22.異変
最初に異変が起こったのは、レオが王宮から去って二週間が過ぎた頃だった。
レオがいないことで何か起きても対処できるように、
王宮内や主要な領地に信用できる者を置いているらしい。
その者から届いた報告書を見ながら、どんどん渋い顔になっていくレオに甘いお茶をいれて声をかけた。
「何かあったのね?」
「ああ、お茶ありがとう。」
お茶を飲んで小さくため息を吐くと、報告書を見せながら話してくれた。
「ロードンナ国との境にある侯爵領で大きな獣が現れたそうだ。
けが人が出ているほか、栽培している麦が荒らされている。
このままだと収穫できそうにないと軍に派遣要請したらしい。
だが、軍は動かなかった。」
「派遣要請が来ているのに?」
「それなんだが、王宮には領地からの派遣要請が届いていない。
軍を派遣するためには、陛下の許可がないと出せない。
だけど、その要請自体がどこかで消されているようなんだ。
さすがに知らなければ陛下も軍も動きようが無いだろう。」
「陛下が仕事してなくて止まってるんじゃないの?」
「いや、意外にあきらめたのか仕事しているらしい。
まぁ遅いだろうけど、それでも必要なことは出来てるらしいから、
誰かが故意にその要請を止めている可能性があるな…。
これ以上のことを調べさせるのは難しいか…。」
それで渋い顔になっていたんだ。
陛下が仕事をしないだけだったら、
宰相に判断させて一時的に将軍に権利を与えることもできるだろうけど、
その要請自体が届いていなかったら、それも無理だわ。
「その獣の被害が出たのはいつなの?」
「二週間ほど前からだ。俺が王宮を出た直後あたりだな。」
「その間、領地の兵士だけで対応してるっていうの?
さすがに無茶だわ。」
「…どうするか。」
「行きましょう?行って私たちがこっそり解決して来ればいいわ。
王宮内のことは調査しなければいけないけど、その前になんとかしないと、
けが人だけで済まなくなってしまうわ。」
レオが後ろを振り返ってシオンとシーナに声をかける。
「シオンとシーナもそれでいいか?
ここからそう遠くはないけど、ちょっと時間かかりそうな気がする。」
「いいぞ。ちょっと体がなまってきてるしな。」
「いいですよ~どうせマジックハウスも移動するんですし、
今とたいして変わりませんよ。」
確かに、それはそうだ。
こっそり動くなら領地の宿には泊まれない。
その領地の森にでもマジックハウスを置くことになるだろう。
「じゃあ、ちょっとだけ待って。」
「何かあるの?」
「うん、急にいなくなるから、魔女に話をして焼き菓子を置いてくる。
すぐ戻るから準備して待ってて。」
「ああ、わかった。」
(レオルドside)
魔女の家から戻って来たリリーの後ろに真っ白な馬車があった。
光り輝いていて、あきらかに普通の馬車には見えない。
つないである馬も、馬じゃない。何だろう、この生き物…。
「リリー?」
「あのね、魔女が使ってって。
向こうには転移して行けないし、移動手段がいるだろうって。
さすがに馬でずっと移動するのもつらいし、お借りしてきたの。」
「魔女の馬車か…初めて見るな。」
確かに知らない場所へは転移していけない。
何か移動手段は必要ではあるのだが…。魔女の馬車か。
魔女の使う馬車は、普通の人間には見えないしさわれない。
こっそり移動するには一番いいだろうけど…あ、じゃあ、これが使い魔か。
「この使い魔も貸してくれるのか?」
「うん、一緒に行ってくれるって。
ミミカとララ。どっちも女の子なんだって。」
かわいいでしょと言いながら、リリーが使い魔の背中をなでている。
グルゥと鳴いているのは、もしかして甘えているんだろうか。
女の子、ね…灰色の身体は馬よりも大きく、両耳は地面近くまで垂れ下っている。
ふさふさの毛は良いとして、目は見えないし、その足の爪はなんだ?がっつり地面に刺さってるぞ…。
あれ、尻尾は無いのか。なんだか意外だ。
「使い魔ですか~よろしくね。」「毛並みいいな、お前ら。」
シーナとシオンは気にしていないようだ。
俺も気にしちゃダメなんだろうな。ため息一つついて、準備を続ける。
「じゃあ、馬車に乗ろうか。今夜は雨が降りそうな気がする。
早く向こうに着いてマジックハウスが置けそうな森を探そう。」
「はーい。」
「あ、この馬車って御者どうするんだ?」
「いらないって。
馬車の中に地図があるから、その場所を示せば動いてくれるって。」
「わ~便利ですね。」
「…確かにいいな、それ。魔女には何かお礼しなきゃな。」
「行き先は麦の栽培地よね。
小麦粉をいっぱい買ってきて、お菓子をいっぱい焼いて渡すわ。」
馬車の中に入ると思った以上に広かった。
全員横になって眠れるんじゃないかと思うくらい広いが、椅子に座ると上からテーブルが降りてくる。
そのテーブルの上にある地図を見て、これかと思う。
「じゃあ、行き先を示すよ。
レイジャール侯爵家の領地にある森を目指してくれ。」
「「グゥル!」」
…意思は通じたかな。今の返事だよな?
ゆっくりと進み始めたと思ったが、窓の外を見るとものすごい速さで進んでいる。
何か馬車の本体にも魔術がかかっているのだろう。
シーナが入れてくれたお茶を飲んで、くつろぎながら移動することになった。