テイクアウト
敵に正体がバレた。
背後を取られる可能性がある以上、殺し切るか痛手を与えなくてはいけない。
そう考えたケイジ達の奇襲に対応出来たのは、銃士と神官、それとアンノウンの三人だった。
――壁役の騎士を潰せたのはデケェな。
犬歯を剥き出しに笑いながらケイジはそう思う。
反応出来た三人は既に飛びのき、こちらと同じ様に土壁を道の真ん中に展開している。『土の形を変える』それだけしかできないからこそ、土壁のポーションは便利だ。簡易的に造られたバリケードは簡単には破れない。破れないなら、先ずは逃げ遅れた奴からだ。
リコとケイジが残り物に手を伸ばす。狩人と、ゼン。そしてゼンは一応、運が良かった。ケイジが担当になったからだ。
「っ、ぁ、うぁ、、やめ、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええぇ!」
「あはっ」
断末魔に被せられるのは睦言の最中に零れた様な艶っぽい笑い。
粘性燃料。暗黒騎士秘蔵のレシピにより精製された粘性を持った可燃液が狩人を包み、燃え、炭へ変える。相手の神官のヒールもその苦しみを長引かせるだけだ。地面を転がり、叫ぶ狩人を見て、リコは頬を染めていた。
消えにくい炎は呪印の深度の差を覆すのに最適だ。リコはあっさりと格上殺しを為して陣地に戻る。
それと比べればゼンは本当にマシだった。ストックで腹を打ち、下がった頭にストックを叩きつけ、膝で迎えて鼻を潰す。ケイジのその流れる様なコンビネーションは騎士、蛮賊共通の技能、銃剣術によるモノだ。
鼻を潰され「ぱ、ふぁ」と口で息をするゼンだが、生きていた。ケイジも殺す気は無い。
だって自軍のカバーが遠い。
リコと違って鎧が無いケイジはそこまで戻るのだって危ないのだ。
そんな訳で腕を捻り上げ、ゼンを盾の代わりに、ずるずると下がって行く。銃弾が飛んできた。銃士からだ。人質は特に気にしないらしい。三発目でゼンに孔が開いた。「チッ」。舌打ち。だが十分な距離移動が出来、土嚢が近かったので、そちらに蹴り飛ばす。「アンナ、拘束して回復してやれ」。言って、レサトが放り出した戦利品からLMGを取り出す。
銃弾は――五十程だろうか? フルオートであればあまりもたない。あっさりと溶けてしまう量だ。しっかり弾丸を用意しておけよ、とも思うがゴブにとっても所詮は鹵獲品。無理な注文だろう。
それでも無いよりはマシだ。尻尾の機銃だけを器用にバリケードから出して撃っているレサトの横に並び、ケイジはアイアンサイトを覗き込む。「レサト、テメェのリロードに合わせる」。言いながらバイポットでLMGを固定する。アイアンサイトの先に置いたのは神官だ。
そんなケイジを見て、銃士が、すっ、と立ち上がる。「?」。そう、彼は立ち上がっていた。その様子に違和感を覚える。何でバリケードに隠れねぇ?
銃士の呪印の防壁はそれ程性能が高くない。武器もリボルバーなので、連射性能が低く、塹壕戦では正直、余り脅威ではない。
だから後回しにしていた。いや、そもそも潰す順番として理想的なのは回復役、壁役、それ以外だ。そうである以上、彼があちらのリーダーだとしても、先ずは回復役である神官を――
思考に割り込む様に、レサトが、どん、と地面を叩いて合図をした。リロード。射撃が切れる。それは拙い。思考を切り、直観に従い銃士に向けて全弾叩き込む。
「うっそだろ、テメェ! くっそ硬ぇじゃねぇか!」
詰まることなく、吐き出されたその全ての弾丸を銃士が受け止めて見せた。
にっ、と不敵に笑う銃士。
「“我は最速であると誓う”」
ケイジ達に、戦場に聞かせる為の呪文。エンチャント:プライド。それは弾丸に『誇り』を乗せる銃士の呪文だった。
『抜いて、撃つ――早撃ち。その動作こそが俺の武器だ』
銃士が世界にそう誓う。それが証明される限り――彼の弾丸は防げない。
銃士が構える。
左太股に銃が来るあの独特のガンベルトの位置。
そして心臓を隠す様に半身を取りながら、抜けば銃口が敵に向くその独特の構え。
ソレは変則的なファストドロウの構え。
ソレは物語の中の一人の男の生き方。
バーンズ・スタイル。
最速でありながら、敵に向けた前面の防御力は高い。正しく攻防一体。ケイジは知る由も無いが、銃士の構えはソレだった。
「――?」
と、言う声の無い声はアンナから。それをケイジが認識したのは、銃声とほぼ同時。
ケイジが振り返る。
――それは嫌な予感がしたからだ。
赤かった。
――それは彼女の血だ。
何処を撃たれた?
