キャラバンタウン
新人狩りの野盗たちは狩った後、当然の様に狩った獲物の持ち物を売り飛ばす。
そうである以上、キャラバンタウンの現在位置はしっかりと把握している。地図に書かれた日付を追いかけてみて解ったのは、今は散った人々が好き好きに適当なオアシスに拠点を造る形成期の次、有力な商店や工房、或いは開拓者がいる場所に集まる集積期の様だ。現在、主だった有力者が集まって居るのは錆ヶ原の北。チサが予言――と、言うか勘で言った場所だった。
「凄くない? ウチ、凄くない?」
「……」
ただの勘じゃねぇか。そう言ってやりたい所だが、後ろでユキヒメまで得意げな顔をしているので、言えば喧嘩位にはなりそうだ。そう判断したケイジは「あぁ、すげぇな」と適当なコメントを吐き出しておいた。
目的地が分かれば話は早い。無理をすれば一日で付きそうだと言うことも有り、昼夜で運転手を代えて走り続けることにした。
「先に俺、次にガララ、アンナ、また俺。んで、銃手の方はアンナ、リコ、ガララ、リコの順番な」
休憩は勿論間に挟むが、六時間交代のプランだ。十二時間ぶっ続けの労働は省いている。三人の顔を見渡すと特に苦情は無さそ――
「ケイジくん、わたし運転したい!」
今日こそは行ける気がする! と、元気よくリコ。
「却下。テメェなんの練習もしてねぇだろうが。その行ける気とやらは気のせいだ」
「ぶぅ」
「……」
無視をすることにしたので、特に苦情は無かった。リコが膨らんでいるのは気のせいだ。そんなケイジの足元に近寄って来たレサトが鋏をかしょかしょやって居た。仕事が欲しいのだろう。「テメェはいつも通りにサブの銃手だ」。そう言うと、了解! と敬礼されたので、ケイジも返礼で敬礼をしておいた。
「……ケイジ、ロイは?」
「家からは交代要員はだせねぇよ」
通常の一パーティ六人制ならもう一人交代要員が居るが、生憎ケイジ達は五人と一機と言う変則チームだ。何故か運転手じゃんけんに参加してきたレサトだが、奴は銃手の真似事は出来ても運転手は真似事すら出来ない。「……」。本当にどうしてじゃんけんをしに来たのかが謎だ。
「チサんとこの嬢ちゃんがどうにかするだろ。後で俺から頼んどく」
ほれ、今も可愛いお耳のお嬢さんがロイの隣に座っているだろ? とケイジ。
「うん。でもロイは格好つけだからガララは代わらないと思うよ」
「そこは自業自得っーことで良いだろ?」
正直、そこまで面倒は見切れねぇぜ? そんなケイジの意見にガララも「それもそうだね」と頷き、後部キャビンに入って行った。奪った装甲車は車高が随分と低い。居住性は前のモノ以上に死んでいるだろう。
「……」
何となく、ケイジは行く先の道を見た。
旧時代の道は荒れ果てている。ボロボロになったアスファルトは完全に使い物にならないのなら諦めが付くのだが、中途半端に直され、中途半端に使えるのでかえって性質が悪い。そんな道でもケイジ達はその道を使うのが一番速くて、一番安全なのだ。
「……六時間」
ガリガリと神経を削られるであろう時間は口に出すだけで体力を削る魔法の言葉だ。ソレに呑まれない様に頬を張り、ケイジは運転席に乗り込んだ。
ケイジが空を見上げると、東の空がうっすら明るくなっているのが見えた。
その視線を下ろしてみればオアシスを囲む様にして並ぶ無数の大型トレーラーとそこから電気を引っ張って明るく光る街並みが見えた。
建造物は無い。移動が前提なので、全てがテントだ。
錆ヶ原における人の領域、キャラバンタウンにはどうにかアンナが運転している時に到着することができた。既にアンナも交代間近だったが当初の予定よりも随分と早く着いた。全輪駆動の八輪車は走破性と速度の両方を絶妙のバランスで実現しているようだ。
「大分早く着いたけど、これからどうするの?」
「取り敢えずテメェとガララは寝てろや」
「ううん。今寝ると夜寝られなくなりそうだから起きてるわ」
