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貝と小鳥

 ここを根城にしていたゴブリンは恐らく王国から追い出された奴らではなく、監視の為に派遣されたか、進んでここに来た上流階級のゴブリンだったのだろう。

 電子錠が使えなくなった扉はゴブリンにしては珍しくタンブラー錠に切り替えられており、重厚な木の扉はその付け替えられてからの時間を大切に使われてきた。

 新しくはない。古い扉だ。だからこそ分かる。木製であることも考慮すればしっかりとした意思で維持をされて来たのだろう。

 だが残念。

 今、そうして大切に使われていた扉には鍵が掛かっており、その前には王国のゴブリンよりも雑な蛮賊バンデットが、大抵の鍵なら開けることが出来る魔法の鍵(ショットガン)を持って立っていた。

 何の躊躇いも無く、引き金を引き、ロック部分ごと吹き飛ばす。


「ヘェイ、ピザ屋チッチョリーナでーす! 皆大好きなピザのお届けに来ましたYO!」


 ――Check it out!


 声は陽気に、ご機嫌に。笑顔を浮かべながら、部屋中の視線を集めながら、ケイジが扉を蹴破った。

 出迎えたのは三人のエルフ。見知った顔が一人に、見知らぬ顔が二人だ。

 見知った顔は、猫背の無精髭エルフ、タカハシ。

 見知らぬ顔の内の一つはケイジ達と同年代位だろう。若い――エルフで言えば幼い年齢の少年だった。後ろで一纏めにされた馬の尻尾の様な明るい金髪と、澄んだ青い瞳は隣のエルフらしくないエルフであるタカハシとは違い、エルフらしいエルフだった。

 まるで若木の様だ。

 それがケイジが生命力を讃えた彼を見た感想。そんな彼は突然のケイジ達の登場に驚いている。だから、まぁ、良い。普通の子だ。

 問題は見知らぬ顔のもう一つ。

 若木の様だと言う比喩に倣えば、枯れ木の様だった。

 三人のエルフの中でもっとも小さい彼。白く、長い髭は仙人の様だ。数多のしわが刻まれ、車いすに座った老エルフ。

 彼が問題だ。彼もケイジ達の登場に驚いた。驚いたが、直ぐに立て直した。


「……ふむ? 頼んだ覚えは無いんだがね?」


 白い髭を一撫で。


「折角だ。頂こうかな?」


 そして、この笑顔でこの返し。

 完全に歓迎している。敵意など微塵も、僅かも存在しない人好きする笑顔を――強盗に向ける。


「はっ、」


 ケイジの背中に寒いモノが奔る。

 強いか弱いかで言えば、間違いなく弱い。例え“あがり”を迎えていたとして、仮にその呪印の深度がタカハシよりも上だったとしても、肉体の強度でゴリ押せる。

 だが、怖い。

 それがケイジの感想だ。


「あー……」目を泳がせ、頭を掻いてケイジは再び老エルフを見る。「わりぃな、爺さん。配達中に食っちまった」へらっ、と笑った。


 ジョークにはジョークを。

 場の空気の転がり方が分からない以上、相手に合わせる。それがケイジの判断だ。


「そうなのかい? 残念だ。私はシーフードピザが大好きでね」


 眉を八の字にしながら、心底残念そうに老エルフが言う。


「そうかい。そんじゃ代わりに成るかは微妙だがよ、俺からの手土産だ。受け取っ――ちげぇな。先ずは見てくれや」


 ケイジが半歩ズレると、ノームを背負ったレサトが前に出た。


 同時/銃声


「……」


 何時抜いたのだろうか? タカハシの手にあるリボルバーが硝煙を燻らせていた。


「……」


 そしてソレを止めたケイジの右手には孔が開いていた。

 若エルフとレサトに僅かな緊張が奔る。

 だが、狙われたのに呑気に寝ているノーム、撃ったタカハシ、止めたケイジに、老エルフとガララは穏やかなままだ。


 ――この程度は暴力ではない。


 扉を銃で撃ち、突撃してきた強盗、ケイジ達に対して老エルフが『そう』対応したのだ。

 それならば、『この程度は暴力ではない』。

 ソレがこの場のルールだ。


「ちょいと失礼」


 言いながら、ケイジは右手を確認する。

 砂鉄入りのレザーグローブからサラサラと砂鉄が零れていた。殆ど使った覚えが無いのにもう壊されてしまったと言う事実に、ケイジは嫌そうな顔をした。あとは、傷口に砂鉄が入ったら拙く無いだろうか? ケイジの感想はそれ位。

 痛みは無視する。意識をしない様にする。

 まぁ、勿論無理だ。

 グローブを外した指が痛みで震える。それでも先ずは開いたままでガムテープを巻きつけ、開いた孔を塞ぐ。そのまま、ゆっくりと指を曲げて『拳』を造り、ぐるぐる巻きにした。


