14.回想 学園にて
その日、申し訳なさそうにレオが話したのは、明日から来る留学生のことだった。
「隣国の王太子が来るって?」
「そうなんだ。
明日から来るんだけど、リリーたちも手伝ってくれないか?
なんだか兄さんと相性悪いらしくてさ。
兄さんがいる四学年じゃなくて、俺らがいる三学年のほうがいいって。」
隣国の王太子が留学してくることになり、
本来なら同じ王太子の第一王子の学年に入るはずが、いろいろ事情があって変更になったらしい。
レオや私たちと一緒の学年に通うことになったそうだ。
翌日、挨拶させてもらった王太子はとても変わっていた。
「やぁ、君が噂のリリーアンヌ嬢だね。初めまして。
ジョエル・ロードンナだ。
ロードンナ国の第一王子だけど、気にしないで?
ジョエルって呼んでよ!」
年齢は一つ上だが、レオよりも少し身長が低くほっそりとした身体だった。
青みががった銀髪を一つに結び、少し丸い黒目が幼なさを感じさせた。
にっこり笑って自己紹介すると、シオンに向かっていく。
「おおおお!おっきいね!何食べたらこんなに大きくなるの!?
教えてよ。僕、もっと大きくなりたいんだよね。
レオルド王子くらいになりたいんだよ~。」
「え?いや、特に変わったものは食べてないぞ?
同じもの食べてるシーナはこんなだし。」
「ひどい!こんな、って何よ~。」
レオは頭抱えてたけど、私は笑ってしまって思わず答えてしまった。
「この子たちが食べてるものは普通よ。私が作ってるんだもの。」
「ええ!?何それ!リリーアンヌ嬢は料理もできるのか?
すごいな。魔術師でもあるんだろう?」
「あーリリー。隠さなくて良かったのか?こいつうるさいぞ?」
「ごめんなさい。隠すつもりだったんだけど、つい言ってしまって…。」
「うん、気持ちはわかる。なんでかこいつだと言っちゃうんだよな…。」
きょとんとしたジョエルの顔を見てると、悪気が無いのはわかる。
王太子としてどうなのかな~と思ってると、急に真面目な顔になった。
「こんなのが王太子で大丈夫なのかと思っているんだろう?
その辺は大丈夫だよ。自分で言うのもなんだけど、僕は優秀なんだ。
だけど優秀過ぎて、本国では友人と呼べる人を作れなくなってしまった。」
凛とした態度、理性的な話し方、急に大人びたジョエルに驚いてしまう。
さすが王太子というべきなのだろうか。
だが、あまりの急な変化についていけない。
「だから、留学をお願いしたんだ。
王太子じゃなくて僕を見てくれる友人が欲しくて。
だけど、第一王子は将来国王同士として付き合うことになるだろう?
それに性格もあまり合わないと感じてね…。
僕は素のままで友人になってくれる人が欲しかった。
レオルド王子たちならと思ったんだが…ダメだろうか?」
最後の一言で急に弱気になったジョエルに、また笑ってしまった。
「こら、リリー。笑っちゃダメでしょ。シーナも。」
「だって…なんだかレオを思い出しちゃって。」
「私もですぅ~。」
「あぁ、もう。思い出さなくていいよ、それは!
ジョエル、でいいな?呼び方は。
俺はレオでいいよ。」
「え?いいの?」
「私もリリーで良いわ。」
「俺はシオンだ。よろしくな。」「シーナです。よろしくお願いします~。」
こんなにあっさり受け入れてもらえると思わなかったのだろう。
涙目になってレオの手を握り締め、ぶんぶんと振り回した。
「ありがとう!ありがとう!」
こうしてジョエルは留学中の間を一緒に過ごすようになった。
もう一人のかけがえのない友人として。
「あれ、今日はレオは午後から?」
「ああ、王太子の指名式の準備を手伝うらしいよ。
午後には来るって言ってた。」
ジョエルが留学してきて三か月が過ぎたころ、
女王が体調を崩し、議会に出席できなくなっていた。
そのためにまだ十六歳ではあるが、第一王子が王太子になることになった。
もし女王がこのまま亡くなるようなことがあれば、第一王子がすぐに国王に即位できるようにと。
そのため女王が采配できないことと、第一王子は王太子教育があることで時間が無いからと、
レオが文官たちと打ち合わせた後で学校に来る日が何度かあった。
昼ご飯の時間になりお弁当を食べようと、
ジョエルを連れシーナとシオンと王族用の個室に移動しようとした時だった。
「レオルド王子様はどちらにいらっしゃいますか~」
少し高めの可愛らしい声だった。
振り返ると、一学年の令嬢だろうか。
見覚えのない黒髪のほっそりした子が立っていた。
猫のようなつり目の黒目がうるみ、長身なのに庇護欲を抱かせるような令嬢だった。
「レオルド王子はまだいらしてませんよ?どなた?」
「そうでしたか~では、また来ます。」
名乗りもせずに、さっと教室から出て行ってしまった。
一応は私は侯爵令嬢なわけで…
もちろん公爵家と侯爵家の令嬢たちは全員が顔見知りだ。
ということは、あの令嬢は伯爵家以下の令嬢のはずだけど…。
「失礼な子でしたね。
姫さまに聞かれたのに名乗らずに出ていくなんて。」
「そうね…何かレオに用事があったのかしら?」
シオンは令嬢には関わらない主義らしく、こういう時は何も言わない。
だけど、いつも令嬢に優しく接するジョエルが、何もしなかったのは珍しい。
見ると青ざめた顔で考え込んでいた。
「ジョエル?」
「あ、ああ。とりあえず個室に移動して話そう。」
まだ顔色が悪いジョエルが気になるが、教室内で目立つのもまずい。
四人で最初の予定通り、お弁当を持って王族用の個室に移動することにした。
個室について、テーブルの上にお弁当を広げる。
いつものように私が寮で作ったものだ。
「とりあえず、食べよ?顔色が悪いわ。大丈夫?」
「あぁ、すぐに王宮に戻る。」
「え?」
「レオを学園に来させてはダメだ。あの令嬢は魅了を使っている。
僕はなんとか抵抗できるけど、レオが抵抗できるとは思えない。
とにかく、会わせてはいけない。
すぐに王宮に戻ってレオを止めなければ。」
魅了?って何?
レオを会わせてはいけない?あの令嬢に?
わからないことばかりで、ジョエルに説明してもらうことにする。