何かあるならあたしも手伝ってあげるわよ? とアンナ。正直有り難い。労働の手は多い方が良い。「ガララ」テメェはどうだ? 問い掛け。毛布を肩から羽織って車体に寄りかかって居た赤錆色のリザードマンは眠そうな声で「うん」と言った後、大きな欠伸をした。
「ガララも起きて居ようと思う。でも身体を動かして目を覚ましたいよ」
「ケー。そんじゃテント張っといてくれ」
「場所は車の傍? ここは停めていて良いの?」
「あー……そか。それがあったな。先に手続きしてくっから――」
「なら食事の準備でもしているよ」
「えー……ガララくんは何でも直ぐに赤くするからにゃー」
そんじゃ頼むわ。ケイジがそう言うよりも前に、腕まくりするガララシェフにリコが文句を言っていた。ケイジも何となく「あー……」と声をだした。種族がバラバラだと味覚もバラバラだ。人間、リザードマン、ダークエルフ、魔女種に草食獣人と言うバラバラな種族で構成されているケイジ達は食事当番によってメニューが結構変わる。ケイジの造る料理は味が分かり難い、薄いとガララとリコに文句を言われるがアンナには「おだしとるの上手よね、アンタ」と褒められるし、ロイに至っては「ケイジさんが食事当番の日は当たりです」と言ってくれる。
そしてガララは香辛料を大量に使った辛い料理を作る。ケイジは嫌いでは無い。リコだって普段は文句を言わない。だが移動で消耗した朝からアレはちょっと嫌だ。
「レトルトで済まさねぇ?」
「……眠気覚ましに成らない。後、街中で保存食を食べるのはガララはどうかと思うよ」
そうでした。ケイジは軽く肩を竦める。
「……もう、ラジオ体操でもしとけよ。そんで朝飯は屋台で済ませようぜ」
頭が働かねぇし、色々めんどくせぇよ。
そんな雑なケイジの提案だが、ガララも特別料理がしたかった訳では無いようであっさり了承した。
「身体動かした後は荷物の整理でもしておくよ」
「あぁ、かっぱらったもんはチサ達と分けることになるから――」
「うん。大丈夫。欲しい物は別にしておくよ。弾と、グレネード系で良い?」
「食糧も貰っておいた方が良いと思うわ」
「ケイジくん、テントもあっちのが大きかったよ?」
「……だ、そうだ」
「わかった」
かくん、と首を縦にガララ。そしてそのまま視線を起こさずに足元を見る。そこにはロイを背負ったレサトが居た。
「……ロイは寝かせておくね」
「ヤァ。ここまで徹底して尽くすのがモテるコツだってんなら――俺は良いな。諦める」
凡そ十八時間。ロイはハンドルを握り続けていた。
多分二十四時間でもぶっ通しで運転するつもりだったのだろう、このイケジカは。
キャラバンタウンは襲われることが前提と言う欠陥を抱えた都市だ。
そして襲われたら逃げなければならない。
そうなってくると好き勝手にオアシスの周りに車を置いたらいざという時に渋滞が起こり、事故が起こってしまう。
適当に置いた車の主が錆ヶ原に潜っている時に襲撃があればその車は障害物になってしまう。そして開拓者はポンポン死ぬ。持ち主が全滅した車は更に動く見込みの無い障害物だ。
緊急時にそんなことになったら結果は『悲惨』の一言だ。
だから錆ヶ原のキャラバンタウンには地図屋が居て、街の設計図を描いている彼等に車を停めて良い場所を聞かなければならない。
その辺に適当に車を停めていたら解体されても文句は言えないのだ。
「あれ、ユキヒメちゃん?」
「先程ぶりですわね、リコにケイジ」
そんな訳でリコを連れて地図屋の下に向かったらそのユキヒメが居た。
「何でここに居んだよテメェ? 確か残ってるスールの部隊がいるからそこに間借りするんじゃなかったのか?」
「そのつもりでしたけど、車ごとに申請はしないといけないらしくて……」
「へぇ? 随分とめんどくせぇな」
そんな雑談をしながら三人で並んで地図屋のテントに入って行く。大きなテーブルに上にオアシス周辺を拡大した地図が置かれ、ピン――ではなく方向の概念が追加されたフラッグが置かれていた。ケイジ達の様に新しくここに来た者に、既に場所を貰ってはいるが、不満が有る者。様々な人々が集まって居た。
