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恋心は互いの夢に乗って~俺の推しのバーチャルライバーの正体が部活の後輩でした~

作者: 水瓶シロン


 花咲高校、ラノベ研究会────


 文字通りライトノベルが好きな生徒達が集まり、その感想や意見を交換したりする部活動。

 中には実際に小説を書いていたりする部員もいる。


 しかし今年、部員のほとんどを占めていた二年生が三年生──つまりは受験生になり、部活動をごっそり引退してしまった。


 そのお陰で、現在無事高校二年生に進級した俺『桐波(きりなみ)カイト』と、たった一人の新入部員──高校一年生の少女『朝比奈(あさひな)深音(みおん)』のたった二人だけの部活動と成り下がってしまった。


 顧問の教師曰く、今年の間に部員が五人以上にならなければ廃部らしい。


 そんな危機的状況のラノベ研究会の部室では、現在────


 カチカチカチカチ……と、俺がノートパソコンのキーボードを叩く乾いた音と、机を挟んでその対面に座る深音が、ラノベのページを一定ペースで(めく)る音のみが、深閑(しんかん)とした部室に(むな)しく響く。


 「カイト先輩。進捗(しんちょく)状況はどうです?」


 一旦ラノベを閉じた深音が、俺のノートパソコンの画面越しにひょっこり顔を出す。


 「ん、まぁ割りと書けたかな。今度こそWeb小説のランキングを駆け上がってやるぜッ!」


 「私も先輩の次回作楽しみにしてますからね? 面白いのをお願いします!」


 「あのな……面白い作品を書くのが一番難しいんだよ……」


 俺は心の中で「簡単に言ってくれるな~」と呟きながら、パタンとノートパソコンを閉じる。


 「もうこんな時間か……」


 部室の窓からは茜色に染まりつつある空が確認でき、時計を見れば早くも午後六時を回っていた。


 実は、俺には深音には言っていない密かな楽しみがある。実はそれが午後七時半から始まるのだ。


 「そろそろ帰るか……俺ちょっと用事があるんだよな」


 そう言って俺はパソコンをカバンに仕舞いつつ、椅子から立ち上がる。

 すると、深音も同じくラノベをカバンに仕舞い込むと、俺の隣に立つ。


 「実は私も用事があって……途中まで一緒に帰りません?」


 深音の栗色の瞳が上目遣いで見詰めてくる。窓から差し込む夕暮れの光で、微かに頬が赤く染まって見えるのが実に可愛らしい。


 俺も一応は健全な男子……こんな距離感で詰めて来られると、ドキドキしてしまうのは仕方がない。


 しかし、そんな動揺を悟られるわけにはいかないので、俺は何とか平静を取り繕い、スマートに了解の返事をしてこの部室を後にする。


 「あれ? 先輩、何だか慌ててません?」


 おや、スマートに返事をしたはずだか……どうやら深音には人の心を読み取る特殊能力でもあるのだろう。きっとそうだ。


 「いや、別に?」


 「え~、ホントですかぁ~?」


 「へ、変なこと言ってないでさっさと帰るぞ!」


 何かを察したようにニヤニヤとしながら俺の横顔を覗き込んでくる深音を振り切って、俺は早足で廊下を進む。

 背中越しに「待ってくださいよ~!」と小走りに追いかけてくる深音。


