愚者の軍師
沼は確かにフロッグマンの領域だ。
それでもリザードマンも種族的に泳ぐのが得意だし、そもそも高所と言う地の利はこちらが得た。そんな訳で今、腐ったような色をしていた沼は真っ白に染まっている。
死んだフロッグマンが腹を上に向けて浮かんだ結果だ。何れ腐って水面に沈んで泥に溶けるのだろうが、今は死にたてほやほやだ。と、言うかこうしている今も、ザジが造り出した拳大の氷球がメジャーリーガーですら霞む球速で撃ち出され水中で最後の期を窺って居たフロッグマンを撃ち抜き殺している。つまりは現在進行形で死体は造り出されてる。
そんな白い沼をゴムボートで進めと言われるのだから堪らない。
ゴムボートは水上を進めるかもしれないが、死体の沼を進むようには出来ていない。そんな訳でケイジは岸からの銃撃を避ける様に腹這いになりながらオールで進行方向の死体を退かしていた。
「嬢ちゃん、なんかあのサイコキネシス的なモンでやってくんね?」
「魔力が持ちませんわ」
だから貴方が頑張りなさいな。優しさが微塵も感じられない冷たい声を返された。「……」。現在、このボートに乗っているのは五人。隊長であるジュリオは他の上陸部隊との連携を取っているので代わって貰えない。後ろでオールを任されボートの推力とかしてるガララと、ソレを守っている騎士も無理だろう。っーか、選抜通った騎士すげぇな。明らかに面積足りてないスモールシールドでガララ完全にガードしてら。同じ騎士でもベイブとは大違いだ。
少し話は逸れたが、まぁ、そう言う状況だ。死体処理にさける人員はケイジと戦乙女だけだ。そしてオールで押しのけるので、力が有る方が良い。そうなるとケイジがやるしかない。「……」少し理不尽な物を感じながらも、ケイジは、ぐぃ、っと死体を押しのける。重い。と言うか、抵抗が有った。つまり――
「嬢ちゃん、フォロー!」
「っ! 力よ!」
立ち上がるケイジに合わせる様に不可視の力場が簡易的な盾となる。力の向きは下から上。ケイジを狙った弾丸が空を向くのを見ながらケイジもオールを逆袈裟に振るう。面では無く、線。オールを倒し不意打ちをしてきたフロッグマンを切る様に打ち上げる。「っ……の!」。リストが軋む。不安定な足場だ。ケイジの踏ん張りに合わせてボートがゆれる。それでもケイジは足と腰でフロッグマンをボートから遠ざけた。それを船上から見ていたザジが撃ち抜く。
「ヤァ。見たか? ホームランだ」
「うん。ナイスバッティング、ケイジ」
「どちらかと言うと、デッドボールですわね。でも確かに良いスイングでしたわ。野球を?」
「ケイジはバンデット・バニースターズの期待の新人だよ。五番だっけ?」
「二軍だけどな」
「ガララはシーフ・スネークマンズの一番打者だよ」
「二軍だけどな」
適当なバカ話。ケタケタ笑いながらそれを交わしながらも、ボートは次の戦場へ向かって進んで行った。
上陸と共に何本もの試験管が投擲される。薄いガラスで造られたそれは簡単に割れてそこに腰の高さ程の壁を造り出した。壁のポーションは間違いなく戦闘の要だ。
船団のフロッグマンは殲滅した。ならば次だ。沼地に半分沈み込む様にして成り立つフロッグマンの都市は側面の防御程は正面、沼地側の防御を固めていない。
それは水中での闘いに自信を持っていたフロッグマンの驕りなのだろう。
確かに多くの船を有していた。だがそれだけだ。対岸からの攻撃に注意を引かれ、その隙を付いた強襲部隊に船は奪われ、沈められ、それを取り戻す為に出た追加の部隊も殺された。その結果がコレだ。都市の正面、海岸と言うか沼岸が今の最前線だ。
カエル人間側もこれ以上進ませて堪るかと必死の応戦をしてくる。船上戦の方がまだ火線が散っていたのでマシだったくらいだ。
