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見渡す限り……否、見果てぬ錆色の大地である錆ヶ原は、その実、原っぱでも何でも無く、地中に埋まった巨大なドーム型の研究施設だ。錆色の地面の正体は本当にただの錆びた蓋だと言う訳だ。
旧時代最盛期に造られた研究所は狂った機械の意志に呑み込まれて尚、転がる様に次の技術を生み出し続けている。
だったらソレを奪わないなんて嘘だ。
そんな訳で今日も今日とて開拓者は錆ヶ原に潜って行く。
「空きは後一パーティだ! 誰か乗る奴いるか!」
錆ヶ原の開拓者達から『バス停』と呼ばれる場所に威勢のいい声が響き渡る。
バスとは名ばかりのピックアップトラックの前で犬系の獣人が吼えていた。銃鍛冶師か、機械技師か、そのどちらかは分からない。分からないが、こうして呼び込みをやって居ると言うことは職人系だろう。ピックアップトラックを改造した装甲車で引っ張るコンテナには既に二パーティが乗り込んでいて随分と狭そうだ。それでももう一パーティを捻じ込む気らしい。
「……」
それでも奴隷商《ご主人サマ》に詰め込まれたトラックよかマシだな。そんなことを思いながらケイジは車に視線を奔らせる。
――雷とイナゴ。
車体とコンテナに描かれたメーカーロゴには見覚えが無い。
小さい工房か? 何となくそう思う。だったら行けるかもしれねぇな。そう判断し、パーティメンバーを見る。「ガララは良いと思うよ」。そう言葉に出してくれたガララの結論がパーティの総意らしい。ならば行こう。
錆ヶ原は暴走機械の領域だ。キャラバンタウンの外に安全に車を停められる場所は無い。かと言って狙うモノがモノだ。どうしたって重くて車が無ければ金目の物を持ち帰れない。
だから開拓者はバスに乗って錆ヶ原の入り口に行くことになる。
つまり錆ヶ原の探索にはバスを出してくれるスポンサーが必要なのだ。特になんのコネも無かったケイジ達は先ずはバスに乗せてくれるスポンサー探しからやらなければいけなかった。
「ヘイ、兄さん! 立候補するぜ!」
言いながら近づくケイジを犬獣人が見る。上から下まで。ブーツから鉢がねまでだ。機械技師か? 銃を凝視しないので何となく、そう当たりを付ける。
「……貴様、来たばかりだろ?」
「ヤァ。初々しさが滲み出ちまってるかな?」
ヒクヒクと鼻を動かす犬獣人に、見ての通りのピュアボーイだと肩を竦めるケイジ。
「腕に覚えは?」
「ねぇよ……と言うと思うか、この状況で?」
「思わんな」
「まぁ、テメェで言うのもナンだが――割とやる方だと思うぜ?」
「ここにいると口だけの野郎に良く会うんだが……貴様はどうだ?」
「口だけじゃなくてヤれる所を見せてくれってか? どうすりゃ良い? 丁度良い的でも用意してくれんのかい?」
「銃を見せろ」
「……テメェ、銃鍛冶師かよ?」
「意外そうだな?」
「俺の銃にそこまで注目して無かったからな」
何となく機械技師だと思ってたぜ、と正直に自白するケイジ。
「このロゴ、見たことないか? アルベだ。……まぁ、従業員数人規模の小さい工房だがな。SMG専門でやって居て調整や改造だけでなく、オリジナルも造って居るんだぞ」
だからSGにはあまり食指が動かんかったのだ、と犬獣人。心なしか、尻尾の元気が無い。マイナーであることは自覚していてもその事実を突き付けられるのはやはり嬉しくないらしい。
「あー……何か悪かったな」
これが俺の玩具だ。
言って、ケイジは愛用のSGを見せる。スプリンター五〇Mのアサルトカスタム。蛮賊の手荒な扱いに耐える為にヤジローの手で所々を補強されたソレは新しい割に使い込まれていた。
「フン。中々良い色だ……パーティ名は?」
「ジャック」
「聞いたことが無いな。他の面子は?」
