V.S仮面野郎
ゴブルガンに弾を食わせる。単発式と言うのはそろそろ使い難くなって来た。代え時か? そう思うが手に馴染んだグリップはどうにも手放し難い。
煙幕をもう一発。SGを放り投げてしまったので、足元に転がしたシェルを踏み砕くことで発動させた。崖の上からの雑な銃撃は気にしない。あっちはガララがどうにかする。レサトがどうにかする。ベイブにも少しくらいなら期待してやっても良い。
だからケイジは目の前の同胞の相手をすればいい。
同じだから分かる。
この場において――と言う限定状況だが、強化兵として起きた状態のアレの相手が出来るのは同じであるケイジだけだ。ガララは未だ勝ちの目がある。だが、メガネさん達でもキツイ、ベイブは問題外だ。
「一応、確認しときてぇんだが……テメェ、ケージじゃねぇよな?」
「?」
何のことだ? そう言いたげに肩が竦められる。違うらしい。ま、そうだろうな。ケイジだって本気でそう思ったわけでは無い。体格が違う。ケージよりも大分背が高い。そして細い。ひょろ長い。
「次、どうして俺のことを知ってる?」
「――」
「ヘィ、ダンマリかよ?」
「――」
「オーケイ。仕事人たるもの、黙って実行ってわけだ。良いね、クールだぜ」
――そんじゃ、やろうか?
ひゅん、と風切り音。言葉尻に合わせる様にケイジが跳ねた。
踏み込み/同時/薙ぎ払い
鋼の右がひょろ長い身体の上に乗っかった首を仮面ごと掻き切るべく振るわれる。下がって躱された。軽い。いや、緩い動きだ。それでも無駄のないソレは嵐のようなケイジの連撃を回避してみせる。
弾丸の様にケイジが跳ねて、殴りかかるのに対し、まるで木の葉の様にふらふらゆらゆらと仮面野郎は下がって行く。
向かい合っての猪突戦に見せ掛けた尻追い戦。強化兵と言う種類は同じでもケイジと仮面野郎では根本の戦い方が違う。
ケイジが近接連撃を主体に組んで行くのに対し、仮面野郎の狙いは恐らくは返し技。今もケイジを追ってこさせる為の銃撃が来ている。自動拳銃だ。連射は効く。それでも機関銃程ではない。鋼の右を防御に当てる。
右目は爆ぜた。
視界は半分になっている。
ソレは強化兵の仕様上の不具合だ。細い毛細血管は拍動を加速させた心臓に耐え切れない。それでも耐えきった方の眼は弾丸すら見切って見せる。ケイジと仮面野郎。強化兵同士の戦いにおいて、射撃は決定打には成り得ない。
手入れのされていない森だ。木の根は無作為に生えているし、トラップの危険もある。ケイジはなるべく仮面野郎の後を踏む様に追う、追う、追う。
「……」
捌き損ねた一発が頬に熱を引く。呪印のガードは引き撃ちと言う消極的な戦法で既に削られている。「ふっ!」と腹に力を入れた。足に力を入れた。一際強く踏み込んだ。防御が削れた。相手の一撃が命に届く。だから行け。楽しく、嗤いながら――死地へ行け。
ウィル・オ・ウィスプ。
暗闇の中、仮面野郎の右手で光るマズルフラッシュが鬼火の様に揺らいだ。揺らいで消えた。ちげぇ。距離を詰められた。読まれた。合わせられた。盾撃。叩き込まれた本命がケイジを吹き飛ばす。バランスを崩す。右手を地面に付くことでどうにか倒れることは防いだ。そこまでだ。追撃。「――」。来る。
「知ってるよ」
思わず呟いた。
読んでいる。いや、そんな恰好良いもんでもねぇな。当たり前だ。バランスを崩した。ならば死ね。それだけの話だ。だからケイジは読んでいた。だから対応出来る。右手が爆ぜた。地面に杭を撃ち込んだ反動で、今度はケイジが一気に距離を詰めて間合いを狂わせる。箭疾歩。そんなんだ。どんなんだ? カンフームービーで見た。
三足分の間合いを一気に詰めて、かち上げた肘鉄を盾に叩き込む。今度は仮面野郎がバランスを崩した。
カウンターからのカウンター。
後の後。
――ひゅっ、と言う風を切る刃の様な呼吸音はケイジから。肺が膨らむ。心臓が脈打つ、血が奔る、肉が駆動する。
「――」
だがソレに対応してこその東軍強化兵。とっ、軽い跳躍。それで崩れたバランスを仮面野郎がリセット。着地を踏み込みに、返し技型の仮面野郎がその真価を発揮する。
面の盾撃ではなく、盾を寝かした状態での線の盾撃。攻めに重きを置いた一撃が返される。
それは攻撃だ。
それは仮面野郎の領域ではなく――ケイジの領域だ。
「――」
踏み。歩く。
盾を踏みつけ、嗤いながらケイジが一歩。引き絞られた右の掌打が仮面に向けて放たれる。点火。炸裂した機構が杭を打ち込んで――
「ヤァ。躱すかよ。良いね」
マジかよ。アホじゃねぇの? 躱すんじゃねぇよ。反射速度はあっちが上か。クソが。そんな内心の驚愕と悪態をニヤニヤ笑いにケイジは押し込んだ。
「――にしても、良い面じゃねぇか色男? ヘィ、もっと良く見せてくれよ」
言いながら、右手の杭で貫いた仮面をゴブルガンに引っ掛け、くるくる回す。
「――ッ!」