水中工作員部隊も状況は厳しい。船に残る者も居る。そもそも死者だって出ている。傷が深くて下がった者もいる。再度五人一組で編成しなおされた揚陸部隊は全部で十六部隊、八十人だ。それで都市正面を攻めろと言うのだから中々にパンチが効いている。
十メートル先に展開された新しい壁に向けてケイジが走りだす。大分、敵陣に近い。あそこを取れれば大きい。そう判断した。つまり、フロッグマンにしてみても取らせたくないと言うことだ。向こうから同じ様に二匹のカエルが走り出し、そして敵地であることをケイジに思い出させる為の激しい銃撃が来た。「ッ!」。数が多い。これだから卵生生物って嫌いだ。環境が良いとあっさり増える。スライディング。少しでも射線をよけながらケイジがカバー目掛けて滑り込む。
突撃カエル二匹も同時に到着した。一匹がケイジを狙う様にカバーを覗き込み、SMGを向けて来た。視界の端のもう一匹はご丁寧にグレネードのピンを抜いて転がしてきた。
「ンのクソが!」
カバーの内側が安全で無くなってしまった。随分と酷いことをしてくれる。ケイジはSMGカエルに膝を叩き込みながら向こう側に飛んだ。ひっくり返ったSMGカエルに追撃の蹴りをくれながら、ノールックで右手一本で支えたSGの引き金を引く。グレネードカエルを吹き飛ばし、そのまま足元を撃つ。セミオートのSGの連射性能は中々に素敵だ。「――」。ひゅーと、吹けない口笛を一つ。売るの、止めっかな? ケイジはそんなことを考えた。
そんなケイジが立つのはカバーの向こう側。つまりは敵の陣地だ。そしてさっきとは違い、ケイジは止まっている。良い的だ。
都市全体からの殺意が銃弾の形を取り、雨の様に降り注ぐ。銃座に備え付けられた重機関銃、HMGもあるし、流石に死ぬ量だが……ケイジは動じない。
「盾よ!」
「わりぃな、嬢ちゃん。助かった」
「いえ、貴方が注意を引いて下さったお陰で楽に来れましたわ」
空間が弾丸を弾く度に、青い紋様が浮かび上がる。力とは異なり、ケイジからも手は出せないが、その分効果は高い。流石は唯一の万能職。回復、補助、攻撃の呪文を使いこなす戦乙女は実に頼もしい。「よっ」と再度カバーの壁を乗り越えて自陣側に戻れば、成程。彼女の言う通り二人の騎士とガララが無事に辿り着いていた。
「ケイジ」
――次のお仕事。
ガララが言わなかった言葉はソレだろうか? 目的地を指定する様に投げられた試験管を追いかけケイジは走り出した。
――挑発。
発動したソレは敵の殺意を煽る。敵の視界を狭くする。彼等はカバーに残った戦乙女達の射撃を喰らうよりもケイジを撃つことを優先して身を乗り出した。そしてそれ以上にケイジと同時に反対方向に走り出したガララに気が付かなかった。
「――、――、――」
出来立ての壁を背負うケイジの呼吸は流石に荒い。当たり前だ。走りっぱなしだ。そして殺意に晒されっぱなしだ。今も銃座に支えられたHMGが、バイポットで立ったLMGが、ケイジの隠れた壁をガリガリ削っている。
「……ヘェイ、ボス? ボス・ジュリオ? 俺、そろそろ労基に駆け込んでも良い?」
『分かっているさ』
ジュリオの声に合わせて、反対側でケイジがやったのと同じことを別の蛮賊がやった。転んだ。いや、転ばされた。一瞬、足から血煙が上がっていた。その前に呪印を削られたのが、原因だろうが、よりによってその一撃を喰らったのが付いていない。「……」軽く同情しながらカバーから少しだけ顔を出したケイジの眼が細くなる。レンズの反射光。堤防の上。
『――見えたかな?』
「……ヤァ。見えはしたが、無理だぜ? 狩人、銃士、魔銃使いの仕事場だ。蛮賊はお呼びじゃねぇよ」
『煙幕を焚いての突撃はどうだい?』
「あー……行けっかな? ……あ、いや無理だわ。高さがきちぃ。昇ってる間に死ぬ」