「登録ですか? 移動ですか?」
台車を押しながら、ゆったりとした一枚布を巻いた眼鏡を掛けたリザードマンの――多分女性がそう声をかけてきた。ガララと比べると随分と流暢な共通語だ。
「登録だ」
「皆様、同じパーティで?」
「いや、ちげぇ。俺とコイツは同じパーティだが――」
「私は別ですわ」
「畏まりました。パーティ名をお願いします」
「ジャック」
「ゲルヒルデ第五小隊ですわ」
名乗ると眼鏡リザードマンが台車に積んだファイルを引っ張り出し、中を確認する。有名パーティであるスールに所属しているユキヒメ達は兎も角、ケイジの様な小さいパーティは載って居ないだろう。ケイジはそう思って居た。
「パーティリーダーを確認させていただきます。ジャックはケイジ様、ゲルヒルデ第五小隊はチサ様で宜しいですか?」
「はい、間違いありませんわ」
「……」
「ケイジくん?」
返事しなくて良いの? とリコが服の裾を引っ張って、それでケイジは戻って来た。
「あぁ、問題ねぇ。すげぇな、ソレ。俺等みてぇなマイナー所も載ってんのか……」
「――」
分かりやすく――他種族にも分かる様に露骨に表情を動かして眼鏡リザードマンが笑った。「……オーケイ。聞かなかったことにしてくれや」。ケイジもこれ見よがしに大きくリアクションを取った。他のパーティの情報が載っている本に興味を示すというのは余り歓迎されたモノでは無いだろう。
「それではこちらのフラッグをどうぞ。次はこちらの列にお並び下さい」
ケイジの態度に『それで良い』と頷きながら、眼鏡リザードマンはケイジとユキヒメに黄色い旗を手渡した。
「あら? イエローですの? 出来ればブルーが頂きたいのですが……」
「ヴァルトラウテ第一小隊の方々がブルーゾーンに居られることは承知しておりますが、この配置は各パーティへの評価で決まっております」
何卒、ご理解を。そう言って頭を下げると眼鏡リザードマンは次の人の下へ向かって行った。頭は下げるが、交渉には応じないと言うことだろう。その後ろ姿をユキヒメが「むぅ」と唇を尖らせて見送っていた。
「ねぇねぇユキヒメちゃん。色で何か違ってくるの?」
「安全度――いえ、大切にされる度合いが違いますわ。街の中心に近い方から順にブルー、イエロー、レッドとなっているんですの」
「襲撃があった場合、外側の連中が殺られたり、防いでる間に中側の奴等は逃亡――ってか?」
「見ての通り、中心地には発電車や浄水車もありますから……仕方ありませんわ」
「……まぁ、人命と比べてどっちが高いか何て考えるまでもねぇな」
へっ、と半笑い気味なケイジにユキヒメは軽く肩を竦めて見せる。人の命、特に弱い開拓者の命など安いモノだ。レッドゾーンに多数配置された彼等のことを思えばまだイエローゾーンに入れた自分達は恵まれている方だろう。
列の先では怒号交じりの交渉が繰り広げられている。ひょぃ、と覗いてみればレッドゾーンに送られた開拓者が少しでも内側に入れてくれ! と叫んでいるのが見えた。
「次っ!」
と長時間のストレスでイラつきを孕んだ声で促された。促されたので、ケイジはユキヒメの腰を軽くぽん、と叩いた。
「ケイジくん、セクハラ?」
「……ちげぇよ。単なるレディーファーストって奴だ」
「あら紳士? ではお言葉に甘えさせて頂きますわ」
くすくす笑う口元をフラッグで隠しながらユキヒメ。そんなケイジ達の様子に担当者の男は「チッ!」とかなり大きめの舌打ちをした。「……」。中々に素敵な態度だが、ケイジは大人しくしていることにした。ストレスの多い仕事でクソみたいな連中を相手にした後、目の前で女のケツ付近を触って許される男がいたらケイジだって舌打ちをする。誰だってする。と、言うか撃つ。それをやらないだけ、この人間の担当官は人間が出来ている。
