会合
冒険者ではなく、開拓者と呼ばれるのには理由が有る。
開拓者は街を開き、街を維持する。
つまりは表側の職業を担っているのだ。
騎士ギルドであれば警邏。
神官ギルドであれば医療。
盗賊ギルドであれば盗品ロンダリング。
蛮賊ギルドであれば色街。
そして暗黒騎士ギルドであれば裏の治安維持と――覚醒剤製造だ。
中毒症状が有っても、廃人化の危険が有っても覚醒剤は違法――ではない。
騎士を始めとした『撃たれる』ことが前提の開拓者が恐怖を超える為に必要なもので一番手っ取り早いのはクスリだからだ。
ケイジとガララ、リコ辺りのある程度僻地から来た様な連中には必要ない。だが、がっちり囲われ、この時代に置いて真に『平和』な場所から来た連中の中にはソレを必要とする者も多い。取り締まってしまえば開拓都市であるヴァッヘンの維持が成り立たないのだ。
だからケイジ達が見つけてしまったモノに対する問題は一つ。
それが正規のギルド、暗黒騎士ギルドが製造したモノでは無いという点だ。これはケイジが想像していたよりも遥かに大きな問題らしい。
「あら、似合ってるわよ、リトル・キティ?」
でもネクタイが曲がっているわ。
クスクス笑いながらダークエルフがケイジの襟元を正す。
「……どうも」
着なれないダークスーツ。白いYシャツに合わせられるのは真っ赤なネクタイ。種族はばらばら。それでも全員がサングラスを掛け、武器はほぼ取り上げられはしたものの、明らかに暴力の匂いを纏った黒服軍団の中にケイジは居た。
ルイとケイジを含める六人の蛮賊の先頭に立つのはキティだ。
いつもの様にふざけた髪型。
それでも纏う空気はいつもとは違い、ヴァッヘンの蛮賊ギルドを纏める長のモノだった。
「ヨ。準備は良いか、野郎共?」
誰かが、応、と応じた。キティはソレを受け、風を切る様に歩き出す。「……」ケイジはその少し後に付く様に言われていたので、無言で足を進める。
進む先は地下駐車場。
上の建造物はとっくの昔に壊れ、何が有ったのかすらも分からないその地下駐車場は広大だ。そして東西南北にそれぞれある出入口は各ギルドが担当していた。
幾分か歩を進めると、その出入り口に付いた。
蛮賊ギルド同様に黒服を纏った三つの集団が見えた。
違いと言えば蛮賊ギルドは男女問わずに全員がスーツであるのに対し、集団の二つには黒いドレスを纏った女性の姿が有った。
その中の一人がケイジを見つけ、嬉しそうに、にっこりと笑って、顔の横で手を振って来た。リコだ。
――つーことはアレが暗黒騎士ギルドか。
そんなことを考えながら、軽く手を振り返す。
この入り口はブラック・バック・ストリートにある。つまり使うのはお馴染みの蛮賊ギルド、盗賊ギルド、暗黒騎士ギルド、魔銃使いギルドの四ギルドと言う訳だ。
因みにガララは見つけやすい。
大柄な者が多いリザードマンの中でもガララは更に体格が良い。特注のスーツを纏った彼が眠そうな、それでも鋭い目の老エルフの横に立つ様子はサマになり過ぎてまるでヤクザ映画の様だった。
――オイオイオーイ、似合い過ぎだぜ、テメェ?
