レサト
基本野戦服のズボンにTシャツを合わせるだけのケイジとガララとは違い、リコとアンナは衣装持ちだ。何でもアリアーヌの方針らしい。前回見た時とは服装が変わり、リコはパンツスタイルに、アンナは逆にスカートになって居た。
それなり以上の容姿の二人がそれなりに着飾ってクレープを齧っている姿は遠目に見ると別世界の様だった。なんというかジャンルと言うか、空気が違う。
「……」
何となく自分のTシャツを見る。割と気に入っている『ラーメン侍』と書かれたTシャツだった。これならば問題無いだろう。
「……ガララはケイジの考えてることが何となくわかるけど……多分、アウトだよ?」
「うっせぇよ、テメェだって似た様なもんだろ?」
「まぁ、そうだね」
ガララの背中には『蜥蜴人』と書かれていた。『リザードマン』ではなく『あんだちゃーちゅ』と読むらしい。いや、読めねぇよ。
まぁ、別にファッションチェックをされるわけでもない。ずるぺたずるぺたとサンダルで近づいて行き「よぉ」と軽く手を挙げた。
「あ、ケイジくん、合流行き成りだけど、クレープ食べる? ってか食べて?」
もうわたしお腹いっぱいなのとリコ。
「有り難く頂戴するけどよ、何だ? どっから出て来た、その女子力?」
「いや、残念ながら女子力違う。単純にコレが三つ目というだけデス」
うへへぇー、と照れ笑いなのか、良く分からない笑い方をするリコ。
「成程、ガララは納得したよ。道理でアンナの方が食べ進んでると思った」
「そ、あたしは一個目。あと、コレ好きだからあげないわ」
期待した? 残念でしたぁー、と舌を出しながらアンナ。
「そうかよ」
別に要らねぇよ。リコの分だけで十分だよ。そんなことを思いながら一齧り。甘味が来るのを想像して居たら肉の味がした。こう言うのもあるのか。ちらりと見えたひき肉は大ネズミのモノだろうか? その割には独特の臭みが香辛料で消されていて美味い。「……」。テメェも食うか? とガララに向けて軽く振ってみるが、要らない、とフルフルと首を振られた。
それなら遠慮なく、と全部食べて歩き出す。
目指すのは南区の中心、一流どころの工房が揃う区画だ。
本来、こんな所に駆け出しのケイジ達は用が無い。
狩った暴走機械にしてもくず鉄にするのが精々で、態々こんな所に売り込むことは無いし、装備を整えるにしても高すぎる。
だが、ケイジ達はこの区画に用が有った。
それも四人全員が、だ。
ドンナ工房。
白い外壁が清潔感を感じさせるその工房は機工技師の工房であり、ヴァッヘンでも有数の研究機関だった。
「……アポは?」
近づくと、SMGを抱えた護衛がそんな問いかけをしてきた。
コレだけ見てもこの工房の重要性が良く分かる。
「いつも通りだ。ドクターニタに。蛮賊のケイジが来たって言ってくれや」
両手を挙げて無抵抗ですよー、つーか、もう顔見知りだろ? 分かってんだろ? とケイジ。
護衛はコレが仕事だからな、とでも言いたげに肩を竦める。
「少し待て」
通信の呪文で建物内に呼び掛けたのだろうか? その言葉から五分弱、眼鏡をかけた白衣の少女が慌てた様子で出て来た。
少女は、リコとアンナ、ついでにガララに「お久しぶりですー」と挨拶をして。ケイジには「お、お久しぶり、ですね?」とやや怯えて敬語で話しかけた。
ばっ、とケイジが何となく両手を挙げてみる。「ひっ!」と少女が泣きそうになった。「がおー!」何となくケイジが吼えてみた。「やっ、止めてっ、くだ、下さいぃ」少女がやや本格的に涙声になった。
「――」
俺を何だと思ってんだよ?
