クラップ・スクラップ・クレーター
機械は暴走したけれど、タイムマシンが開発されることはなかったのでムキムキマッチョの知事型殺人機械は過去に行くことが無かった。
結果、過去の改変が起こらなかったので、今も元気に人類の生存圏を侵している。
絶え間なく金属が打ち付けられる音が響くクラップ・スクラップ・クレーターもそんな暴走機械たちの縄張りだ。
世界中のネットを侵しつくした人工知能のお陰で人類の通信網はズタボロだ。新しい網を張りなおしても直ぐに侵されるので、データのやり取りは有線や記録媒体に保存しての持ち運びでしか成り立たない。
無線通信位なら使われてはいるが、ソレだって相手側に情報は筒抜けだ。旧時代末期に開発され、人類側で戦っていたレサトだって無線通信機能はオミットされ、代わりに生体脳を錬成し、人工知能とは別に埋め込むことで『魔法が使える機械』となり、通信の呪文を使えるようになることで人類の側に立っている。
何かの拍子に汚染されたコンピューターに繋がればレサトもその時点で人類の敵に早変わりと言うわけだ。
そんな暴走機械たちの目的はイマイチ読めない。
ここ、CSCでは昼夜を問わずに新しい暴走機械が造られて居るが、それらは周囲の人間を襲う為にクレーターから出る場合もあれば、特に意味も無く数日を過ごしたあと、中央の工場に返って行き次の材料になったりする。
まぁ、別にケイジは暴走機械の目的に興味はない。
大事なのは制御している人工知能を引っこ抜けば車が手に入るということだ。
勿論、全部が全部車型と言うわけでは無い。クレーターの中央部、工場がある場所は戦闘用自動人形やレサトの様な小型の自動戦車が警備している。
車では無いので手を出す気は無いから問題ないと言えば無いが、暴走機械は中央部に手を出すことを許してないのか、これらは強敵だ。今のケイジ達では接敵したら死ぬ。
まぁ、車で無いのだから用はない。ケイジが用があるのは車だ。
ナックルズの縄張りに二週間程前から一台の車型がうろついているらしい。
深夜に現れるそいつは最近流行りの多脚戦車ではなく、人気が今一な車両型だから好きにしていいとナックルズから言われている。だったら好きにするまでだ。
「……ヘェイ、ロイ」
「ハイハイ。なんですかい、ケイジさん?」
「獣くせぇ」
「……そら悪うござんした」
夜。敵予想進路の岩陰でロイに密着しながらケイジは溜息を吐き出した。
クレーター外縁部のソコは公害に考慮しない工場のお陰で木々が枯れ、土がむき出しになった荒涼とした地だ。動物も虫も居ない。生まれないし、暮らせない。
そんな中でもケイジとロイは比較的呑気なモノだ。
「一緒に待機するならアンナが良かったなぁ」
「おや、リコさんは?」
「ばっか、テメェ知らねぇのか? 戦場でのリコは硬いぞ」
「あぁ、鎧付けてますしね」
「そういうこった」
あんなんが隣に居ても何も楽しくない。レサトが隣に居るのと大して変わらない。そんな馬鹿な話をしながらケイジとロイはけたけた笑っていた。
『ケイジ、敵影を目視。随伴は情報通りに無しだよ』
そんな中、ガララからの通信が脳内に鳴る。
「武装は? 事前情報と何か違うとこありそう?」
『主砲が一、機銃が一、情報通りに六輪の装甲車だ』
「速度」
『パトロールを担当していると言うのも本当の様だ。十五キロも出ていない』
「そうかい。安全運転が徹底されてる様で何よりだ。……追えるか?」
『障害物が少ないからベタ付きは無理』
「そうかよ」
そんじゃ挟撃は無理だな。
だったら火力集中で一気に削るのではなく、走らせて削って行こう。ケイジはそう判断し、叩き込んでいた周辺地形を思い出す。一番困るのはクレーターへの逃亡だ。斜面を下って逃げられてしまえば追うことが難しい。
それはケイジも分かっている。
そしてケイジが分かっていることは相手も分かっている。逃げるのならクレーターを目指すだろう。だったらそっちに罠を置こう。