――それはこっちのセリフ。ケイジはまるで本職みたいだ。
そんなやり取りを視線で済ませて苦笑い。
年若いケイジ達がその程度の交流を交わす中、各ギルドの長達は軽い目礼だけで一斉に暗い地下へと歩を進める。「……」。長が喋らないので、ケイジ達も喋る訳には行かない。欠伸も気楽には出来ない位だ。
地下駐車場は片付いていた。
だが何も物が無かった。
当然だろう。ここの使用目的を考えれば『隠れる場所』を用意してやることは出来ない。
剥き出しのコンクリートが空気を冷やす中、所々にガス灯が灯っている。
今回の会場を用意したギルドの構成員が付けて回ったのだろう。
そうしてガス灯だけを頼りに歩くと、一際明るい場所が見えて来た。
複数のガス灯が集められたソコが今回の会合の場と言う訳だろう。闇から溶ける様にケイジ達黒の集団が現れた様に、反対側からは闇を切り裂く様に白いスーツに白いドレスの白の軍団が現れた。
表は白。
裏は黒。
それが地下で行われる会合の数少ないルールの一つだ。
構成ギルドの数に差があるので、当然白の方が多くなる。
それでも赤い髪のアンナは見つけやすかった。
ふんだんにフリルをあしらったドレスを着せられたアンナは、どう? とでも言いたげに軽く裾を持ち上げてケイジを見て来た。「……」。見て来たので、取り敢えず軽くサムズアップしておいた。隣に立つガタイの良い人間種の老人が凄い目でそんなケイジを睨んで来た。
――いや、怖ぇよ。
片目が潰れたその老人は首から十字架をぶら下げている。
その十字架とアンナが傍にいることからどうにか神官ギルドだろうと予想は出来るが、厚さも、高さもガララよりもあるあの肉体は明らかに暴力で磨かれたモノだ。
この場で言うならば、黒いスーツを纏う集団の先頭に立っているのが相応しい。そんな男だった。
ケイジは射抜かれ、多少なりとも、委縮した。
「ヨ、ヨ、ヨ。この前は良くも俺の金づるに酷ぇことしやがったな、ミッシェル?」
だが、同レベルのキティはそうではない。馴れ馴れしく胸板をゴスゴス殴っている。
「それはこちらのセリフだ。良くも敬虔な信徒を惑わしてくれたな」
仏頂面は崩さずに、それでも迷惑そうにミッシェルが応じる。
その目は冷たい。怒りは無い。その目は当事者であるキティとケイジを、すっ、と撫でる様に見た。
「……ソレが最近のお前のお気に入りか、キティ?」
「ヨ! その通り! このオレ直々に助言者やったら思った以上に蛮賊向きでなぁ、ウチで期待の新人だぜぇ?」
まぁ、お前のとこのミコトとか言う嬢ちゃんの方がえげつなさでは上かもしれねぇがな!
言ってガハハー、と笑うキティ。ミッシェルの後ろの集団の一人が、ぴくり、と肩を動かした。ケイジが視線をそちらに向けると話題の人と目が合った。「……」。そうすると、にっこり笑ってきたので、恐怖しかない。ケイジは軽い咳払いで見なかったことにした。
「――その辺にしておけ。貴様らのじゃれ合いを見る為に集まった訳ではないぞ」
集団の先頭に立っていた十四人の内の一人。白のパンツスーツに白のコートを肩に掛けた妙齢の女が一歩前に出て煙草と酒で焼けた声を上げた。騎士ギルドのギルド長だ。
「この街の均衡を崩している奴が居る。我々を舐めている奴等がいる。コレはそいつ等をどうするか、どうしてやるかの話し合いだ。分かるか? 分かるな? 分かったな? だったらさっさと始めるぞ」
ふーっ、と女が煙をじゃれ合う男二人に吹きかけた。神官ギルド側の護衛がざわりと殺気立つ。だが、蛮賊ギルド側はケイジを含めて誰も騒がない。「ヘイ、野郎共。オレに優しくしてくれよ」。それを見てキティのアフロがしゅん、とした。
「……おう頑張れ」「頑張ってくれや、師匠」「ガンバレー」「ガンバレー」
仕方が無いのでケイジ達は声援を送ってあげた。
コレが蛮賊ギルドの絆の力だ。
「先ずは確認をする。このクスリの出どころに心当たりがある奴は?」
新しい葉巻に火をつけながら騎士ギルド長が言った。どうやら彼女が司会進行を担う様だ。
「アンジェリーナ。暗黒騎士ギルドが零した可能性は?」
「無いわね。ちょっと前に数が合わないことがあったけどぉー……それは、ねぇ? キティ?」
「ヨ! ソイツはもう詫びて手打ちは済んだはずだぜ? そもそもアレはウチの会員じゃねぇ、ウチに住処を持ってた余所者、チンピラだぜぃ!」
「えぇーでもぉ、そのチンピラを匿ってたのはぁー……」
「お前さんの所の会員だったの、キティ?」
「ゴルの爺様まで! ひでぇ、あんまりじゃねぇか! オレはあの会員も責任もって改心させたって言うのによぉ……」
「改心したのぉ?」
「ヨ! 勿論だ。最後には鼻水垂らしながらアーメン、アーメン叫んでたぜぇ!」
「ソレを改心とされるのは立場的に文句を言いたい所だが……今回、蛮賊共は違うだろう。量が量だ。盗んでどうにかなる量ではない」
「ミッシェル!」
大好き! とキティが喜んでいた。
「成程な。確かに量が量だ。造れる連中を疑うべきだ。なぁ、そうだろう、D?」
「…………………………………………………………ふひ…………………………………………………………売るわけない。売るわけないだろう! 売る位ならボクが使う。ユーズする。鼻から吸って、腕から打って、膝の裏からも打つ! だってそうだろう? ナゲットとマーマイトとアイスが有れば人は戦争なんてしないんだからっ! 売らない、売らない、売らせはせんぞぉーっ! 全ての白いクスリはボクのものだぁーっ! 砂糖とかっ!」
全裸白衣のガイコツの様な少年が良くない方向にハッスルしていた。腰をカクカク振っている。錬金術師ギルドの長だ。「ファックミー・ソフトリー!」。何か叫んでる。アレが長で良いのかよ?
