リーダー会議
耳の良いダークエルフが魔女種に余計なことを言ってくれた結果、ケイジは見張りと称されて両サイドを彼女達に挟まれて眠る羽目になった。癖で右を向いて寝たいのに、右を向くと左側のアンナが抗議をする様にシャツの裾を引っ張ってくるのが辛い。普段はTシャツトランクスと言うスタイルで寝るのだが、流石に……とズボンを穿きっぱなしなのも辛い。「……」と、言うか両側からやたら良い匂いがして寝にくいのが辛い。抱き着き癖が有るのがよりにもよってリコなのが地味に辛い。
「……ケイジ」
「……」
「寝れた?」
「……」
そんな訳で、見張りの後、運転席で熟睡していたであろうガララが朝食に呼びに来た時、ケイジは、ビッ、と寝たまま中指を立てて応じた。一睡もできなかった――とまでは行かないが、眠りが浅かった上に自由に寝返りがうてなかったので寝た気がしない。
その他の事情もあり、起き上がる気の無いケイジとは違い、それなりに熟睡していた女性陣は「んー」と背伸びをしたり「あふぅ」と欠伸をしたりしながら体を解しながら起き上がっていた。両方髪が長いので、それなりに乱れている。アホ毛が生えていた。
「もうごはん?」
「顔洗ってから行くわね」
「アンナちゃん、今日は髪もしっかりしとこ?」
「……そうね」
言ってアンナが「ほら、起きなさいよ」とケイジを揺する。目は開いている。だが、起き上がる気は無い。だがリコが無理矢理ケイジの手を取って引き起こしてしまう。
「ケイジくん、良く寝れた?」
「……」
「いふぁいよ?」
八時間睡眠をとったダークエルフは健康そうだ。ぶつ切りで三時間程しか寝れていない人間種はそんな艶々したダークエルフのほっぺを無言で引っ張った。
その日、一日中ケイジは銃座に付くと言って眠った。勿論、見張りになって居ない。
「ガララは死にたくない。リコとアンナは? どう?」
それを見たガララから『添い寝禁止令』が発動された。街中なら兎も角、外でケイジが使い物にならないと言うのはパーティ的に直接生死に関わる。
まぁ、初日こそそんなトラブルが有ったが、二パーティ合同での移動は色々と楽だ。見張りから食事の用意などの手間が減り、結構自由に動ける時間が取れた。
スールはそうすることによって移動の際のリスクを減らして行動しているのだと言う。
ケイジはそんな話を地図を広げたテーブルを囲みながら訊いた。
錆ヶ原はまであと一日と迫った四日目の夜、街の位置を探る為のパーティリーダー同士のチームミーティングだ。卓にはケイジ、チサ、ユキヒメが付いていた。
「……」
もう叶わないことは承知だが、ベイブ達が真っ当に伸びてくれてりゃなぁー、とケイジは肉団子をスプーンで避けながらシチューを啜った。
「んで、ソレなのになんでテメェらは今、一パーティなんだよ?」
「ウチの思いつきで行動したからさっ!」
けーちん、なんで肉団子避けるの? と、チサ。
「……マジでテメェがリーダーやった方が良いんじゃねぇか」
好きなモンは最後に食いてぇんだよ……と、言いながら行儀悪くスプーンでユキヒメを指すケイジ。
「いやですわ」
あと、お好み次第ですけど、チーズ入ってますから割ると美味しいですよ、とユキヒメが答えた。
それなら。と、スプーンで肉団子を割る。溶けたチーズがシチューに混ざる。割った肉団子と一緒に一口。大ネズミの臭さを誤魔化す為のハーブが少し強い様に思えた。何となく別の卓のロイを見ると、少し困った様に耳をぱたぱたしていた。奴は匂いの強い料理が苦手なのだ。女子の手料理だから残す分けには行かない。行かないが、匂いがキツイ。ボス助けて。という状況なのだろう。残念だが、ミーティング中なので無理だ。
目が合う前にケイジはロイから視線を切って地図に視線を落とした。
態々、錆ヶ原周辺を拡大した地図だ。用途が限定されているので、ケイジはこう言う物は用意しない。用意したのはユキヒメ達だ。備品の流用。これも大型パーティの強みだろう。
