再会
「お?」
と言う声がケイジの口から思わず零れたのは、進む先に別パーティが見えたからだ。
大街道を抜け、もう既にヴァッヘン周辺。既に都市軍の巡回範囲に入っていることから、ガララとレサトと言う偵察が出来るモノ達を引かせていると言うこともあり、相手がどう言う連中かが分からない。「……」。少し、考える。都市軍の巡回範囲での野盗活動と言うのは考えにきぃな。そう結論を出したので、警戒レベルを少し下げる。
向こうもこちらに気が付いたのだろう。遠目にも分かる様に大きく手を振って来たので、ケイジも大きく手を振り返す。
双方、互いに示したのは『敵対の意思は無し』。
だが、この程度の確認で完全には安心することは出来ないのが今のご時世だ。
「距離が詰まってカバーは無し、か。始まったらどうするよ?」
「ケイジくんとわたしで前線支えて、アンナちゃんとロイくんが下がって後ろを確保」
「ガララは隠れて敵の後ろに回るよ」
「レサトは? あたしの護衛に貰って良い?」
「そもそも挟撃の可能性は無いんで?」
レサトは無言で背中を見せて来た。尻尾がぴこぴこと揺れて背負った戦利品を指し示している。荷物持ち担当としては、戦闘時のこれらの扱いが気に成るのだろう。
「ケー。活発な意見の交換をありがとう諸君。頼もしい仲間たちに囲まれて俺は幸せモンだぜ。……ガララ、レサト、周囲警戒しながら進んでくれ。アンナ、荷物を捨てるならそのタイミングはテメェに任せる、他は今言った通りなー」
了解、と言う返事に両鋏を掲げての返事が返って来た。
そんな風に簡単なブリーフィングを済ませ、歩きながら陣形を整える。リコとケイジが並び、その後ろにロイ、ガララと続き、最後尾にアンナとレサトが並ぶ。たっ、と横に並んだリコが何が楽しいのか、「へへぇー」と笑いかけて来た。
「火炎放射使っても良いけどよ、俺を巻き込むんじゃねぇぞ、放火魔?」
「むっ、流石のわたしもロイくんと一緒にされると流石に心外なのデスが?」
「そうかい。そんじゃ横は任せたぜ?」
「任せられたぜぇー」
リコが言いながら鎧で覆われた左手を伸ばして来たので、ケイジも応じる様に右腕を伸ばした。ごつん、と拳と拳がぶつかり合う音が響いた。
相手のパーティが視認できる距離になった瞬間、ケイジ達の警戒レベルは一気に跳ね上げられた。
装備を見る限り、構成としては、騎士、神官、魔術師、銃士、狩人、そしてローブを被った不明が一人と言った所だろう。
これは左程問題では無い。そこに不明が一人混じっていても、だ。
問題は、その構成種族。
五人がエルフだった。
顔が見えている中には、人間も、獣人も、リザードマンも、魔女種も、ドワーフも居なければ、リコの様なダークエルフに、ウッドエルフも居ない。
顔が確認できないアンノウンもフードの膨らみから耳が尖っていることが伺え、フードから出た手からダークエルフでも、ウッドエルフではないことが分かる。つまりはエルフのみで構成されたであろうパーティだった。
普段ならばそこまで気にすることは無い。同族のみで構成されたパーティなど左程珍しくもない。
だが、今は時期が時期だ。
ブラーゼン協同組合のことは現在、公表されていない。それでも噂で流れる。白で有るのに、黒と疑われたくないモノは、黒である要素を消す為に同族のエルフと距離を置く様な時期だ。それ位、ナイーブな時期だ。
それを『ここまで露骨にやっているなら大丈夫だ』と笑って流すことはケイジ達には出来なかった。
リコが兜のバイザーを下ろす、ケイジとロイがガララの為の障害物としての場所取りをする。その程度の準備を進めながら、全員が警戒を表に出さない様に注意した。
「おいおい、アンタ達! そこの人間とリザードマンのアンタ達二人っ! オレ! オレのこと、覚えてないか!」