――腹、右腕、そして喉だ。
銃声は一発分しか聞こえなかったはずだ。
――それは、神速領域のファニングが許した絶技だ。
ゲット・オフ・スリーショット。
三つのポイントを同時に射抜く絶技がアンナを赤く染める。赤く染まったアンナは、とっ、軽い音を立てて地面に倒れた。
「――は、オーケイ。まぁ、良くあることだ」
とケイジは嗤う。吐き捨てる様に、詰まらなそうに、乾いた様に嗤ってみせた。
殺し合いをしているのだ。仲間が殺されて騒ぐ方がどうかしている。
潰す優先順位は回復役が最優先だ。別におかしなことではない。
ケイジは冷静だった。
冷静だったから倒れたアンナの胸が上下しているのを確認した。
戦線を離れレサトとリコが駆け寄っているのも確認した。
「リコ」
だから冷静にリコに向かって回復薬を投げて渡した。
「ロイ、レサト。援護しろ、突っ込む」
だから冷静に固まった二人に指示を出した。
煙幕を焚く。白い煙は屋外と言うこともあり、それ程長持ちしないだろう。敵に痛手は負わせた。別に引いても良い。と、言うか引くべきだ。
「がひゅ、」
と、咳が聞こえて来た。戻ってこれたアンナが苦しそうに血の咳を吐いていた。
ケイジは冷静だった。ここまでは冷静で居ようと意識をした。
「……」
すっ、と煙の中に一歩を踏み出す。ロイとレサトの銃撃が背中から聞こえる。前から撃って来ているのは神官かアンノウンだろう。銃声は連続していた。
と。
地面を軽く、強く蹴る。
身体は低く、這うような姿勢だ。
目の前に敵が造ったカバーが見えた。そこにARを置いて射撃をしている神官もだ。煙の中から飛び出してきたケイジに驚いた様に目を剥く。それを気にしてやる余裕はないこちらを向く銃口が銃弾を吐き出す前に、ケイジは雑な狙いでSGの引き金を引く。呪印のガードは抜けない。当然だ。そんなモノは期待していない。SGを捨て、土壁のこちら側に無理矢理神官を引き摺り込む。マウントを取り、殴り、呪印を抜いて、顔の形を変えてからSGで丁寧に腹と、右腕と、喉を撃ち抜いた。
SGは凶悪だ。
アンナと違い腹の時点で神官エルフは終わり、右腕は吹き飛び、最後に喉を撃った時には首が吹き飛んで頭が落ちた。
だがケイジは気にしない。
先程、銃士がやって見せた様に無防備に立ち上がる。右腕のSGでとんとんと肩を叩き、楽しそうに嗤って魅せながら空いた左手で死体を持ち上げる。
「ヨォ、良い見本が手に入ったから持って来てやったぜ、ミスター! コイツがアンタが探してたケジメって奴だ! いい出来だろ? やり過ぎてる辺りが最高だっ!」
銃士の横でアンノウンが何かを呟いていたので、黙らせる序に手の中の手本をぶん投げておく。小柄なアンノウンは避け切れず、死体に潰された。
「――成程。良く分かった。良い見本だ、兄さん。そこで相談なんだが……忘れない内に手本の通りにやってみても良いかぃ?」
「ヤァ! 勿論だ! 教えがいのある生徒を持って俺は幸せもんだぜ! っーわけで、ミスター、テメェの名前は?」
SGを足元に、腰の右に付けたゴブルガンを叩いてアピールしながらケイジ。
「……タカハシ」
「ケー。そんじゃぁ――」ポケットに手を突っ込み、ガサゴソ探って一枚の銅貨を取り出す。「俺の名前はケイジ! タカハシ、テメェに一対一の決闘を申し込むぜ!」その銅貨をケイジが空に弾いた。
銅貨が回る。
くるくる回る。
ケイジが構える。ゴブルガンを抜く体勢を造る。
タカハシが構える。それはやはり攻防一体のバーンズ・スタイル。
銅貨が回る。