それを見て、ばっ、と顔を隠す仮面野郎。指の間から憎悪に染まった瞳がケイジを射抜く。射抜いて来たので、ケイジはニヤニヤ笑いながら手を振り返してあげた。
「――」
折角のファンサービスに特にコメントを残すことなく、元仮面野郎は森に溶けて行った。逃げたらしい。「……」。うっそだろ? 仮面が壊れたくらいでかよ。
「……どんだけ恥ずかしがり屋だよ、一周回って気持ちわりぃな」
ケイジは嫌そうに言って仮面をそこら辺にぺぃ、と捨てた。
SGの銃身を握る。
走って来た勢いそのままに跳躍をする。
鍛え上げれらた体幹は空中に置いてもケイジの思う通りに身体を動かした。
スイング。
バットの様に扱われた名銃、Bラック社製のスプリンター50Mは突然の持ち主の無茶ぶりにも対応して見せ、ベイブが隠れるカバーに投げ込まれたグレネードを敵陣に打ち返した。
突然の登場からの珍プレーに対応が遅れる壁役A、B。リーダー格なのか、HMG騎士がとっさ、撃ち返されたグレネードの上にBを転がした。爆発。呪印のガードが堅い騎士の中でも壁役をやるだけあって、Bは死んでいないらしい。息はある。だがそれだけだ。
怪我人は戦場では死人以上に荷物になる。
「ヤァ! 見たか、ベイブ? ホームランだ!」
はっはーと笑いながらヒーローは降り立つ。
「け、ケイジぃ……」
「どうしたどうした? 鼻水が出てるぜ子豚ちゃん? 虐められたのかぃ? ヤァ。良くねぇ。ソイツは良くねぇな。ファックだ。イイコにしてたテメェを虐めた狼は――煮て食っちまおう」
笑う。目を引く、耳を引く、派手に登場したケイジはカバーの内側に潜り込むと、半泣きで隠れていたベイブのLMGを奪い取ると、雑に撃ち始めた。応射がくる。激しい。ベイブはコレにやられたのだろう。かわいそうに。いや、それでビビって隠れてたんならやっぱりクソだな。後で苛めよう。そう思った。
「ひっ、ぅぅぅ――」
情けない鳴き声。ソレを挙げながらベイブが前に出た。盾で銃撃を受ける。弾雨を気にせずに撃てるようになったケイジの銃撃が少しだけ正確になる。拮抗していた状況が動いた。HMG騎士の背後で影も動いた。ヘルムのスリットからトゲが生える。終わる。天秤は一気に傾く。
『ケイジ、今度は仕事の時間だ』
『――ヤァ』
言葉と同時に飛び出す。
まだ薬は抜けて居ない。
人の領域の外側の動きは許可されている。だからケイジは崖を駆け上がった。最後の一歩を力強く。跳躍。SGを拝む様に構えたケイジが月を背負って強襲を掛ける様はまるで悪魔の様に映っただろう。
壁役Aの頭に向かって、引き金を引く。盾で防がれた。降り立つと同時に、ストックでAの腹を打つ。その際にリロード。くの字に折れ曲がって首の後ろを晒してくれたので、ヘルムの隙間から見える肌色に銃口当てながら引き金を引いた。
首がとれた。
ころん、と落ちる。血が噴き出す。カバーの内側に居た盗賊と魔術師C、D、それと神官と暗黒騎士がガララの奇襲とケイジの強襲に混乱する。
『神官頼む』
『それじゃ暗黒騎士をよろしく』
瞬間の優先順位付け。獲物を定めたケイジとガララが笑いながら擦れ違う。
暗黒騎士が機工手甲をこちらに向ける。反応が遅い。味方を巻き込むことに躊躇したのだろう。こういう状況でも平気で撃てるリコはある意味、逸材だったのだろう。「……」。悪い意味で。
苦笑い。浮かべて、反応が遅れた暗黒騎士に請求書代わりにスピリタス入りのスキットルを放り投げ、撃ち抜く。中身が暗黒騎士にかかる。残火。指の先の火花がソレを火に変えた。
やっぱりリコは逸材だったのかもしれねぇな。
そう思う。当たり前だが、暗黒騎士の装備は火に強い。蛮賊の残火など、小細工をしても気に成らないレベルだ。
リコなら怯まない。不意打ちでも怯まない。
だがこの暗黒騎士は怯んだ。動揺していた。それはあるだろう。同情をしてやってもいい。っーか、してやるよ。
「ドンマイ」
言いながらゴブルガンをヘルムに宛がい、引き金を引いた。孔が開く。中身が噴き出す。クリア。
『クリア』
『ガララは未だ。次は――』
『ケー、ケーだ。盗賊だろ?』
『うん』
ヨロシク。
ガララの通信に返事をすることなく、振り返る。レサトが盗賊の上で、いぇあ! と鋏を掲げていた。「……」。後は近距離ではどうとでも出来る魔術師達だけだ。ジオの様な例外なら兎も角――
「ヘィ、そのおミソが詰まったご自慢の頭で考えて、選びなガリベン野郎共。シンプル・イズ・ベスト。分かりやすい質問だ」
一息。
「生きてぇか? 死にてぇか? どっちだぃ?」
一般的な魔術師は蛮賊にこの距離で銃口を向けられたらバンザイをするしかない。
スプリンター50Mたん「こんなっ、こんなの初めてっ……!」(ケイジの扱いに対して)
アンナルートだとここでケイジが神官に行くので、ルート判別が出来るところ。そんな小ネタ。