犬獣人の言葉にケイジが半身になり、壁際で待機している連中を見せる。耳の良いロイとリコはこちらの会話を聞いていたのか、自身の得物を隠したり、見せていた。ガララからのお古を使っているリコはお見せ出来ない有様だが、ロイは得意気だ。手に馴染みだした二丁の自動拳銃はソコソコ良いお値段がすると以前言っていた。
だが残念。宣言通り犬獣人はSMG専門なので自動拳銃には食指が動かない。「シンドウ銃器のアクア・ウィンターモデルか……だが、あの改造は……」ガララの腰に下げられたSMGに夢中だし、それ以上にアンナにじゃれつくレサトに夢中だ。
「あの自動戦車……お前たちの物か?」
「まぁな」
「世代は?」
「機械脳と生体脳の複合だから――」ふぃ、と視線を上に泳がせるケイジ。解体屋時代の知識を思い出す。脳内で自動戦車の歴史を思い返しながら指を立てて行くと親指と中指の二本が立った。「第五世代だな」
「……乗せてやっても良いし、稼げる入り口を紹介してやっても良い」
少しの思案の後、犬獣人から出て来た言葉。
「……」
それに『それで?』とケイジは腕を組んでうっすら笑いながら視線で先を促す。
「今回の仕事が終わった後で良い。あの盗賊のSMGをウチで買え。酷くて見てられん」
命を預ける以上、銃にはこだわるのが開拓者だ。
だから有名な開拓者が愛用すればそのメーカーの知名度は上がる。強い――自分よりも先を歩いている者が使っていると言うのは安心感がある。
そうなると困るのが自分の工房を立ち上げたばかりの銃鍛冶師だ。有名所は既に有名所の工房を愛用している。これでは名を売ることは出来ない。
なら、どうするか?
答えは簡単だ。有望な新人のスポンサーになる。
有名になりそうな開拓者が無名の内に囲い込み、自分のブランドの広告塔になって貰う。
これは錆ヶ原における材料や技術が欲しい職人系と、移動手段と獲物を捌く場所が欲しい戦闘系の間で結ばれる一時的な契約ではなく、長期の契約だ。
犬獣人――ディンが今回ガララに申し出たのはそう言う契約だった。
「ここに来たばかりで『そう言う話』が貰えるのは運が良い。受けておくことお勧めするぞ、若いの」
そんなことを一緒に乗り合わせたドワーフの騎士から教えられてケイジは「ヘェ?」と感心した様な声を出しながら隣に座ったガララに肘鉄をかました。
「すげぇじゃねぇかよ、ガララ。受けとけよ」
「と、言うか何でケイジはスポンサーのことを知らないの? ヤジローもそのつもりだよ」
「え? 何? 俺、知らない内にアイツに囲われてんの?」
怖いんだけど。ケイジは軽く戦慄した。あぁ、でもそうか。考えてみればヤジローは結構我儘を聞いてくれるし、調整も安くやってくれている。既にケイジは他の工房に態々持ち込む気にはならない。成程。確かに囲われてんなぁ……。少し遠い目になった。
「……将来、有望でも、死ぬときは一瞬さ。僕は、ここで、多くの大樹の芽が枯れるのを嫌と言う程みたよ……君達はどうかな?」
くくっ、と笑う不健康そうなエルフの女魔術師。泥沼に生える細い木の様な女に笑われると上手く笑い返せないことが分かった。ちょっと不吉過ぎる。
人通りの多い道で『そこの人、貴方、良くないモノを背負ってますよ?』と言うだけで小銭程度なら稼げそうな不吉な雰囲気がある。羨ましい。いや、羨ましくはねぇよ。何言ってんだ。
そんな不吉エルフをドワーフが「こら!」と肩でド突く。これから潜る場所が潜る場所だ。縁起でもない。
「装甲車やその自動戦車と戦った経験があるのなら分かると思うが、生物を相手にする感覚で当たると詰むぞ。街で見かけたら酒の一杯くらい奢ってやるから……奢らせてくれよ、若いの」
それでも不吉エルフの言うことはそれ程間違いではないらしく、降りる際には不器用なウィンクと共にそう警告をして行った。
ディンはいくつかある錆ヶ原の入り口の一つでケイジ達を下ろした。
「来たばかりの貴様らには似合いの場所だ。ここから掘った成果物で貴様らの実力を測らせて貰う」
