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ワン、ツー、スリー!

 有る物は使わないと勿体ない。

 そう言う理由では無いだろうが、当然の様に中央に置かれた金網リングが使われることになった。ケイジはタクティカルベストを脱ぎ、ガンベルトからゴブルガンを抜いて神官クレリックと言うことでセコンドに立ったアンナに手渡した。作り直したばかりの砂鉄入りのレザーグローブも勿論外すし、鉢がねも外す。

 それで準備は完了。喧嘩屋集団ナックルズの試合におけるただ一つのルールは素手であること。

 それだけだ。

 他は何をしても良い。金的も、目潰しも、投げも、締めも、何でもありだ。

 だが、それでも試合の形式は何種類かある。

 花形選手同士の一対一のぶつかり合いバーリートゥード。

 片方が死ぬまでヤるデスマッチ。

 複数人がリングに放り込まれ、最後の一人になるまで戦うバトルロワイアル。

 この辺りが有名だが、それ以外にも何種類か試合の形式がある。

 元よりナックルズと話を通す為にこの場所で試合をすることは織り込み済みだ。事前の下調べもしている。だから今回の試合形式も想定済みだ。ただ――


「これって確かやる場合はガララが出るはずだった種目よね?」

「あぁ、このルールだとぜってぇに殴られるからなぁ……打たれ強いリザードマンのガララのが向いてんだよ」


 ブーツの紐を結びなおしながらアンナの言葉に答えるケイジ。

 相手側を見てみれば、案の定リザードマンが居た。緑色の鱗は綺麗だが、今からソレを殴らなければならないケイジにしてみれば、硬そうでうんざりする。

 まぁ、だが、仕方がない。このルールだと、ドワーフ、リザードマン、それと獣人の大型種が有利だ。エルフや魔女種と言った問題外の種族と比べればまだマシだが、人間種であるケイジもこのルールだとキツイ。


「うわぁ、体重差だけみてもアウトっぽいわね……ねぇ、ほんとうに大丈夫?」

「……アンナ」

「何? 死ぬ前にーって言うならちゅー位ならしたげるし、おっぱいくらいなら触っても良いわよ?」

「いや、要らねぇよ。っーか、死なねぇよ?」何、不吉なこと言っちゃってんの? と、ジト目でケイジ。「アレだ。ヒールの準備たのまぁ」

「はいはい、ぼこぼこになるの前提だもんね」


 分かってるわ、と杖を掲げて見せるアンナ。


「死んでなければ欠損以外は直したげるから、安心しなさい」

「……リザードマンのパンチとか余裕で目玉が破裂する位の威力があるんだけどなぁー」

「上手く受けなさいよ」


 アンナは『避けなさい』とは言わない。

 何故ならこの試合は攻撃を避けてはいけない。

 ルールは簡単。観客の歓声に合わせて交互に攻撃を行い、先に倒れるか、自分のターンで相手を攻撃できなかったら負け。その際、攻撃を『防御』することは許されるが『回避』してもその時点で負け。

 重さと重さがぶつかり合う重量級の試合が受ける試合形式。

 回避が許されないことから死者が出ることも珍しくないその試合形式はその掛け声から――ワン、ツー、スリーと呼ばれている。







「掛け率、アナタ、とてもひくい。ギブアップ、大丈夫よ?」


 恐らく共通言語に不慣れなのだろう。リング中央で向かい合ったリザードマンは片言ながら、心底心配そうに言って来た。

 無理もないだろう。

 このルールで人間種の、それもケイジの様にコレを生業としていない者が対戦相手になったことなどないのだろうから。

 二メートルを超えているだろうか? 同じリザードマンのガララが盗賊シーフであるが故に多少は絞っているのに対し、体重制限も何もない地下闘技場を仕事場とする彼には一切の遠慮なく、その恵まれた巨体に筋肉が積まれていた。

 筋肉は攻撃力で、筋肉は防御力だ。

 そして筋肉は不平等だ。どうしたって種族差が出る。現役の開拓者であるケイジも当然鍛えてはいるが、戦う場所が違う。見上げる彼は完全にケイジとは別の種類の強さを持って居た。


