旧友
「こちら、あちらのお客様からよ」
とオレンジ色のディアンドルを纏った赤い髪の魔女種が銀髪のダークエルフの前にパフェを置けば――
「これ、あそこのお客様からでーす」
と、緑のディアンドルを纏った銀髪のダークエルフが赤い髪の魔女種の前にパフェを置いた。
そしてそんな二人が言う『あちらのお客様』は何故かケイジが指し示されていた。
「ありがと、ケイジ」
「ありがとうね、ケイジくん!」
読んでいた資料から目を放し、コーヒーを一口。それから目頭を軽くほぐして意識をはっきりさせる。そうして見間違えと聞き間違えでないことをしっかりと確認した後――
「……ヘィ、それは何の『ありがとう』だか俺に教えて貰えねぇかな、お嬢ちゃん達?」
こんこんこん。テーブルを叩きながら説明を求めてみた。
「何って、そりゃぁ――」
ねぇ? とアンナが小首を傾げながらリコを見る。
「パフェを御馳走になったお礼デス」
もむもむとスプーンを咥えながら言って来た。
「御馳走した覚えはねぇんだが?」
「ウェイトレスの同席って、オプション料金とる奴よ? そっちはタダにしてあげる」
「……何時からンなキャバみてぇなサービス始めたんだよ?」
だったらコッチに来てサービスしてくれよ。ケイジは言いながら椅子を一つ引っ張って来て隣に置くと「ほれ、ここだ」と叩いて見せた。
「ケイジくん何読んでたの? 字? わぁ、さすがー」
「……」
特に抵抗が無いのか、リコが座って身を寄せて来た。資料を覗こうとして来たので、隠す。一応、金を払って得たモノだし、騎士ギルドとの揉め事のタネだ。見せるのは駄目だろう。「ケチ!」。リコが膨らんだので、ぶにゃ、とその頬を潰しておいた。
「……揉め事?」
リコよりは察しが良いアンナは資料に興味を示すことなく、ぱくぱくとパフェを食べていた。「まぁな」。そんなとこだ、と肩を竦めてケイジは資料を片付ける。「ベイブくん?」。仕舞い損ねた写真をリコが目ざとく見つけてしまった。
「ケイジくん、またベイブくん虐めるの?」
「……人聞きのわりぃことを言わねぇで貰えますかね?」
虐められてたのは俺だ。そう言いたいのを呑み込む代わりにデコピン一発。もう良いから席戻れ、アイスが溶けるぞとサービスタイムを終わらせ、席に戻す。
「ケイジくん、ケイジくん、あがり迎えたってほんと?」
「ヤァ。何だよ、耳が早ぇじゃねぇか」
知っているのは蛮賊ギルドの一部とガララ位だ。盗賊ギルドの上の方もガララと同期と言う見方で推測は出来ているだろうが、それでもはっきりと表には出していない情報のはずだ。
「外から見ると分かるんだけどね、アンタ、結構注目されてるのよ」
「噂になってたよー」
これはお祝いです、とアイスの乗ったスプーンをリコが差し出した。「……」。遠慮なく頂いた。冷たい。甘い。バニラの柔らかい甘みは割と好みだ。
「間接ちゅーだね?」
にこにことリコ。
「そうだな」
あっさりとケイジ。
「……照れるとかして欲しかった」
「悪かったな」
基本的に純粋なことに定評のあるケイジだが、生憎とそこまでのピュアさは持ち合わせていない。だからアンナにはプリンの部分を寄越せと要求して、小鳥の様に食べさせて貰った。
「そっちは? ゼンとは昨日ちょい会ったけどよ、あんま良くねぇみてぇだな?」
「……錆ヶ原から先に行けないわ」
「多分、このまま錆ヶ原にいる間に“あがり”になるとは思うけど……」
追いつけない。困った様に笑ってリコが言葉を呑み込んだ。
「……」
電子タバコの電源を入れたケイジはなにも言わずに煙を吐き出した。まぁ、何も言えない。馬鹿にする気は無い。それだけの差が出来てしまった。それだけだ。
ヴァッヘンの外。
枝の様に別れる無数の細道を有するヴルツェ街道の細い枝の一つの先で会うことにした。
