バウンティー
錆ヶ原の探索には特殊な『鍵』が必要だ。
用途を考えれば、善人でも悪人でも同じだ。
技術を加味すれば、馬鹿でも天才でも同じだ。
だからケイジ、ガララ、リコはその辺の観光客や酔っ払いでも良いと思って居る。
だが、ロイとアンナから流石にちょっと……と言う意見が出て来た。
だったら仕方がない。殺しても良いと判断された奴を捕まえて『鍵』に『加工』しよう。
アリアーヌにその旨を話したら安い賞金首のファイルリストを手渡された。貸出には銀貨一枚とられると聞くとぼったくりの様な気もするが、まぁ、そう言うルールなら仕方がない。そうして借りたリストの重さを増やしているのはそう言うルールを守れなかった方々だ。
「場所が場所だからよ、頑張ろうぜ? オトコノコ」
ケイジがそう言うと「うん」とか「了解です」という返事が蜥蜴と鹿から返って来たので、彼等の前にリストを放り投げる。
「一応、何人か選んどいた。青い付箋が付いてる奴のどれかをメインで追っかけようと思ってるから見といてくれや」
「ケイジ、選抜理由は?」
「開拓局以外からも賞金が出てるかどうかだ」
「全体的に賞金が安いのはどう言う理由で?」
「たけぇ奴は専門に追ってる賞金稼ぎが居る。野良犬ですら縄張り争いの喧嘩で怪我すんだぜ? 猟犬と揉めたらどうなるかを試す余裕は俺にはねぇよ」
そんな訳で狙うのは安い首。
舐めた真似をしてくれたので賞金は掛かってはいるが、そこまで必死になる様な相手でも無いと判断された連中だ。こう言う安い連中でもケイジ達の様に『鍵』の材料調達ついでの小遣い稼ぎで狩る様になっているのだから中々に良く出来たシステムだと思う。
「ンで、テメェらのお眼鏡に適っちまったついてねぇ奴は居ましたか?」
「ひひ。そう言われても判断材料が賞金額くらいしかありやせんからねぇ……」
「うん。自然と高い奴になってしまうね」
だから彼にしようか、とガララがファイルを開いてケイジの前に放り投げる。コーラを飲んで、ゲップをしたケイジはソレを確認する。
「ま、そうなるわな。っーわけで我がパーティの新メンバーは蛮賊のモミジくんに決定だ」
開かれたページには人間種のいかつい男が写っていた。頬に歯のタトゥーがある。口裂け男、とでも言いたいのだろうか?
「ところでケイジ、彼は何をしてしまったの?」
「持ち逃げだ、持ち逃げ。この前の大規模クエストで前金貰ってとんずらしたんだよ」
「水中工作員?」
だったら仕方ないね。お給料、凄く良かったから、とガララが理解を示すが、ケイジは首を振って答えた。
「いんや、その選抜に漏れたのが動機らしいぜ?」
もっと詳しく言うなら、ケイジを含める彼よりもキャリアが浅い数人がその選抜に通ったのに、キャリアが長いモミジが選抜に漏れたのを仲間がからかったのが原因だ。
くっだらねぇー、と言うのがケイジの率直な感想だが、彼には重要なことだったのだろう。プライドを傷つけられたらしいモミジは仲間が寝ている間に彼等の前金も盗んで逃亡した。
そうして目出度くモミジくんは開拓局から銀貨十枚、蛮賊ギルドから銀貨五枚の計銀貨十五枚と言う水中工作員の日当以下のしょぼい賞金を懸けられ、お尋ねモノになってしまったと言う訳だ。この金額だと、ヴァッヘンから離れるだけでもう誰も意図して追いかけないだろう。当然、ソレは本人も知っているだろう。
「……さて、街から逃げられる前に動こうぜ」
つまりは今直ぐ行動だ。その為にフル装備で集まっている。着なれた野戦服に、使い慣れたスプリンター50Mにゴブルガン。そいつ等がお腹いっぱいなのを確認してケイジが歩きだす。その後に同じように確認を済ませたガララとロイが続いた。