 帰り道、永遠と深音にからかい続けられたのは、また別の話だ────



 □■□■□■



 「さてと……」


 午後七時半──俺は自室の椅子に座り、スマホを操作してあるアプリを起動する。


 ────バーチャルライバー配信アプリ『MIRAI(ミライ)』だ。


 数年前からYouTubeではVtuberというモノが流行っている。その流れを掴んでか、こういったアプリで活動するバーチャルライバーも増えてきている。


 MIRAIの良いところは、YouTubeでのライブ配信のように何千人という単位でのリスナーが来るわけではなく、数十人程度のリスナーにとどまるところだ。

 そのため、ライバーはリスナーのコメント全てに反応することができ、リスナーとの距離感が近い配信を可能にする。


 そんな配信スタイルに引かれ、俺はMIRAIで活動しているライバーの配信をよく見に行く。

 中でも応援しているのが────


 『うぅ~~ん、ぱぁ! 携帯型サーポートメイドのレイだよぉ~! みんな、今日も来てくれてありがと、ねっ!』


 今画面に映し出されている、(つや)やかなダークブラウンの長髪を腰辺りまで下ろし、可愛らしいメイド服を身に(まと)ったバーチャルライバーの『レイ』だ。


 そして、今日の配信は初の視聴者参加型ということで、希望するリスナーがディスコードに上がり、レイの出すお題に答えていくというものだ。


 当然のように俺も参加することを希望しており、数人のリスナーが順番を終えた後に、俺の番がやって来る。


 初めてレイと声を介して会話するということで、若干の緊張と高鳴る心臓の鼓動を感じつつ、俺はディスコードに上がる。


 『あ、キリりんいらっしゃい!』


 「こ、こんばんわ~」


 『……え?』


 「ん?」


 『あ……ああ、ゴメンね! 何でもな~い! えへへ!』


 一瞬不思議な間があったが、まあ、そんなこともあるだろう。

 初の視聴者参加型配信だし、何が小さなトラブルでもあったのかもしれないと割り切り、その後は特に問題なく会話が進んでいった。


 そして、時間は過ぎ去り────


 『じゃあみんな~、おつレイでした~!! またね~!』


 「ふぅ……」


 配信終了後、俺はそっとアプリを閉じてスマホを机の上に置き、まだ耳に残ったレイの透き通るような声を頭の中で反芻(はんすう)しながら目を閉じる。


 そして…………


 「可愛い過ぎるんだよこんちくしょぉおおおおおうッ!?」


 と、衝動に逆らえず叫んでいると、部屋の扉がバタンと勢いよく開け放たれる。


 「お兄ちゃんうるさいよッ!!」


 「……す、すんません…………」


 まったく、見ていて妹に頭を下げている姿の兄ほど可哀想なものはない。

 ただ、今回は一方的に俺が悪いので釈明の余地もなく、俺は恥ずかしながら素直に妹に謝った。


 ────そんな恥ずかしい思いをした翌日。


 いつも通り授業を終え、振り分けられた場所の掃除を済ませてから、部室の扉を開ける。


 すると、既に来ていた深音がいつもの椅子に座ってラノベを読んでいた。


 「お、早いな?」


 「ああ、先輩……」


 「ん?」


 「いえ……」


 一体どうしたんだろうか?


