世知辛い
前方に三匹のゴブを捉えた。肩でバックストックを受け止めながらのランニングショット。銃口を目線に合わせての射撃は距離があったこともあり、弾が散って大した効果が見込めなかった。
それでも怯ませるには、背後に敵が居ることを告げるには十分だ。
注意を貰いながら、一気に踏み込み、跳び蹴り一つ。丁度良い所にあったゴブの鼻にニーパッドを叩き込む。重さと速さを威力に。叩き込まれたゴブはケイジの勢いを殺す代わりに吹き飛び、後頭部から階段を落ちて行った。
着地と同時に足払い。反撃と言わんばかりに銃口を向けて来たゴブをソレで転がし、その喉を踏みつけると同時に、残った一匹の脳天をSGのバックストックでカチ割る。ぐらん、と揺れるゴブリン。がしょん、とSGのリロードをしている間にその揺れは大きくなり、膝から崩れ落ちた。丁寧に一発。それで一匹の頭が吹き飛んだ。仲間の頭が吹っ飛び、それでパニックになった足元のゴブが必死にブーツを引っ掻く。それなりに丈夫なブーツは鋭い爪でも表面に細かい傷を造るだけで肉には届かない。だから落ち着いて一発。
「世の中にゃ『助けてくれてありがとうラブ』っつージャンルがあるらしいがよ――」
残った一匹。階段の途中で何とか停まり、壁に手を付きながらなんとか起き上がったゴブ。ソイツにも止めの一撃をくれてやる。
左手の振りだけでのコナーリロード。それを行い、ショットガンで軽く肩を叩く。
「今の俺はどうだい、お嬢ちゃん達?」
そうしてケイジは軽く笑ってみせた。
「――」
返事は無い。強いて言えば『うわぁ』とでも言いたげなアンナとミコトの半目辺りが返事だろう。「……」ケイジは軽く肩を竦める。滑ったらしい。悲しいことだ。
「もう! ケイジくん、それ妄想でしか無いからね!」
言いながら鎧姿のリコが横を駆け抜ける。ヘルムから伸ばされた一房の銀色の髪が星の尾の様に流れて行った。
そうしてリコは階段の途中から勢いを付けての跳躍をした。壁を蹴る様にして無理矢理勢いを殺し、そのまま落下したリコは地下の通路、さっきまでミコト達が捕まっていた場所に向けて火炎放射を放つ。
「コンクリートは燃えないから嫌いだけど――燃えないから好き放題出来るから好きだよ、わたし」
ゴブリンの悲鳴が響く中、炎の照り返しでリコの頬が赤く染まる。蕩けた様な金色の瞳に愛しい人の代わりに転がるゴブが映って居なければそれはまるで恋する乙女の様だった。
「っ!」
場違いな戦場の雰囲気。それでも、アンナは見慣れたそれで現状を思い出したのだろう。慌てた様子で階段を登り出すアンナ達。ケイジはそんな彼女達に道を開ける様にして身体をずらす。退路を確保していたロイがアンナ達の視界に入って来た。
「――ロイに先導させる、レサト、随伴。足場がぐずって車のベタ付けは出来なかったから走って貰うぜ?」
「……あの、ありがと」
「良いからさっさと行けや、家出娘」
擦れ違い様の会話はそれだけ。ケイジは鋏を上げるレサトに「子守お疲れさん」と言って居る。それを見た後、アンナはミコトを背負ったまま階段を駆け上がり――
「……あの、私、さっきの……あり、だと思います……」
「――ヤァ、良い趣味だぜ、お嬢ちゃん」
頬を赤らめながらの盗賊とケイジのこのやりとりに振り返った。と、言うか階段下のリコも驚いた表情で見上げた。
「ケイジくん! こんなとこでナンパしないで!」
「……うるせぇよ。してねぇよ。良いから前向け、前」
ほれ、しっしっ、と犬にやる様に手を振るケイジ。
「ふふん! バカにしないでよねっ! わたしは何時でも前向きだよ!」