偉い奴が大体高い所に居ると言うのならば、脛に傷を持つような奴は地下に潜るのがお約束と言う奴だ。
ヴァッヘンであれば東区がそう言う連中の受け皿だが、今回はその東区の支配階級である蛮賊ギルドに目を付けられているので、お約束通りに地下に潜っているのだろう。
そんな訳でケイジはフェンスに掛かっていた『並乳派』と書かれたTシャツを手に取った。これで小さいのから大きいのまで愛せる紳士を自称できるように成ったと言う訳だ。
ガララも『薬味』と書かれたTシャツをケイジに手渡してきた。ソレを見て「それじゃぁ」とロイもTシャツを選ぼうとするが『いや、お前角が邪魔で着れないだろ』とケイジとガララ、それと店主のピンクドワーフからツッコまれて諦めた。
「釣りは要らねぇぜ」
聞きたかったんだろ? と言いながらTシャツ二枚と銀貨三枚、それと手配書を渡す。
「……もう一声」
「……金額見てくれや。流石にキツイ」
「ちっ」と舌打ち一つ。ピンクドワーフは『並乳派』と書かれたTシャツをフェンスに戻し、代わりに傍らのバッグから黒い無地のTシャツを取り出してケイジに渡した。
「地下だ。それ着てけば入れる」
「行ったことねぇんだけど、この装備だと拙いとかあるか?」
「逆にその装備じゃないと拙いな。この逃げ込んだ奴が無事か迄は責任もてんぞ?」
「ま、そこは俺の日頃の行い次第っーことで」
言いながら戻された『並乳派』のTシャツを回収して銀貨を一枚弾いて、にやりと笑う。
「釣りは要らねぇぜ」
「日頃の行い、マジ最高!」
サムズアップ。びしっ! と掲げられた親指に見送られてケイジ達はブラック・バック・ストリートへと入って行った。
黒い無地Tはケイジが着ることにした。
買ったばかりのTシャツと脱いだTシャツを纏めて丸めてワンショルダーバッグに入れる。直ぐに撃たれての戦闘開始と言うのは無いだろうが、念の為、野戦服の上を脱いでTシャツが見える様にして置く。脱いだ上着は腰に巻いて置いた。
そうしてからケイジ達はブラック・バック・ストリートに何ヵ所か点在する地下への階段の一つへ向かった。以前会合に使われた駐車場とは別に、ヴァッヘンには――と、言うか東区には地下の街が存在している。それは地下鉄の駅と、その周辺に形成された地下街だ。大昔に様々な店舗が並んでいたそこは今は後ろ暗い連中のねぐらとなって居る。
ギルドからも外れた連中――と格好良く言う者も居るが、実際には裏ギルドが意図的に造ったゴミ収集スポットだろうな、と言うのがケイジの感想だ。
だが、そこに住んでいる本人達にその自覚は無いので、自治をしているつもりになって居る。今も近づいたケイジ達を威嚇する様に二人の男が立ちはだかった。馬の獣人と牛の獣人だ。「……」。門番としては良いチョイスだ。そんなことを思いながらも、特に止められる様子もないので、階段を降りる。地上の光が大分薄く成った所で「そこで止まれ」と警告が来た。
「……」
ケイジが大人しく止まると、ライトを向けられた。明るさは無い。光源確保の為ではなさそうだ。なんだ? 軽く首を傾げるケイジ。だが、それがケイジのTシャツに当たった時、その用途が判明した。ケイジのTシャツに髑髏が浮かぶ。どうやら蛍光塗料が用いられていた様だ。
「……通って良いぞ」
「どーも」
ありがとさん。言いながらケイジが階段を下ると、ブラックライトの範囲から外れて髑髏が消えた。随分と洒落た通行証だ。
「……ヘイ、ガララ。これって洗濯しても大丈夫な奴かな?」
「うん。微妙だね」
「ヤァ。汗腺がすくねぇテメェに着させるんだったぜ……」
