同朋
衝撃が来た。
次の瞬間、多脚戦車ががくん、と落ちる。足を折られた。その判断を瞬時に下し、車内のケイジ達は動き出す。女騎士たちは動けた。ケイジ、ガララ、レサトもだ。ただ一人、ベイブは遅れた。手を差し伸べるか? そんな思考。「……」。まぁ、良いか。そんな結論。だから代わりに零れる前にレサトのジュースを掴んだ。
「ヤァ。すまねぇ。水漏れには気ぃ付けてたつもりなんだがな……」
「ご心配なく。洗濯機が壊されて、その壊した相手が我々と接触しようとしている。それだけで相手が動くには十分ですよ」
「そうかい。予想の範囲内っーわけだ。つまり――」
「それに対応出来る様に集まっています」
そら頼もしい。ケイジはそう言う代わりに、手にしたジュースを飲んだ。レサトが、こいつしんじられねぇー、と振り返って鋏を掲げて来た。来たので、残りは返してやる。
「手伝うぜ」
「と、言うかガララ達も込みだよね?」
ガララの言葉に返事はせず、メガネさんが、すっ、とメガネのブリッジを長い人差し指で持ち上げる。ノーコメント。そう言う答えだ。「は、」と乾いた笑いを零しながら、ケイジはSGのセーフティを外し、鋼の右拳を握って、開く。鋼鉄の軋む音は猛獣の唸りの様なモノだった。
「――側面銃眼からの射撃に合わせて扉を開きます」
「オーケイ。アサルトはこっちが持つ」
「任せておいて」
すっ、とガララがマントを挙げて口を隠す。それだけで、準備をしたと言うだけでその二メートルを超えるはずの彼の存在感が薄くなる。それは一流の盗賊にのみ与えられる影の祝福だ。技能でもない。呪文でもない。言語化と体系化が出来ない業。
それが為されるのと同時、扉が開いた。レサトが飛び出す。ケイジはレサトの平たい身体を盾の様にして。射線を塞ぎながら外に出る。一瞬で戦況を把握。装甲車の折れた足、五本中三本。罠による絡め手ではなく、純粋な火力。火の匂い。焦げる匂い。それの下には魔術師が三人居た。先ずはアレだ。装甲を抜ける可能性が一番高いのがアイツらだ。潰してしまえば一気に有利になる。
「グレネード、行くぞ!」
言って、投げる。敵がソレを躱そうと動く。慌てて地面に飛ぶ様に伏せる奴も居た。ケイジとレサトは気にせず突っ込んで、蹂躙した。単純な暗号だ。『行くぞ』はグレネードのピンを抜かなかったことを味方に告げる言葉だ。SGの引き金を引く。地面に伏せていた奴の頭が割れた。
「くそっ!」
嵌められた! その言葉を言う代わりに魔術師BがSMGでの牽制射撃をしてきた。ケイジはその射線から逃れる様に走り出す。逃げきれない。知っている。だからレサトがソイツを転ばせ、伸し掛かり、鋏で指を切って、喉も切った。終わる。
暗闇の中で仕事をするのは何もガララの専売特許ではない。
低い位置からの足へのタックルは夜闇の中では視認することすら難しい。
『ガララ!』
『捕まえたから一度引く、援護』
『ヤァ』
通信に返される通信。
あっさり終わらせて貰えたA、Bとは違い、魔術師Cは接待コースが用意されてしまったらしい。同情するぜ? だがそれだけだ。
壁のポーションをベストから抜いて、放り投げる。出来た壁に体当たりをする様にして隠れた。
魔術師は三人。一パーティは六人。あと三人。いや、相手の目的を考えれば、もう何パーティか噛んでいるだろう。っーかメインがいねぇ。絶対に騎士は居るはずだ。その答えを肯定する様に銃撃がカバーに叩き込まれた。壁を削って、ケイジを喰う。そう言う攻撃だ。カバー越しに覗いてみれば、案の定HMG。両手でしっかりと構えた騎士が一人、その護衛に二人が付いていた。いや、それだけではない。更に魔術師が二人、壁に守られた状況から火球を打ち上げ、迫撃砲の様に倒れた装甲車を狙っていた。
「……」
距離よりも高低差がキツイ。走り寄る間に終わらされそうだ。