サイドカーに腰を下ろし、ドーナッツつくって! ドーナツ! と足元でかしゃかしゃ動くレサトのリクエストに応えて、月を囲う様にケイジは煙を吐き出した。三つ。薄い煙でも頑張って作られた輪が空に昇って行った。想像よりもしょぼかったので、レサトは不満そうだ。別にこれ以上リクエストに応える気も無ければ、今日の分は服用したので、ケイジは電源を切ってタクティカルベストの胸ポケットに押し込んだ。
人工の光はバイクのライトのみ。月明りと星明りは頼りなく、森の夜は暗い。
「……来ないね」
「来ねぇなぁ」
「ケイジはどう思う?」
「どうかな。どうだろうな。美味い話ではあるから来てくれるような気もするが……」
「美味い話過ぎて来ないかもしれない?」
「ヤァ。それだ。因みに俺なら来ねぇ」
「……帰る?」
何でガララ達はここに居るの? と半目でガララ。それに半笑いをへらっ、と向けて「まぁ、少しはまとうぜ?」言いながらアリアーヌの酒場からテイクアウトしたコーヒーを差し出してやる。
「待っても来なかったら――何処へ逃げようか」
「ラスターで良いんじゃね? ギルドの影響はあそこが一番すくねぇ」
重い言葉が出る。
今やっているのは分の良くないギャンブルだ。
何時ぞやキティと一緒にやった神官ギルド幹部への恐喝。今回はそのフェーズを一つ進めたモノ。つまりは握った弱みを『売る』段階だ。
暗黒騎士ギルドでもないのにクスリを扱った騎士ギルド系列のラプトルズ。
遠く離れたラスターでの出来事とは言え、甘い汁を吸いあげていた幹部は居る。ソイツがケイジを舐めてくれた。だったらこっちも相応の対応をしないと失礼と言うモノだ。
その幹部と対立している相手を今回の顧客と定めてみたのだが――釣れなければケイジとガララは騎士ギルドを丸々敵に回すことになる。
幹部の弱みでは無く、組織の弱みとして捉えられた。そう言うことだ。
コーヒーは直ぐに冷めた。退屈したレサトが周囲の散歩に出かけた。二回、佇むケイジ達を獲物と勘違いしたゴブリンの襲撃を受けた。
「……」
空を見上げれば下の方が欠けた月がほぼ真上に来ていた。そろそろ良い時間だ。太陽が昇るまでには大街道を抜けときてぇな。そう判断を下そうとした。
「……ケイジ」
短く、鋭く、ガララが声に警戒を滲ませる。
探査。魔力による観測がゴブリンよりも大きな人型を捉えたらしい。
「数」
「六。一パーティだ」
「配置」
「全部正面だよ」
「――」
ふぅー、大きく息を吐き出し、にやりと笑う。賭けに勝った。いや、まだ勝ったかは分からない。だが、第一段階は突破した。と、思う。そう思いたい。盗賊を雇って潜伏でガララの探索をやり過ごしている可能性もあるが、ガララを騙せるレベルとなると値が張るし、それは騎士好みのやり方では無い。だから多分大丈夫だ。そう言い聞かせる。
「ケー。頑張って夜更かしした甲斐があるってもんだ。――レサト、戻れ」
誠意って奴を示しときてぇ。
言いながら軍用サイリウムを圧し折って転がした。向こうからこちらが見える様に。そう言う配慮だ。暗闇の中にケイジとガララとレサトが浮かびあがる。向こうに一瞬の動揺。先に察知されたことに驚いたのだろう。
それでもこちらに会いに来たのだ。だから近づいてくる。
予想通りの顔が見えた。まぁ、窓口には――良いチョイスとは言い難いが、それでも一応は知人だから選ばれたのだろう。
錆ヶ原までは行ったらしい。
失敗をし、一応反省をし、多少の学習をした彼は以前の様に金と権力で進むのではなく、一応は実力で前に進んでいる……らしい。
「……でも相も変わらず周りは女の子ばかりだね」
少し呆れた様なガララの声。
「面は良いし、口がうめぇからなぁ」
それに苦笑いを浮かべながら答え、やって来た騎士の一団の先頭を歩く男に声を投げる。
「ヤァ。ひっさしぶりじゃねぇか、元気してたかよ、子豚ちゃん?」
多分、人気投票をやるとロイくらいには勝ちそうな人気キャラ