 いつもなら「今日は私の方が早かったですね~!」などと言ってマウントでも取ってきそうなのに、今日はやけにあっさりしている。


 俺は多少不思議に思いながらも、ツッコミほどのことでもないかと考え、机にノートパソコンを開いて、いつも通りWeb小説を執筆し始める。


 しばらく、特に会話が生まれることもなく、部室は静寂が支配していた。


 「キリりん…………」


 ふと、そう呼ばれた気がした。


 この呼び方で俺のことを呼ぶのはMIRAIでバーチャルライバー配信を行っているレイだけだ。

 俺は、ついにレイの声を空耳で聞いてしまうほどに彼女に依存してしまっているのかと自覚し、これはもう末期だなと自分でも思う。


 俺は止めていたタイピングを再開する。


 しかし、すぐにまた「キリり~ん?」と、次は鮮明に耳に届く。


 俺は再びキーボードを叩くのを止める。


 流石にこれは空耳じゃないだろう。

 でも、この部屋にいるのは俺と深音のみ……俺と、深音……のみ……。


 「えっ……?」


 俺はパソコンの画面を閉じ、隠れていた深音の顔を見る。

 深音はこちらをジッと見詰めていた。


 「え……いや、ちょっと待って? んん!?」


 俺は頭の整理がつかずに、これはどういうことだと自問自答する。しかし、その答えはすぐに深音から告げられる。


 「レイだよぉ~?」


 「うっそぉおおおおおッ!?」


 思わず大きな声を上げてしまうが、ここにはそれを(とが)める妹はいない。


 取り敢えず俺は自分の精神を何とか落ち着けて、深音と向かい合う。


 「え、レイの中身って……お前なの?」


 「中身って……ま、まあそうなりますね」


 深音は、自分でも驚いているといった風に、曖昧に笑いながら肯定する。


 「え、何で? 何で俺がお前のリスナーだってわかった!?」


 「そりゃわかりますよ! 昨日の配信でキリりんの声を聞いたとき、すっごく聞き覚えのある声でしたもん! そ、先輩のね?」


 「声でわかるもんなのか……? 俺なんか、いつもお前とレイの声聞いてんのに全身気が付かんかった……」


 「ここに入部した頃にも言いましたが、これでも私声優を目指してるんです。人の声の特徴とかには敏感になってて」


 「な、なるほどなぁ……」


 俺は、その声を聞き分ける能力凄いなと感心すると共に、レイの正体が深音だという衝撃に他のことがまったく考えられない。


 その後、俺はレイ──いや、深音から、なぜバーチャルライバー活動を始めたのか……その理由を聞いた。


 何でも、将来声優という声を使った仕事を志す者として、今のうちから声を人に届けるという体験と経験を積んでおきたかったらしい。


 「いやぁ……それにしても、こんな偶然あるか……?」


 俺は大きく背もたれに体重を預けて天井を仰ぎ見る。

 すると、深音が悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべて、甘い声で(ささや)いてきた。


 「これはもう、運命……ですね?」


 「──ッ!?」


 一気に俺の心臓が跳ね上がり、微かに顔が熱くなっていくのを感じる。


 「ばっか……ここでレイモードを発揮してくるな。尊すぎて昇天するわ」


 「えっへへ……」


 そう言う深音も若干恥ずかしかったのか、頬を赤らめている。



 ────この日からだ。


 深音はちょくちょくレイのネタで先輩である俺をからかってくるようになった。


 廊下でたまたま鉢合わせたときは────


 「キリり~ん!」


 「バカバカッ!? バカなのお前!? 廊下でそのあだ名を呼ぶなッ!?」


 「何ですか~? もしかして、私の身バレを心配してくれてます?」


 「違う! 単に俺が恥ずかしいからだっつうの!」


 また、一緒に下校している最中────


 「キリりんは、私のどこが好きですか~?」


 「はぁ!?」


 急にそんなことを聞いてくるので、俺は情けなく声を裏返してしまう。

 というか、俺が深音のことを好きだと!? コイツは一体何を言って────


 「レイのどこが好きかって聞いてるんですけど?」


 「……あ、ああ! そっちね! ははは……」


 俺はバクバクうるさい心臓の鼓動が深音に伝わりませんようにと祈るばかりだ。

 そんなに俺をからかって面白いのか、深音はまるで俺の内心を見透かしているかのような瞳で覗き込んでくる。


 「まあ、そうだな……どこが好きか……」


 耳に心地好い声? 明るい性格? 可愛らしい容姿?

 俺は具体的にレイのどこが好きなんだろうと改めて考えてみると、意外とその答えは出てこないものだ。

 ただ、その答えが出たとしても…………


 「いや、本人に直接言うのはハードル高いわ……」


 「え~!? いっつも配信であれだけ“可愛い”ってコメントしておいてですか!?」


 「あぁあああ!! 頼むからそれを言うなぁあああああッ!?」


 俺は耳を両手で塞いで駆け出すのだった────



 □■□■□■



 レイの正体が深音だという天地がひっくり返るほどの衝撃の事実を知ってから、月日はまるで加速したかのようどんどん過ぎ去っていき、気が付いた頃には一年が経過していた────


 そして、残念なことにラノベ研究会の部員が一年以内に増えることはなく、今年に入ったタイミングで廃部が決定した。


 ラノベ研究会があったために繋がりを持っていた俺と深音は、廃部になってからは必然的に顔を会わせる機会が減った。

 三年生が過ごす教室と二年生に進級した深音のいる教室とは階も異なり、休み時間にわざわざ会いに行くということもない。


 加えて俺は今年受験生。

 当然のように受験勉強に専念しなければならない。

 そのため、今までのようにMIRAIでレイの配信を毎日見ることは叶わなくなり、週に一度か二度顔を出す程度になってしまった。


 一応レイにはコメントで“受験勉強で忙しくなって、あまり来れなくなる。ゴメンよ”と送り、レイもそれに『そっか~……寂しくなるけど、受験勉強頑張ってねっ!』と反応してくれていた。


