ロイ
ルイとの待ち合わせ場所は西区の屋台街だった。
何でも紹介したい後輩はこの辺りに親戚がおり、そこで世話になって居るらしい。未だに兵舎暮らしで尻の危険を抱えたままのケイジにとっては中々に羨ましい話だ。
残念ながらケイジとガララが良く行く魚介所ベッソからは離れているので、ケイジは適当な店で朝食を摂りながら待つことにした。
入ったのは何人かで七輪を囲い、そこで乾物などを炙って楽しむ店だ。
ちゃんとした椅子は無く、ビールケースが椅子代わりと言うのが中々に面白そうだからと言う理由だけで選んだ店だ。
基本的に夜の店であり、今の様な朝食の時間帯を過ぎたら閉めるのだろう。眠そうな目をしたドワーフの店主はやる気なさげに、それでも余らせるよりは――と何品かを割り引いて提供してくれた。
パチパチと言う音は炭が爆ぜる音だろうか? それともその上で炙られているするめのモノだろうか? ケイジはこう言う野卑なモノは嫌いでは無いし、そこに居ても違和感はない。
一方、アンナはそうではない。小柄で可愛らしい彼女はそう言った場末の場所には酷く似合わない。道行く人が一度彼女を目に入れた後、見たモノを疑う様に盛んに二度見している。
それでもショートパンツに男物の野戦服をだぼーと合わせた赤髪の美少女はそんな視線を気にすることなく、朝食用に買って来たスープを両手で抱える様にして食べていた。
「――そういえば、ケイジ。何かレサトが昨日、ウチに来たから部屋に入れてあげたんだけど……アンタ、何したの?」
まさか虐めたの? とアンナ。
「……あー、そんで朝一緒に来たのか」
網の上で縮むするめを素手でひっくり返しながらケイジ。そんなケイジ達の会話に、今呼んだ? とでも言いたげにレサトが寄って来た。
「俺とガララは兵舎で寝てる」
「そうね。いい加減、部屋借りたら? それともまさか、ソッチ? 何かそう言う人はお金が出来ても兵舎から出ないって聞くけど……」
勝手に想像して、勝手にうわー、とドン引くアンナ。
「ヘイヘイ、気持ちわりぃ勘違いするんじゃねぇよ。ただ単純に金が無かっただけだ」
コイツのお陰でな、と裏拳でレサトを一回小突く。何をする! とでも言いたげに鋏と尻尾が掲げられたが気にしない。
「兎も角、俺とガララは兵舎で寝てる。んで、昨日はコイツを連れて帰ったわけだがな……」
「何か問題あったの?」
「あー……何と言うかなぁー……ちょっと前に病院に行ったソッチの人が帰って来てたんだよ」
「……その人が病院に入った原因は」
「ガララの膝蹴りと愛人の怒り」
「と?」
それだけじゃないでしょ? とにっこり笑うアンナ。
「……俺のヘッドバッド」
「はい、正直に言えてイイコねー」
はい、御褒美。そんな感じでスプーンが差し出されたので、ケイジはありがたく頂いた。トマトベースの野菜スープは酸味が効いていて中々美味かった。
「んで、ソイツは俺とガララを見るなり襲って来てな……」
「そっから殴り合いになったからレサトはアンタ達のトコで寝るの諦めた?」
「多分な」
レサトの人工知能は何処かの野蛮な蛮賊のせいで今、初期化されている。
戦闘に関しては別領域に記録があったので、戦う分には問題ない。ただ、それでもやはり未熟。レサトは今、色々なことを学習している。
例えば昨日、レサトはケイジとガララ、そしてリコとアンナを『仲間』であり『上位者』であることを学習した。
そして昨夜は『兵舎は寝床に適さない』と判断したのだろう。
「ま、今日はこっちで引き取るから安心しろ」
迷惑かけて悪かったな、とケイジが言うと、熱で縮み、まるで生きている様に見えるスルメを突っついて遊んでいたレサトが、びくっ、とした。
「アンタとは嫌だって」
そして、クスクス笑うアンナの背後に隠れて行った。アンナを盾にして覗き込むその様子はまるで被害者の様だ。「……」。特に何もしていないのに悪役に仕立て上げられたケイジは無言でスルメの足を齧って睨んでみた。
ルイの後輩であるから獣人だとは予想していた。
だが鹿とは思わなかった。
「オレの地元の後輩でロイだ」
「名前だけ聞くと先輩の弟みてぇだな……」
「コイツもそう言ってオレに懐いて来たんだよ」
まんざらでも無いのか、ぶんぶん、とルイの尻尾が振られているのを見ながら「そうかい」とケイジ。そのまま視線をその横に向ければ、椅子代わりのビールケースを二つ抱えた鹿の獣人が見えた。
