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その宣言に嘘偽り無し

 二歳児と遊んでいる間に、キッチンからは色んな匂いが漂い始めた。スパイシーかつジューシーな香りと、滑らかでクリーミーな香り。これは肉料理とクリームシチューか?

 

「めっちゃ腹減ってきた!」

「お? 匂いに釣られた? 

 何を作ってるでしょー?」

「クリームシチュー!」

「ぶっぶー」

 

 なに? そっちは自信あったのに。あ、でも少しずつ匂いが変わってきてるな。ふんわりとしたコクを感じるクリーミーさが、若干焼けた香ばしさになってきている。

 

「正解は、ハンバーグとグラタンと、ついでにサラダでしたー!」

「え、この短時間にハンバーグとグラタン作ったの!?」

「すげーだろ! もっと褒めろ!」

菜摘(なつみ)さんマジパネェっす!」

「なんかあんたにそう言われると、バカにされてる気がするんだけど」

 

 どないせーっちゅーねん。若者の言葉なんて使い方も分からん。使い方を知ってから使えって事か。失礼しやした。

 食卓にリズミカルに並べられていく料理は、香りだけではなく見た目も申し分無い。これで味だけ酷かったら、それこそ才能だと思う。

 

「なんだよこれ……。ちょっとはキャラに寄せた方がいいんじゃないか?」

「なにそれ? どういう意味?」

「見た目的に料理なんて出来そうにないんだから、少し下手なくらいで丁度いいかと」

 

 ギャルの作った料理とは思えない美味しさに、本気で感心してしまった。しかし俺の褒め方では伝わらなかったのか、菜摘の顔はみるみる鬼のように変化していく。

 

「意味分かんないんだけど。美味しいんなら美味しいって言えばいいじゃん!」

「今まで食った中で一番美味いハンバーグとグラタンです。本当に美味でございます」

「そ、それはちょっと褒めすぎっしょ……」

 

 頬を染めるギャルを見ながら、美味い料理を食せるとは中々に乙なもの。その上幼児にご飯を食べさせてる姿は、最上級に微笑ましい。この光景は金を払ってでも見たくなるぞ。

 

「それよりあんたさ、百万も出しちゃって生活苦しくなったりしてないの?」

「あー、本当に気にしなくていいよ。

 全然大丈夫だから」

「ホントに? ムリしてないよね?」

「なんなら今度うちに作りにおいでよ。

 たぶん住家を見れば分かるからさ」

「う、うん。ママが仕事休みの日なら行けるし、もとからそのつもりだったけど」

「別にゆうちゃん連れて来てもいいぞ?」

「ガチで!? それなら結構行けるかも!」

 

 何故か途端に喜び出すギャルに、俺は僅かばかりの困惑を覚えている。弟連れて他人の家に飯作りに行くとか、手間以外の何ものでもないだろうに。本当に義理堅いギャルだ。

 

「あー、美味かった! ごちそうさま! 

 いつもこんなに作ってんの?」

「ううん、こんなに料理するのは久しぶり」

「そりゃそうか。ほとんど一人で食べるなら、作っても食い切れないもんな」

「それもあるし、ゆうちゃん見ながらだと集中出来ないからね」

 

 あっという間にテーブルの皿を空にした俺は、どうやらギャルの悩みに踏み入り過ぎたらしい。さっきまで嬉しそうだった顔が、あからさまに曇っている。まぁ好きな料理も満足に楽しめない状況じゃ、何も不満を持たない方が不自然か。複雑な心境なのだろう。

 

「色々と大変そうだな。俺には話を聞くぐらいしか出来ないが、それでも良ければ付き合うよ」

「は!? 付き合う!? 

 やっぱあんた下心で助けてくれたわけ!?」

「わかり易い誤解すんな。愚痴でも相談でも、話し相手にならなってやれるって意味だ」

「なんだそういう事かぁ。でも今日だって久しぶりに料理を楽しめたし、もう話し相手以上のことしてくれてるけどね」

 

 急に素直になってそう言われると、さすがにお兄さんも照れてくるぞ。

 火照りかけた顔色を誤魔化すように、会話の続きを焦って探り始める。しかし何も思い浮かばん。えぇい、とりあえず口を動かそう。

 

「それなら友達でも呼べばいいじゃん」

「………うっさい」

 

 今度は地雷を踏み抜いたみたいだ。落ち込むとかそういう雰囲気ではなく、完全に不機嫌そうな鋭い目になっている。

 口調はキツいが明るくて愛嬌もあるし、性格的に友達ができないタイプではない。だから話題選択を誤っているなんて思ってもみなかった。彼女にとってここまで気に障るとは。

 一度口を(つぐ)んだギャルは、下を向いたまま目も合わせようとしない。緊張感のある空気に耐えられず、俺は気を紛らわそうと二歳児の頭を撫でていた。ここでようやく気が付く。

 

「もしかして、遊ぶ時間がないとか?」

 

 俺の一言を聞いた彼女は、やっと顔を上げてくれた。若干寂しそうな顔色をしているが、口元だけは穏やかに微笑んでいる。それが逆に切なさを強調させて、俺はいたたまれない。

 

「あたしさ、ゆうちゃんが大好きなんだ」

「まぁそれは見ていて明らかだよな」

「だからゆうちゃんとばっかり遊んでたら、友達いなくなっちゃった」

 

 ガラにも無く作り笑いを浮かべるギャルに、俺はもう一言物申したい。それは違うだろ。

 本来この年頃の幼児の面倒は保護者が見るべきであって、思春期の姉が自分を犠牲にしてまでやる必要は無い。ましてやバイトや家事までこなしながらなんて、立派に母親としての責務を全うしてしまってるではないか。

 何が彼女をそうさせているのだ。事情があるのは明白だが、それに関して彼女から助けを求められてもいない。もっと言えば、俺の平穏も崩されたくはない。

 

「そうか。それなら俺が今日から友達だ」

「あんたみたいなオッサンと友達になっても、あんまり嬉しくないんですけどー」

「だからオッサンって言うなよ!」

 

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