ちょっとケイジは憮然とした。護衛が笑いながら銃を向ける様な仕草を取ろうとしている辺りが笑えそうで笑えない。
「ケイジくん、ヒマちゃんいじめちゃダメだよ?」
「……や、見方変えると虐められてんの俺なんだがよ?」
「仕方ないわよ、アンタ顔怖いもん」
「ガララも仕方ないと思うよ、ケイジだから」
「……あぁ、そうかい。そうかい。それなら仕方ねぇな」
パーティメンバーのコメントは中々に優しさに溢れていた。
――何でこんな善良な俺にビビるのかが分からねぇ。
だが、ビビられて居るものは仕方がない。ドクターニタの助手であるヒマから来客用のIDカードを貰い、取り敢えず刺激しない様に――と、リコとアンナを間に挟んでついて行く。
工房入り口の扉はケイジ達の来客用カードでも開くが、奥に進むとヒマのカードでしか開かなくなる。ヒマの精神状況に考慮し、ある程度離れていたケイジとガララ、特にガララの尻尾が自動ドアの餌食になりそうになった。
「……蜥蜴の尻尾切りって言葉あるよな」
「ガララはリザードマンで、蜥蜴ではない。だから無理だよ」
そんな馬鹿な会話をしながら進んで行くと天井が高い研究室に辿り着いく。目的地だ。
「ようこそ、諸君」
抑揚のない平らな声でこちらを出迎えるスキンヘッドのダークエルフが居た。
無精髭に、四角い眼鏡。白衣は強制的に助手であるヒマの手で変えられるので綺麗なものだ。
「ヘイ、ドクターニタ!」
そんなダークエルフ、ドクターニタに向かってケイジが声を掛け、同時にポケットに無作為に突っ込んでいたモノを無作為に取り出し。指で弾いた。
くるくると回るソレは金色だった。
ケイジと同じ様な無作為さでドクターニタがソレを受け取る。
手の中のモノを確認する様に、ふむ、と頷く。
「コイツで“あがり”。そうだろ?」
「うむ。締めて金貨三枚。確と受け取った」手の中のモノを確認する様に頷く。「良いだろう。彼を君達に返そう」。ぱちん、と指を鳴らすと物陰から一機の機械戦車が出て来た。
「ロステク。亡くなった技術であるが故、完全な復元は不可能だ――」
と、言うか諸君らの手持ちの金額ではそんなことは無理だ、とニタ。
「どこかの野蛮な蛮賊が適当に撃ち込んだ銃弾により、中枢区画に大ダメージを負い繊細な光学兵器の使用は不可能になった。だが安心したまえ、諸君。私は諦めなかった。光学兵器が積めない代わりに実弾兵器を、弾が切れた際に備えて近接戦闘に対応できるように鋏を、更に、更にだ。良いか? 聞き給え。ここからが凄いのだ。成長する君達に合わせて彼にも発展性を持たせた。安くは無い。ここからの強化には最低でも金貨五枚以上は貰う。だが、そう。それだけで彼はキミ達と共に成長していくことが可能なのだ。勿論、コンセプトも様々だ。ノーム領のガードを知っているかね? あそこを巡回するガードロボの技術から――」
「……」
――いや、なげぇよ。
錬金術師ギルドのギルド長Dと言い、職人系はこんなんばっかりなのだろうか? だったら嫌だ。凄く嫌だ。
真面目に聞く体勢を取っているのが馬鹿らしくなったので、ケイジは出て来た自動戦車に視線を移す。
彼には九個の赤い目がある。
彼には八つの足が有る。
そして彼には二つの鋏と、一つの強力な武器である尾があった。
ケイジの視線に気が付いた彼が、よっ! とでも言う様に片方の鋏を掲げた。静音性に重点を置いている為か、全く動作音がしない。「……」。この点だけ見ても前に戦った時よりもメンテはされてそうだ。ケイジはそんなことを思った。
「ヘイ、サソリ。これからテメェは二等市民である俺やガララに扱き使われる立場になる訳だがよ――気分はどうだ?」
その問いにサソリはその場でぐるっと回って、鋏と尻尾を掲げて見せた。こいやー! そんな感じだった。
そのコミカルな動きにケイジの顔に笑みが浮かぶ。
「そうかよ、良いテンションだ。お祝いにコードネームをくれてやる。レサト。ソイツが今日からテメェの名前だ」
黒いサソリ――レサトは、それで良い、とでも言う様に敬礼をしてみせた。
しゃべらせるか
しゃべらせないか
それですごく悩んだのです