とりあえず耳と胸が痛いんです
「伝わりませんか? 正義さんは、菜摘さんを抱く勇気があるのかと聞いてるんです」
「ゆ、勇気って……」
突然投げ掛けられた意図の読めない質問に、俺はただただ動揺している。
ギャルとはキス以上の事はしていないけど、改めて考えると、先に進むのに躊躇いが無いとは言い切れない。彼女との間でそんな雰囲気になれば、この心境も変化するのだろうか。
と言うか、七種の後ろから本人ともう一人の少女が見ているのに、この場でハッキリ宣言する方がキツいわ。
「即答出来ず悩むという事は、まだ正義さんの中で彼女はあくまで子どもなんですよね?」
「状況が悪過ぎますよ。菜摘とは年相応の付き合い方をしているだけですし」
「私や陸峰さんと同じ扱いは気が引けるんですよね? それは彼女を、一人の女性として考えられないのと同じじゃないですか?」
俺も困惑しているが、向こうにいる菜摘はもっと渋い表情をしている。この話題を目の前でするのはかなり気まずい。不本意ながらも、七種とは一対一で話し合わなくては。
「菜摘ごめん。今日は蓮琉ちゃんと一緒に、君の家に帰ってくれ。夕飯もいらないから」
「え、マサくんはどうすんの!?」
「七種さんと話をつけるよ。彼女にもまだまだ言い足りない事があるみたいだし」
「……わかった」
不貞腐れてるようにも見えるギャルは、黒髪少女を連れてこの場を後にした。去り際に振り返った蓮琉の横顔が、見た事もないくらい敵意が剥き出しになっており、今夜の夢に出てきそう。彼女にとっても七種の言動は、非常に不愉快だったのだろう。俺は今そんな女を、自分の家に上がらせようとしている。
女子高生達を見送った後で、こちらから声を掛けた。
「とりあえず、中に入りましょうか」
「えぇ、ゆっくりお話ししましょう」
「いや、この期に及んで在らぬ誤解を受けるのはごめんなので、手短に済ませますよ」
七種との温度差をひしひしと感じながらも、最上階の自宅に到着する。
とりあえずお茶だけ出し、先程の会話の続きを再開しよう。
「七種さん、高校生との交際が、成人女性と同様にいかないのは当然ですよね?」
「では逆に聞きますけど、子どもと思ってしまう相手と、真剣交際が出来るんですか?」
「菜摘となら出来ますよ。彼女は誰よりも魅力的な一人の女性ですし、お互い本気ですから」
その言葉を聞いた七種は、呆れた様子で大きな溜め息を吐いた。
「では結論から言います。菜摘さんではあなたに相応しくありません。あなたはご自身の価値をよく考えた上で、それに見合った伴侶を選ぶべきです。これから先の為にも」
「なんであなたにそんな指図をされなきゃいけないんですか? 俺がどんな人と付き合おうと、俺が納得出来れば問題無いですよね」
「正義さんの承認欲求は、あの少女で満たされますか? あんなにマザコン気質だったあなたが、十歳以上も年下の相手で?」
なんか聞き捨てならない単語が飛び出してきたんだけど。これは突っ込むしかないよな。
「いやいやいや、マザコンってなんすか!
俺は至って正常でしたよ昔から!」
「いえいえ、マザコンでしたよ正義さんは。褒めて褒めてーってお母さんに縋り付くような、そんなマザコン青年でした」
「え、えぇ……。というかそんな風に見えていたなら、なんで俺に執着してるんですか? 仮にそうであれば、普通引いてるでしょ」
「私は昔から母性が強い方なので、そんな正義さんが可愛くて仕方がなかったんです。もう絶対離したくないって思ってました」
なんだこの人。別の意味で怖くなってきたぞ。ただの金銭目的ならどうにかなるかと思ってたけど、異常な性癖まで備えているのだろうか。
冷や汗が止まらず抵抗に手こずる俺は、更なる追い討ちをかけられてしまう。
「私にとって正義さんは理想の人なんです。褒めたら頑張ってくれるし、成果を出すポテンシャルもあります。お世話して、立派な男性に育ててあげたくなるじゃないですか」
「いやあの……、俺の資産目当てに近付いてきたんじゃないんですか?」
「なんですかそれ? 別に私、お金に困った事なんて一度もありませんよ?」
「困ってなくても、俺が出世し始めた頃から、かなり詰め寄ってきた気がするんですけど」
「それは正義さんの成長が嬉しかったんですよ。その頃には完全に惹かれてましたから」
もうなんだかよく分からなくなってきた。
続けられた話によると、七種は女性として見てもらいたい反面、母親のように甘えて欲しくて俺にアピールしていたという。しかし明希乃を頼って拒否した時、彼女の目に映った明希乃は俺を真剣に想っていて、この人なら支えになれると感じて身を引いたらしい。
そこまで聞いた時点で悪友に謝ろうと誓った。
ついでに金目当てだと決め付けていた七種にも、信じたくない真相を明かされてしまい、むやみやたらに拒んでも通用しない。この歳になって恋人が女子高生というのは、改めて考えれば受け入れ難いよな。
防戦一方では埒が明かないので、攻撃に転じる事にした。
「七種さんの言い分は分かりましたが、腑に落ちない点があります。なんでうちの前に居たんですか? ストーキングでもしてたんですか?」
「違いますよ。私の最寄りは隣なので、時々ウォーキングがてら一駅分歩くんです。その途中で陸峰さんと会ったに過ぎません」
そう言えば、この人が住んでる場所は近いんだったわ。敢えて近所を歩いてたんだろうけど、それを立証するのはかなり難しい。
「ではそういう事にしておきます。
どうしたら俺の事を諦めてくれますか?」
「陸峰さんや黒髪の子であればいざ知らず、あのギャルっぽい子が彼女というのは、パパ活か何かと疑われますよ? 正義さんが不健全に思われるのは耐えられません」
「そ、そんなわけないじゃないですか!
ちゃんと健全な交際ですって!」
「強情ですね。ではそれを証明して下さい。
私もあなたへの愛を証明しますから」
重過ぎる……。すでに保護者目線かよこの人。
「強情なのはお互い様ですよ。でも証明すれば、今度こそ諦めてくれるんですよね?」
「……事と場合によります」
何だかんだ言っても、俺の為という前提には変わりなさそう。それならばまだ希望はある。
ここは相手の土俵に上がり、真っ向から認めさせてやろうと決意するのであった。




