
動かない将軍にあきらめて副将軍に命じると、きびきびとした動作で令嬢を部屋から出してくれた。
どうやら将軍よりもこちらの方が話が分かりそうだ。
「副将軍は辺境からの派遣要請を知っていたか?」
「もちろんです。一刻も早く派遣するべきだと、
毎日将軍へ言いに来ているくらいです。」
「それを将軍が聞かなかった理由はわかるか?」
「わかりません。ただ、将軍がおかしなことを言ってました。
けが人は出ても死者は出ないから、派遣しなくても大丈夫だと。」
「私はそんなことを言った覚えはない!」
副将軍からの報告に慌てだした将軍を見て、もしかしてと思う。
「リンドー公爵ならつかまったぞ。」
「ひっ。」
予想は当たったようだ。将軍はみるみるうちに真っ青になり、崩れ落ちてしまった。
なるほど。軍を派遣しなかった理由はリンドー公爵から頼まれていたってことか。
「おかげでリリーが危ない目にあうところだった。」
「…ですがっ。リリーアンヌ様がロードンナ国の正妃になられたら、
この国との仲も強化できますし、いいことだと…。」
「あぁ?」
何言ってるんだ、将軍。この場で命を捨てたいのか?
「それに、レオルド様にはうちの娘を娶っていただきたく…。」
「お祖父様、私がレオルド様に嫁ぐわ!」
先ほど追い出したはずの令嬢がまた中に戻って来た。
どうやら俺たちの会話を部屋の外から盗み聞きしていたらしい。
「アンリ!お前は陛下の側妃にと!」
「嫌よ。レオルド様のほうがずっと素敵ですもの。
側妃のほうはアンヌがなればいいわ。」
「それはそうなんだが…。」
ちょっと待て。
リリーを追い出して、俺と孫娘と結婚させようとしていただけじゃなく、
兄貴の側妃にもしようとしていたってことか?
「なんで、俺と兄貴がそれを認めると思ってるんだ?」
「いいんですか?私が動かないと軍はこのままですよ?
王都の治安も乱れてきていることでしょう。
娘を娶ると言ってくだされば、明日から元通りになります。
レオルド様には孫娘二人のうち、お好きな方を選んでいただいてかまいません。
残った方を陛下の側妃にしましょう。」
にやにやと名案だとでも言いたげな将軍に、
そばで聞いていた副将軍は怒りで真っ赤になっている。
「将軍!いいかげんにしてください!」
「うるさいわ。お前は明日から来なくていい。もうやめていいぞ。」
「くっ。…俺はもう我慢できない。レオルド様、申し訳ありません。
軍をやめます!」
やっぱり先に王宮に行っておいて良かったなぁと思う。
「副将軍、やめなくていいよ。今、俺が将軍だから。」
「「は?」」
「陛下から、軍を俺に任せるって書状。これ、見える?」
陛下の直筆なうえに印も押してある。正式な書状だ。
これには今日付けで軍の最高責任者として任せる旨が書いてある。
だから、今現在の将軍は俺。副将軍をやめさせるかどうかも、俺が決められる。
「…な、なんで。」
「お前が軍を私物化してるのなんて、わかってるんだよ。
あらためて処分が下るから、屋敷に帰っておとなしくしてるんだな。」
「…お祖父様…それじゃ私はどうなるのですか?」
「少なくとも、侯爵令嬢の地位は失うだろうね。平民として頑張って。」
「そんな…。」
ちょうどいいから、将軍として命令しておこう。
「副将軍、最初の命令だ。
元将軍と孫娘を屋敷に送り届け、逃げ出さないように監視させろ。」
「はい!」
元気を取り戻した副将軍が部屋から出ていく。
すぐに数人の軍人を連れて戻てくると、元将軍と令嬢を無理やり立たせて連れだしていった。
 




