唐獅子牡丹
――まぁ、ヤれるな。
現場を見てケイジはそう判断する。救援対象の唐獅子牡丹の一団と争って居る連中はケイジよりも格上だ。だが、唐獅子牡丹の一団もケイジよりも、いや襲撃者よりも格上だ。
唐獅子牡丹の一団は貴人でも守っているのか、装甲車を守りながら戦って居る。だから押されているのだ。見た感じだと数も、練度も、襲撃者の上を行っている。
そして襲撃者の方は護衛対象である装甲車を使って戦場を上手くコントロールしていた。
その要となって居るのは、騎士の壁に守られた魔術師だろう。固定砲台である魔術師に攻撃を任せ、ただ、ただ、守る。
ぎりぎりざりざりと削る様な戦い方だ。
装甲車を狙った攻撃を受けさせて、ぎりぎり削る。
攻めに転じる姿勢を見せれば、盾で防いでいる間に兵力と装甲車をざりざりと削る。
足手纏い一つでなされる格上殺し。
人と人の争いだ。片方が明らかな野盗でも無い限り、首を突っ込んでくる物好きは居ない。仮に居たとしてもヴルツェ街道に居る様な新人連中が助けに入った程度ならどうにかできる。そう言う布陣だ。
巧い手だ。
きっと一生懸命作戦を考えて、頑張って誘導して、緊張しながら実行に移したのだろう。
感動すらしそうな気すらする。
だが残念。物好きで、そこそこ腕に覚えのある蛮賊が絡むことにしましたとさ。
「……」
ケイジが無言でタクティカルベストからアンプルを取り出す。入っているのは血の様に赤い液体だ。今日はコレを試す気で居たんだがなぁーと、溜息一つ。錬金術師ギルドから奪った薬品合成のノウハウで造り出した蛮賊の秘密のおクスリ。レッド・マッド・ドラッグ。通称RMDだ。手首の太い血管に打ち込み、拳を強く握る。加速する。拍動する。強襲とは別種の熱が身体を奔る。
跳ね上げた身体能力に恃む様に、だん、と強く踏み込み、戦略の要である魔術師に背後から襲いかかった。開いた手で背後から顔を掴む。中指が当たりを引いた。くちゅ。水っぽい肉を潰した音。そのまま眼球抉り、眼窩に指を引っかけ、思い切り背後に引き倒した。
「ぁぁああああああああああああ!」
不意打ちで片目を潰され、吹き飛んで行った魔術師の叫び声は戦場での注目を集めるには十分だ。ケイジが視界に入って来た唐獅子牡丹の一団の動揺は少ない。だが、いきなり背後で悲鳴が上がった襲撃者連中はそうではない。
慌てて振り返ってしまった。
盾も構えていない。だから適当な一人の顔面にSGを撃ち込んだ。暗黒騎士の技能に合わせる為のガスマスクを突き破る。ゴーグルも砕けた。「ぃっ!!」とアホが顔を抑えて三歩下がる。盾も落としている。チャンスだ。駆け寄りながら追加で二発打ち込めば呪印のガードも、残ったガスマスクも吹き飛ばし、序に中身もぶちまけることに成功した。
だが、そこまでだ。
相手が動き出したので、ケイジは落とし物の盾を拾い、後ろに跳んだ。デカい。重い。長方形のカイトシールドがサブマシンガンの銃撃に甲高い悲鳴を上げた。いや、悲鳴を上げたいのは俺の筋肉だ。重い。それがケイジの感想。
コレはケイジの戦い方に合っていない。そう思う。一瞬、盾から顔を出す。コッチに来ているのは……二人。暗黒騎士と騎士だ。
「……」
他は来ていない。唐獅子の連中が持って行った。さっさと片付けて援護に入って欲しいと言うのがケイジの本音だが、残念なことにケイジは所詮不審人物Aだ。急いでくれる可能性は殆ど無いだろう。
ちっ、と盾の陰で舌打ちを一つ。
つまりはあの二人を一人でどうにかしなければならないということだ。どうするかな? と思考。どうしようもねぇな、と思考放棄。待ちしか取れる戦略は無い。下がりながら盾が抜かれない様に祈って耐える。それしか――