「……だってボクは仮〇ライダーだから……ッ!」
「……」
多分駄目だ。それがケイジの結論。
キ〇ガイだ。ケタケタ笑いながら全裸白衣はよだれを巻き散らかす。「――」。不意に、その動きがピタリと止まる。玩具の電池が切れた様に、ピタリとだ。
その顔がゆっくりと起こされ――目に、理性の光。
「――まぁ、正直に言わせて貰うとね。明らかに量が多い。量が多くて質が良い。キミ、キミ、キミに、キミ。今回の件の発端はキミ達だろう? 良くやった。回収したノート、持ち帰ったクスリ。これらから組織の規模は割り出せる。結論から言おう。この量をヴァッヘンの中でボク達に秘密で造るのは無理だ。原料の流通から、精製の施設から、どうしたって足が付く。分かる? みんな分かる? 付いて来てる! いけてるかぁぁぁぁぁぁぁうぃ! ――そう、つまりは外部の組織が関わっているんだよっ!」
――ナッ、ナンダッテーッ!
自分で言って、自分が真っ先に驚く。そしてまたケタケタと笑いだした。「……」。いや。怖ぇよ。理性と狂気の振れ幅が半端ねぇよ。錬金術師ギルドに入らんで本当に良かった。
「成程。外部からか。その線で行くとして――売ってたのは狩人と盗賊だったな、ゴルの爺様に、ストル?」
「回収されたタグがそれだけと言う話じゃろ?」
「ソレだけで槍玉にあげられるのは心外だ」
老エルフとリザードマンが重々しい声で応じる。
「ま、そうだな」
ふっ、と煙を吐き出し騎士ギルド長。そもそもこんなやり方で出てくるとは思って居ないのだろう。今回の会合の目的は単なる意識の擦り合わせ。
余所者であるなら磨り潰す。
身内の裏切りであっても磨り潰す。
その際に余計な揉め事が起きない様にする為の事前通達だ。
だからコレでお終い。
「賞金を出す。『十四枚の金貨』だ。名誉と富を勇敢で賢いモノに与えることを騎士ギルドの長、私、ヒナギクは提案しよう」
「暗黒騎士ギルド、異議なしよぅ」
「戦乙女ギルド、同じく」
「神官ギルド、賛成だ」
「魔術師ギルド……おけ、です」
「盗賊ギルド、良いじゃろ」
「蛮賊ギルド、オーケーだぜぃ!」
「銃士ギルド、肯定する」
「魔銃使いギルド、異論無し」
「狩人ギルド、勿論賛成だ」
「銃鍛冶師ギルド、まぁ妥当だな」
「防具鍛冶師ギルド、是非におねがいしますぅ」
「……錬金術師ギルド、良いよ。良いよ。イイに決まってるだろぅ! だってボクはマンPのGスポ――」
「機工技師ギルド、手早く解決してくれや」
各ギルドで調査を開始し、功労者に『十四枚の金貨』、即ち各ギルドから賞金を出す。
その結論が出て、空気が緩む。ほんの少しだ。そこを狙って――
「発言の許可をっ! オ、オレ、オレはっ! 犯人を知ってる! お前! お前だ! 第一発見者に成れば許されると思ったのか、オレはお見通しだぞ、蛮賊ッ!」
「……」
狩人の一人がケイジを指名した。