相手からの奇襲だったから覚悟はしていたが、がっつりとフォーメーションを組まれている。乱戦主体のケイジとガララにはあまり楽しくない戦場だ。
『背後のカバーはこちらが持ちます。どうにか――』
『やらせて貰うさ』
メガネさんからの通信に良い返事。
どうにかしないと壁が削られて死んでしまう。だったら自発的に動くべきだ。
「けっ、ケイジ!」
「……ヤァ、どうしたベイブ? 迷子になっちまったのか? レンガのお家はあっちだぜ?」
ガリガリと削られるカバーに走り寄ってきたベイブに、ここは藁のお家だ、とケイジ。言われたベイブは鎧を着ての全力疾走の弊害で、息を切らせながら『違う』と首を振る。
「ぼ、僕も手伝う。手伝え、って……」
「……そうかい。そんじゃベイブ。先ずは指を組め。そんで顔の前に持って来てこう言うんだ。あぁ神よってな。ヤァ。ソレが俺がお前に要求する仕事って奴だ。クールにこなしてくれよ?」
騎士は鎧を着て戦場に出る者が大半だ。
当然、鎧を着て動くことが出来なければ話にならない。
つまり全力疾走したくらいで肩で息をする様な奴の練度はお察しなのだ。
「ちがっ、本当に、大丈夫! じゅ、銃のモノが良くて、呪印の構成も攻撃に特化させた。この場で、一番火力があるのは僕なんだ……っ!」
うぉえ、と咽ながらベイブ。それを半目で見ながら、ケイジは通信を飛ばす。
『ヘィ。頼んでもねぇ豚肉が生で届いたんデスガー?』
『そのままお召し上がり下さい』
『最大火力を主張してんだけど?』
『品質保証書は後で送ります』
「……」
あぁ、そう。言葉に乗せずに、代わりに頭をガリガリと掻いた。
「……ベイブ、得物は?」
「えっ、LMGだ」
「防御系の呪文は?」
「勿論あるさ!」
「……そーですかい」
本人も、一応やる気がある様だ。ズボンの裾が引かれる。カバーに隠れながらの射撃に備え尻尾のSMGを展開させていたレサトが、どうするの? と寄って来ていた。自分の仕事が奪われそうな気がしたのだろう。「……」。三秒。考えた。まぁ、ミスって一番死ぬ可能性が高いのはベイブだ。だったら良い。
「オーケイ、野郎共。作戦をくれてやる。レサト、ガララ、回り込め。俺は正面から行く。――ンで、ベイブ」
「何だ?」
良い返事。続きを口にしようとして、ケイジはふと気が付く。ミスったら一番死ぬ可能性が高いのはベイブだが――二番目は俺かぁ、と。「……」。思わず黙った。「どうした?」何でも言ってくれ、とベイブ。諦めた。
「テメェはフォローだ。壁を盾にしながらご自慢の火力を見せてくれや。あぁ、くれぐれも俺を撃たねぇでくれよ?」
ややうんざりとしたようにそう言った。
「任せておいてくれ!」
「……」
素敵だ。無駄に良い返事が不安を煽ってくれる。
「あぁ、ケイジ。ガララがコレを君に、と」
渡されたのはスキットル。蓋を開けて匂いを嗅いだら粘膜がやられた。くしゅん、とくしゃみを一回。だが、まぁ、知っている液体だった。
「……それは?」
「スピリタス」
「……今、飲むのか?」
「まさか。コイツで重要なのはな、一応口に含んでも問題ない可燃性の液体ってことだぜ」
煙幕を撃ち出すと同時に飛び出した。
相手が狩人や銃士では無いので、大した意味はない。殺意はばら撒かれる様に飛んでくる。盗賊も居るのだろう探索で探されたのか、相手からの射撃は大まかながらケイジの位置を捉えていた。
だから走れ。
動けば当たらない。
撃ってくれれば音でガララに、レサトに、あと一応ベイブに相手の位置は伝わる。
木を盾にする様にして銃撃をやり過ごす。煙幕はこちらの視界も塞ぐ。夜。それも奇襲で戦わされる馴染みのない場所だ。下手に動けば木の根に足を取られてその瞬間にでも終わりかねない。罠だってあるだろう。中々に嫌な戦場だ。
「……」
――どうする?