『カウントスリーで合わせられるよ。騎士を貰ってあげられるけど……どうする?』
『……ヤァ。最高だぜ、テメェ。惚れそうだよ、ガララ』
『……やっぱり助けるの、止めてもよろしい?』
『よろしくねぇですよー』
通信。聞き慣れた男の声がケイジの脳内に響く。それに『頼む』と返して、暗黒騎士に盾を投げつける。一瞬の動揺。それでも騎士の射撃は全身を晒したケイジを狙う様に動く。させない。「強襲」。呪文を唱える。引き金を引く。本日試す予定だったRMDと強襲の併用。燃えた血液がケイジに人外の動きを許可する。
赤い線が残像の様に残っていた。それは獣の様に騎士に襲い掛かったケイジの軌跡だ。その正体は噴き出した鼻血だと言うのが少し情けない。情けないが、騎士にソレを笑う余裕は無かった。
補強されたケイジのSGのバックストックがマスクのゴーグルを叩き割る。追撃が来る。騎士はソレを確信しただろう。盾を叩き落とし、援護に入る為に機械手甲を纏った右腕を向けていた暗黒騎士も同じだ。
だからケイジは行かない。
勢い殆ど殺さずに為される九十度方向を変えての跳躍。騎士から横並びの暗黒騎士へとターゲットを切り替える。
騎士が叩き割られたマスクを放り投げながら、ケイジを追う様に顔を横に向けた。
それは耳を守っていたマスクが無くなり、呪印の加護が無い耳の孔が晒されたと言うことで、つまりはケイジから少しだけズレていた影の前に弱点を晒してしまったと言うことだ。
注意も逸れている。弱点も剥き出しだ。ここまでお膳だてされたら失敗する方が難しいね。影が笑う。
だからこそ、実に自然に行われる無音殺人。
ガララの針が騎士の耳を突き破る。
これで残りは一。それはケイジの担当だ。
不意を突かれた暗黒騎士が馬鹿みたいに伸ばした右腕を叩き落とし、胸元に潜り込み、ヘルムにヘッドバットを叩き込み、バランスを崩す。SGは手放した。この距離でケイジが使うのは拳と拳銃だ。
戦闘職とは言え、錬金術師から派生した暗黒騎士だ。総合的には格上でも近接での殴り合いなら蛮賊に分がある。「はっ」だからケイジは嗤った。笑って、嗤って、口角持ち上げたまま、瞳孔開き気味の瞳で獲物を見ながらの――近接連撃。
ヘルムを揺らし、頭をヘルムに叩きつける。無理矢理引きはがし、見えた歯をグリップで砕く。横なぎの手刀で喉を潰す。髪を掴み思い切り引き倒して、砕けた口を更に膝で砕いた。かひゅ、と空気が抜けて暗黒騎士の歯が飛び散った。「~~~」苦痛に口を両手で抑える暗黒騎士。それは斬首を待つ罪人の様に首の後ろをケイジに晒していた。
だから撃った。
それだけだ。
背後で何かが動く音がした。
見れば魔術師が起き上がり、逃げ出そうとしていた。
「……」
ケイジはソレをぼーっ、と眺めていた。
駄目だ。RMDと強襲の併用。これは駄目だ。揺り返しが大きすぎる。鼻血が止らない。意識が定まらない。殴りつけた右手は毛細血管が破裂して青黒く変色している。
だが定まらない意識でもアレを放置するのは拙いと言う結論に達することは出来た。
厄介事に首を突っ込んだのだ。人と人の争いである以上、後ろに組織なり群れがある可能性があるのだ。肩入れしなかった方には全滅して貰う必要がある。
――ころさなきゃ。
ゆらりと歩く。歩こうとする。無理だった。ガララが支えてくれた、ついでに鼻に丸めたティッシュを詰め込んでくれた。「――」鼻呼吸が出来なくなったので、ぱっかりと口が開いてケイジは間抜け面になってしまった。
「ガララ」
「何?」
「俺、もう良いからよ。止め頼んで良いか?」
