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迷いなき少女は輝きを増す

 見合いの約束を破談させて二日目。まだ誰一人として、俺の自宅から出て行っていない。

 五人での暮らしにも慣れ始めてしまったが、それぞれ生活リズムが違う事もあって、ほとんど家で過ごす俺はあまり休めていなかった。

 

「おったん、こえ、して! こえ!」

「このクルマで遊んで欲しいのか?」

「ぶぶ! ぶーぶ!」

「ぶーぶおもしろいなー」

 

 二歳児と遊ぶ時間は割と癒しで、退屈にもならないしそんなに疲れない。ワガママを言う子でもないから、そう思えるのだろう。

 子守りをしている俺のところに、様子を見に蓮琉(はる)がやって来た。彼女も悠太(ゆうた)とだいぶ打ち解けており、よく面倒を見てくれる。

 

玖我(くが)さん、なんで悠太くんに、おっさん? って呼ばせてるんですか?」

「あー、これは一時の気の迷いかな」

「気の迷い!?」

 

 黒髪少女は、意味不明だと言いたげな顔をしている。本当にそのままの意味なんだけど。

 

菜摘(なつみ)や悠太にとって、俺はなんなのかなって考えたんだよ。親戚でも親でもなかったら、ただの近所のオッサンじゃん? その結果これね」

 

 途端に口を押さえる蓮琉は、漏れる笑い声を止められないといった様子だ。つられて笑い出す悠太の姿に、俺まで微笑んでしまう。

 

「ごめんなさい。……なんか、玖我さんらしいなぁって、思ってしまいまして」

「俺らしい? 俺ってどういうイメージ?」

「変な人です」

 

 十七歳の女の子に、面と向かって変な人とか言われたら、さすがの俺でも傷付くぞ。というか結構ダメージデカくて、もう挫けそう。

 

「変な人……かぁ……」

「でも、私の好きな変な人です」

 

 綺麗な半月型の眼で、優しい笑顔を向けられていた。蓮琉がこんな表情を見せるのは初めてだったし、不覚にも鼓動が激しくなる。

 さっきの発言は、深読みしない方がいいのだろうか。

 

「だいぶ吹っ切れたみたいだな」

「はい。玖我さんに救われましたから」

「偶然が重なっただけだよ。

 俺は本当に大した事してないし」

「ではそういう事にしておきます。

 お昼ご飯つくりますね」

 

 そそくさと台所に向かう少女の後ろ姿を、無意識に目で追っていた。さっきの笑顔は眩し過ぎて、当分まぶたの裏に残りそう。


 昼食の支度を始めた彼女は、やはり手際が良く、染み付いた手順を体が再現しているみたいだった。動作に一切迷いが感じられない。

 大きめの鍋から漂ってくるのは、和食の定番を思わせる香りだ。

 

「玖我さん、お味見して頂けますか?」

 

 差し出された小さな皿に、ゆっくりと口を近付ける。薄く茶色味がかったそのスープは、優しく滑らかな風味で、とても香ばしい。

 

「カツオ出汁か? 味はさっぱりしてるな」

「鰹と昆布の合わせ出汁です。悠太くん用なので、塩分を加えていないんですよ」

「そういう事か。それならいいと思う。

 香りはしっかり感じるし」

「良かったです。では仕上げてきますね」

 

 当然の様に幼児向けを作り分けていて、その順応性の高さに感服した。彼女が自分の道を拓ける環境に居れば、今頃すごい人物になっていたのではないだろうか。

 すぐに料理が完成して食卓に呼ばれ、悠太と共に席に着く。

 

「なるほど。蕎麦のかけつゆだったのか」

「はい。冷蔵庫に生麺がたくさんあったので、使わせて頂きました」

 

 具がたっぷり入ったかけ蕎麦は、見た目も香りも専門店と遜色無い。と言うかそれ以上かも。

 二歳児は迷うこと無く食べ始め、俺も慎重に口へと運ぶ。左からじっと見られているみたいで、少し食べにくいが。

 

「美味い……。本当に美味いよこれ」

 

 自分でも驚きだった。ここ三ヶ月、菜摘の料理以外では満足出来なかったのに、蓮琉の作った蕎麦を本心から美味だと思えている。これまでもきっと味は良かったのだろうが、また別の何かが加わって、より深みが出ている気がした。

 

「お好みに合ってたみたいで、嬉しいです。

 たくさん食べて下さいね」

 

 幸せそうな視線を浴びつつ、俺と悠太は競うように食べ続けている。箸を止めたい気分にならなかった。悠太はフォークだけど。

 

「そう言えばさ、ひとつ疑問があったんだ」

「なんですか?」

「蓮琉ちゃんの家は制限が厳しいのに、どうやってストーキングしてたの?」

 

 彼女の精神状態も安定しているみたいだし、食事をしながら思い切って質問してみた。

 少し苦笑を浮かべた蓮琉は、それを可能にした要因を詳しく話し始める。

 

「家から駅までの間に、あのスーパーがあるんです。家庭教師の先生を見送る時だけ、駅前までの外出が許されてました。外に出たくて、半ば強引でしたけど」

「その時間だけで監視してたの?」

「基本的にはそうです。遅くなっても、使用人が区間内に迎えに来るだけでしたので。一度偶然見掛けてから、通る度に何十分も眺めていました」

 

 聞くだけでも肩が凝りそうな話だ。娘の自由を奪って、なにが楽しいのか分からん。彼女の執念も凄まじいけど。

 

「よく探し出せたよな。俺らのこと」

「家出しようと飛び出した日に、玖我さんを目撃しました。あの日から私、ずっと憧れて探していたんです。正義のヒーローみたいでした」

 

 ギャルを買った日も、家出未遂の真っ最中だったのか。

 

「買い被り過ぎだよ。単なる気まぐれだし」

「気まぐれでも正義感でも、別の誰かの為だったとしても、救われた側の感動は変わらないと思います。玖我さんはヒーローです!」

正義(まさよし)だけにか?」

「そうですね。名前の通り素敵な人です」

 

 冗談すら通じない蓮琉を見ていると、菜摘からの忠告を思い返してしまう。この少女との距離感は、俺だけでどうにか出来ない状態へと向かっているのかも知れない。

 だとしても、菜摘を裏切る気なんてさらさら無いけど。

 

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