「ガララ、リコ達と合流頼む。レサトはこっち来い」
『ヤ。罠を仕掛ければよい?』
「そういうこった。任せるぜ?」
『任せられた』
通信終了。
これで後は追い込むだけ。つまりは――
「仕事の時間だぜ、ロぉ~イ?」
「ひひ、準備は出来てやすよ、ケイジさん」
「挑発でヘイト取るわ」
「……機械に効くんで?」
「祈ってくれよ」
「そう言うのは、アンナさんに頼んでくだせぇ」
そうかよ。残念だぜ。ケイジは軽く肩を竦める。
機械は目で見ているわけでは無いのだろう。今も稼働を続けるクラップ・スクラップ・クレーターの工場に明かりは無く、当然、狙う獲物もライトなどと気の利いたものは付けていない。
だから世界が闇に沈んだ夜は暴走機械にとって有利な戦場だ。
ターゲットはそんな深夜にだけ現れる。コレは人工知能の学習の為だろう。実際に走り、組み込まれた戦闘プログラムと鋼の身体を慣らしていく。そう言う作業だ。
今、ゆっくりとソイツがケイジ達の前に現れた。
眼で見て居なくとも、光学センサーくらいは付けているのだろう。
ソイツは酷くゆっくりと、染み出る様に現れた。
当然だ。
地面にばら撒いた使い捨ての軍用サイリウムは白く光り、結構な光量を湛えている。
直線だけで構成された角ばったデザインの装甲車だ。先端は鋭く、衝角の代わりにもなるのだろう。前部キャビンに主砲を後部キャビンに機関銃を背負った長方形の鉄の塊が警戒する様に現れた。
「……」
軽く、ケイジは舌で唇を湿らせた。手に持って居るのは使い慣れたSG、スプリンター五〇ではなく、ナックルズから格安で買い上げたSMGがある。
死体から適当にかっぱらって来たであろうソレは整備がいい加減で、反動が殺せずにただでさえ甘い照準がブレブレになる粗悪品だが、ガララのSMGと弾薬が共通だった。つまりは買った弾が無駄にならない。利点はそれだけだ。
弾倉を四つタクティカルベストの取り出しやすい位置に押し込んで、一つを口に咥える。準備が出来たケイジをロイが見て来たので、頷き、岩陰から飛び出し、装甲車の前に躍り出る。
きゅぃ。
と金属が擦れ合う音がした。当然現れたケイジを主砲と機銃が狙う。ぱちん、と静寂の中に響くフィンガースナップ。注目を集める弾倉を咥えているから挑発の言葉は出てこないが、態度が、歩き方が、存在が、相手を煽る。
挑発。
精神感応系の呪文は相手の不快な“ナニか”を相手にぶつけてヘイトと意識を集める。
効果があったのかは分からない。
単に出て来たから狙った。ソレだけかもしれない。主砲がゆっくり旋回する。機銃はそれよりも速くケイジを狙う。装甲車の“目”をケイジが集めた。だからロイは自由に動ける。
銃声。三発。
それが制御ユニットが有る運転席に叩き込まれた。
鉄板で補強されたフロントガラス部分に突き刺さる。孔は空かない。微妙に着弾が散っていた。不意打ちは失敗だ。
『タカハシならこれで終わってたんだがなぁ』
喋れないので、通信をロイに送る。
「……駆け出しにあのレベルを求めんでくだせぇ」
酷く不満そうな声が返って来た。それもそうだ。仕方がない。失敗してしまったのだから仕方がない。仕方が無いので――
『しゃあねぇ――殴り合いだ』
言うなり、ぽいぽいと雑にケイジは手榴弾を二つ放り投げた。酷くゆっくりと装甲車へ飛んで行く。ガン、とボディに当たる。一つは爆発し、一つは込めておいた煙幕を吐き出した。あの機銃は赤外線センサーでロックするタイプのものだ。これで多少は崩れるだろう。ケイジはそう思った。不意に、内臓を揺らす轟音が響き、煙に孔が開く。地面を揺らした質量弾は主砲からだろう。先程までケイジが立っていた場所の地面をめくりあげている。
「……」
呪印のガードが有ろうが、無かろうが、アレを喰らえば結果は同じだろう。
アウトだ。