くるくる回る。
空高く上がったはずのそれは徐々に高度を落とし、地面に近づいて行く。
銅貨がケイジの眼の高さ程に来た時だっただろう。
連続した銃声が響き、「ぐっ!?」とタカハシが呻いた。背中から胸に銃弾が抜ける。血が流れる。倒れる。
「……タンゴダウン。銃士にしては硬すぎると思ったけど、正面だけだったみたいだね。ガララはその隙を見逃さないよ」
削れたアスファルトにより出来た段差。その陰からガララが出てくる。
バックアタック。盗賊らしい戦法で潜っていたガララが『尖って』しまったタカハシの集中力を利用して背後から撃ち抜いたのだ。
ケイジは嗤う。嗤って言う。
「わりぃな、ミスタータカハシ。けどよ、蛮賊なんざ信じたテメェが馬鹿なだけだぜ? 戦場で一対一の決闘? やりたきゃ付き合ってくれるオトモダチを探すことから始めることをお勧めするぜ」
「ガララは結構良いと思うよ、タカハシ。浪漫があるよね」
「――ヘイヘイ、ちょっとガララさーん? 狡くね? 撃ったのテメェだろ?」
「浪漫が有っても戦場で背中を見せるのは馬鹿で、カカシだよ?」
浪漫は実現しないから浪漫なんだよ、とガララ。
「そら現実的なことで」
はっ、と肩を竦めながらケイジ。
そのままタカハシとアンノウンの下へ歩いて行く。
アンノウンは何とか逃げようともがいているが、かなり非力なのだろう。上に載った死体を退かすことが出来ずにもがいている。
「動けば殺す。動かねぇなら殺さねぇ……どうするよ、チビ助?」
「……」
ゴブルガン突き付けながらのケイジの問い掛けに、ぴたり、とアンノウンが動きを止めた。
「――うっし、捕虜とって顔が分かる死体も回収! 装備も引っぺがして持ち帰るぞ! レサト、テメェはアンナみとけよ!」
――あぁ、タカハシも首だけにしといた方が運び易ぃな。
SGを取ってこよう。
そう思い、ケイジは振り返った。
ソレは紛れもない隙だ。
戦場で隙を見せ、敵に背中を見せたタカハシは背後からガララに撃たれた。
だったら当然――
「良い手だがな、そう言う卑怯な手を早めに覚えると弱く成るぜ、兄さん?」
「――っ!?」
同じ様に背中を見せたケイジもそう成らないと駄目だろう。
声と同時に両膝が銃弾で抜かれる。体重を支えきれずに、かくん、と落ちたケイジの顔面にリボルバーの銃床が叩きつけられる。
いつもケイジがやっていることだ。視界が衝撃と共に裏返される。腹を思いっきり踏まれ、ケイジは天を仰いだ。
「接続、跳べるよ」
細い、子供の様な声。横を見ればアンノウンが地面に手を付き、何かを描いて居た。
「そんな訳だ、兄さん。ケジメ取る為に一緒に来てもらうぜ」
「――跳躍!」
光に包まれたと思ったら、空が石造りの天井に代わった。かび臭い空気はどこか湿っている。確か最高位の魔術師は空間を跳べると言う話を聞いたことがあるが、これがその結果だろうか? アンノウンは魔術師だった? いや、だったらタカハシの傷はどうやって治した? 死んではいなくても致命傷だぞ、ありゃ。
「……」
「色々考えてるみたいだねぇ、兄さん?」
「ガラじゃねぇけどな。どういう手か教えて貰いてぇもんだよ」
「残念、もう俺は蛮賊を信じないことにしたんでね」
「職業差別か? 最悪だな、テメェ」
集まって来たエルフに「黙れ!」と言われ、ストックで叩かれる。数が多い、五人位いる。頭を庇う様に丸まる中、やれやれ、とでも言いたげに肩を竦め、煙草に火をつけるタカハシが見えた。
エルフ(投擲武器)
エルフ(盾)
エルフ万能説!!