本命はガララとレサトだ。高低差もあり、ケイジでは崖の上の騎士は簡単には仕留められない。ケイジの仕事は囮をやりながら、ガララ達が崩した瞬間に詰めて食い荒らす役だ。目を引かないといけない。耳を集めないといけない。こん、と鉢がねでSGの銃身を叩いた。ぞわり、と背中に悪寒。
煙幕の先から『何か』が投擲された。デカい。グレネードではない。叩き落とす。ゴロン、と転がったのはエルフの女の生首だった。両頬を洗濯ばさみで摘ままれて無理矢理笑顔にされていた。「――」。良い趣味だ。
ぶわっ。
と、煙を突き破って、ソイツが来た。仮面をかぶっている。種族は不明。体格が良い。左手に盾を持って居る。右手には正方形の奇妙な銃だ。ナックルガード付きのSMG。オーダーメイドだろう。
右手が横に払われる。とっさ、身体を沈めるケイジの頭上を真一文字に斬線が奔る。木が削れて、木くずが散った。鋼の右で盾を払い、腹を殴る。だが打ち込む前に退かれた。いや、逃がさねぇよ? 強襲。奔る熱が身体能力を跳ね上げる。踏み込み、膝――叩かれ、頭突きが来た。応じる。仮面と鉢がねが火花を散らす。ケイジが笑う。
――残火。
口に含んだ液体を吹きかけ、火を点ける。威力は無い。ビビらせる為のモノだ。相手はビビった。大げさに下がる。重心、後ろ。好機。足を掛け、肩に担ぐようにしてSGのストックで打つ。ぐるん、回る。吹き飛ばない。「?」。手応えがねぇ。疑問。回答。
宙返りした仮面野郎が地面に降りると同時、バネ仕掛けの様に逆回転。頭上から墜とされたSMGのナックルガードがケイジの肩を打ち、撃たれる。弾く、明後日を向いた銃口は空を撃つが、ソレを気にすることなく叩き込まれる盾撃。騎士だ。それが分かった。代償としてケイジは盾にしていた木から弾き出される。
「――」
SGを捨てる。ゴブルガンを抜く。右の拳を少しだけ丁寧に造った。行け。
踏み込み、低く。下から上へのアッパーカット。見切られる下がり、カウンター気味に蹴りが来た。ゴブルガンのグリップで叩き落とし、引き金を引く。顔面を狙った。身体を逸らして躱された。足払い。掛けた。手応えなし。あぁ、知ってんよ。予想通りに自分から飛ばれた。読んでる。水面蹴りを一回転させる間に軌道を変更。緩やかに半月を描き、昇った蹴り足を叩き落とす。
「……」
これも避けられた。
起き上がった相手の表情は泣き笑いの仮面のせいでさっぱり分からない。おちょくられてる様な気すらする。
こんこん、と仮面を叩く仮面野郎。ケイジの視線を集めておいて、その仮面がずらされる。目が見えた。左目だ。
「――あぁ」
成程。
そう言うことか。
ケイジは納得した。ケイジは理解した。仮面野郎の機能していない赤い目を見て、ケイジは仮面野郎が先の連撃を躱したことに納得をして、仮面野郎の正体を理解した。
――獣と交わった仄火の民の中には稀にそう言うのが生まれる。
ケイジもそうだ。
ケージもそうだ。
そして――
『ガララ』
『トラブル?』
『ヤァ、流石だ。話がはえぇ。控え目に言ってファックだ。聞きてぇか?』
『……あんまり』
『駄目だね、聞け。――相手が“俺”だ』
仮面野郎もそうだ。
ニィ、とケイジが笑う。仮面野郎が仮面を戻す。薄くなった煙幕が突風で流される。木を背負うケイジと、その正面に立つ仮面野郎の姿がはっきりと認識出来る様になった。
『ヤ。了解。そう言うことならこっちは気にしないで。――ケイジ』
ガララからの通信に無言を返し、真っ赤なアンプルを取り出し、首に当てる。打ち込まれた薬液が血管を走り回り――
『勝利の時間だよ、やってあげて』
相棒の声援をゴーサインに右目の毛細血管が爆ぜて、獣が起きた。
今日は
ハロウィンだから
久しぶりに
doggyを更新してみたよ!!
良かったら読んで頂けレバー。