ケイジは口角が持ち上がるのを感じた。スリルで内臓が浮いたような寒気がする。ぞくぞくする。止まって居たら死ぬと分かるから、脳が必死にその認識を誤魔化し、身体を動かそうとする。だからケイジは走った。発砲はしない。相手に位置がバレるから。ロイの発砲音が聞こえ、機銃の掃射が行われている。ソレだけで相手の位置は夜、煙幕と言う悪い視界の中でも十分に分かった。
夜闇の中、ライトもつけずにロイが居ると思われる場所を中心に置いて走り回る装甲車が煙を突き破り飛び出してきたのを岩陰から見る。逃がす気は無いのだろう。きゅり、とタイヤが地面を噛み、サスが軋む音が聞こえた。急制動で傾く車体、独立した車輪と酷く柔らかい足回りはスピードを緩めることなく車体側面で地面を削りながらの曲芸の様な反転を装甲車に許した。
ロイを殺しに返って来た装甲車。『ケイジさん、撃ってますかね? 銃声聞こえねぇんですがっ!』。後輩からの苦情を無視し、ケイジはそれを岩陰から見る。
大事なのはタイミングだ。
チャンスに行動を起こす。ソレが出来るか出来ないかだ。
そして今、チャンスが来た。ケイジはそのチャンスを生かすことが出来る種類の人間だ。
そんな訳で飛び出した。
駆け寄るケイジに気が付いた装甲車の機銃が向けられる。背中の地面が爆ぜる。「ふっ!」と鋭く息を吐き、身体をかがめて加速する。頬がビリビリする。咥えっぱなしの弾倉がよだれで悲惨なことになって居た。それでもケイジは止まらない。機銃をよけきる。装甲車に接敵する。そんなケイジを歓迎する様に、側面から散弾が撃ち込まれた。開いている左手で顔を庇う。銃弾が突き刺さり、肉が割れて血が噴き出した。骨は無事。孔も開いていない。それでも出血が酷い。ケイジは――止まらなかった。
駆け寄り、駆け上り、目の前にあった機銃に飛びつき、自分の重さで無理矢理機銃の狙いを下げた。
「――」
ふがぁ! とか、もんがぁ! と言う叫びを上げて、そのまま、機銃の接続部分に銃口をベタ付けにして引き金を引く。弾倉が空になった。SMGに空になったソレを吐き出させる。左腕は血だらけで、それでも無理矢理抱える様にして機銃に組み付いているので使えない。だから口に咥えていたよだれだらけの弾倉を押し込んだ。
「ロォォォォォイッ! タイヤっ! 狙えぇっ!」
叫ぶ。叫びながらもケイジは更に機銃の付け根を撃ちまくる。
装甲車がソレを嫌がる様に蛇行運転をする。機銃が離せとでも言う様に銃声で抗議の声を上げる。熱を持った銃身でケイジの皮膚が焦げた。だが離さない。離す気は無い。少なくともケイジには無かった。
機銃の付け根がぐらりとズレる。それに合わせる様に左右の車輪を逆に動かし、装甲車はその場で回ってみせた。勢いを付け、銃座ごとケイジを吹き飛ばす。
砂煙が上がる。空中で無防備になったケイジを装甲車が正面に捕らえる。噴かされるアクセル。空転する車輪。それらが不意に噛み合い、猛スピードでケイジに襲い掛かる。
速くて重い物はソレだけで凶器だ。ロイが必死でタイヤを撃っているが、生憎と弾を曲げたりすることで虚をつく戦闘を得意とする魔銃使いは攻撃力があまり高くない。それに加えタイヤ自体にもしっかりと対策がされているのだろう。孔は空いても空気は抜けず、パンクもしない。
だから止まらなかった。
ケイジに向かって装甲車が加速する。一切の躊躇なく、そのまま装甲車は岩に突き刺さった。鋭角的で攻撃的なキャビンは間に居た肉と骨の塊など容易く真っ二つにしただろう。
だが無ければ真っ二つには出来ない。
「……助かったぜ、レサト」
ケイジを尻尾で引き寄せたレサトが気にするなとでもいう様に鋏を掲げる。唯一、装甲車と速度で張り合える自動戦車のレサトはそのまま装甲車に向けて、来いや、とでもいう様に鋏を向けてクイクイとやってみせた。
徒歩圏内にコンビニが無ければ死んでたぜ!
一週間の闘病生活を終えて出社したポチ吉を出迎えたのは、一週間分の仕事だった。
果たしてポチ吉は無事に年度末を迎えることが出来るのだろうかッ!?
と、言うわけで更新再開です。
風邪には気を付けましょう!! マジで!