選ばれし者達
――兵舎の悪夢。
――処女食い。
――“ロバー”ロブ。
強奪魔の二つ名を与えられた猪の獣人は強奪のスキルに練達した蛮賊だ。
銃格闘等と組み合わせて使用される強奪のスキルは相手の武器を奪うスキルだ。不思議なもので人は――いや、人も亜人も地力で勝って居たとしても、戦闘の最中で武器を奪われると、何故か相手を格上と見なしてしまう。
力もあって、器用だが、度胸が無かったロブはこの強奪のスキルを上手く使って戦う蛮賊だった。
それ故に付いた二つ名が強奪魔だ。
――ゴブリンから武器を奪うとな、アイツ等、媚びる様な半笑いをするんだ。その顔面をショットガンでズタズタにしてやるのがキモチイイ!
こんな風に性格が歪んでいる。
ついでに性癖が歪んでいるので、“兵舎の悪夢”とか“処女食い”と呼ばれている。簡単に言うと男の子は逃げないと駄目だけど、女の子は逃げなくても大丈夫。そう言う種類の危険物だ。
だが、そんな彼もかつてはノーマルだった。彼の性癖を歪めた原因こそが――
「“アスバンデット”のジュリオ。ケイジ、お前の先輩だ」
狼の獣人、ケイジの先輩であるルイはそう言ってケイジとは反対のコーナーに移動させられたちょび髭を指差した。そっちを見ると、人差し指と中指を揃えて、ぴっ、とウィンクしながら敬礼をされた。
「……俺のパイセンはルイパイセンだけっすから、あんな髭は知らねっすわー」
あと、アスバンデットってただのスラングじゃねぇか、とケイジ。そんなケイジの態度に、ルイは肩を竦めて溜息を吐いた。出来の悪い後輩を持つと苦労するぜ、とでも言いたげだ。言いたげだが、尻尾は勢いよく振られていた。出来の悪い後輩を持つと苦労はするが、懐いてくれる後輩はそれでも可愛いらしい。
「そんでパイセンは……アリアーヌと夜のデートっすか?」
短小野郎と言い、ちょび髭と言い蛮賊は“そう”なん? とケイジが言えば。
「そんな訳ないだろ。お前は……随分と良い御身分みたいだな?」
ケイジの両側でケイジを押さえているリコとアンナを見ながらルイが言った。『良い御身分』には違い無いので、ケイジは「まぁな」と答えて視線でルイに先を促した。
「大規模クエストの話し合いで少し、な。……あぁ、安心しろ。お前は既にオレが推薦済みだ」
「……ヘイ、パイセン。話が見えねぇぜ?」
「ケイジ、仄火皇国については知っているか?」
あんまり聞きたくない単語が入っていたので、ケイジは露骨に嫌な顔をした。
凡そ十日に渡って車中泊を強いられていたケイジ達は知らなかったのだが、都市を一つ買い上げたと言う仄火皇国の行為はヴァッヘンに結構な波を起こしている。
オープスから練石に名前を変えた都市には勿論、金と人が多く入り込んでいし、その通過点であるフェーブも好景気に沸いている。
――仄火皇国は未だ一つか二つ都市を買う資金が有るらしい。
そんな根拠の無い噂も流れれば、他の亡国や土地を求める組織からも開拓局に購入の打診をしたと言う話が新聞に載る始末だ。
売れるのなら、商品を用意しなければならない。
そして商品は多い方が良い。
そんな訳で、良く言えばゆっくりと慎重に。悪く言えばだらだらと開拓を進めていたヴァッヘン開拓局はちょっぴり本気を出すことにしたらしい。その一つとして――
「フロッグマンの都市の強奪ってこと?」
情報料代わりに先程貰ったジョッキの一つをルイに差し出しながらリコが言えば、ルイがその通りだと頷き、一口。狼の獣人であるルイにエールは宜しく無かったかもしれない。口の周りが泡だらけになってしまった。女子力高めのアンナがそれをハンカチで拭いた。典型的な酒と女の接待だ。ルイは随分と楽しそう。
「――んで、俺を推薦ってのは?」
綺麗所貸してやってんだからもっと喋れや、とケイジ。見ていて面白くない光景なので、口調と目つきは悪い。
「奴等の都市は沼地に囲まれているだろう? 船も多い。そこでフロッグマンを用意することになった」
「? スカウトでもして内通者造んの?」
「それも良い案だ。だが、今回はもっとシンプルな話さ。カエル人間ではなくて本来の方、水中工作員だ」
「……あぁ、そう言うことかよ。っーことは武装は話題の水陸両用のAR?」