「ヘイ、ミスター。ちょぃ訊きてぇんだがよ、選手も賭けには参加出来んのか?」

「八百長、ある。ダメ」

「そうかい。ソイツは残念だ。折角テメェに俺に賭けることをオススメしようと思ったのによ」

「――」


 ケイジの挑発に、眼を細めて声なく笑うリザードマン。


「良い。アナタ。戦士。私、ロタナ言う。アナタは?」

「ケイジ」

「ケイジ。死んでもごめんね?」

「はっ、こっちのセリフだぜ、ロタナ!」


 こつん、と軽く拳を合わせる。

 審判のコイントスの結果、ケイジが先行となった。

 ゴングが鳴り響く。

 と、ととと、両手をだらー、と下げたまま、ケイジが軽くステップを踏む。一歩近づき、三歩下がる。リングの外からわっ、と叫びにも似た歓声が上がる。


 1、2、3――!


 その掛け声に合わせる様に距離を詰めたケイジの右がロタナの顔面、急所の一つである鼻を狙って放たれる。当然の様にガードをされ、拳が腕を打――


「……ヘェイ、舐めてんデスカー?」


 モロに鼻を打った。人のものとは違うので軟骨を潰した感触は返ってこなかったが、だから大丈夫とは言えないはずだ。


「違う。攻撃、防御しない。コレがロタナ」

「そうかい。ソイツがテメェのスタイルって訳かよ。しんどそうだな?」

「……そうかな?」


 1、2、3――!


 掛け声に合わせて大きく振りかぶられる右。視線が、踏み込みが、お返しだ! と言わんばかりにケイジの顔面を狙っていた。


「……」


 この試合形式で無ければ使われること自体が有り得ない典型的なテレフォンパンチ。

 余裕で避けられる。だから余裕で防御が出来る。足を引き、半身に。顔面を狙う拳撃の先にケイジは左腕を置いた。


「ッ!」


 衝撃に遅れて音が来た。そんな錯覚。吹き飛ばされ、金網に叩きつけられて、金網を鳴らす音で漸く意識が戻って来た。「はっ」笑う。腕が上がらない。いや、上がるが、ぷるぷると痛みで震え、酷く緩慢な動作になってしまう。ただの一撃、たったの一撃、それで左腕が壊された。


「うん。そうでもないよ。ロタナ、殴られること、少ない」


 眼を細めて笑うリザードマンに「だろうな」とケイジが返す。この威力だ。大抵の相手は短期決戦で終わるだろう。







「らっしゃぁらぁべぇ!」


 と、言う良く分からない気合いがケイジの口から洩れた。ケイジにも意味は分からない。ケイジに分からないのだから、きっと誰にも分からないだろう。

 それでも拳は力強くロタナの顔に突き刺さった。相も変わらず防御はされない。

 何発も、何発も、何発も、同じ場所に叩きつけた。

 だから既にロタナの顔は血だらけだ。人間のものと構造は違うとはいえ、鼻は鼻。急所であると言うことに違いは無い。

 潰れ、噴き出した鼻血でロタナの顔の下半分は赤黒い血でぬらぬらとてかっていた。

 会場のボルテージは上がっている。

 重量級のロタナが映えるのはハードパンチがヒットした絵であり、このルールであればソレが思う存分見ることが出来るからだ。

 つまり、ロタナはワン、ツー、スリーでは花形だった。

 そんな花形選手が珍しくボロボロになる好カード。それで盛り上がらない奴はナックルズに、それ以上にここ、地下闘技場には居ない。

 まして、その相手が――


「うっし、来いやこるぁ!」


 ロタナ以上にズタボロでありながら、笑いながら煽ってみせるエンターテイナーなのだから猶更だ。

 防御に使っていた左腕は内出血で青黒く変色し、大きく腫れ上がっている。まるで出来の悪いアメコミのミュータントの様な有様だ。

 殴り続けた右手も小指と薬指の色がおかしいのが観客席からでもはっきりと分かる。


 ――治るから別に良い。


 頭で理解していても、一流選手でないと言うことが出来ないこのイカレタ魔法の言葉をインターバルで言ってみせたケイジは、この短時間でそれなりにファンを獲得していた。


 1、2、3――!


