ついて行くよ、どこまでも
異世界転生もの、それを題材とした作品が世に溢れ珍しくもなくなった頃。いくら珍しくないとはいえ、所詮はフィクション。創作の話。そう、そのはずだった。
「異世界に転生しよう!」
自分の愛する人が突飛なことを言うのはいつものことだが、今回はあまりにも現実味がなかった。異世界?転生?急にどうした?異世界へ行くための定番は死んでから転生が一般的だと思うけど、死にたいんだろうか。もし心中したいというなら喜んで一緒には死んであげるけれど。全く状況が読めない。
「異世界?」
「そうなんよ、心春も行くやんな?」
「えっと……」
困り顔で言いよどんでいれば、界人は、唇をとがらせて拗ねるように言う。
「えー、来てくれないんですか。そっか、そっかー、心春は界人に何処にでもついて来てくれるって即答してくれないんだー」
口調こそ酷い言いようだが、声色は楽しそうで。私がなんて答えるのかお見通しなんだろうなあ。
「本当にそう思って言ってるんですか」
「えー?わかんないなー、口で言ってくれなきゃ界人わかんないなー?」
「うぅ……」
うめき声を上げて睨んでみるけれど、にこにこと良い笑顔は変わらず。これは言うまで、このやり取りは終わらないんだろうなあ、と意を決して口を開く。
「もちろん、界人が行くなら何処にだってついて行くよ」
こちらも負けじとにっこりとした笑顔で答える。
「だって、好きな人とは一緒にいたいでしょ」
それは、叶うならずっと永遠に。どんな場所であろうとも。私の返答に満足したのか、そのまま手を引かれる。すると、目の前が光りに包まれた。視界が晴れるとそこは真っ白な空間。
「えっ」
「あ、おったおった」
驚く私をよそに界人は歩いて行く。その先には見知らぬ、たぶん男性。髪が足元につくくらい長く一瞬女性かと思ったか身体つきから男性だと思う。
「さて、今度こそ話すすめてもいいか……」
「ええよ」
どことなく疲れた様子の男性にあっけらかんと答える界人。要約すると、神と名乗る男性に異世界転生するように話を持ち掛けられたが、私がいないと嫌だと駄々をこねたらしい。うん、神相手に無茶苦茶言えるの界人くらいだと思う。
「これから転生して貰うわけだが……」
「もちろん特典とかあるよな、まさかそのまんま放り出すなんてこと神様がするわけないやんな?」
「……何が望みだ」
苦虫を噛み潰したような、もはや、何かを諦めたかのような様子で聞いてくる。
「そりゃもちろん不老不死!心春にもつけてな」
「私にもなんだ……」
まあ、界人と永遠に生きられるならいっか。
「それだけか?」
「他にも何かあるんですか?」
「職業と呼ばれるものがあってな」
「へぇ……ゲームみたい」
職業、好きなのを選んでいいならひとつなりたいものがあるんだけど。ちらっと界人を見る。
「どうしたん?」
「えっと、その、神様!」
腕を掴んで神様を引きずっていく。ある程度離れたところで声を潜めながら相談する。
「あの、職業ってお嫁さんとかでもいいんですか……?」
「は?」
「だから、その、お嫁さん……」
言いながら恥ずかしくなってきて俯いてしまう。
「そんな職業は前例にないんだが……」
「なれないんですか!神様なのに出来ないんですか!?」
「なんなんだ、お前達は!揃いも揃って無茶苦茶言いおって!!」
神様がとうとう堪えきれず叫ぶ。酷い。界人は無茶苦茶言うかもしれないけど私は普通だよ!?「どっちもどっちだ!!!」心を読んだのか、神様が答えてきた。
「心春」
「界人?」
神様と密談していたら、いつの間にか界人が近くまでやってきていた。
「なんで、そんなやつとくっついて何を話してるん……?」
「にゃっ」
あきらかに不機嫌だ。でも、お嫁さんになりたいとか恥ずかしくて界人には言えない。口ごもっていると神様がしびれをきらしたかのようにこう言った。
「変な嫉妬も無茶な要求も勘弁してくれ、さっさと行ってくれ……!」
それは、懇願するような言葉であった。まだ話は終わってないんですけど?文句を言う間もなく意識が溶けていく。
初手からひとりでは転生しないと言い切った奴、それにお嫁さんとかいう前例のない職業を望む女。似たもの同士か、お似合いではないか。
「さて、此度の転生者はどうなるのだろうな」
誰もいなくなった空間で、ぽつりと呟く。それはこの先に起こることを憂いている神の表情だった。
これは、お互いが好きでたまらない2人に振り回される哀れな神様の話でもあります。