夢の様で夢ではない夢みたいな朝
眩しい……。
カーテンなんて閉めた覚えもないが、開けたまま眠ってしまったのだろうか。ベッドの感触が妙に硬いし、心做しか腹の減る匂いまでしてくる。
そうか、これは夢か。
「だー! おったん、おあよー!」
「おぉ、悠太じゃないか。ついに夢の中にまで出てきてくれるようになったのか!」
「んー? こえ、ぱんだ!」
「この前買ったパンダのぬいぐるみまであるじゃん。ずいぶんとリアルな夢だなぁ」
可愛らしい顔で覗き込む悠太の頬を、寝ながら伸ばした手でそっと撫でてみる。現実世界と相違無く、とても柔らかくてモチモチの肌だ。
薄目を開けながらそんな事を考えていると、真上からもう一つ覗き込む人影が見える。頭の上にしゃがみ込んだこの気配は、近付くにつれてはっきりしていき、誰だか判明した。
「マサくぅーん、朝ですよぉー」
「ちょ、なんで菜摘のお母さんが!?」
慌てて布団から飛び起きるよそりゃ。夢の中に出てくるなら、せめてもう少し親しみのある人物だと思うじゃん。菜摘にしては髪が長いし茶色いなぁとは思ったけど、こんな至近距離に入る女性なんて、あのギャルちゃんくらいしか想像出来ないよ。
ともあれ、ベッドですらなく布団だったし。しかも麗奈さんの服装、ほとんど下着と変わらなくないか?
「なんでって、ここ、私のお家だもーん」
「なん……ですと!?」
「ちょっとママ! その恰好なんとかしてよ!
着替えないなら隣の部屋行って!」
「えー、ママもうねむーい」
「朝ごはんできたし、先に食べていいから」
「わーい! ママ一番乗りで食べてるねー」
だんだん状況が飲み込めてきた。
今居る場所は四十崎家で、なぜかここで一夜を明かしている。もう朝だから、悠太と麗奈さんが起こしに来てくれたのだろう。
そして菜摘はエプロン姿から察するに、朝食作りを終えたばかりだ。
なんで俺はこの家に来てるんだ?
「おったん、ごあん!」
「あー、うん。ごはんだねー」
「おはよ。昨夜のこと覚えてないの?」
「あぁ、おはよう菜摘。えーっと……」
昨夜? 俺は確か明希乃と飲みに行って、その帰りに菜摘とバッタリ会った気がする。そんで謝ったら仲直りも出来て、その後は……
「もしかして俺、路上で寝てた?」
「……めっちゃあたしに寄っかかって、突然寝始めたんですけど?」
「マジか! それでここまで運んだの!?」
「あんたの家行くより近いもん」
「ごめん、手間かけたみたいだな」
「別にいいけど。
あんまり覚えてないみたいだし……」
いや言えるわけねぇ! 酔った勢いとはいえ、告白もすっ飛ばして何度もプロポーズしてたとか、口が裂けても言えねぇ!!
すぐに意識が飛んで爆睡してたのだろうが、放り出さずに運んでくれてたとは、なんて面倒見の良い子なんだ。
それにしてもよくこの体格差で移動出来たな。菜摘は割と小柄だし、俺は成人男性として標準くらいはあるのに。体重差なんて二十キロ近いんじゃないか?
「ありがとな。帰り道、重かっただろ」
「肩貸したら自分で歩けてたし、平気だよ」
「そうだったのか。
妙なこと口走ったりしなかったよな?」
「え!? 覚えてるの!?」
「仲直りできたところまでは残ってるんだが、その後の記憶がほぼ抜け落ちてて……」
途端に真っ赤になり、下を向いてしまうエプロンギャル。やっぱりあの結婚を連呼した記憶は、現実で確定だな。これからどないしょ……
「べ、別に迷惑なこと言ってたとかじゃないし、無理に思い出さなくてもいいと思うよ!?」
「迷惑じゃないのか……?」
「なに!? 思い出しちゃったの!?」
「あー、違う違う。なんでもないんだ」
「そ、そっか。とりあえず顔洗ってきて、一緒に朝ごはん食べようよ、マ、マサくん……」
「マサくん?」
「だって! なんかズルいじゃん!
ママだけあだ名で呼んでんじゃん!」
一瞬キョトンとしてしまったが、彼女にそう言われるのは普通に嬉しいな。プロポーズに関しても蒸し返す気は無いみたいだし、やっぱ気遣いが凄まじいわ。本当によく出来た子だ。
「好きに呼んでくれ、菜摘」
「う、うん……」
洗面所を借り、だらしなく弛んだ顔と寝癖を引き締め、朝食の待つ居間へと向かう。
すでに麗奈さんは食べ終わる寸前で、仕事柄の夜型人間だからか、まぶたが半分閉じていた。
「大丈夫っすか? 麗奈さん」
「うーん、昨日はお休みだったのにねー。
午前中はどーしても眠たくなっちゃうのー」
当然の様によそわれた味噌汁の匂いに釣られ、ギャルと美魔女の間に腰を下ろす。お椀を持ってひと口啜ると、久しく忘れていた食事の美味さに、本気で生き甲斐を感じた。
「美味い。こんな味噌汁が存在したとは」
「でしょー! なっちゃんの作る出来立てを味わう為に、毎朝頑張って起きてるのー!」
「これは頑張りたくもなりますね! 毎朝この味噌汁飲めるとか、麗奈さん幸せですよ」
「そーなのよー! 私幸せ者よぉー」
「もう、こっちが恥ずかしいっての!
それにスープとかの日もあるし!」
「なおさら良いじゃねぇか!
この完璧妻め!」
ノリで言ったつもりなのだが、真面目に受け取り過ぎたギャルは、またもギャルらしからぬ純情さを見せる。と言うかこの子のギャルっぽさって見た目だけなんだけどね。
真っ赤になって口を噤んだ菜摘は、母親からの微笑ましい視線の下、箸を置いて肩を震わせていた。黙々とスプーンを口に運ぶのは幼児だけだ。
「あーん。ねね、あーん!」
「ゆ、ゆうちゃんごめんね。
ご飯中なのに、ねーね悪い子してたね!」
「君はめちゃくちゃ良い子だろうが!」
「うっさい! 少し口閉じろ!!」
「断る!! 俺はようやく美味い飯にありつけたんだ! 死ぬまで閉じない!!」
「だったら毎朝来ればいいじゃん!!
いつでも作ってあげるし!!」
「上等だ!! 君の飯を毎日三食食えるなら、嬉し過ぎて死にたくなるわ!」
「し、死んじゃうなら作るの辞めるし!」
「幸せそうなケンカねぇー」
母親目線から出たひと言は、俺にまでとんでもない気恥ずかしさを実感させるのだった。
なんだこのバカップルの痴話喧嘩状態……