「ンで、どの辺にあると思う?」
「二ヵ月前、シュヴェルトライテ……五番隊の本隊が経った時は――ここのオアシスにあったそうですわ」
ユキヒメが言いながら地図にピンを置く。
錆ヶ原に街は無い。
何故なら稀に錆ヶ原の中から暴走機械の群れが現れ、街を襲うからだ。防御を固めようにも近い町が無く、道の確保も困難で資源が運び込み難い上に、どうにか運び込んでも建築中を狙って強襲が行われると言うことが何回かあり、人類はもう錆ヶ原に街を造るのを諦めた。
工事担当者の『やってられっかボケェェェエェ!』と言う叫びが全てだ。
それでも錆ヶ原は金になる。
旧時代の狂った科学者が機械の身体を手に入れ研究を続けていると言う噂がある錆ヶ原の工場からは、それを裏付ける様に新しい機構を備えた自動戦車や戦闘用機械人形が出てくる。
それが無くても上手く壊した戦闘用機械人形は金になる。
だから錆ヶ原から離れた海岸に海運用の街を造って開拓者を送り込むことにした。
その街から錆ヶ原には道が荒れていることや、道中の危険もあって車で片道二日程かかる。そんな距離を毎回休む為に戻る訳には行かない。奇しくも工事担当者と同じ『やってられっかボケェェェエェ!』と言う叫びが開拓者からもあがり、何組かが錆ヶ原の近辺でキャンプをする様になった。
それがキャラバンタウンの始まりだ。
当然、キャラバンタウンも襲われる。
そして、キャラバンタウンは襲われたら逃げる。応戦も多少はするが、逃げる。犠牲が出ても、どうせ金に目が眩んだ奴等が直ぐに来るので逃げる。その頻度はそれなりに多い。逃げ遅れた奴等の遺品を金に代えるスカベンジャーが居る程なのだから。
で、逃げた奴等は適当に集まる。
だが、その集まる場所が問題だ。決まっていないのだ。無線などで話すと暴走機械にバレるし、事前の打ち合わせをした時は、場所を知る開拓者が拷問されて吐き、大打撃を受けた。
だから散ったキャラバンタウンは好き勝手な場所に集まる。その中で有力な商人やパーティが居る場所に他が集まり、次のキャラバンタウンが出来上がると言う仕組みだ。
「最短、どんくらいだっけか?」
「二日ですわね」
「……はぇぇな、オイ」
散って、集まって、ここにすんべ! と言ったら次の日に襲われて逃げたと言うことだ。
「ちな最長は半年ね」
「バラつきがデケェよ。……基本はオアシスを回るとしても……ヤァ、中々にしんでぇな」
言いながらケイジが二十程のピンを立てた。一応、先程とは色違いだ。
「襲われたら傍にはすぐ造りたくないよねー」
チサが言いながら二ヵ月前の拠点を中心にコンパスを、ぐりっと回す。「……」書いて良いのか? とケイジは思ったが、自分の持ち物では無いので、何も言えない。だが「チサ!」と言う声が上がったので、多分駄目だったのだろう。それでも地図は見やすくなった。円の中のピンを引き抜き、更に別の色の物へと代える。
「錆ヶ原挟んで対岸――ってのもきちぃ……けど、二ヵ月前だとここまで移動してる可能性もある……のか?」
言いながら該当するピンの色を更に新しい物に変える。「微妙に場所がわりぃな……」。かえてから少し下がり、地図を見たケイジの感想だ。今の位置から近いのがその対岸部分だった。ありそうな場所は錆ヶ原の北と南、ケイジ達は西の山から入る形になる。移動を繰り返した結果、西側に居てくれれば良いが――
「西から入った後、北と南に分かれると言うのは……」
「止めとこうぜ? 無線通信は出来ねぇし、通信の範囲も越えてる。うらみっこ無しで――っーんなら話は別だがよ」
「あら? 私達はそれで宜しくてよ?」
「あ?」
何故か自信満々に「その場合、ハズレを引くのは貴方達ですので」とユキヒメ。
「まぁまぁ、ゆっきー。今回はけーちん達も連れて行ってあげようよ」
そして何故か得意げにチサが笑顔で言う。
「ウチ、二択問題外したことないんだよねー」