じゃんけん
『状況!』
通信に乗せた叫びがパーティメンバーの下に送られる。返って来たのは『問題無いです』『行けるわ』『余裕だよ』『もう燃やして良い?』と言う素敵な回答だった。
ケイジ達は車で一度、痛い目に合っているので、多少は動きが良い。アンナですら殻の呪文で身を守っての車両飛び降りをこなせる程だ。
相手はそんなケイジ達に面食らっていた。対応が遅れ、運転手は衝突の際に逃げ出しもせずに運転席と一緒に潰れているし、銃手は一発も撃たずに永遠の職務放棄だ。
二台の装甲車を囲む様に四台の装甲車が止る。ここからが勝負だ。一台に一パーティとして四パーティ。多少は削ってあるが、それらを相手しなくては行けない。ならば早く動こう。
「リコ!」
ハンドサイン、正面の車の後ろに回れ。ケイジのその指示を受けてリコが動くのを見ながら、ケイジは首が曲がった死体を放り投げ、銃座に付く。そしてそのままボタンを押し込む。ケイジ達の車に付いているモノと比べると随分とモノが良い。側面から襲撃して来た一台にしこたまぶち込む。良い威力だ。運転席の鉄板を数発で突き破り、悲鳴を一つ。更に後部キャビンを狙って追加の悲鳴を上げさせる。
横に付けた装甲車からユキヒメともう一人が飛び降り、土壁のポーションで造り出したカバーに隠れ銃撃戦を開始していた。リコは足が遅くて間に合わなかったらしい。後部キャビンから何人かが抜け出し応戦していた。「ちっ」と舌打ち一つ。銃座から飛び出し、SGを抱えて走り出すケイジ。
そこに銃撃が来た。六発。下からだ。垂直に昇って来たソレは高度を確保した後、水平に軌道を変えてケイジに襲い掛かった。見えて居ない。雑な狙いだ。だが、それをカバーする様に撃ち出された弾丸は顔を庇ったケイジの左腕に突き刺さった。
魔銃使い。
元より攻撃力の高い職業ではある。あるが……一発で抜かれると言うことは相手の呪印の深度は思った以上に深いらしい。「……」。軽く唇を湿らす。何、格上殺しは慣れたモノだ。いつも通りにやろう。
『リコ、粘性燃料。後、全員注意しろ、敵さん呪印深度がふけぇ』
通信での呼びかけに返される肉声の「らじゃった!」。その言葉と同時に銃撃を盾で防ぎながら飛び出したリコが右手から半透明の塊を吐き出す。
ぶつかって、爆ぜた。
カバーに隠れていても関係ないと言わんばかりの一撃。遅い一撃だが、ユキヒメ達が良い感じに囮になって敵は避けられなかった様だ。
「撃つな、撃つな、撃つなっ! 暗黒騎士のスライムだ! 誘爆するぞ! 戦線を下げる! 浄化急げ!」
判断が早い。すっ、とケイジの眼が細くなる。
無理な攻撃を止めてリコの火炎放射の射程から逃れる様に敵は下がって壁を展開した。そして煙幕。カバーごと煙に沈み、ユキヒメ達からの射線を隠し――更に走って抜けて、カバーを再構成した。
戦いなれている。現にユキヒメ達は釣られて煙の中の無人のカバーを撃っている。成程。巧い手だ。ケイジは感心した。だが残念。上に居たケイジからは丸見えだった。
『リコ、十時方向に敵だ。ガスグレネードの後に火ぃつけてやれ』
「おけおけ」
楽しそうな声。リコの眼が煙を囮に造られた新しいカバーを見つけた。「あはっ!」と言う笑い声と共に、ガスグレネードが、ぽぉん、と山なりに放り込まれると、直地と同時にぶしゅうーとガスを噴出して回り出した。広範囲に巻かれるガス。ソレで射程と範囲を伸ばしたリコが駆け寄りながら火炎放射を吐き出した。
ガスに火がついて、燃えて、粘性燃料にも火が付いた。「――! ! !!」どろどろになって居た敵が次の瞬間、炎に包まれ、無音を吐き出しながら地面を転がった。その程度で火は消えないし、身体に付いた粘性燃料も取れない。そしてこうなってしまえば呪印の深度は関係ない。火だるまになった奴らは終わりだろう。
「……」
なった奴は、だ。
神官の浄化が間に合ったのだろう。
『ケイジくん、二人抜けた!』
『ヤァ、見えてるぜ。リコ、テメェはガララの方に行ってくれ』
『? ケイジくん一人で良いの?』
『手負いだ。それに数はまだ敵の方が多いからな』
元より数が少ないのを障害物と先制攻撃で誤魔化しているだけだ。分断した状況を維持しないと死んでしまう。