そんな緊張状態の中、黒いローブを纏い、媒介の杖を持った魔術師と思われるエルフの少年が嬉しそうに跳ねて来た。
杖を掲げながら、顔を指差し「オレだよ、オレ!」を連呼している。
新手のナンパを疑いたい所だが、ケイジとガララは男で、エルフも男だった。そう言う趣味は無いのでケイジはちっとも嬉しくない。
「……」知ってっか? と視線を送れば。
「――」知らないよ。と首が横に振られる。
そんな訳で、結論。
「わりぃな、兄ちゃん。多分人違いだわ」
なのでこちらは貴方に用はありません。そんな感じで手を振って、先を行こうとする。
都市軍の巡回範囲内だ。揉め事を起こす可能性は少ない。少ないが、それが出来る連中がここまで露骨な布陣で居るだろうか? そんな疑念が消せないので、さっさと離れてしまいたい。それが今のケイジ達の気持ちだ。
「いやいやいや! 流石にソレは酷すぎるだろ! オレとお前たち、言うなれば戦友! 戦友ですよっ!」
だが、魔術師エルフはそんなことはお構いなし。きしゃー、と吠えながら悔しそうに地面をだんだんと蹴っている。
「……いや、そりゃあ、確かにオレはあんま役に立たなかったけどさ……」
――ゴブリンに操られたりもしたけどさ。
そんな呟きが聞こえて来た。そしてそれがゆっくりとケイジとガララの記憶の泉に波紋を立てた。
「あー……」
と声を出したのはケイジだったが、ガララも同じタイミングで『あ!』と言う顔をしていた。
「決闘の時、ケイジがのしたエルフだね?」
「……ヘイヘイ、そこはちげぇだろ? テメェがゴブに向かってぶん投げたエルフだろ?」
「ケイジがのしたのが先だよ?」
「いや、どう考えてもテメェの方がインパクトあんだろ? っーか、止めもテメェだ」
そんな感じでケイジとガララがお互いの罪を擦り付け合う。
ゴブリンとの決闘の際に二人の手で中々に悲惨な目に合わせたエルフだ。仲間を率いてのお礼参りだろうか? そんなことを思うが、魔術師エルフは思い出してくれただけで嬉しかったらしい。
「そうだよー、もう! お前らの名前知らないし、全然病院にも来てくれないしで、もう会えないかと思ってたよ!」
満面の笑みで、「久しぶりー」と握手を求めてくる。
「……あぁ、そうだな。まぁ、病院に行かなかったのは、な。アレだよな、ガララ?」
「……うん。そうだね。本当にアレだよね、ケイジ?」
その歓待っぷりに、眩しい笑顔、そして何よりもお見舞いにすらいかなかった心の負い目に、ケイジとガララはそっ、と視線を外し――
「あー……お見舞い、行けなくて悪かったな」
「ガララは素直に謝罪をするよ。ごめんね」
深く頭を下げた。
魔術師エルフはゼンと言う名前らしい。
怪我で出遅れ、最近になって職業ギルドに入ったは良いが、丁度タイミングが悪く、新人が居ない時期でパーティを組むことが出来なかった所を同族に拾われたことを嬉しそうに話してくれた。
「んで、こんな所で何やってんだ?」
ケイジの問い掛け。
それに場の空気が少し変わる。
小さな、ヒビが入った様な感覚。それはケイジ達にゼンのパーティ、双方からだった。「……」やっぱな。そんな言葉と感情をケイジは薄い笑顔で隠した。
「ん? あぁ、何かな、エルフ狩りをやってる奴等が居るらしくてさぁー、四人組らしいけど、ケイジ達知らない?」
この場で唯一、空気が変わらなかったゼンの無邪気なセリフに双方の亀裂が更に大きくなる。喋らせるのは拙いと判断したのだろう。フードを被ったアンノウンが大柄な銃士を肘で小突く、銃士エルフは『しょうがねぇな』と言う表情で面倒そうに前に出てきた。
「新人同士で交流を深めてる所、悪いな兄さん。だが、捜査に協力してはくれないかねぇ?」
被りなおしたテンガロンハットの下には濁った緑色の瞳があった。さっぱりした美男美女が多いエルフにしては身嗜みに余り気を遣わない方なのだろう。無精髭を生やし、煙草と硝煙の匂いを染みつかせたひょろりとしたエルフだった。
