おはよう、日常
安心する温かさを感じながら、うっすらと目を開ける。目の前にあるのは界人の顔。夢を見ていた。一番最初に異世界へ来た時のこと。実は転生じゃなくてそのまま転移させられていたとか、この世界に人型の知的生命体、要するに人間に該当する存在はいないとか。
色々と問題はあったが、界人とのんびり暮らせるならそれも良い。違う世界に改めて転生させようと言ってきた神様に、むしろ、邪魔が入らないぶん最高では?と断ったなあ。懐かしい。
しかし、いつまでも懐かしさという余韻に浸っているわけにもいかない。起きてご飯作らなきゃ。ベットから出ようとする。
「ん?」
動こうとするが、動けない。よく見てみれば、界人の両腕に腰回りをしっかりと掴まれている。
「あの……」
ぐぐぐ、と結構な力で抜け出そうと試みるが、やはり動かない。
「界人、起きてるでしょ?」
「寝てる」
寝てる人は返事しないし、寝てる人の力じゃないよね。完全に何処にも逃がさないという意志を感じる、そんな力加減で捕まえてるよね。
「なんで何処かに行くん?いつもいつも心春はそう」
「ご飯作りに行きたいだけなんですけど……」
「ふーん、俺よりご飯が大事なんだ。そっかー」
「界人のご飯作りに行くんですけどね!?」
「知ってる」
でも、さみしい。とぎゅっとさらに抱きしめられる。こう言われてしまえば、弱いもので。同じように抱きしめ返すしかない。
実はこのやり取りをするのは初めてではない。毎朝恒例の行事。ここで暮らし始めてかなりの時間が経つが、未だに朝まともに起きれたことがない。押し負けて、昼頃までベットでふたりでのんびりする、これがいつもの出来事。
「やっと解放された……」
野菜も食べたいと小さな家庭菜園をしている畑で、ミニトマトを収穫しながら呟く。トマトは界人の好きなもの。そのため神様に我儘言って何種類ものトマトの苗を融通して貰っている。
「んー、大きいトマトも収穫してサンドイッチかな」
中でもトマト入りのサンドイッチは界人の好物。日本にいた頃も好きでよく買って食べていた。だが、トマト入りのサンドイッチは中々売っておらず、嘆いていたので作ろうか?と、言い食べさせてあげたのがきっかけで今では界人のお気に入りになった。
そうだ。確か、ベーコンがそろそろ食べれるはず。熟成させておいたお肉の塊を思い出しながら、今日のメニューを考える。
「ご飯作ったら洗濯して、天気いいからシーツも洗おうかな。夕飯は……」
ベーコンで作れる料理って何だろう。検索すればいっか。
「技能 家事」「検索」
「技能 家事」というものは便利なもので、料理洗濯掃除等、家で行うありとあらゆる行為に対してサポートが入る。それは、手からドライヤーのような温風を出したり、布の水分だけを弾き飛ばしたりと、異世界であるにも関わらず日本とそう変わらない便利な生活がおくれている。
「あ、カルボナーラいいなあ」
牛乳とか卵とかチーズはあっただろうか。頭の中に表示されたレシピを眺めつつ、籠に入れたトマト達をしっかり持って家へ帰ろうとする。
「ん?」
何か違和感がする。鳥肌が立つような悪寒。気持ち悪さ。ざわざわと木々が揺れる。
この世界、人間などはいないが動物型の魔物はいるので、いくら日本とそう変わらない便利な暮らしをしているとはいえ、日本とは違う。危険な世界である。
護身用に持ち歩いている包丁を握りしめ、警戒する。美味しそうなお肉だったら、夕飯ステーキでもいいかもしれない。舌なめずりをしながら獲物がくるのを待つ。
「あれ?」
しかし、いくら待っても、獲物らしき姿は現れなかった。気のせい?勘が外れた?首を傾げる。少し残念に思うが、いないなら仕方ない。家へ戻ろうとする。
その瞬間。足元が輝いた。なにこれ、目が眩む。光が収まった後には、大小様々なトマトが地面に転がっていた。