18.回想 作戦
「リリー? …まだダメか。」
遠くからレオの声が聞こえる。
なんだろう。身体がとても重い。
そのままじっとして、きちんと目が覚めるまで待つ。
意識が覚醒して目を開けると、心配そうに私をのぞき込んでいるレオがいた。
「起きた?大丈夫?」
「…レオ?起きたけど、身体が重いの。」
私が起き上がれないことに気が付いたレオが身体を起こしてくれる。
後ろにいたらしいシーナがたくさんのクッションを用意してくれ、腰や背中の隙間に置いてくれた。
「身体が重いのは二日間も眠り続けていたからだよ。
お腹がすいてるでしょ?食事を用意するよ。」
そうだった。二日は目が覚めないって言われてた。
魔女の弟子になるために名前を教えるって言ってた。
魔女の魂?になったのよね?
「あのね、魔女の弟子になったの。
といっても、仮のものらしいから修行しない限り魔女にはならないみたい。
でも魅了を封じるためには魔女の目を持たないとダメなんだって。
起きたら封じ方を教えるって言ってた。」
レオに言うと、シーナからも説明を受けていたらしい。
それでも二日間、まったく身動きもせずに眠り続けていたので怖かったと。
ずっとそばに付き添ってくれていたらしい。
「レオはご飯食べたの?」
「うん、リリーに食べさせたら、俺も食べるよ。大丈夫。」
やっぱり食べてないんだ…。
目の前にあるご飯、こんなに食べられないしな。
「じゃあ、交互に食べて。一緒に食べてくれるなら、おとなしく食べる。」
当たり前のようにレオにご飯を食べさせられそうになって、慌てて言う。
交換条件。それなら恥ずかしいけど我慢する。
「わかった。リリーが一口食べるごとに俺も一口食べるよ。
はい、口開けてね。」
どうしてそんなに食べさせるのが嬉しいんだろう。
レオが病気になったりしたら、私もその気持ちがわかるようになるのかしら。
あきらめて口を大きく開ける。小さくしたサンドイッチが差し込まれる。
卵とハムのサンドイッチだ。おいしい。誰が作ってくれたんだろう?
「ねぇ、これって誰が作ってくれたの?」
「あーこれはね、ジョエルが作った…。」
「え?」
「驚くだろう?リリーが作ってるのを見て興味を持ったらしい。
リリーが寝ている間のご飯、あいつが作ってくれてたんだ。
俺としては、俺がリリーのご飯作りたかったんだけど美味しくできなくて。
仕方ないからジョエルに任せたんだ。」
本当に悔しかったんだろう。
ちょっとイラついた顔を見せるから笑ってしまう。
「レオは作れなくていいの。だって、私が作る楽しみ無くなっちゃうわ。」
「そっか。じゃあ、元気になったらまたご飯作ってね。
やっぱりリリーの作ったご飯が一番好きなんだ。」
「うん。楽しみにしてて。」
食べ終えたら少し動ける気がした。
動けるようになったら、まずは湯あみをして、
午後のお茶の時間になる前にお菓子を作らなきゃ。
きっと今日が最後の修行になるんだろう。
「魅了の力を吸収する?」
「そう。魅了の力っていうのは、魔力が溢れ出たものが変質した状態なの。
だから、魔力量を減らせば溢れないし変質することもない。
一度最低限に減らしてしまえば、生きている間に自力で回復することは難しいわ。
それこそ、魔女にでもならない限りね。」
今日が最後の修業になるだろうと思って、気合を入れてお菓子を作ってきた。
シフォンケーキを二種類と南瓜とチョコのムース、
明日以降はしばらく来れないかもしれないから焼き菓子も作ってきていた。
それを喜んで食べてくれてるのはいいけど、
減りが早くて、これじゃ量が足りないかもと思ってしまった。
「魔女の力を身体に入れた時みたいに、受け入れればいいんですか?」
「そう。でも、魔力を残さないと死んでしまうから気を付けて。」
「気を付けると言ってもどうするんですか?」
「青の色の魔力は吸ってもいいの。それが魅了の力。
白の色の魔力はダメ。それは魂の魔力だから必要なのよ。
リリーは魔女の目を持ったし、魔力を受け入れる練習してたでしょ?
魔力にふれる時に色に気を付ければいいの。
…そうね。あなたのいつも連れている子、恋人じゃない方。
あの子を使うといいわ。
令嬢に会う時に一緒に連れて行って。そしたら魅了を使うでしょう。
だけど、あれは魅了にかからない。」
「シオンのこと?魅了にかからない?」
「そう。だから囮に使っても平気よ。
あなたの恋人を囮にするわけにはいかないしね。」
確かにレオやジョエルを囮に使うわけにはいかないだろう。
レオはともかく、ジョエルは他国の王太子だ。
失敗してしまったら取り返しがつかない。
でも、シオンは魅了が効かない?
「さ、最後の練習をしましょう?」
いつの間にかケーキとムースを食べ終わったらしく、立ち上がっていた。
これが最後の練習。本番で失敗するわけにはいかない。
練習が終わってマジックハウスに戻ると、みんなが待っていてくれた。
「お疲れさま。修行は終わった?」
「うん、これで大丈夫だって言ってもらった。
少し不安は残るけど作戦も教えてもらった。」
「作戦?」
思わずシオンを見てしまう。
囮になる作戦、嫌がらないだろうか。
「…うん、あのね、魅了を使っている時に魔力を吸うんですって。
そのため魅了を使わせないといけないから、シオンを囮にしたらいいって。」
「シオンを?」
「魔女が言うには、シオンには魅了が効かないからって。」
「あーそうだよ!そういえばそうだ!
最初にあの令嬢がレオを探しに来た時、シオンも一緒にいたのに平気だった。
抵抗できる僕だって、かなりきつかったのに。」
「そういえば、そうね。あの時一緒にいたけど平気そうだったわ。
本当にシオンには魅了が効かないのね。」
「それで、その作戦でいいのか?シオン。」
「よくわからないけど、姫さんがあの令嬢に会う時に俺も一緒に行けばいいんだろう?
最初からそのつもりだったよ。
あの令嬢だけじゃなく周りには男どもが何人もいるだろう。
姫さんが安全だとは思えないからな。」
「…確かにそうだな。ちっ。俺は行けないのか…。
なぁ、ジョエル。俺はまだ無理そうか?」
「抵抗でき始めているけど、まだ無理かな。
少し離れたところから見守るくらいなら大丈夫だと思う。」
「わかった。じゃあ、途中までは俺も行く。
リリーのことを頼んだ、シオン、シーナ。」
「わかりました~。」「ああ、任せとけ。」
学園には五人で行くことにして、あの令嬢には三人で会いに行く。
レオとジョエルは、それが見える場所で待機してもらうことにした。
明日ですべてが解決できればいいのだけど。