「……いや」多分、“あがり”。この場に集まった十一人と一機の中で一番強い男だろう。ケイジはそう判断しながらも薄い笑顔を消さずに肩を竦める「協力するのは構わねぇが、もう少し詳細を教えちゃくれねぇか?」
「勿論だ」煙草で黄ばんだ歯を見せ、銃士エルフが、にっ、と笑う。「それはそうと、俺達を警戒しているみたいだが、どうしてだ?」
「そりゃ、テメェ。こっちは仕事帰りだぜ? 売りもん運んでる最中に見知らぬパーティにあえば……なぁ?」
分かるよな? と、ケイジ。
「成程、道理だ」
「更に時期が時期で、流れてる噂が噂だ」
「……と、言うと」
「ブラーゼン協同組合」
テメェも知ってんだろ? と目で問うケイジの前で、銃士エルフはテンガロンハットを抑えて天を仰ぎ「……オーマイガー」と嗄れた声で嘆いてみせた。
その横でゼンが「ブラーゼン協同組合?」と呟き、不思議そうな顔をしているのが何だか滑稽だった。
「その根拠のない噂には困ってるところだ。お陰で俺達エルフはここんところ肩身が狭くてなぁー……」
「そうかよ、ソイツはご愁傷様だ。だったら四人組なんて探してねぇでゴミ拾いでもやってみたらどうだい?」
「それも良いが噂の『出所』がその四人組らしくてなぁ……多分、コレは兄さんの方が良く分かると思うんだが……どうだい、蛮賊?」
「ケジメってやつか? 生憎、そりゃ神官共の商品だ」
ウチでは扱っちゃいねぇなぁー、とケイジ。
「ま、俺としちゃ街の美化活動の方をお勧めさせて貰うぜ、ミスター?」
「貴重な意見をありがとう」
では、それじゃ、と挨拶をして擦れ違う。
「あ、そうだ、ケイジ! お前酷いじゃないか! 噂で聞いてたんだぞ! 最近までパーティの枠、空いてただろ? てっきりオレの為に空けといてくれてたと思ってたのに……何時の間にか埋めやがって……今度、奢れよーっ!」
「あーあー! 聞こえねぇっすわー!」
「よろしくなーっ!」
「聞こえねぇってんだろー」
ぎゃぃぎゃぃと怒鳴り合うケイジとゼン。「……」。そのままケイジが横目で銃士エルフを見ると、笑みを深くしていた。
「ねぇ、もう行きましょ? あたし、疲れちゃったわ」
アンナがケイジの袖を引きながら、レサトと共に前に出る。それにガララ、ロイと続いて――
「ヘイ、先に行くんじゃねぇよ。――ったく、わりぃなゼン、俺も行くわ。まぁ、今度奢ってやるからそれで勘弁しろや」
「おー! 約束だぞーっ!」
その挨拶を最後に、リコとケイジも歩き出す。
三歩歩いた。
地を蹴る。
反転、手を伸ばし、銃士――を掴みたかったが、届かない。笑っている。見ている。バレている。構わない。仕方がないので、鎧を纏った騎士の肩に手を掛け、膝裏を蹴り飛ばして引き倒す。
リコ。
と、名を呼ぶまでもない。同じ様に反転していたリコはケイジに言われるよりも早く、機械の右腕を倒れた騎士に叩きつけ、火を生んでいた。
ガララは何時の間にか消えている。
アンナが懐から取り出した瓶の中身をぶちまけると、地面が盛り上がり、簡易的な陣地が一瞬で造られた。錬金術師ギルドが扱う土壁のポーションの効果だ。
それは一瞬で取られる戦闘態勢。
「え?」
と、ロイが間の抜けた声を出した時、すでにロイとレサト以外の四人は戦闘態勢に入っていた。
「ロイ、ぼさっとしないの。レサトもこっち来て」
「いや、え? アンナさん、いってぇ何が起こったんで?」
「あら、アナタ鈍いのね小鹿ちゃん?」
前線に立つケイジとリコに保護と声援を掛けながら、呆れた様に言う。
「バレたのよ、あたし達が四人組だって」
ちょっと、眠い以外の感情がないので、コメント返しは明日にさせて下さい。
コメントくれた方、ごめんなさい<m(__)m>