階段を降り切ると思ったよりも明るかった。
旧時代からの設備をそのまま使って居るのか、態々引き直したのかはケイジには分からないが、白色の光は明るく、眩しい。周りが闇に落ちれば良く動く様な奴等しかいないこの地下街にはこれ位の光量が必要なのかもしれない。
「行くぞ」
突っ立っていたら絡まれるのがこういう場所だ。ケイジがそう言って歩き出すと、向かい側から体格の良いリザードマンが三人歩いて来た。ガララのお陰で、人間には分かり難い彼等の表情がケイジには多少分かる。にやにや笑っている。「……」。まぁ、そう言うことだろう。面倒だったので、即撃った。一発で相手が不意を突かれ、転ぶ。二発目で出血があった。呪印のガードが剥がれると同時に状況の把握が出来たのだろう。何かを言おうと口を開いた所にロイの弾丸が入って行った。終わりだ。生きてはいるが、喉を抑え、血を吐き続けている。残りは二人。「ガララ」。ケイジはガララに賞金首ファイルを放り投げる。
「早くな」
俺じゃ解んねぇから。
「頑張るけど、直ぐには無理だよ」
ガララの泣き言を訊かないふりをして、抜き撃ちをしようとしていたリザードBの手を拳銃ごと撃つ。銃士だったのだろう。そこまでガードは硬く無く、痛みに顔を歪めて手を庇った。Cは? と思って視線を逸らすと、随分と両手の指の本数を減らして万歳していた。
「ヤァ。腕を上げたじゃねぇか、ロイ?」
「腕って言うか、銃を変えただけなんですがね」
ひひ、と笑うロイはリボルバーからオートマチックへ銃を変えていた。腰には同じ銃がもう一丁ある。
「……ロイ、ちょい確認なんだがよ。それって連射どうなったんだ?」
「お亡くなりになりやした。俗に言う死にスキルって奴です」
――代わりに二丁拳銃のスキルを取りやしたけど、まだまだですね。
ひひ、と笑うロイ。
「ヘィ? スキル取る時は良く考えて取って頂けませんかね、ロイさん?」
無駄金と無駄な時間使ってんじゃねぇよ、ボケが、とケイジ。
そんな雑談をしている間も、Aは血を吐きながら無抵抗を示す様に丸くなり、BとCは万歳をさせられている。ケイジも、ロイも銃口を向けっぱなしだから仕方がないかもしれない。周りの連中はそんなケイジ達を面白そうに眺めるか、面倒事を避ける様に遠巻きにしていた。
「うん」
そんな中、ガララの少し気の抜けた声が響き、ファイルをぱたん、と閉じる音がした。
「彼等はここに居なかったよ、ケイジ」
「そうかい、確認お疲れ、ガララ。――運が良かったな、兄ちゃん達? これに懲りたらやたら絡むのは止めときな」
「かっ、絡んではいない! いなかった!」
軽傷のBがそんなことを言う。
「そうかい。そんじゃ今後は道の真ん中歩くな、隅っこ歩けや」
分かったな? そんなケイジの理不尽な言葉にもリザードマン達は頷くしかできない。ケイジ達がそんな彼等から視線を切ると、慌てた様子でAに駆け寄り、急いで運び出そうとする。
だが、ここはヴァッヘン東区の地下。無法の中の更に無法だ。ケイジ達の前に、先程のリザードマン達と同じ種類の笑いを浮かべたダークエルフが立っていた。
「強いね、旦那たち」
「そうかい、ありがとよ。ンで、テメェはなんだ? 次の立候補か?」
「ちがっ! 違う違う! お、おれは、その……め、迷惑料を、ですね……」
「……あン?」
「……いえ、その、何でも無いかなー……って、あはは……」
愛想笑いをしながら後退るダークエルフ。ケイジはそれを見て「ちっ」と舌打ちをした。ダークエルフはもう涙目だ。
「そこの三人、好きにして良いぜ」
「え?」
