16.回想 被害
「やられたよ…。予想外だった。」
その日の夜にレオとジョエルから連絡が入った。
緊急だというのですぐに会うことにしたが、寮の部屋に呼ぶのは難しい。
仕方なく外泊届を出して魔女の森に戻った。
ジョエルは初めて見たマジックハウスに驚いてはいたが、すぐに気持ちを切り替えた。
それどころではないらしい。
「何があったの?」
「第一王子が、魅了にかかった。」
「ええ!?大問題じゃないの!」
「そのせいで、王宮も安全な所では無くなってしまった。
第一王子が許可を出したら、王族エリア内にも入ってこれてしまう。
おそらく明日以降、王宮内をうろつくつもりだろう。」
「どうして第一王子に?レオを狙ってたわけじゃないの?」
「いや、レオ狙いだと思うよ。伯爵家では王妃になれない。
おそらく王弟妃狙いだろう。それなら伯爵家でも問題ない。
レオを教室まで探しに来て僕たちに声をかけたのと同じで、
第一王子のところにも聞きに行ったのだろう。
午後から来ると思っていたレオがいないし、僕たちも全員いなくなったから。
おかげで第一王子の他、側近候補たちまで軒並みやられている。」
「そんな…。
魔女が言うには私が十日間修行すれば何とかなるだろうと。
その間は…マジックハウスに隠れているしかないよね。
それでいい?レオ?…どうかした?」
ここに着いた時からレオの様子が少しおかしかった。
会話に参加せずに、何か考えているようだ。
その令嬢に会ったわけじゃないと思うけど、どうしたのだろう。
「あぁ、大丈夫だ。
ちょっと兄貴と話してみたんだが、
いろいろ魅了の影響なのか変わってて。
一応は血のつながった兄貴だからな…考えてしまったんだ。
十日間はここにいさせてもらえるか?
その間みんなはどうするんだ?」
「誰か学園の様子を見てきたほうがいいですよね?
姫さまは修行だし、男性はダメでしょうから、
私が通いましょうか?」
話を聞いていたシーナが手をあげた。
「そうだな、レオとシオンはダメ。
僕も魅了に抵抗できるとは言え、かなりキツイ。
学園の様子を見るのはシーナに任せて、
僕もここにいさせてもらっていいかな?」
「なぁ、ジョエル。その抵抗するのって、俺でもできるか?」
「それなりに大変だけど、できなくはないと思うよ?
ただ十日では無理だろうな…。」
「やり方だけ教えてもらっていいか?
今回は無事だったけど、またそんな令嬢が現れるかもしれないし。
ここにいるだけじゃ暇だろう?」
「わかった。じゃあ、シオンもやろうか。」
「あーめんどくさいけど、しかたないか。わかった。俺もやる。」
話は決まったようだ。
シーナは学園に偵察に行ってもらう。
男性三人は魅了に抵抗する修行を。
私はご飯とお菓子を作って、午後は魔女に修行を見てもらう。
十日間の勝負。
もうすでに王宮にまで被害が出ている以上、負けるわけにはいかない。
「大丈夫?」
勝負の十日間が始まって三日目。
私だけがぐったりしていた。どうしてこうなったんだろう。
レオが心配してそばに来るけど、何もできない。
ソファに座って、そこからもう少しも動けなくなっていた。
「うん、多分、平気。
でも、あともうちょっと休ませて?」
魔女の力を受け止める、修行はそれだけだった。
魅了の力を封じるにはまず自分が魔女並みに強くなるしかない、そう言われた。
とにかく魔女の魔力を自分の身体で受け止める修行だった。
「器は十分なのよ。私より大きいくらいだわ。
だけど、魔力を作り出す強さがないのね。
器の半分も魔力が入ってなかったわ。」
「魔力を作り出す強さ?」
「そう。欲望、渇望、何かを求める強さ。
魔女はたいてい何かを失い、その代わりを強く求めることで生まれる。
あなたは何かを求めることをあきらめているのね。
だけど、今はそんなこと言ってられないから、とにかく力を受け止めて!」
魔力が身体の中で暴れる。その力を自分の中で制御しようとして、
代わりに体力を根こそぎ持って行かれる。
あぁもう。どうしたらいいんだろう。
「リリー、ご飯、食べよう?スープだけでも。」
レオがスープをスプーンですくって差し出してくれる。
ぐったりしすぎて、嫌がることもできない。
仕方なく口を大きめに開ける。
こぼさないように、ゆっくりとスプーンを差し込んでスープを口に入れてくれた。
もぐもぐもぐ。疲れすぎて味もよくわからない。
「か、かわいい…。」
レオが何か言ってるけど、絶対に聞かない。
こっちはもうそれどころじゃない…。
「じゃあ、姫さまが食べてるうちに報告しますよ~。
たぶん、食べ終わったらすぐ寝ちゃうと思うので~。
学園ですけど、もうメチャクチャです。
ほとんどの高位貴族の令息が魅了の力に負けました。
その婚約者の令嬢たちが結束して、
あの令嬢の排除に乗り出そうとしています。
今日は大丈夫でしたけど、明日あたり、
令嬢側から婚約破棄を申し出ることもあり得ますね。」
「そうなるだろうな。我が国と同じ流れだ。
ただ、この国は国王じゃなく女王だ。
王子が魅了されても殺し合いにならないあたり、まだ良かったというか。」
「その女王に話がいかなければいいけどな。ただでさえ体調があれなのに。」
「そうだな…。今、国王が交代になったらまずいな。
第一王子は議会が止めても無視して、伯爵令嬢を正妃にするかもしれない。
あと一週間、何とかなると良いんだが。」
残り一週間。
たった三日でこの混乱状態になったことを考えると、
令嬢の魅了を封じたとしても、しばらくは混乱が続きそうだと思った。