上手に出来たらもう少し上に、しょぼい物しか持ち帰れなかったら今後のご活躍をお祈りを、そして死んだらサヨウナラ。そう言うことだろう。
「今日から三日は一日に一回他の見回りと一緒に来てやる。生きていて徒歩で帰りたくなければ覚えて置け」
「……出て来て他の工房の車が来てた場合は?」
「乗っても良いが、オススメはせん」
「……ケー。理解したぜ」尻が軽い開拓者はモテない。少し考えればそれ位は分かる。他の工房に乗り換えるのは、ディンの工房がケイジ達を捨てた後だろう。「明日もこれ位の時間に来るのか?」
「そのつもりだ。……一日で出るのか?」
「慣らしだぜ? それ程深くまで行く気はねぇよ」
賢明だ。そう言う様に軽くケイジの肩を叩くとディンは残り二パーティを別の入り口に案内する為に潜って行った。ピックアップトラックが砂埃を上げて地平線に消えて行くのをレサトが鋏を振って見送った。道中を共にしたバスの中から何人かが手を振り返してくれたのでレサトは満足そうだ。
「……黒いボディに砂の汚れって目立つな、オイ」
「入ったらあたしが拭くわ。……それとも、もう拭いておいた方が良いかしら?」
「そうだな……」
ふぃ、とケイジが視線を周囲に走らせる。小さな入り口だ。元はここで働く人間用の物なのだろう。大型所か中型に分類される様なオートマタですら通るのは困難だろう。そう思う。それならば広い外での作業よりも中に入った方が良いかもしれない。そう判断した。
「いや、中に入ってからで良い。……ガララ!」
ロックピックの出番だぜ? そう言って視線を向けるとガララはレサトが背負っていたアタッシュケースを引っ掴み、扉に向かった。マントの内側のタクティカルベストから太い筒を取り出す。「……」。蓋の様な部分を回した後、おみくじを振る様に一度、かしゃ、と振ると目的に合わせたドライバーが出て来た。良く出来た工具だ。少し面白い。ケイジがそう思ったのだからレサトにはクリーンヒットだ。デカい図体で子供の様にガララの所に行こうとしだした。
「……アンナ」
やっぱ今拭いてくれや。
「レサト、こっちに来て」
言葉にしなかった部分を正確に補ってくれたアンナの笑顔の一言。ソレで機械のサソリは回れ右をした。進行方向をガララからアンナに変えて寄って来た。単純だ。
「ケイジくん、ケイジくん、レサトにも防砂ワックス掛けた方が良くない?」
「そんなんあんの?」
「わたしの鎧にも塗ってるよ」
ほら、と肥大化した右腕を見せてくるリコ。成程。レサトと同じ黒いボディには砂が付いていない。
「……リコさんや、そう言うモンがあるなら教えて置いてくれやしませんかねぇ?」
「あはは、今言ったでしょ、お爺さん」
「ボケ老人相手みてぇな返ししてんじゃねぇよ。っーか今言ってもおせぇんだよ婆さん」
分かれ、とリコの鼻をつまんでから作業中のガララの下に向かう。ハンドサインでロイとリコに周囲の警戒を任せるのも忘れない。
「……どうだ?」
「うん。講習で見た通りだ。これならここにモミジを繋いでスイッチを入れれば――」
ゥン、と電気が奔る音が耳に届いた。アタッシュケースが稼働中であることを示す様に緑色の光を出す。「……」。分かりやしぃけど、目立つな。今度ガムテでも張っておこう。ケイジがそんなことを考える間も、“彼”は夢を見る。
白濁した人工血液が循環する中でどんな夢を見ているのかは分からない。と言うか夢を見る余裕があるのかも分からない。“彼”の仕事はソレではない。
「……割と時間かかんな」
「未だ回路が出来て無いからね。これからに期待だよ」
成長する鍵。脳内臓型の電子キーである新メンバーはそんなケイジ達の言葉に答える様に重い扉のロックを解除した。
このキャラの呪印ってどんなん? と聞かれたのと、
アンナの髪色を間違えると言うちょんぼをやらかしたのでdoggyの時と同じように設定資料集を造りましたー。
このキャラ前に出た? とかなったら見て貰えたらなー、と。
まぁ、まだ主要人物分しか出来てませんがね!