転んだ蛮賊だったモノを見ながらケイジ。生かして他を釣る方が良かっただろうに、フロッグマン達は彼をハンバーグの材料の様にしてしまっていた。余程、ケイジ達の攻撃に腹が立っているらしい。
そんな中、長時間身を晒す気は無い。あのミンチは数分後の自分の姿かもしれないのだ。「……」。最前線のカバーだからだろう。集められたフロッグマンの火線が隠れるカバーを削っている今の状況なら猶更そう思える。
『ガララ、確保したよ』
「ヤァ、ガララ。テメェはマジで何時だって俺の欲しい言葉をくれるな?」
『――他のチームの盗賊も二件は成功だ。ケイジ、もうイキたいだろ? 僕もだよ』
「……」
通信に乗った甘い声に戦意が削がれた。削がれたが、そうも言って居られない。一番上のシェルを抜き、煙幕の入ったシェルを入れる。「――」。そうしてから祈るようにSGの銃身で額の鉢がねを、こん、と叩いた。
『カウント、3、2、1、煙幕ッ!』
ジュリオの声に合わせて引き金を引く。他の蛮賊も同時に撃ち込んだソレのお陰で岸が煙に包まれる。
それに合わせて重機関銃の連続した発砲音。悲鳴も上がる。だが、それは人のモノではない。フロッグマン達のモノだった。堤防に陣取っていた防衛部隊は何時の間にか入り込んだガララ達の手により横からの銃撃を受ける羽目になった。
それを助けに行こうにも下のフロッグマン達は煙で見えない。
「良い仕事だったぜ、蛮賊。どうだい、ウチのチームに入らね?」
いつの間にかガララと同じ様な針を持ったダークエルフが傍に立ち、そんなことを言って来た。
「……わりぃけどよ、性別変えて誘ってくんね?」
「気持ちは解るが、難易度が高いな。取り敢えずオレの仕事ぶりを見てから判断してくれよ」
「……」
『はい』とも『いいえ』とも言わずに手をふりふりとケイジ。それに見送られる様にダークエルフが煙に溶けて行く。
同じ様に溶けて行った連中の手により、堤防の下からも悲鳴が上がりだした。
敵が背を見せて逃げ出した。
だったら追って背中を撃ってやるのが礼儀と言うものだ。
追撃部隊は五。騎士は多めに十人用意した。回復役として神官ではなく、戦乙女を選んでいた時点で嫌な予感がしていたのだが、選ばれた《ナイト》の中から更に選ばれた騎士さん達は『走れる』方々だった。
そんな訳で、休む間もなく、再度ダッシュと言う訳だ。背を向けて跳ねるカエルを撃ち落として進みながら、ケイジは内心で思いつく限りの悪態を吐き出した。
ジュリオがこの場の蛮賊のリーダーで、彼に気に入られてしまったのが色んな意味で運の尽きだろう。ちょっと、酷使され過ぎているのが嫌になる。そして何より、既にボートで選抜されていたこの追撃隊の出番があると言うこの現状が本気で嫌になる。
不意に。本当に不意に、だ。前を走っていたフロッグマンの隊列が反転する。
それは訓練された動きだった。
膝射と、立射。二段構えで向けられるAR。
それはこの敗走が彼等の狙いだったことを示している。だから当然、コレだけではないのだろう。その核心がある。罠に掛かったのだ。そうで在るのならば悲惨な最期になるはずだ。
フロッグマン達の後ろから緑髪の小さな亜人が顔を出した。これ見よがしに木の杖を掲げて、振り下ろしたので――
「強襲っ!」
ケイジとジュリオの二人は一気に速度を跳ね上げ、二段撃ちカエルの群れに飛び込んだ。
ガララを含む三人の盗賊もそれに続いた。
我儘戦乙女もだ。ケイジの後ろに付き、補助をする気の様だ。
そして十人の騎士が盾を下ろすとそれを待って居たかのように側面からの銃撃が来た。
銃弾は塞がれた。騎士の壁に守られた攻撃隊が盾の隙間から応戦を開始している。
そしてケイジ達は前線を蹂躙する。
デカい目玉を握る様にしながら地面に叩きつける。足を払って転ばせ、片手一本で適当にSGをぶちまける。空いた左手で掴んだ死体を盾に、五発で七匹くらいを殺した。弾が切れた。箱型弾倉では無いので、装弾が手間だ。くるん、と回して銃身を握り、横殴りにフロッグマンの頭蓋を粉砕する。
