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1.崖から落ちれば

 バスから降りて大きく息を吸う。

 都会では味わえない新鮮な空気が肺を満たしていく。


「自然さいこー!!」


 伸びをしながら言葉がこぼれる。

 田舎から都会を経由して山脈地帯。計6時間の移動だったのだが彼女にとって長時間の移動は問題ないらしい。

 むしろ途中で寄った人混みの多い駅のほうが疲れの原因となっている。


 いま彼女がいるのは標高が2000mを超えている山脈の中腹。


 なぜこんなところにいるか、それは彼女—仙田梨奈(せんだりな)—が所謂(いわゆる)山ガールというものだからだ。

 高校の時に気まぐれでワンゲル部に入り、大学でも続けたいと思った。結果、その他いくつかの条件を満たしたワンゲルのサークルがある大学を選んだ。


 そんな彼女は今回、20歳の成人祝いとして初めて“2泊3日真夏の単独登山”を計画した。

 このときのためにテントなどはサークルとして共有のものでなく個人として購入していた。

 まあ、基本臆病な性格をしているので計画を実行するまでに紆余曲折あったが。



 ~閑話休題~



 新鮮な空気を堪能(たんのう)した梨奈はキャンプ場に向かって歩き出す。バス停から少し歩いたところにキャンプ場はある。

 道は片方が森、もう一方が崖となっている。崖のほうも木は生えているが登ることは困難であろう。



「ガラス?」


 キャンプ場に向かう途中、崖の近くでしゃがみ込む。

 よく見てみると透明なビー玉くらいの大きさの球体がある。


「ラメが入っている。誰かが落としたのかな?というか普通こんなところにビー玉を持ってくるのかな?」


 中央が光っている球体を手に取るが、何の変哲もないビー玉に見える。


「とりあえず山小屋に持っていくか、持ち主なんて出てこなさそうけど」


 しばらく周りの景色を見ながら掌で球体を転がしていると少しずつ変化が起きていく。


「ん?少し熱くないかい?私そんなに体温は高いほうではないけどな」


 暖かい缶コーヒーくらいの温度になった球体をつまんで空に掲げると、球体の表面が色づいたようにも見える。手に取ったときは無色透明だったはずだ。


 不思議に思いながら手を下ろしていく。

 その瞬間、太陽にあてたわけではないのに球体から光が溢れた。

 反射的に目が閉じ、立ち眩む。そのまま尻餅をつき手を突こうとするがそこには虚空しかない。


「ちょっとまっ・・・・・・っ」


 慌てて身近なものをつかもうとするが届かない。重力に逆らうことはできずにそのまま落ちていく。

 せめてもの抵抗で体を丸くまとめて、ザックから落ちるように願いながら。





『おっかしいの』





 どこからか笑い声が聞こえた気がした。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




「よし、回想終わり!!何のヒントもなし、強いて言えばこのビー玉。というか崖から落ちたのはこいつのせいだろう!!」


 手放したと思っていた球体を掌で転がす。起きた時にはしっかりと握っていたのだ。崖から落ちる前に色づいたように見えたが光の加減だったらしい。見る角度によって色が変わって面白い。


 少し落ち着いたようで周りを見渡す。


 周りには森しかなく、一方に立ちふさがる崖は登れそうにもない。近くで水が流れるような音がするので川があるのだろう。


「まあ、登山届その他もろもろはしっかり出してあるから救助は来てくれるはず、たぶん、きっと、絶対」


 不安なんて気にしない、気にしてはいけないと自分に言い聞かせる。

 最悪でも4日経てば家族が気付いて警察に連絡を入れるだろう。

 最長7日生きながらえれば救助隊が来ると予想を付ける。


「川があるみたいだから生き残るのは大丈夫だと思うけど食料が欲しいな」


 球体をポケットに入れ、腰を上げて川のほうへと注意深く向かっていく。

 クマやイノシシなどの野生動物や救急セットもないので怪我にも特に注意しないといけない。



「のわっと、蛇!!」


 数m先を蛇が通っていく。蛇の見分け方は全くわからないので近寄らないのが吉である。

 近くに手ごろな枝があるのでそれを手に持ち、先の地面を突きながら進む。


 見通しの悪いところや木々を避けながら歩くと見覚えのあるものを見つける。


「ザック発見、これで食糧問題やその他もろもろ大丈夫!!」


 中を確認するがなくなっているものはなさそうだ。テントや食料、寝袋、暇つぶし用の小説まで入っているので7日間なら耐えられるだろう。むしろ長いキャンプだと思えばいい。


 川の近くでテントを張ろうとザックを持ち上げようとする。


「あれ」


 思ったように持ち上がらない。重いことは重いが、ここまで持ち上がらなかったことはなかった。

 梨奈自身、ザックの重さを量ったことはなかったが友達(いわ)く20㎏は優に越していたらしい。その時は部員で共用のものは分けて運んだので、今回の梨奈の荷物はもう少し重いだろう。


「あははは、現実逃避は終わりか」


 気合を入れて近くの木にザックを立てかけるとその隣に梨奈が(無駄なことと知りながら)背伸びをして立つ。

 比べるとだいたいザックと梨奈が同じ高さだった。ちなみにパンパンに詰め込んだザックの高さが1mくらい。つまり、


「これはないな」


 苦々しい表情でつぶやく。目覚めてから思いっきり目を背け続けていた問題にぶち当たる。


「子どもになっちゃった・・・・・・」


 そうしてもう一つの問題。


 さっきの蛇が上って行った木を見る。木自体はいかにも普通の広葉樹だがだいぶ遠くでも時折見える鮮やかな蒼いもの。蛇の種類を知らないからと言って日本に鮮やかな蒼い蛇がいないことは知っている。

 さらに言うと蛇に()が生えていたのを見てしまっていたのだ。

 日本だけでなく世界にも翼が生えた蛇がいないことはわかる。梨奈が知らないだけかもしれないが。


「ついでに異世界の確率が濃厚?」


 大きくため息をつくと上を見上げる。残念ながら青々と茂った木の葉しか見られない。




 やけに川の音が大きく聞こえた。

 ワンゲル——ワンダーフォーゲルの略。登山を中心にスキーや沢登りなどの野外活動をしている。

 ザック——リュックサックのこと。梨奈が背負っているのは60Lのもの。高校生などが背負っているリュックサックは大体20から30Lくらい。


 ワンゲルの存在を知ってほしい。

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