「大丈夫だよ、ケイジ。ガララがここに居るということは――」
ほら、と指刺してみれば、木の上から落下してきたレサトが魔術師を取り押さえ、そのまま鋏で首に切れ目を入れていた。赤が噴き出し、それで終わった。
「……これ継続治癒との併用じゃないと無理ね」
レサトが居ると言うことはその護衛対象のアンナも居ると言うことだ。白いローブが血で汚れるのを嫌がって死体をよけながらやって来た彼女はヒールを掛けながらケイジにそう言った。
「あたし、次は秘跡取るつもりだったけど、継続治癒の方が良いかしら?」
「あー……」涙では無く鼻血が零れない様に上を向きながら「その辺はテメェの好きにしてくれや」大して働かない頭でケイジは適当な返事をした。
だが、何時までもそうしては居られない。唐獅子牡丹の一団がこちらに近づいてきているのが見えた。敵意は――なさそうではあるが、怪訝そうだ。
「……」
無理もねぇ。そう思う。
このご時世、無償の人助け程、疑わしい物は無い。ソレが出来るのはアンナの様なある意味で頭のネジが外れている様な連中だけなのだから。
アンナのお陰でケイジに思考が返って来た。考えられる様になったのなら、早急に対応しなければならない。取り敢えず――
『アイツ等――唐獅子牡丹の連中の前で俺をケイジって呼ぶのは止めてくれ』
通信。仲間内で極秘会議が出来るこの呪文を今ほどありがたく思ったことは無い。
『何、やっぱりアンタの知り合いなの?』
と、アンナが不審そうに言えば、
『いや、初対面だ。運が良けりゃ……っーか殆どの確率で呼んでも問題はねぇよ? ただ、最悪の場合だと――』
『詳細は良いよ。取り敢えずガララは呼ばない様にしてあげる。それで? 何て呼べば良い?』
久しぶりにバンデットマンでもやる? とガララが覆面を取り出しながら言って来た。
『……いや、あからさまな偽名もさみぃからな。シチマルで頼むわ』
『わかったわ、シチマル』『変な名前だけど了解したよ、シチマル』『あ! あたしも普通に変だと思ってるわよ、シチマル?』
「……」
レサトが憮然としたケイジのブーツを、げんきだせー、と叩いて来た。
「……」
この野郎&ガール&無機物め。ファック。内心で毒づく。それで少しだけ腹の中を綺麗にしたことにする。俯く。息を吐き出す。顔を上げる。
野戦服に唐獅子牡丹の腕章を付けた盾持ちの騎士――いや、相手の国に合わせるならば中年の武士が居た。
ケイジは彼に向き直る。
「仄火皇国の方々とお見受けします。突然の無作法、大変失礼致しました」
「いや、こちらこそ助かった。……その、貴殿はもしや……?」
「はっ。恥ずかしながら仄火の民です。国落ちの際に父と母が野に下りました。ですが唐獅子牡丹の紋に関しては聞かされておりましたので……既に国は無くとも血を同じとする同胞。恥ずかしながらそう考えまして余計なことを――」
「いやいや! 若いながらも見事であった。……御父上の名を訊いても?」
「力なく逃げた男です。どうか、ご容赦を……」
そうしてやたらと礼儀正しく会話をしだした。
『……ケイジ。ガララは怒らないから正直に言って。何を拾って食べたの?』
「……」
――へーい、そこのガララさん? うるせぇですよ?
動揺したガララが大変失礼なことを言って来たので、そんな言葉を睨みつけることで伝えてみた。
風呂敷は広げたけど、ここから国家を巻き込む痛快爽快ヒストリィィイィ! テ〇スの王子様、この後すぐ!
「まだまだだね」(どっちやねん)
と、言う展開には成らない。伝説にもならないし、世界も救わないお話だから仕方がないね。