「イヤ、数が揃わん。だから軽量で近接が出来る蛮賊、盗賊をメインに構成して動ける神官と魔術師を選んで何人か、それと壁用に騎士を入れる」
「……沈まないの、それ?」
アンナのツッコミも勿論だ。全身鎧の騎士なんて連れて行ったら沼の底を歩く羽目になる。そんなことはルイも開拓局も分かっているだろう。つまり――
「鎧無しってことかよ?」
「……」
エールを飲みながら、ぴっ、と人差し指を向けられた。その通り。そう言うことだろう。
「ヤァ。それは何とも……素敵だな? 普段から軽装な俺等は良いけどよ、鎧のねぇ騎士連中に、その騎士に守られること前提の神官と魔術師は決死隊じゃねぇか……」
「そうならない様にする為にある程度はカエルを選ぶんだよ」
お前は合格だ。趣味が試験官の狼が言う。そら光栄です。そんな気持ちを込めて、ケイジはゲコゲコ鳴いた。仄火皇国と直接の関りが無いのは分かるが、やる気は余り無い。水中工作員なら兎も角、泥中工作員は勘弁して欲しい。
「因みに報酬は前金で銀貨五十、後金で更に五十の金貨一枚だ。日当もでるぞ。銀貨で二十だ」
「どぞどぞ、うちのケイジくんで良ければ持って行って下さい」
「ケイジ、頑張ってね! あたし、働く男の人ってとても素敵だと思うわ!」
「……」
だが残念。
ケイジに選択権は無さそうだ。
まぁ、流石にそれは冗談だったらしい。
ケイジが居ない間、他のパーティメンバーは仕事が出来なくなってしまう。全員で動いた方が稼ぎが良い――とは言わないが、流石にパーティリーダー不在と言うのは嫌だと言うのがリコとアンナの意見だ。
ケイジはソレを聞いて仲間の絆に感動した。だが、それを聞いたルイは余裕を見せる様に笑ってみせる。「……」。嫌な予感がすんな。それがケイジの率直な感想だ。
「お前らのパーティ名はジャックだったな? 構成は蛮賊、暗黒騎士、神官、盗賊に魔銃使い、それと自動戦車……は、良いか。兎も角、職業はソレで間違いないな?」
「……」
肯定をしたくないので、ケイジは無言で固まった。だけどリコがあっさり「そです」と言ってしまった。ルイがニヤリと笑う。
「――カルロス、キクコ、JJ、それとロッチ! ジャックの仔猫達はどうだ?」
遠吠えを応用したであろう種族固有スキルとでも言う大声は騒がしい酒場の音を掻き消して響き渡った。
酒場が静まる。だが、直ぐにその中から四本の腕がジョッキやコップを高らかに掲げられた。
「問題ないヨ」「使うつもり」「アレは家のホープだぞ?」「え? 皆おっけー? えー……おれっち、ジャックの連中のこと良く知らないんだけど……ま、良いや! 皆おっけーなら、ウチもおっけーで!」
答が返ってくる。しっかりと判断しての返事に混じって、酷く適当な裁定を下したのはどこのギルドだろう?
嫌な流れに成っているのを感じながら、そんな現実逃避をしてみた。
「――そう言うわけだ、お嬢さん達。これならどうかな?」
「うん。これならわたしは良いかな? お給料は同じ位?」
「いや、そこはフロッグマン程良くはないかな。スマンね」
「……それでも普通に稼ぐよりは良さそうだし、大規模クエストは経験しといた方が良いわね。……あたしもオッケーよ」
「……」
何てことだ。
頼みの綱のお嬢さん達があっさりと陥落してしまった。
「ヘイ、ヘイヘイヘイ! 俺は嫌だぜ? 泥の中になんざ入りたくねぇ」
「あたしは入らないから平気」
「……おいコラ、神官。隣人に対する優しさはどうした?」
何だよ、その自己中?
「大丈夫だよ、ケイジくん。ケイジくんだけじゃなくてガララくんも泥の中だよ! そうですよね?」
「あぁ、その通りだ。ケイジ、お前の相棒も仲良くフロッグマンだ。良かったな」
「知らねぇよ、良くねぇよ。嬉しくもねぇし、何の救いにもなってねぇよ! 俺はガララが居ても居なくても泥には入りたくねぇって言ってんですよ、分かって頂けはしませんかね? ファック!」
ケイジが悪態を吐き出しながら抗議をする。
だが残念。
やっぱりケイジに選択権は無さそうだった。
七月になったので予定通りに更新再開です!
不自然な所は無い!
そう言うことにしといて下さい!
でも自分を信じてくれた人には謝らせて下さい!
正直、スマン!! 我慢できんかってん!!