『ケイジ、行く前に少し降りてきなさい』
そんなアンナの声。従って降りると加護、声援、継続治癒の呪文の後に「行ってきなさい」と背中を叩かれた。とびっきりの援護だ。
屋外での煙幕の持続時間は薄い。それでも未だ残っていた煙を使ってケイジは奇襲を仕掛ける。カバーの位置は分かっている。敵はそこに居る。ケイジは走って背後に回り、煙が晴れるまで待った。晴れた。カバーに隠れるスキンヘッドとテンガロンハットが見えた。片方は先程一発くれた魔銃使いだろう。もう一人は……盾持ちだから騎士だろう。二人はケイジに気が付かず、背後からユキヒメ達に奇襲を仕掛けようとしているようだ。「……」グレネードのピンを抜かないで投げる。「グレネード!」走り出しながら大声で叫ぶケイジの声に敵二人は動かされた。視線でグレネードを追って、ケイジの言葉を理解して、慌てて横っ飛びにカバーから飛び出した。
「馬鹿野郎! 上のは仕留めたんじゃなかったのか!」
仲間割れ……と言うのもお粗末だが、爆発するであろうグレネードから自分を守る為、スキンヘッドがテンガロンハットを盾でぶん殴り、グレネードの上に放り投げて逃げた。
「……」
「……」
カバーに駆け寄ったケイジと、カバーに転ばされたテンガロンハットの眼が合う。へらっ、と二人でふんわりした笑顔を交わし合った後、ケイジが左腕の血の跡を見せた。テンガロンハットの表情が固まる。
「ちがっ、それは――」
「あばよ」
言うだけ言ってケイジはテンガロンハットの頭目掛けて引き金を引く。二発。それだけ掛かったが、一人仕留めてカバーを奪った。まぁ、上々だろう。ケイジはピンを抜いてないグレネードを拾いあげ、カバーから飛び出して盾にデカい身体を隠しているスキンヘッドに見せびらかす様にぶらぶら揺らした。
「……ヤァ、何だよテメェ? これにビビったのか? デケェ身体してクソダセェなオイ」
「っ、のクソガキがっ!」
「何ソレ? タコの真似? 似てんな。素敵だぜ? おひねりやるよ、手を出しなスキンズ」
ケイジはカバーに隠れながら、ハゲは盾に隠れながら数発撃ち合った。「……」。拙い。そう先に判断したのはケイジだった。「硬てぇな」。思わず呟いたソレが答えだ。盾に守られた相手の防御が抜けない。防御が巧い。そして攻撃が的確だ。時折飛んでくるSMGの射撃はケイジをカバーの内側に釘付けにしてくれた。「……」。呪印の深度で負け、技能でも負けている。これは少し拙いかもなぁ。ケイジはそう思った。それは相手にも辿り着ける結論だ。
「……」
様子を窺うように盾を構えたまま、スキンヘッドが立ち上がる。盾で守られていない足を狙ってケイジは撃った。外れた。掠った程度だ。にぃ、とスキンヘッドが笑う。怖くない。そう判断されたのだろう。こちらに近づいてくる。ケイジは立ち上がったスキンヘッドを飛び越える様に山なりの軌道でグレネードを投げた。
「今度は抜いたぜ?」
「ッ!」
おら、走れよ。弄る様にゆっくり歩こうとしていたスキンヘッドに嗤いながらケイジ。ケイジの狙い通りに腕を振って走り出すスキンヘッド。盾が剥がれていたので、その顔目掛けて撃つ。だが残念。それ位なら防げる技量がスキンヘッドには有った。
「残念だったな」
笑いながら盾を下ろすスキンヘッド。
「そうでもねぇよ?」
それに合わせて距離を詰めていたケイジの返答。
手刀での眼付。躊躇なく放たれたソレが攻防の隙間の油断を突いてスキンヘッドの眼に突き刺さる。
「っ!」
痛みに顔を歪めながらも、盾での一撃。ケイジはまともに喰らうのを嫌って後ろに飛んだ。押される衝撃。「……」。妙だ。リコの盾撃と比べると威力が無い。ただ振り回しただけ。そんな感じだ。
「ぶっ殺す!」
ケイジのその疑問に答える様に、スキンヘッドが首筋に赤い溶液の入ったアンプルが突き刺さった。
「RMD……同業かよ……」
うへぇ、と嫌な顔。
装備で職業を判断しては行けませんと言う良い例だろう。盾持ちの蛮賊が居ても良い。そう言うことだろう。
だが、これなら少し楽だ。強襲からの近接戦闘で呪印を削り切り、ゴブルガンで撃ち抜くつもりで居たのだが――
