21.あの日の夜
「わ。ちょっとリリー怒らないで…。
わかったよ、話すけど気分のいい話じゃないから黙ってたかったんだよ。」
「私の話なの?」
「リリーの話でもある。
あの夜、出かけてたって言っただろう?
ジョエルと会ってたんだ。
向こうから非公式の話がしたいと呼び出されて。」
「ジョエルが?来ていたの?
それがどうして私に言えない話?」
レオが大きくため息をついた。そんなに嫌な話なのかな。
思わず姿勢を直して、気持ちを引き締める。
「あの魅了の話、うちの国ではなかったことになってるだろう?
だけど、ロードンナ国ではきちんと公式に記録されているんだ。
ジョエルが報告していたらしい。
うちの国の話ではあるが魅了については他の国への影響も大きい。
王太子のジョエルが報告しないわけにはいかない、それは仕方ない。
ただ、魅了を封じたのがリリーだってことも知られてしまっているんだ。」
「でもその話は四年も前の話よね。どうして今になって関係するの?」
「四年過ぎたからだよ。
ロードンナ国の議会は、ずっとリリーをロードンナ国の王太子妃として狙っていた。
だから、四年も子どもが生まれないことで離縁されるのを期待したんだ。
俺は王弟だろう?妻は一人しか娶れない。
子どもが生まれなければ離縁するだろうと議会がそう判断したらしい。
ロードンナ国では、身分も大事だが、それ以上に魔術師は大事にされる。
侯爵令嬢で魔術師、その上魅了を封じる力まで持っている。
おまけにここ二年は王妃の仕事まで立派にこなしていた。
ジョエルの正妃として迎えてはどうかと、議会が決めたらしい。」
子どもが生まれないから、離縁…。
そうよね、普通なら四年も生まれなかったら、できないと思われても仕方ない。
妻を一人しか娶れない王弟なら離縁させられるわよね。
どうして気が付かなかったんだろう…。
「リリー?リリー!落ち着いて、大丈夫だから。
もし一生子供が出来なくても俺にはリリーだけだから!」
考え込んで自分の世界に入り込んでしまった私を、焦ったレオが必死で戻そうとする。
頬を両手で包みこまれて真剣な目で見つめられる。
ゆっくり息を整えて、レオの言葉をかみしめた。
また間違えるところだった。
誰の言葉よりもレオの言うことを信じているのに、惑わされそうになっていた。
「うん、わかった。もう大丈夫だから、話して?」
「ああ、それでジョエルだってそんなことを本気で思ってるわけじゃない。
だけど王太子としては議会の決定を無視するわけにはいかない。
だから俺にこっそり会いに来たんだ。議会からの手紙を持って。
俺たちに離縁する意思が無いってわかれば、同盟国だしそれ以上のことは考えないだろうからと、
俺に議会への返事を書くように頼まれたんだよ。
でも、こんな話をしたらリリーだって嫌だろう?
俺はすごく嫌だった。
ジョエルにその気がないってわかってたけど、それでも嫌だった。
リリーが誰かの横にたつなんて想像するだけでも嫌なんだ。
リリーがそれを想像するだろうと思って話をするのも嫌だった。
こんな我がままで内緒にして動いたせいで、こんなことになったんだ。
本当にごめん。」
「そっか、だからどこに行くか言わずに出かけたのね。」
自分に置き換えて考えてみたら納得してしまった。
もし、レオが他国の女王の王配に求められていたら、どう思うのか。
ジョエルが王子じゃなくて王女だったら…。
友人だからそんな気持ちじゃないとわかっていても、嫌な気持ちになる。
それでもジョエルは女王になるものとして議会は無視できない。
議会が国を通して打診してしまう前に非公式で連絡してくる。
だけど、その話をレオに聞かせたくない…思っちゃうよね。
「ごめんね…俺がリリーを信じ切れていなかったのかもしれない。
もしかしたら、迷うんじゃないかって。」
項垂れてしまったレオにそっと手をのばす。
頭をなでると少し硬い髪がくすぐったい。
撫でられるままになってるレオはめずらしい。
それだけ今回のことを反省しているのだろう。
「もういいの。その気持ちわかるから。
だけど、次からはちゃんと相談して?
私がレオから離れることは無いって約束するから。」
私の言葉に反応したレオが顔をあげて、少し驚いた顔をする。
こんなにすぐ許すと思っていなかったのかな。
「リリー。魔女になってしまえば同じ時を生きるのが難しくなる。
俺は、リリーを魔女にしたくない。
…お願いだから、もう離れないで。
俺を置いていかないでくれ。」
「うん、わかった。」
「…もういい?お菓子無くなったから何か作って?」
はっとして周りを見る。
シオンとシーナは聞かないふりをしているが、魔女にそんな気遣いはないらしい。
向かいのソファで一部始終を見ながらお菓子を食べていたのだろう。
とたんに恥ずかしくなって、お菓子作りに逃げた。
「えっと、パンケーキでいいかしら?果物がいっぱいあるの。」
「いいわ~カスタードクリームものっけてね。」
「それで、魔女の魂はまだ眠ったままなんだな?」
「今のところはね。
今回はギリギリだったわね。
あの子が、そこまで求めるとは思ってなかったけど、
そう考えると傷が癒えかけているのかもしれないわ。
あきらめなくなるのは喜ばしいことだけど、
期待すればその分失望する気持ちも大きいわ。
今後はもっと気を付けた方が良いわね。
三人とも、まだ話す気はないんでしょ?」
「できればリリーが思い出すまでは、そっとしておきたいんだ。
無理に思い出して泣かせたくない。」
「あなたたちもそれでいいの?
ずっと思い出してもらえないままで。」
「私は姫さまのそばにいられれば、それでいいんです。」
「思い出さなくても、姫さんは姫さんだ。何も変わらないよ。」
「そう、ならいいわ。」