暴れるケイジとジュリオの影で盗賊達が静かに命を刈っていた。もう殆どカエルは居ない。力の呪文でセーフティを掛けられ、発射できなくなったARの引き金を引き続ける混乱カエルの顔面に握り込んだ拳を叩き込んで鼻を潰す。弾の切れたSGを放り投げ、代わりにそのARを拾ってセーフティを解除。ジュリオに背後を任せてケイジは進む。
ノームが慌てた様子で呪文を詠唱していた。「……」。いや、遅ぇよ。適当に足に銃弾を叩き込めば「いぎゃぃ!」と言って詠唱が止ってしゃがみ込んだ。
『よぉ、ケイジ。調子はどうだい?』
そのつむじを何となく見ていたらルイからの通信が来た。
「調子? 調子って言いましたかね、パイセン? 良いか、良く聞け。この状況見て解んねぇならテメェの目ん玉はクソだ! んで、状況見て解った上で訊いてんならテメェの性格はクソだ! わぁーったかよ、このクソ野郎!」
ファック! 何処に居るかもわからないルイに向けてケイジが中指をおっ勃てる。
『ふん? ……訳すと『ここは余裕だから他所へ行け』で良いな後輩?』
「ちげぇですよ! 言ってねぇですよ! さっさと側面部隊の背後から襲い掛かってボク達を助けてカッコイイパイセン!」
クソが! 叫んで、今度は親指が下に向けられ、ゴー・トゥ・ヘル。
『了解』
くくっ、と笑い声の後に銃声とフロッグマンの悲鳴が響き渡った。
「何故だっ! 何故、作戦がバレたのだっ!」
と、放置していたノームが睨む様にしながら叫んできた。「……」。今の隙に接続とやらで飛べば良かったのに……作戦がバレたのが余程ショックなのだろう。だが……
「釣り野伏。――何でか好きだよなぁ、テメェ等なんちゃって軍師……」
ケイジの眼には呆れしかない。
余り賢くないフロッグマンがそれを補う為に賢いノームに助力を頼むことは良くあることらしい。だからルイもジュリオもノームが居ても左程驚かなかった。
その点だけで考えれば、フロッグマンは賢明だ。
だが、残念。フロッグマン『如き』と思って居るノーム達だ。彼等に雇われてくれるノームは控え目に言って――変にプライドだけは高い落ちこぼれなのだ。
「ルイパイセン――あー……今回の総司令サマからの伝言だ。『良い軍師の最低条件は自分を馬鹿だと思ってることだ』だとよ。俺も同感だぜ? ちょっと本読みゃ載ってる様なクソ有名戦術なぞっといて次善策無しでどや顔してるボスは――ヤァ、控え目に言ってクソだ」
――俺ですら知ってたぜ、釣り野伏。
「――ッ、っっつ~~~違う! 内通者が居たのだ! そうで無ければお前ら如きに作戦が読まれるなどっ!」
「……マジにカエル共に同情したくなるな」
良いからもう黙れ。ケイジは唐竹の要領で縦にストックを振り下ろしてノームの頭を砕いた。
「……」
終わりで良いだろうか? 多分、良いだろう。
注意は十分に引けたし、戦力も削った。側面部隊を叩けたと言うことは本隊であるルイ達も合流したと言うことだろう。後は適度に逃げ道を用意して都市からフロッグマンを追い出すだけだ。
残ったフロッグマンが別のフロッグマンの都市へ行くのか、他の亜人の下に逃げるのか、その辺りはケイジには分からない。分からないが、今度はノームに頼らずに軍を編成して欲しいものだと思った。
草野球チーム、バンデット・バニースターズは打撃チーム。でもそれ以上にチアガールの衣装がエロいことで有名。
草野球チーム、シーフ・スネークマンズは走塁チーム。そこで二軍とは言えガララが一番打者をやれるのは、足の速さもあるけど尻尾使ってリードを広く取れるリザードマンだから。
そしてロイはバッドガンナー・グッドガイズの三軍ベンチウォーマーです。毛皮的な意味で。
そんな裏設定。