おやすみ、異世界
「う……あれ?」
頬を撫でる心地よい風。暖かい陽射し。そこには緑溢れる大地が広がっていた。ぼーっと眺めていると隣から「心春?」声が聞こえた。一緒に界人がいることに安堵していると、そのまま腕の中に抱きしめられる。
「あの、界人……?」
「おやすみ」
満足そうに一言。そのまま、すぅすぅと気持ちよさそうな寝息がする。その顔を見ているとなんだかこっちも眠くなってくる。私も寝てしまおうかな。欠伸を噛み殺した瞬間だった。
(寝るな!!!)
頭の中に大音量で聞き覚えのある声が響く。
「神様?」
それは、あの白い空間で出会った存在の声。
(全く心配して様子を見てみれば、何故寝る?そこには魔物もいるんだぞ?)
「それは、界人が寝てるから。だって、ほら、ね?」
幸せそうに寝てる好きな人がそばにいるなら一緒に寝たくなる。うん、仕方ない。
(仕方ないわけあるかぁ!!)
「心読まないでもらえます?あと叫ばれるとうるさいです」
私はこれから界人と寝るのだ。邪魔されては困る。
(ああああああ)
「なんですか、本当にうるさいんですけど」
少しむっとしながら文句を言う。
(ステータスオープンと唱えてみろ)
「ステータスオープン?」
復唱してみれば、目の前に半透明のゲームによく出てくるステータス画面が現れる。そこに書かれていたのは、「職業 お嫁さん」「技能 家事」の文字。
「足りない」
「職業 お嫁さん」の文字には満足したし、「技能 家事」も必要なものだと思う。だが、大事なものがない。
(何が足りないと言うんだ……?)
神様にはそれが分からないのか、困惑した様子だ。
「マイホームがありません」
(はぁ?)
だって、あれですよ?界人と2人で何処で暮らしたらいいんですか?今は昼間だからいいけど夜になったら寒いですよ。その時、界人が風邪でも引いたらどうしてくれるんですか。
(……………これでいいか)
ぴこんっという可愛らしい音と共にステータス画面に文字が増える。「技能 マイホーム」
「ありがとうございます、さすが神様!」
(現金だなお前は……)
にこにこしながらお礼を言う。「わっ」すると、突然ふわふわとした感触がした。
「うさぎ……?かわいい」
角が生えてるけど、それ以外の見た目は完全に私の知ってるうさぎだ。人懐っこいのか頭を撫でても逃げたりしない。
「えい」
そして、勢いよく首を締め上げた。
(なぜ!?)
「え?夕飯ですけど」
(今、可愛がっていただろう!?)
そうかもしれない。確かに人懐っこい、ふわふわとしたうさぎは可愛い。それはそれとして、「技能 家事」のお陰だろうか。私の目にはこのうさぎの名前「ホーンラビット(食用)」と見えていたのだ。
「食用みたいだったので、夕飯にしようかなって」
(むごい)
界人がお肉が好きなのを知っているので、食べさせてあげたい。そのためなら動物の一匹や二匹、百や千、余裕で捕殺出来る。これも美味しいご飯を食べさせてあげるため、仕方ない犠牲なのだ。
(こわい)
「生きるためにはこういうこともしなきゃいけないんですよ、わかります?命を頂くからご飯の前にいただきますって言うんでしょ?……確か」
(確か、なのか。それよりもマニュアルを用意したからあとはこれを読んでくれ)
「マニュアル?うわ、分厚い」
これ結構量が多いTRPGのルルブくらいの厚さがある。ざっと見たところ、300ページは超えてそう。TRPGとは何かって?それは、TRPGと呼ばれるものである。まずゲームの進行役と呼ばれるGM、それからプレイヤーが協力しあいひとつの物語を作りあげるのがTRPGだ。台本のない演劇と言った方が分かりやすいかも。
台本がないためにプレイヤー次第で物語はいかようにも変化する。私はGMの立場でいることが多いけど、プレイヤーが違えば結末も過程も変わってくる。同じ物語を何度読み上げていても人が違えば全く同じものにはなりえない、面白いよね。
界人と出会ったのもこのTRPGがきっかけ。出会った当初はこんなに仲良くなるとも思わなかったし、ましてや、こう好きになるとか。未だに眠っている界人の顔をじっと見つめる。
「やっぱり、寝よ」
(なぜ!?)
むしろ、一緒に寝ちゃいけない理由って何?界人の懐にぴったりとくっついて目を閉じる。マニュアルは起きてから界人と一緒に見ればいいよね。体温を感じながら、眠りにつく。頭の中では神様が何か言っているみたいだが、睡魔に敵うわけもなく、やがて意識はなくなった。
(本当に寝たぞ、こやつら……)
だから、心底呆れるような神様の声なんて聞こえてないのだ。聞こえていたとしても、この腕の中で眠りにつくという行為以上に優先すべきことはない。おやすみなさい。
界人視点も入れてみたいところ。