「迷惑料だろ? 剥くなり、売るなり好きにしろ。――で、良いな? 良いならさっさと行け」
おらどけ、とケイジが肩でダークエルフを突き飛ばし、歩きだす。去り際に見たダークエルフの表情は……まぁ、控え目に言ってリザードマン達の未来が明るくないことを予感させるには十分だった。だがケイジは気にしない。「ま、待って!」と言うリザードマン達の懇願も聞かない。
「トルカたちは、情報屋だ! 賞金首のことなら貴方たちの力になれると思う!」
だが、その言葉にはぴたりと足を止める。
「うっせぇ! これ以上、旦那たちの手を煩わせるんじゃねぇよこのトカゲ野郎! ね、旦那? ここはおれに任せ……え? ちょ? まっ――」
足を止めて、ダークエルフの肩に手を置いて、振り返った所にケイジが拳を叩き込んだ。砂鉄入りのレザーグローブはホブゴブリンの整形にだって使える。細いダークエルフにはオーバーキルだ。吹き飛んだダークエルフの高い鼻は完全に潰れていた。
「なっ、なんべ――」
黙れとすら言わずに、ブーツの底で言葉を封じる様にガララが踏みつけた。体格に優れたリザードマンが容赦なく体重を掛けているので、ダークエルフは呼吸ができず、虫の様にカサカサと動いている。
「ヤァ。腐った場所だって訊いてたが――これ程たぁ驚きだな、ガララ、ロイ?」
「うん、本当に酷いところ」
「ひひ、全くで」
「あぁ、ひでぇひでぇ。怪我人に駆け寄るのが追い剥ぎとか……人情とかねぇのかよ、テメェ等には?」
「ほんとそう。悲しいね」
「全くで。……時代が悪い、とは言いたくねぇんですがね」
くっ、と世の無情を嘆くケイジとガララとロイ。因みにその内の二人からはついさっき銃を撃ったことを示す様に硝煙の匂いがしている。
ついでに言っておくと、今現在この近辺で有った発砲事件は一件だけだ。
「そんな暗い時代に通りすがりの正義の味方、バンデットマン参上、っと。……ヘイ、そこのリザードマン、大丈夫か? 俺の手製でわりぃが回復薬だ。使ってくれや」
「同じくシーフマン、参上。……大変だ、こっちの二人も怪我をしているよ」
「バットガンナー仮面も来やしたよ。……あぁ、指が吹き飛んでる。コイツはヒデェ……って、痛い、痛いですって! なんで小突くんですかぃ、バンデットマンさんにシーフマンさん?」
「……チームワークとかねぇのかよ、テメェ?」
「うん。ガララも『マン』で揃えてる中に『仮面』は無いと思う」
「いや、アタシもそう思いやすがね。語呂が悪いんですよ『バットガンナーマン』。……あとガララさん、名前言っちゃってやす」
「そのような事実はない。シーフマンはシーフマンだよ。……それと確かに語呂は悪いね」
「しゃあねぇ、テメェはそれで行けバットガンナー仮面。――おら、野次馬共、見てるだけで手伝う気がねぇならさっさと退けや」
言いながら、喉の傷を塞いだリザードマンAをケイジが背負う。他の二人もリザードマンに肩を貸して歩き出す。病院――は、無さそうなので、適当な店にでも入ろう。
立ち去るケイジ達を野次馬たちは無言で見送る。大半がまともに開拓者を続けられなくてここに逃げて来た連中だ。現役の恐ろしさは分かっているので、ケイジ達が現役であると分かった以上、絡む気は無い。
「……あぁ」
そんな見送る背中の一つが振り返る。
よりにもよって一番ヤバい奴だ。野次馬達に緊張が奔る。
「まだ迷惑料がどーのこーの言うんならよ――それ、好きにしてくれや」
びっ、とケイジが親指で指す先には、気を失ったダークエルフが居た。
正義の味方、バンデットマンは非道を許さないのだ!
昨日、何かやたらと落ちたので、今日二日分まとめて投稿しました。