ひゅ、と鋭く息を吸ったケイジが大きく左にブレた後、潰した目の死角に潜る様にして右にブレた。そのケイジ目掛けて振られる強化された膂力による盾の一撃。当たれば骨を持って行かれるだろうソレを潜る様にやり過ごしてケイジは手の中のモノをスキンヘッドに突き刺した。
「効かねぇな!」
「だろうな。蚊にさされた様なもんだ」
と、ととと、軽いバックステップ。距離を取り、SGの引き金を引く。力任せに振られた盾の一撃で散弾が跳ね返された。「!」。流石に驚いた。追撃が遅れる。距離が一気に詰められる。スキンヘッドさっきよりも調子が良さそうに見える。いや、実際に良いのだろう。盾の一撃を弾いてやり過ごすが、力が強過ぎてケイジのバランスも崩れた。
「命乞いなら聞いてやるぞ?」
SMGの銃口が向けられる。
「そうかい――」
言いながらケイジは降参、という様に両手を上げる。
SMGの銃口はまだ向けられている。向けられて居る。向けられて――居た。
「? ??」
「要らねぇよ」
ぐらり、とバランスを崩すスキンヘッド。その口から、鼻から、目から、ごぼっ、と血が噴き出した。
「敵の目の前で打つなって言われてただろ?」
おら、もう一本行っとけ。
言いながらケイジは自前のRMDを打ち込んでやった。心臓が押し出す血液にのって更に体中に回ることになった真っ赤なドラッグは入った分だけ追い出す様にスキンヘッドの中から血を追い出した。
チサがケイジの代わりをして注意を引いてのガララの無音殺人術。開戦時点で視界から消えていたガララと言う存在に襲撃者は随分と酷い目に合わせられたようだ。
襲撃者二十四人の内、生き残ったのは僅かに四人、内一人はオーバードーズでぴくぴくしている。
「……俺、割とピンチだったんだけど?」
相性の――と、言うか相手が馬鹿だったから無事だっただけなんだけど? とケイジ。
「ガララの無音殺人術は呪印の影響が無い所を狙うから」
仕方ないでしょ? と、ガララ。
「それより死体どうするの? 燃やす?」
わたし、頑張るよ! とリコ。
「……いや、燃やさねぇよ」
「えー……」
「アンナ! ちょぃリコ見とけ!」
歩きだした幼児よりも目が離せない十七歳。それがリコだ。目を離すと燃やす。別に良いじゃん、死んでるんだしと燃やす。既に二つ身元が分からないレベルで燃やされているのだ。これ以上は駄目だ。何故ならこの死体は持って行くのだから。
「けーちん、やっぱり何人か手配書に載っとった。確認したのがウチじゃなくてゆっきーだから間違いないよ!」
「ヤァ。それなら安心だ。んで?」
「生死問わず。つまり鍵の材料にも出来やすね。結果論ですが……あの手間は何だったのかって気分になりやすね……」
ほらこれです。そう言ってロイが差し出してきた手配書にはケイジがクスリ漬けにしたスキンヘッドが載っていた。無駄に良い笑顔だ。
「走れる装甲車ですけど、三台確保しましたわ。その内の一台の荷台に死体は詰みましょう」
「金になる可能性があるとは言え……ヤァ。ゾッとしねぇドライブだな、オイ」
そんな車の運転、買って出るとかユキヒメサン、マジカッケーです。
「あら? こう言うのは男性の役割ではなくて?」
「……こう言うのは後輩の役割だ、ロイ」
だからお前が行け、とケイジ。ロイは露骨に嫌そうな顔をした後「……公平にじゃんけんはどうですかね?」。と、言って来た。匂いがキツイので嫌なのだろう。
「仕方ねぇ。それじゃじゃんけんで決めてやるよ。ただし――」
ケイジが言うとじゃんけんしたいだけのレサトが運搬中の死体袋を放り出してやって来た。それを、と言うかその手をケイジはちらりと見る。「……」。何故来た? どこに勝ち目を見出した。そんな疑問が出て来たが、まぁ、良い。
「パー以外だしたら……ヤァ、分かるよな、ロイ?」
「ケイジは良いリーダーだね。ガララもじゃんけんで良いよ、ロイ。……でもパーを出した方が良いと思うよ」
「……公平?」
「公平だろ? 別にグー出してもチョキ出しても良いんだぜ?」
「うん。出すのは自由」
でも出した『後』は知らない。そう言うことだ。
「おら、行くぞ。じゃんけん――」
ケイジとガララ、レサトはチョキを出した。ロイはパーを出したので、一人負けだった。
でも助手席には口説いたワルキューレが乗ってくれたので、ある意味ロイの一人勝ち。