「――!」


 歯を食いしばる。脂汗が噴き出す。それでも――


「わ、りぃな――待たせた」


 ケイジは、笑顔を造る。


「――座ったらどうだい? 辛そうだ。話し合いをしに来たのだろう?」


 着席の、いや『交渉』への誘い。


「はっ、そうさせて貰うぜ」


 それにケイジはニヤッと口の端を持ち上げて応じる。

 ソファーに座ったケイジの横にはレサトが付く。ガララは相も変わらず扉を背負い立っている。護衛。そう言う意思表示をする様に、一人と一機は座らなかった。

 白く染められた皮張りの椅子は汚れが少ないのが分かった。ほぼ新品と言っても良いだろう。恐らく、目の前の老エルフ、若しくは若エルフの為に運び込まれたモノなのだろう。


「……」


 物を動かせば、人が動く。人が動けば『跡』が残る。

 良いソファーなのだろう。それは分かる。だが、ケイジにはそれ以上に『跡』を残してまで、リスクを冒してまで運び込まれたと言う事実が怖かった。


「随分と変わった応急処置だね?」

「あ? 旧時代の洋画とかポリスドラマとか見ないタイプ? 怪我したらガムテまいときゃ大丈夫なんだよ」

「ふむ。……ダクトテープでは無くてかね?」

「……ガララ、ガムテとダクテの説明をして差し上げろ」

「ガムテープは貼り付く。ダクトテープも張り付く」

「ヤァ、俺が欲しかった最高の答えをありがとよ。……そう言うわけだ爺さん?」

「成程。そう言うわけかね」


 ガラスのテーブルを挟み、ソファーに座ったケイジと車椅子に座った老エルフが会話を交わし笑い合った。


「それで、ソレのことだが……」

「あぁ、アンタらブラーゼン協同組合に協力していた敵性亜人レッドデミのノームのことだな?」

「おぉ、何と言うことだ! こんな若い世代にまで差別の心が根付いているとは、嘆かわしい! 誤解がある様だから言っておこう。――彼は、フェイ君はただ、我々人の世界を見に留学をして来ただけだ」


 嫌に芝居がかった様子で老エルフが言う。大げさなリアクションに若エルフは驚き、タカハシはニヤニヤと楽しそうだ。

 因みにその留学生は、ついさっき意識を失ったまま永遠に目覚めなくされる所だった。


「へぇ、そりゃ良い話だな。良いと思うぜ? 何を隠そう、俺も平和主義者だ。相互理解で敵性亜人レッドデミと分かり合えるってんなら……ヤァ、控え目に言っても最高じゃねぇか」

「うん、そうだろう、そうだろう」

「まぁ、それもクスリ持って来てなけりゃ……だがな?」

「……ふむ?」


 はて? と老エルフが小首を傾げる様は好々爺染みて愛嬌があった。


「おかしいな? それは命と代えても隠さなければいけない情報のはずだが?」


 だがケイジはそんなことは気にしない。


「ヘイ、ミスターエルフ? 俺はテメェの芝居にまだ付き合わなきゃいけねぇかな? 今、どう言うシーン? 指輪探しに行くとこ?」コン、コンコン、ココン。ケイジの左手の指がガラステーブルの天板をノックする。「宝の地図はコイツの頭ん中にある。ンで、コイツはノームだ。小鳥と貝(・・・・)。ブレスレットならどっちが似合うと思うよ?」


 分かってんだろ、手短に行こうぜ? と両手が吹き飛んだノームを目で指し示しながら、ケイジ。


「素敵なアドバイスだ。貝のブレスレットとアンクルを贈っておくべきだったかな?」

「ひでぇな。直で首じゃねぇか。そこまでやんならネックレスも送ってやれよ」

「私にしてみたら首は吹き飛んでくれた方が有り難いからね」

「はっ、ちげぇねぇ」


 では――

 と、空気が変わる。


「君の要求は?」

「ノームを見なかったことにする。だからテメェらも俺達を見なかったことにしろ」

「それで我々はこの街で平和に暮らせると言うことかな?」

「ギルド通さずクスリ撒いた時点でそりゃ無理だろ? 資金源にするつもりだったのかは知らねぇが、ありゃ悪手中の悪手だ。そっちのメリットは敵性亜人レッドデミと仲良くしてた事実が隠せて、それとその敵性亜人レッドデミがこれ以上余計なことが言えなくなる。それだけだぜ」

「決裂した場合は、フェイ君を持ち帰る、と?」

「ヤァ、留学生なんだろ? 良い所にでも連れてってやるよ」


 一度行ったら、死ぬまで帰りたくなくなる程に『良い所』だ。きっと世のしがらみから解放させられたノーム……フェイは色々なことを『お話』してくれることだろう。


「君達のメリットは?」

「テメェらとの関りが無くなる。敵でも、味方でもねぇ、無関係になる」

「……すまない。勉強不足で悪いのだがね、君は『我々』に取ってどういう立ち位置だい?」

「四人組、で通じるか?」

「あぁ、そうか。君がそうか。……何故、ここに?」

「……そこの死んだ魚みてぇなガンナーエルフに丁寧な(・・・)エスコートでご招待されたんザマスよ。わかっかな? 俺、言うなれば上にスペシャルが付くゲストだぜ?」


 なのに、招いた覚えがねぇとか……それどうなん?

 ケイジがじとっ、と半目で老エルフを睨む。


「おい」


 どう言うことだ? と老エルフがタカハシを横目で見る。


「俺の紐を若旦那に預けたのは、旦那だと認識してますがね?」


 紙巻きたばこを一気に吸い、ぶふぁー、と白い煙を口から吐き出しながら、惚ける様にタカハシ。


「名誉の為です、おじい様」


 そんなタカハシの代わりに、若エルフが一歩前に出た。

布ガムテだから。

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