「知らねぇよ。テメェの精神状態に興味なんざねぇよ。良いから物理的に前向け、前」
言いながら火だるまになりながらもリコに体当たりをかまそうと走ってくるゴブリンをゴブルガンで撃ち抜く。距離が距離で、相手の状態が状態なので楽なモノだ。薬莢を吐き出させ、次弾を押し込むケイジ。そんな彼の態度に「むぅ……」と不満そうに唸りながらも、危なかったと言う自覚はあるのか、リコは大人しく前を向いた。
十以上のゴブリンが密集し、燃えていた。「……」ヘルムの中、リコの口元がにんまりと緩む。表情は見えなくとも、ケイジは何となくその空気を感じた。楽しんで殺せているのならリコは安泰だろう。
「ガララ」
そんな訳で別働のガララへと呼びかける。
『クリア。でも十匹くらいに逃げられちゃった。でも残りの追い込みは終わったよ。後はリコに焼かれるか――』
「テメェに撃たれるか、ってわけだ。……グレネードは?」
『未だあるよ』
「ケー。そんじゃさっさとソレで追い込めや、ずらかるぜ。――リコ、胡椒煙幕いけっか?」
「いけるよー」
軽いリコの返事に合わせる様に、廊下の奥から爆音が聞こえて来た。リコはそれに合わせる様に機械の右腕を少しだけ持ち上げ、射角を付けると、少しだけ奥に向けてガスグレネードを射出した。
地下室の床と壁と天井はコンクリだが、その中に詰め込まれていた物はそうではない。狭い空間に広がるペッパーガスでゴブ達がもだえる間もそう言ったモノは燃え続ける。
ゴブがどうなるか。それを考えるのは止めた方が良い結末が待って居そうだが――
「まぁ、因果応報で済ませて良い範囲だよな?」
言うだけ言って、ケイジは先行部隊の後を追う様に走り出した。
呪印の効果が薄い体内への入り口。
それは目であり、耳であり、鼻であり、口であり――尻の穴だ。
ズボンをはいている相手なら兎も角、腰蓑一丁のゴブ共相手だと背後にある入り口と言うことで狙い易い――と、言うのがガララの弁だ。
「……敵ながら同情したくなるな」
そんな訳でケツから針を突き刺されたゴブがもだえ転がって居た。絵面としてなら笑えそうだが、実際に目の当たりにすると正直、引く。可哀想だったのでケイジは頭を吹き飛ばしてあげた。
周りを見渡すと同じようにゴブに留めを指したガララとロイが親指を立てていた。
「クリア。来て良いぞ」
ケイジが通信の呪文で呼びかけると、リコを先頭に残りのメンバーがやって来るのが見えた。殿のレサトがそこまで慌てていないので、追撃は未だなのだろう。そう判断しケイジは装甲車の確認を始める。未だゴブが居るかもしれないから慎重に、だ。しっかりと車の下も見る。
「集落のゴブ?」
「……かもな」
追いついたリコの言葉に答えながら、ゴブの死体を道のわきに転がす。装備は回収しているARが三丁とその弾倉、それとアタッチメントとして単発SGが手に入った。そこそこ装備が良い。もしかしたらココに来る前に寄ったフロッグマンの集落からの追手かもしれない。だとしたら余り状況はよろしくない。
「ほらぁ、だからわたしが言った通り最初っから道から跡辿れば良かったんだよ!」
「ヘーイ、リコちゃん? うっせぇですよ?」
――テメェも納得してただろーがよ。
中指おったて、リコに向かって悪態一つ。
「アンナ、運転――」ケイジが視線を向けると、アンナが首を振っていた。目線は助け出したミコト達を見ている。何をされたかを考えると――「は、駄目か。ロイ、運転。銃座は俺が付く」同性が近くに居た方が良いだろう。そう判断し、比較的運転が巧いロイを送り込む。