 熱を多量に孕んだ声音でのコール。

 それにスターが答えないはずも無く、右ストレートが重い音を響かせてケイジに突き刺さる。

 体重差は残酷だ、インパクトの瞬間に合わせて軽く後ろに飛んだケイジの身体は面白いように吹き飛ぶ。


「……」


 ふんばり、耐える。ふらり、と後ろに倒れ掛け、ソレを押す様に、或いは待って居たとでもいう様に歓声があがり、ケイジが踏みとどまる。

 ふっ、と軽い笑み。余裕だとでも言う様にロタナに向かって歩き出す。


 1、2、3――!


 合わせる様にリングを蹴り、跳び――膝。

 突進の勢いが乗ったその一撃に流石に耐え切れず、ロタナが初めて後ろにヨタヨタと下がり、金網に背をぶち当てる。そうして目を細める様に笑い、体勢を立て直して歩き出そうとして――出来ずに、膝を付いた。

 歓声が上がる。

 攻撃したはずのケイジがリングの中央でダウンしているのはご愛敬だ。試合を盛り上げるクリティカルヒットに観客は湧き立つ。


「ふらついてるじゃねぇか、調子でもわりぃのか?」


 ケイジがニヤつきながら起き上がる。


「ロタナ、大丈夫。ケイジ、大丈夫?」


 ふん、と鼻腔に詰まった血を吹き出しながらロタナも目を細める。


 1、2、3――!


 あがる歓声、跳ねる緑色の身体。筋肉は攻撃力で、筋肉は防御力で、そして――筋肉は速度だとでも言う様にランニングパンチ。

 ケイジのガードに当たった瞬間、未だ肘が曲がっていた。そこから押す様にして金網に叩きつけ、更にねじってガードをこじ開ける。通常の試合なら、この後の追撃で終わる。そう言う状態。それでもコレはワン、ツー、スリーだ。攻守の交代が定められている。


 1、2、3――!


 歓声が上がる。だが、ケイジは殴れない。力が入らないのか、崩れそうになって居る。そんなケイジを気遣ってか、ロタナが手を差し出す。ケイジは苦笑いをして、その手を掴み――ヘッドバットをかました。

 勿論、鼻を狙った。

 ぬるっとした感触を感じるよりも早く、骨の感触を感じた。

 紳士的対応に返される蛮賊の礼儀にロタナがふらつく。だが手は離さない。握り返してきたケイジの手をそれ以上にしっかりと握る。だって――ロタナもソレを狙っていたのだから。


 1、2、3――!


 歓声に合わせ、手をつないだままロタナが拳を放つ。下から上。腹に突き刺さり、ケイジが浮き上がる。だが倒れない。――いや、ロタナが手を握っているから倒れることが出来ない。


「ギブアップする?」

「――はっ、クソ、喰ら、えだ」


 1、2、3――!


 えれー、と唾液と胃液と良く分からないモノを口から吐き出していたケイジがその掛け声に駆動する。狙いは――鼻。

 ここまできてもロタナはガードをしない。ケイジの攻撃をまともに喰らう。馬鹿じゃねぇの? そう思う。ソレが素直なケイジの感想だ。だが、それでもその生き様は強く、カッコイイと言うことが分かった。嘘だ。ぶっちゃけ、痛くて、吐きそうで、そんなことを思う余裕はない。早く死ね。死ななくても良いからぶっ倒れろ。それ位しか考えていない。


 1、2、3――!


 掛け声。今度はケイジが喰らう番だ。腹に力を入れる顔を左腕だったモノで守る。頭をハンマーの様なモノでぶん殴られた。あぁ。うん。そうだよなぁ。この距離だとただの打ち下ろしでソコ狙えるよな。

 衝撃が凄まじい。

 頭蓋骨が外れてズレた感覚がする。いや、大丈夫、気のせいだ。気のせいだから――


 1、2、3――!


 行って、れ。

 強襲アングリフ。スキルの使用は禁止されていない。だから使う。ロタナが一切の防御を行わないと言った時からくみ上げた作戦とも呼べない様なお粗末な希望。その為にケイジはここまで待った。自分も傷つき、相手も傷つく試合中番。ただの一度、たったの一度、この隙を待った。攻撃を受けてくれる間に一気に――削る。

 右手で握ったロタナを引き寄せて下を向かせる。狙うのは鼻だ。そして叩きつけるのは鉄頭と呼ばれる頭だ。

 全力のヘッドバット。ケイジのソレが、ぐしゅ、とロタナの骨を潰した。








「……」


 アンナが眼鏡を掛けている所を初めて見た。

 シルバーの細いフレームのそれは目立つことなく、それでも確かに何時もの彼女とは違う印象をケイジに与えてくる。

 起きているこちらに気が付き、どや顔をしていなければ。

 人生に巻き戻し機能が欲しい。知的な感じで本を読んでいる部分まで戻してはくれないだろうか?


