15.回想 魅了
「魅了ってなに?」
「魔力の多い令嬢がまれに力を持つらしいが、原因はわかっていない。
わが国では見つけたら、すぐに幽閉される。」
「幽閉!?」
「あぁ、そのくらい被害が大きいんだ。
魅了が使える令嬢に異性が近づくと、一瞬で心が奪われてしまう。
恋人がいても結婚していても関係ないんだ。すぐに傀儡状態に陥る。
王族や高位貴族の男性が傀儡状態になると、国はその令嬢の思うがままだ。
一度我が国は一人の令嬢によって壊滅寸前の状態になったことがある。」
「王族が傀儡状態に?」
「そうだ。国王と王子たちが令嬢をめぐって争い、殺し合いになった。
その周りにいる宰相や大臣たちもすべて心を奪われていた。
国はもうめちゃくちゃだよ。
あの令嬢が故意なのかそうじゃないのかはわからない。
だけど、レオを狙っているのは間違いないだろう。
わざわざレオを探しに他学年の教室まで来て、婚約者のリリーにあの態度だ。
レオを自分のものにする気でいるんだろう。」
「そんな…どうしたらいいの?」
「とりあえず、レオに会わせてはダメだ。
あの令嬢は王宮には入ってこれないだろう?
解決方法が見つかるまで、
レオには王族エリアでおとなしくしていてもらう。
…リリー、魔女の森で魔女に会ったことはある?」
「魔女?あるわよ?
だって、ほら。
魔女の森で修行するには、魔女に認めてもらわなければいけないでしょ?
だから最初に入った時に会ってくれたわ。もう七年くらい前だけど。」
「そうか。じゃあ、今から魔女に会ってきて。
魔女なら魅了封じの仕方がわかるはずだ。
我が国が壊滅状態寸前で止まったのも、魔女のおかげなんだ。
だけど、そのやり方は魔女しか知らない。
あの森の魔女は男嫌いで有名だ…。
僕が行っても会ってくれないと思う。
でもリリーなら会ってくれるかもしれない。
レオは僕に任せて、魔女のほうを頼む。」
「わかったわ。じゃあ、早く食べてしまって行動しましょう。
シーナとシオンはどうする?」
「姫さまと行きます。」「もちろん。姫さんをほっとけるわけないだろ。」
「じゃあ、三人で魔女に会ってきて。僕はもう行くよ。
リリーのご飯食べたいけど、レオとすれ違いになったらまずい。」
ジョエルはすぐに立ち上がって行こうとする。まだ何一つ食べていない。
いつも食いしん坊でレオと張り合って食べるジョエルが。
それだけ深刻な話なんだとわかった。
広げていたお弁当を二つ取って籠に入れ、ジョエルに渡す。
「ジョエル、これを持って行って。馬車の中でも食べられるでしょ?
レオのことよろしくね。何かわかったら王宮に連絡するわ。」
「あぁ、ありがとう。」
「ジョエル、レオが王宮を出る前に、間に合ったかしら?」
「大丈夫、俺が先に連絡しておいた。学園に来るな、と。
今ごろはジョエルが説明しているだろう。」
「いつの間に…。」
レオとシオンの間には何か連絡できる手段があるようで、
私に何かある時はシオンが連絡することになっていた。
まさかレオの危機で使うことになるとは、レオも思っていなかっただろうけど。
「じゃあ、レオ様のほうは大丈夫ですね。
でも、シオンはこっちに来て大丈夫だったの~?
魔女は男嫌いなのに。」
「多分、大丈夫だと思う。
おそらく、俺は男として認識されていない。」
「どうして?」
「たぶん、姫さんの付属品くらいの認識だろう。
俺とシーナは、姫さんが魔女に会った時にそばにいただろう?
でも、話したのは姫さんだけだった。
そういう扱いなんだと思う。俺たちは。」
「そういえば、そうね。どうしてかしら?」
「まぁ、まぁ。大丈夫ならいいじゃないですか~行きましょ?