「――ケイジ」
押し殺した鋭い声。ガララが険しい顔で「コレを見て」。見てみたケイジは思わず「はっ」と軽く笑った。ゴブのモノでは無い足跡、獣の、恐らくは大ネズミの足跡があった。大ネズミは仕留めていない。飼い主が殺されるのを見て逃げてくれていれば良いが――
「斥候なら情報を持ち帰る役が居るよな?」
「普通はそうだね」
「ケー。……急ぐぜ」
『あはっ! みて! ケイジくん、みてぇ! 燃えてこけたよ! あはっ! あははっ! 後ろも巻き込んで大変そう!』
通信で飛ばされてくるリコの声、それをかき消す銃声。ベルト給弾式の機関銃は面白い程の速度で稼ぎだした弾薬を食い潰していく。反動を殺しながら狙いを付けるが――
「屋根、邪魔くせぇっ!」
前側に設置された弊害か、後方からの追撃には酷く射角が限定されて撃ち難い。速度を上げて引き離せばキルゾーンに入れられるのだが――
「ロォイ!」
『……無茶言わんでくださいな。これ以上速度出せばこけちまいやすよ』
その言葉を肯定する様に、車体が大きく揺れた。
減速。それでまた彼我の差は詰まる。
ケイジが見据える先には大ネズミにのる何匹かのゴブリンとデカいイノシシに乗るデカいホブゴブリンが居た。
以前見た個体だろう。
ガララよりも頭一つ大きく、そして体重は三倍は有ろうかと言う巨体。緑色の肌をしたホブゴブリン。武器は腰のリボルバーと、肩に担いだ棍棒だろうか? 腰蓑一丁のゴブリン達の中において、テンガロンハットとガンベルトを身に付けた彼は酷く異質だ。
そんな彼の丸太の様な両腕に彫られた呪印は、右と左で露骨に違っていた。右のファイアパターンを描く数字であるのに対し、左腕は幾何学的な紋様が這っていた。
「――」
職業を変えることは出来ない。
何故なら複数の職業の呪印を一つの身体に彫ることが出来ないからだ。干渉し、内側から駄目になる。それが通説だ。
呪印を描く際に、彫師が真っ先に彫り込む絵の芯。それは個々人で異なり、職業でも異なる。そしてその芯は一人に一つしか通すことが出来ない。呪文はその芯に別の紋様を足して行くことで成り立つ。そのルールがあるから職業を変えることは出来ない。
亜人は、特にゴブリン等は更にそれが顕著だ。彫った呪印の種類により、種が変わる。ゴブリンからゴブリンファイターへ、或いはゴブリンからホブゴブリンへ。酷いと骨から変わる。完全に不可逆だ。
そのはずだ。
それがルールのはずだ。
だからホブゴブリンガンナーと言う存在は有り得ないはずだ。だが――
「ファッションにゃ見えねぇんだよなー」
『ガララもだよ。アレは多分、機能している』
「……別個体に彫った後に切って繋いだって感じだな」
拒絶反応とか怖くねぇのかね、とゴブリンの左腕の縫い目を見ながらケイジ。出来ればさっさと仕留めてしまいたいのだが、そう上手くは行かない。
悪路を走るのなら、装甲車は硬すぎる。
獣の柔らかい速度に良いように遊ばれ、ケイジの機銃は勿論、後部ドアをあけ放ってのガララ達の銃撃や火炎放射も良いように避けられている。
雑兵は何匹か削っているが――このままではジリ貧だ。スタミナであれば装甲車が勝るだろうが、その前に獣に乗った連中の牙が届いてしまう。
「リコ、胡椒煙幕」
『燃やしたいからイヤ!』
「ヘイ! この状況で我儘言うとか止めてくれませんかねぇっ!」
『あたしが撃つわ。狙いは? リーダ格のアレで良い?』
「あぁ。俺も煙幕行くからよ」言いながらSGの初弾を抜き、代わりに煙幕を込めたシェルを装填する。「合わせてくれや」