 その言葉がレイとしての言葉なのか、最近あまり話していない深音の言葉なのか……それを俺が判断することは出来ない。


 ただ、俺はその頃から心にポッカリと空白が出来てしまったような感覚を抱くようになった────



 そして、さらに季節は夏から秋へ、そして冬へと移ろい、俺は受験を終えた。

 結果は第一志望の県内の大学は不合格だったが、第二志望の少し離れた他県の四年制大学に合格した。


 そのことを家族に伝え、友達に伝え────


 “他県の大学に受かった!”


 と、レイの配信で俺はコメントを流した。

 すると、他のリスナー達が次々と“おめでとう!”や“良かったね!”などと反応してくれる。


 そんな中、レイに異変が起きた────


 『え、あっ……お、おめでとうキリりん! 良かったね~!』


 レイは一瞬戸惑ったような沈黙を開けたが、そう言って祝ってくれる。

 他のリスナーも特にそこに疑問を持ったりはしなかったが、配信を続けていくうちに、段々とレイのテンションが下がってくるのを感じ取る。


 そして────


 『あー……ゴメンみんな! ちょっと私、気分が悪くなっちゃって……今日の配信はここまでにして良いかなぁ……?』


 レイが微かに声を震わせてそう言ってくる。誰が聞いても元気がないのがわかる。


 もちろんリスナーはレイの健康を心配するコメントを流すと共に、配信を終えることを(こころよ)く受け入れる。


 そうして配信が終わった────


 しかし、俺は無性に心配だった。

 今、高校三年生は自主登校期間のため、別に学校に登校する必要はないのだが、俺は下校時刻を狙って久しく会えていなかった深音の様子を見に行くことにした。


 「せ、先輩!? 何でここに……?」


 そして、今丁度下校しようとしていた深音が、俺の姿を見て目を見開く。


 「いや、何でって……お前昨日配信で────」


 「──あ、ああ! あれはちょっと……実はお腹が痛くなっちゃったんですよ~。あはは、変なモノでも食べたのかな~」


 深音は俺の言葉を遮って、明らかに今思い付いたであろう理由を口にする。

 浮かべている笑みも、どこか取り繕ったもののように感じてしまう。


 「だ、だから先輩が心配する必要はないですよ? じゃあ、私はこれで……」


 「ま、待てって!」


 俺は、そそくさと横を通り過ぎようとする深音の腕を掴んで引き止める。

 すると、深音は振り返らずに立ち止まって、湿り気を帯びた声で叫んだ。


 「もとはと言えば先輩のせいじゃないですかッ!?」


 「深音……?」


 「部活がなくなって、学校で先輩と会う機会はほとんどなくて……受験勉強で配信にもあんまり来てくれなくてっ……!」


 深音は、胸の内に溜め込んでいた思いを吐き出すように、声を震えさせながら言葉を(つむ)ぐ。

 そして、振り向いた深音が俺に向けた潤んだ瞳からは、一筋の涙が頬を伝っていた。


 「それで、来年には県外……」


 俺は深音のその顔を見て、思わず彼女の腕から手を離した。


 深音は目から溢れ出る涙を手で拭う。

 そして、ふと自分が衝動的に何を口走ってしまったのかを理解したのだろう──深音は自嘲気味に笑う。


 「あ、あはは……ごめんなさい先輩。私、何言ってんだろ……?」


 俺は別に人の気持ちに鈍いワケじゃない。

 ここまで言われたら、深音が俺に一体どのような感情を抱いていたのかは察することが出来る。

 いや、こんな状況にならなければ気付けなかったのだから、俺は鈍感なのかもしれない。


 「み、深音……俺は────」


 「──聞きたくないです……」


 深音は、そう言って俺に背を向ける。

 その背中からは、寂しさと(はかな)さが(にじ)み出ていた。


 「もう、遅いんです…………」


 深音は静かにそう言い残して、俺の前から姿を消した────



 □■□■□■



 あの日以来、俺は深音と一度も顔を会わせることはなく、それどころか、学校で深音の姿を見なくなってしまった。


 今の俺に、深音と面と向かって話す勇気はない。

 でも、あの日に言われた「もう遅い」という言葉……あれが俺の耳に残って離れない。


 俺は二年生の教室──深音の所属しているクラスにこっそり顔を出した。しかし、教室の中に深音の姿はない。


 不可解に思って、そのクラスの一人の生徒に尋ねた。


 すると────


 「え、もう転校しましたけど?」


 その言葉を聞いて、俺の頭の中は、文字通り真っ白になった。

 そして、いつぞやから感じていた、心にポッカリと何かが欠落してしまったかのような感覚の正体を、今さら理解する。


 深音が転校した先の学校は、俺が進学する予定の大学のある県とはまったく違う場所。


 なぜそんな大切なことを教えてくれなかったのか……俺にそんな文句を言う資格はない。

 唯一の後輩を、あれだけ応援していたレイを──そして、自分に思いを寄せてくれていた少女を、俺は気に掛けてやることが出来なかったのだ。


 俺は激しく後悔した。


 そんなやるせなさを抱いたまま、いつの間にか卒業式の日を向かえ、呆気なく高校生活を終えた。


 俺が卒業する日は、深音から祝いの言葉を贈られて、少しくらいは寂しがってくれて、その泣き顔を拝めると思っていた。


 今ではもう叶わない夢だ…………


 夢……そうか。

 俺はこのときに、()()()()を思い付いたんだったっけ────


 俺は高校を卒業したこの日、久し振りに──そして、もう来ない覚悟でレイの配信に一瞬顔を出した。


 リスナーの欄に、俺の名前が入ってきたのを見たレイは一瞬言葉に詰まったような様子だったが、あくまでもリアルとバーチャルは切り離された存在。

 レイは元気良く『キリりん久し振り~!』と迎え入れてくれた。


 だが、俺はそんな言葉を聞くために配信に来たんじゃない。

 レイの向こう側にいるであろう()()に一言言いに来たんだ。


 “俺は絶対書籍化作家になって、ヒットさせて、アニメ化も果たすよ。そのときは、ヒロインの声を任せる”