地図屋を任されていると言うことは、錆ヶ原に長くいるのだろうに、その男は生白かった。分厚い眼鏡の奥の眼はケイジが親近感を覚える程度には凶悪だ。
開拓者相手に『揉める可能性のある仕事』に就いていると言うことは少なくとも“あがり”は迎えているのだろう。それでもゴリゴリの暴力の匂いはしない。「……」。生白には悪いが、錬金術師ギルドのギルド長、薬付けの全裸白衣をケイジは連想した。
「えー……初めてさんで、ゲルヒルデ第五小隊っと……スール?」
「えぇ、そうですわ」
「ほいほい。でフラッグの色はイエロー……希望の場所は?」
「殿方だけのパーティに囲まれる場所は遠慮したいですわ。後はなるべく内側に」
「優先順位は? 言った順番で良い?」
「はい、それで」
その返事に「ふむ」頷いた生白は地図に視線を走らせた。ケイジとリコはそれを見ながら、ほぅ、と何となく溜息を吐いた。成程。あぁして決めているのか。
「ケイジくん、家はどうするの?」
「……まぁ、同じ様な条件だなぁ」
「ケイジくんはえろぃなぁ……」
「エロくねぇですよ? リコちゃんとアンナちゃんの為ですよ?」
パーティリーダーの気遣いに気が付いては貰えませんかね?
「そなんだ。そんじゃ癒したげる」
ぎゅー!
言いながらケイジの腕にリコが抱き着いた。Tシャツ越しだが、まぁ、それなりに柔らかい。「ど? 嬉しい? 癒される?」と訊かれるが、今の状況ですら周りの野郎共から凄い目を向けられて居るのだから正直に答えることは出来ない。特に正面、生白からの視線が痛い。あんだけ目ぇ開けてるとドライアイで黄色い旗を赤と見間違えられないかが心配になってくる。
「……彼氏が浮気してるけど良いの?」
「すまねぇ、ユキヒメ。テメェの気持ちには答えらんねぇわ」
「私よりも先に否定しないで貰えます!?」
どうせ否定するのだから別に良いだろう。
女心は難しいと言うよりも理不尽な気がする。
「彼氏じゃないけどオトモダチ?」
別に本気でそう思って居たわけでは無いのだろう。
吼えるユキヒメを半分無視しながら生白がだるそうにペンで頭を掻きながらそう尋ねた。
「……そうです、ただの友達です」
「脈なしだとよ」
「ヤァ。悲しいぜ? 泣きそうだ」
「雑談は宜しいので、進めて下さらない?」
笑顔で睨まれたケイジと生白は二秒ほど見つめ合って同時に肩を竦めた。
「このっ――!」
その態度にユキヒメの眼が吊り上がった。だがそれよりも速く生白は新しいピンを三か所に突き刺し、説明を開始していた。
「希望に合いそうなのはこの三点、周囲にある程度の男女混合パーティが居るから『そう言う』揉め事は他よりも起こり難いだろう。まぁ、自衛はしっかりして貰わないと駄目だが……で、オススメはここだ」
「……オアシスから少し遠いですわね」
「オススメの理由は簡単だ。基本、車の配置は同じポイントに二台置く。で、ここは今、二台分の空きがある。つまり――」
「知らない方と隣になるよりは――と言うことですわね」
「そう言うこと。勿論、イエローゾーンだから」
ちらりとケイジに視線が向けられたので、左手の中のイエローフラッグをくるくる回して見せた。生白が確認したとでも言う様に軽く頷いて、視線をユキヒメに戻す。
「どうする?」
聞かれたユキヒメが振り返ってケイジを見る。
「……家としてはありがてぇぜ?」
「……勘違いされる前に言っておきますけど……探索はご一緒できませんわよ?」
「端から期待しちゃいねぇよ。一番ちけぇご近所さんが泥棒じゃねぇって確信できるだけで十分なんだよ」
「そうですか。それでは――」
手を差し出された。握手ではない。ケイジはその手の中に、持って居たフラッグを置いた。ケイジからユキヒメに、ユキヒメから生白に渡されたフラッグは、地図の同じポイントに背中合わせで置かれた。
お隣さんが六人の同年代の女の子(含む獣人とリザードマン)って書くとエロゲっぽい。