『了解』
アンナの返事を聞きながらアイアンサイトで狙いを付ける。スリーカウントから始めて、ゼロへ。同時に二つの殺意がホブに向かう。
別にケイジはこれで倒せるとは思って居ない。距離を取りたかっただけだ。そして距離をとって諦めて貰いたかっただけだ。
それはある意味で逃げの思考だった。
つまりは戦場で見せて良い思考では無かった。
二回。
ホブが棍棒を振った。ケイジの放った煙幕はその際に砕けた。結果、視界の悪くなったゴブが何匹かこけて倒れた。
だが、アンナが放った胡椒煙幕。コレが撃ち返された。
鋭い直線描くライナー。それが叩き込まれたのはよりにもよって閉鎖空間。ケイジ達の装甲車の中だった。
咄嗟にロイはブレーキを踏んだのだろう。結果、視界の悪い中を突っ切って来たホブのイノシシに追突され、吹き飛ばされ、装甲車は横転してしまった。
銃座から投げ出される様な形で吹き飛ばされたケイジは、それでもどうにか着地の形を造り無事だ。だが――
「あー……誰か状況報告」
「ファック」
「……ヤァ。ありがとよ、ガララ」
テメェは何時だって俺の欲しい言葉をくれるぜ、と頭をガリガリ掻くケイジ。
「っーかよ、よく無事だったなテメェ?」
「咄嗟に飛んだ。戦闘、行けるよ。ケイジは?」
「……まぁ、行けるぜ?」
煙幕の奥にイキモノの気配がある。プギーッ! と言う叫びはイノシシのものだろうか? リコの火炎放射を浴びてしまったソイツが頭をカチ割られて尚、死ぬことが出来ずに暴れて叫んでいる。
それをBGMの代わりにしながら幾つかの気配が動いて居る。ゴブだろう。そしてホブだろう。無事だった彼等はこの事故の責任をどこに取らせるかを決めているらしい。ゆらり、と立ち上がり、こちらに向かってきている。
「レサト」
どうせテメェは無事だろ? と呼びかければ答える代わりにガララが装甲車を指差した。見ればレサトが後部座席から気絶したり、胡椒煙幕で悶えるアンナやリコ、それとミコト達を引っ張り出していた。そして運転席からロイが這い出て来た。中々の弱り具合だ。
「ロイ、行けっか?」
『楽勝です……と、言いてぇところですが……』
「ケー。参戦できそうならしてくれや。――暫くそっちはレサトしか居ねぇからよ、死んでも恨むなよ?」
言いながら、ケイジはワンショルダーバックからフラスコを取り出し、後方に放り投げた。土壁よりも高価である壁のポーションは土が無くとも、その場に簡易的なカバーを造り出してくれる。
装甲車とケイジ達の間に申し訳程度のカバーが出来た。本当にただの気休めだ。それでも無いよりはマシだろう。
「……ケイジ」
「あン?」
「初めて会った日を思い出すね」
「は、テメェと俺だけで、相手がゴブだからか? あの時よりも敵の数は随分と多いみてぇだぜ?」
「大丈夫だよ。ガララ達も武器は充実している。それに――」
「ヤァ。安心しろや世界だって救える無敵武装、胸の勇気は今も健在だぜ?」
軽口を叩きあうケイジとガララ。そんな二人の前に煙から抜け出したホブゴブリンガンナーが現れた。イノシシが転んだ時に鼻をぶつけたのか、だらだらと鼻血を垂らしているが、外傷はそれ位だ。彼は立つケイジとガララを見つけると、黄色い瞳に確かな殺意を宿して吠えた。
「うん。問題はやっぱり世界を救えてもガララ達を救うのは心許ないってことだね」
「……ヘェィ、相も変わらず世知辛ぇな、おい」
この話が一部最終話だと思ったか?
ざ ん ね ん だ っ た な !!
(訳:無駄に長くなったから分割しました)