「すんごい熱視線なんですけどー。なぁに、アンタ眼鏡属性あるの?」


 注目されてることが分かったからだろう。

 アンナはどや顔のまま、くぃ、っと眼鏡を持ち上げてみせた。


「好きならたまに掛けてあげても良いわよ?」

「……黙ってりゃ可愛かったから惚れたかもしんねぇが、喋ってくれたおかげでそんな気の迷いを起こさずに済んだぜ、サンキューな」

「そう。分かったわ。起きるところからやり直しましょう。えぇと……重い物で頭を強打したら記憶って無くなるかしら?」

「ヘイヘイヘイ、トーンがマジっぽくて怖ぇよ? っーか、ここどこデスカー?」

「闘技場のしゅじゅちゅ――しゅじゅち……ベッドよ」

「……」


 大事なことを略してベッドだと言い切られた。闘技場の手術室のベットらしい。

 身体を起こしてみる。取り敢えず、身体を動かすことが出来た。左腕は――流石に短時間での治癒は出来なかったようで、点滴を打たれている。一応は回復薬合成のスキルを持って居るケイジは点滴のパッケージに書かれている薬品名に心当たりがあった。治癒ポーションの中の促進型、ヒールの効果を増加させる薬品だ。


「二時間おきにあたしがヒールかけてるの。今は午前三時。ガララ達は廊下で寝てるわ」


 呼ぶ? と小首を傾げながらアンナ。


「いや、寝かしといてやろうぜ。……試合は?」

「プロに勝てる自信は?」

「ねぇな」


 相手が呪印を彫って居ないのならその限りではないが、ここは生憎と開拓者の街だ。ロタナの背中には防御に優れた騎士ナイトの呪印が彫られていた。

 呪印を彫ったプロの格闘家に勝てると思うほどケイジは自惚れていない。


「……ヘェィ? 何で驚いた顔してんですかね?」


 だと言うのに、アンナは目をぱちぱちとさせていた。


「それじゃアンタは結構分の悪い賭けに勝ったのね」

「……っーと?」

「ドロー。アンタも倒れたけど相手のリザードマンも倒れたわ。良くあそこ迄粘れたわね?」

「まぁ、呪印のお陰だろうな」

「あぁ、蛮賊バンデットって死に難いもんね」

「そう言うこった」


 呪印は、各ギルドごとにある程度の特徴を備えている。

 例えば、騎士ナイト銃士ガンナー

 騎士ナイトの呪印は防壁が強い代わりに、弾丸に力が乗り難い。

 銃士ガンナーの呪印は防壁の性能が低い代わりに、弾丸に力が乗りやすい。

 他にも細々とした違いは他にもあるが、こういう具合に職業ギルドごとに特色がある。

 では、蛮賊バンデットは? と言われたらこう答えよう。

 蛮賊バンデットの呪印は生命力の強化率が全職業ギルドの中で一番高い。

 防壁が硬いわけでは無いので騎士ナイトと比べると簡単に抜かれる。それでも死に難い。

 痛みは消えない。だから痛みで動けなくなり、結局は終わる者が殆どだ。だから結局は個人の資質によるところが大きい。大きいのだが――噛み合った場合、蛮賊バンデットは兎に角、死に難い。

 つまり、やせ我慢が得意なケイジには結構あっているのだ。


「んで、試合がドローってことは?」

「盛り上がったからナックルズはご機嫌。ドワーフの件は水に流して貰えたし、車の件もおっけー。ついでにファイトマネーも出るそうよ」


 あと、何かリコがドローに賭けて大儲けしてたわ。


「そうかい、つまり――」

「えぇ、第一目標は達成。明日から忙しくなるし、もう寝たら?」


 はい、おやすみーと額の傷にキスをされてベッドに寝かしつけられた。


アンナが自分の為に徹夜してくれることに気が付かない鈍感系主人公。

翌朝、ガララに言われて気が付くらしい。

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