 俺の送ったコメントを見たレイは──お前は何を思ったのだろうか。

 ただ、『うん、わかった! 待ってるね!』と──レイの言葉か、()()の言葉か。

 どちらにせよ、その返事が俺がレイの配信で最後に聞いた言葉となった────



 □■□■□■



 ────ふと、目を閉じて高校時代のことを思い返してしまっていた。


 目蓋を開ければ、目の前はアニメのアフレコ現場。


 俺は大学時代に見事作品の書籍化を果たし、そして今年アニメ化も決定した。

 俺は原作者として、こうしてアフレコ現場で見学させてもらっている。


 そして、もったいないことに、これほどまでかというくらいの豪華声優人が揃っている。

 中でもヒロインの声を当てているのは、俺が監督に頭を下げて半ば無理矢理にお願いして来てもらった、今話題沸騰中の新人声優だ。


 しばらくして、アフレコが終了する。


 俺は、施設の外のベンチに腰を下ろしていた。

 そんなとき、背中から唐突に声が掛かってくる────


 「流石先輩。夢を叶えてラノベ作家に、そしてアニメ化ですか……」


 実に美しい透き通った声だ……惚れ惚れする。

 そして同時に、懐かしさが込み上げてきて、目許に熱いものを感じるが、それを悟られるわけにはいかないので、俺はスマートに切り返す。


 「それはお前もだろ? 念願だった声優になって、今じゃ有名人だぞ」


 俺はベンチから立ち上がって、若干の緊張を感じながらも勇気を出して振り替える。


 俺の記憶に残っている姿よりやはり大人びている。

 うっすらとメイクなんかして、清楚可憐な立派な女性だ。


 俺がそんな彼女の姿に思わず見入っていると、彼女は小さくクスリと微笑んで、俺の顔を覗き込んできた。


 「もしかして先輩、緊張してます~?」


 やはりコイツには、人の心を読み取る特殊能力があるらしい。

 高校のときに疑ったその力は、今まさに確信へと変わった。


 「してねーよ?」


 「本当ですか?」


 「嘘吐きは泥棒の始まりだからな。俺は泥棒じゃなくて作家だ」


 「確信犯ですね」


 そんな他愛のないやり取りを、何年ぶりかにした。


 「先輩が最後にMIRAIでレイの配信を見に来たとき、送ってくれたコメント……覚えてますか?」


 再びベンチに腰を下ろした俺の隣に座る彼女が、そんな思出話を切り出してくる。


 「さーな?」


 「私、あれを見たとき『ホント自分勝手な人』って思いました」


 「ひ、ひでぇ……」


 俺がそう顔を歪めると、隣で彼女が「やっぱり覚えてた」と可笑しそうに笑う。


 コイツ……図りやがったな……? と、俺は不満げな視線で訴えるが、彼女はそれさえも楽しそうに笑ってやり過ごしてくる。


 「でも、やっぱり嬉しくて……。私はこの日のために声優を目指そうって思ったんですよ?」


 彼女は、若干茜色に染まりかけた空を仰ぎ見ながら、懐かしむように瞳を閉じる。


 「先輩のペンネームでこのアニメの原作ラノベが出たとき、すっごく嬉しかった……あの配信で送られてきたコメントは、本気だったんだなって……」