早く行かないと日が暮れちゃいますよ。」
たしかに日が暮れる前には帰りたい。
魔女の森の中でも、魔女の住処は奥の方にある。
その住処にたどり着けるかどうかは、魔女の気分次第らしいが…
「あれ?おかしくない?」
「おかしいですね。」
「魔女の家ってこれだよな?」
魔女の森に入ってまだ一時間もたってないのに、目の前に家があった。
かすかに見覚えのある家は、七年前にたどり着いた魔女の家だった。
「とにかく、入ってみましょう?」
ドアをノックすると、きぃと音が鳴って開いた。
中のほうから、「入って~」と声がする。入っていいのかな。
シーナとシオンと目を合わせ頷く。
中に入ると、奥の部屋からまた呼ばれた。
「お茶の用意ができたから、座って?」
子供のようにとても小さな身体。真っ赤な腰までの長い髪に緑の目。
ちょっといたずら好きな感じの笑顔で手招きしている。
昔会った魔女が、そのままの姿で待っていた。
「じゃあ、お邪魔します。」
せっかくのお誘いなので、三人で向かいのソファに座る。
ちょっとシオンが狭そうだけど、そこは我慢してもらおう。
「あの、リリーアンヌです。覚えていないかもしれませんけど…。」
「何を言ってるのよ~覚えてるに決まってるでしょ。
最近は忙しくてあまり来ないようだけど、
あなたたちよく魔女の森に来て修行してたじゃない。
もう一人の男の子と四人で。
この森に入った時点で私にはわかるのよ?
それで、私に用事があったみたいだから呼んだのだけど、どうしたの?」
驚いた。一度しか会ってなかったから、覚えてもらえているかどうかも怪しいと思っていた。
あれから森に来るたびに見られていたとは…。
しかも、用事があることも知っている。
もしかして会話も聞こえているのかしら?
「実は、学園に魅了を使える令嬢が現れました。
どうやら王族に近づこうとしているようなんです。
魅了の力を魔女が止められると聞いて、お願いに来ました。
何か手段があるのなら、教えていただけませんか?」
「ぶぶー。やりなおし!」
「え?」
「もっと素直な心のお願いがあるでしょ?
王族だから?違うでしょ?」
一瞬で顔が熱くなる。ええ?なに?心の中まで見えるの?
でも、そう言われたら素直にお願いするしかない…。
「レオが…。森に一緒に来ていた男の子です。
私の恋人に近づこうとしているんです。そんなの絶対に嫌。
お願いです。私に止め方を教えてください!」
もう捨て身だった。ここにレオがいなくて良かった。
いや、シーナとシオンがいるけど、あとで全力で口止めしよう。
「わかったわ。」
にやにやした魔女に思わずにらみつけたくなる。この人、意地悪だ。
「じゃあ、代わりにあなたの作ったお菓子が食べてみたいわ。
よくマジックハウスで料理してたでしょ?
いつも美味しそうだな~って思ってたのよ。
でも、野菜は好きじゃないから、お菓子がいい。」
「え?そんなものでいいんですか?
じゃあ、今もクッキー持ってますけど食べます?」
「いいの?食べたいわ!」
シーナに持たせていた籠からクッキーを出してもらって、そのまま魔女に渡す。
魔女は袋を広げると目を輝かせた。
「うわぁ。いろんな形がある、どれから食べよう。」
迷った結果、うさぎの形のクッキーをつまむと口に入れた。
こうしていると、自分より幼い子のように見える。
「美味しいっ。
あのね、魅了の力を封じればいいんだけど、それには少し修行が必要だわ。
そーねぇ、十日間くらいかしら。
その間、代わりにいろんなお菓子を作って?」
「わかりました。この近くにマジックハウス置いてもいいですか?
どうせなら焼きたてのお菓子を食べてもらいたいので。」
「好きにしていいわ。じゃあ、今日は遅いから明日また来て?
長時間やっても変わらないから、お茶の時間に一時間つきあってあげる。
あなたなら、十日もすれば大丈夫でしょう。
大事な恋人は、その間は令嬢から遠ざけておいてね。」