ひょろりとした体系は『無駄なく絞られた』と言えば聞こえは良いが、彼に関して『不健康そう』の方が良いだろう。どす黒い隈が張り付いた目が、或いは酷い猫背がソレを更にその言葉を強調する。
牡鹿の証である立派な角の間にはテンガロンハット。身に纏うのはケイジやガララとも違い、リコとも違うロングコート。そして腰のガンベルトには一丁のリボルバー。
「んで、銃士? 魔銃使い? どっちだ?」
「ひひ、どっちだと思いやす?」
酷く聞き取り難い声で鹿。
「……魔銃使い?」
――誇りを胸に、勝利を手に、背中に女の口づけを。
そんな標語を恥ずかしげもなく掲げるあの気取ったギルドはテメェには似合わねぇだろ? とケイジ。鹿は、にぃ、と笑い「正解です」と低く言った。
「……」何となくケイジはアンナを見た。「無しよりの有り」。一応は有りらしい。
「……んで、どれ位話を聞いてる、あー……ロイだっけ?」
「ルイの兄さんからある程度は」
「そうかぃ、そんじゃ、割と厄介な出来事に巻き込まれてるのを承知で加わるってのでケー?」
「それなんですがね……」
どかっ、とビールケースを放り投げ、そこに座りロイがケイジに目線を合わせてくる。「……」。そんなロイの後ろでルイがニヤニヤしているので、碌なことではなさそうだ。
「どうしてアタシがアンタらのパーティに入る――つまりはアタシが『下』なんですかね?」
「……ヤァ、素敵な口上だぜ、小鹿? まるで俺らよりもテメェの方が『上』に聞こえる辺りが最高だ。訂正なら早めにしろよ?」
「ひひ、折角やる気になってくれたのに、そんな勿体無いことするわけが有りやせんよ」
「良いぜ、男の子はそうで無くちゃいけねぇ」
笑い、ケイジとロイは立ち上がる。
「ひひ、ひひひ、それで、どうやって決めます?」
「ヘイ、ヘイヘイヘーイ! 白けるじゃねぇか。煽っといてそんなことも分からねぇのか、小鹿ちゃん? ママのミルクが恋しくて夜泣きする様な奴は要らねぇぜ?」
「――それじゃ、どうやって決めるんで?」
「雄の作法なんざ簡単だろ?」
ざっざっざっ、と無作為にケイジがロイに近づき、その立派な角に手を伸ばす。
「兄さん、角に触るのは遠慮して――」
ロイの抗議を特に気にすることも無く、角を掴んで――
「――強ぇ方が偉い」
がぁん、と銃声の様な轟音が鳴り響いた。
道行く人が思わず音の出所に視線を送る。ルイがぴゅーと口笛を吹き、アンナが無言で治療の為に杖を手に取り、レサトが良いぞー、とバンザイをする。そして――
「はっはー」ケイジは額から血を流しながら嗤い「次はテメェだぜ小鹿?」挑発をする。向けられた先は当然、ロイだ。ロイはヨタヨタと後退し、すとん、と尻餅を付いた。
正直、ロイは自分に何が起こったのか今一分かっていない。視界が揺れる。ぐらぐら揺れる。痛みが遅れてやってきてそれで漸く自分が頭突きをされたのだと理解した。
「ひ、ひひ」笑う。と、言うか笑うしかない。何故って? 足に力が入りやせんからね。「鹿の獣人相手に――正気ですかい?」
「あ? ンだよ、小鹿。普通のパーティへの加入が希望だったのか?」
「ひひ、まさか」
「そうかい。そんじゃ面接を続けようぜ――ほら、テメェの番だ」
だから立て。ケイジのそんな挑発にロイは尻餅を付いたまま両手を上げる。
「降参。降参でございやす、ケイジさん。アタシの負けです。――取り敢えず、今は、でございますがね?」
「ヤァ! 良いじゃねぇか、ロイ! 今は負けといてやるってか? オーケイ、何時でも相手になってやるから掛かって来な」
笑い合うケイジとロイ。そんなロイにレサトが近づき、かさかさと昇ってマウントをとる。そして、いぇーと掲げられる鋏と尻尾。
「ケイジさん? これは?」
「……テメェのがレサトよりも『下』だとよ」くくっ、とケイジが笑う「挨拶しといた方が良いんじゃねぇか?」
「へぇ、そうしときやす。よろしくお願いしますよ、レサトさん」
まぁ、任せとけよ。そんな感じで新入りの角を鋏でコン、とレサトは叩いた。
ケイジパーティ
ケイジ、ガララ、リコ、アンナ、レサト、ロイ
タイトル一部抜粋
『ケイジとガララ』『アンナ』『レサト』『ロイ』
……おや(。´・ω・)?