 そう言って彼女は自分のカバンから一冊の文庫本を取り出す──俺のデビュー作で、このアニメの原作だ。


 「でも、当時これ読んだときは恥ずかしくって……なかなか次のページを(めく)る勇気が出ませんでしたよぉ……だってコレ、ほとんど私と先輩の話じゃないですかッ!?」


 「あ、バレた?」


 これには作者である俺も、苦笑いを堪えきれなかった。


 「さっきのアフレコも何の罰ゲームですか!? 先輩の目の前で、私と先輩がモチーフのキャラが恋愛する作品のヒロインを私が演じるって……ほんと顔から火が吹き出そうでしたよ……」


 彼女は、深くため息を吐きながら手に持ったラノベを見下ろす。

 良く見ると、その表紙や中のページの所々に、まるで雫をいくつも落としたような、古い濡れ跡があった。


 そして、彼女はその濡れ跡を指でなぞりながら、柔らかい微笑みを浮かべて呟いた。


 「ほんと……この文庫本(ラブレター)を何度読み直して、何回泣いたのか……覚えてすらないです……」


 どうやら、俺の気持ちは彼女にきちんと届いていたようだ。


 当時の俺は、彼女が目の前からいなくなって初めて心に空いた穴の正体を理解したのだ。

 そう──穴の正体は彼女自身。


 俺は自分でも知らぬ間に、彼女に恋心を抱いていたのだ。

 だから俺は、作家になるという夢にこの思いを乗せることにした──彼女の手に渡れと願って。


 「そうか、ちゃんと俺の意図は察してたか。なら、改めて言う必要はないな」


 「えぇ!? それとこれとは違いませんッ!?」


 「違わない。ほれ、返事を聞こうか?」


 そう尋ねると、彼女は顔を耳まで真っ赤に染め上げて、(うつむ)き加減になる。

 そして、しばらく気持ちの整理をするような沈黙を貫いた後、恥ずかしそうに上目を向けてくる。


 「は、ハッピーエンドでお願いします……」


 「……は?」


 俺が意味のわからない彼女の答えに戸惑っていると、もう我慢できないという風に、彼女は手に持っていたラノベのあるページを開いて、俺の顔面に押し付けてこの場から逃げていった。


 「いってぇ……」


 俺は押し付けられたラノベを剥がし、ふと開かれたページに視線を落とす。

 ストーリの最終場面だ。

 作者の俺は、さらっと見るだけでどんな話のページかすぐに理解出来る。


 「ったく、絶対いつかその口からきちんと答えを聞くからな……?」


 俺は、もうこの場にはいない彼女に向けて呟いて、思わずニヤける。


 だってこのページは、再開を果たした作家の主人公と声優のヒロインが、結ばれる場面なのだから────

【!作者からのお願い!】


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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上記の三点をしていただけると、作者は泣いて喜びますので、是非ともお願いします!!

( `・ω・´)ノ ヨロシクー

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