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アンナ

 生活が掛っているから――。

 多分、そんな理由だろう。

 小雨程度だと客引きの娼婦フッカーも客引きを止める気はないらしい。

 ブラック・バック・ストリートの街角で煙草を燻らせていたそんな一団がケイジとガララを見て声を掛けようとして――リコと少女を見て、肩を竦めた。

 まぁ、女連れの男に『今晩私とどう? お兄さん?』と言葉を掛けるのは無駄だろう。

 この辺りは蛮賊バンデットギルドの縄張りだ。ケイジとつるんで偶にこの辺に来るガララは兎も角、同じくブラック・バック・ストリートに拠点を構えながらもあまりこの辺に来たことが無い暗黒騎士ヴェノムのリコは、ちょろちょろと店を覗き込んで冷かしていた。「なんかエッチなお店が多い」とのこと。今も無駄に煽情的な下着が集められたランジェリーショップを覗いて「たかっ! この下着、たかっ!」とか言ってけらけら笑っている。

 で、そんなリコとは違って、すっかり萎縮してしまったのが、助けた少女だ。

 声を掛けた方が良いのか? ケイジはそんなことを思いはするが、初めは怯える様に掴まれていた服の裾が手放され、何かをこらえる様にスカートを握っているのを見ると、何だか虐めている様な気がして、そうする気に成らなかった。


 ――まァ、お嬢ちゃんには刺激が強いわな。


 そんな訳で特に声を掛けることはせずに、台車をガラガラと押す。

 壊したサソリは外観上、傷が無かったので売り物になるのでは? と考え、ケイジとガララが運んでいた。解体屋で使われるような大型のモノではなく、業務用の小さなタイヤが付いた台車は屋外で使うと中々に使いづらい。ガタガタと揺れる道に悪戦苦闘しながらケイジが台車を押し、ガララが長い尻尾を引き摺らない様に持ち上げて運んでいるのだが、中々に目立つので、さっさと手放したい。

 そうしてケイジにとってはそこそこ馴染んで来たストリップバーの前にやって来た。地下からぶち抜いた一階部分までがストリップバー、二階が宿、三階が蛮賊バンデットギルドの本部と言う中々に混沌とした建物だ。

 その入り口はケイジ達が知る限り、地下のみ。


「……ガララ」

「……嫌だよ。ケイジがやるべきだ」


 台車での搬入が難しい。そう判断したケイジとガララはお互いにサソリを押し付け合う。じゃんけんで決めることになった。先ずはケイジが勝った。だがガララが「三回勝負ね」と言い出し、二連勝。そこで更にケイジが先に「三回勝ったら、だろ」と言ってから奇跡の二連勝。

「うっし!」とガッツポーズをするケイジ。

「……」無言でストレッチをはじめ、荷物をリコに預けるガララ。


「あのっ!」


 そんな三人に赤い髪の少女が声を掛けて来た。


「あっ……のっ! あたし、助けて、貰ったし……それは、それはほんとに感謝してるっ。……だっ、だから、そのっ……我慢する、けど……せめて、最初は……最初だけはっ……」


 泣きだしそうな彼女の様子にどうしたんだ? と小首を傾げるケイジ。そんなケイジの脇腹をリコがつつく。「何だよ?」と視線を向ければ耳元でこしょこしょと「ケイジくん、ちゃんと説明した?」。それに「あー……」とケイジが言えば、リコが胡乱なモノをみるような目でケイジを睨んできた。


「男子ってサイテー」

「悲しいことに否定の言葉が浮かばねぇな」


 がりがりと頭を掻き、今にも泣きそうな少女に向かい合う。


「安心しろ。別にテメェを売り飛ばす気はねぇよ、嬢ちゃん。単に今回やらかしたことを俺の上司――上司? いや、師匠か? まぁ、師匠で良いか。兎に角、ソイツに報告して上手い具合にして貰うだけだ」






「ギルド員、以外ノ方ハ、入場料銀貨一枚、デス」

「ヘイ、ポンコツ。女二人はバイトの面談だ。んで、リザードマンは……あー……リザードマン、は……だなぁ。……ガララぁ、どうする?」


 荷物、俺が引き継いでお前は外で待ってるか? とケイジ。

 ガララは「……うん」と頷き。少し考える仕草をする。


「リザードマンの子は居る?」

「――リザードマン、リザードマン……ポンコツ、カリン姐さんって今日シフト?」

「ハイ。かりんサンハ、今舞台デス」

「ガララー居るっぺー」

「ガララは荷物運びだから仕方がないね。ここはパーティ資金から出すべきだと思うよ、ケイジ」

「……ヘイ、ガララさんよ。明らかにテメェが見たいだけだろーが。半分はパーティ資金から出してやる。半分はテメェで持ちな」

「うん。それで良いよ」

「……」


 最近ガララの表情が読める様になってきたケイジが見るに、今、ガララは結構嬉しそうだ。ほくほくしてる。「後で回収するからな」とボーイの戦闘用機械人形バトルオートマタに銀貨一枚渡して、ケイジは重い扉を開いた。

 相も変わらず『よろしくない』匂いが充満していた。

 人間種のウェイターが対応しようとして、ケイジの姿に気がつき、営業スマイルを引っ込める。親指でびっ、とスタッフルームを指差す。


「キティさんなら今は三階だ」

「ヤァ、二階じゃなくて救われた気分だぜ」

「流石のお前も師匠が致してる(・・・・)最中には行きたくないってか?」

「野郎がケツ振ってる姿ってだけでもキツイつーのに、更に自分の助言者メンターだろ? 遠慮したいに決まってんだろーが」

「違いない。……後ろのは? お前の(コレ)?」

「そんなもんだ。手ぇ出すなよ?」

「そりゃ残念だ。ダークエルフのお姉さんに魔女のお嬢ちゃん、コイツに飽きたらオレに声を掛けてくれよ。オレはリック。コイツよりは『気持ちよく』してやれるぜ?」

「言ってろや」


 くくっ、と笑い合って拳と拳をぶつけ合う。バーテンに軽く会釈をしてスタッフルームの扉を開ける。長い廊下で出番を持って居るダンサーに適当な挨拶をして、三階直通の階段を登る。階段はキツイのでサソリは協力して運ぶことになった。ケイジが前、ガララが後ろ、そしてリコが尻尾だ。

 登り切り、雑にノックして返事を待たずに扉を開ける。

 壁紙の無い打ちっぱなしのコンクリートで囲まれた冷たい部屋の中は、蛮賊バンデットギルトの印象から遠い事務机などが並んでいた。

 一番奥の席にソイツは居た。

 マホガニー製の机だと自慢されたが、ケイジにはイマイチその凄さが分からないが、本人と言うか、本虎も分かっていないようなので、さして問題は無いだろう。

 アフロの虎がその机で退屈そうに煙草をふかしながら、何やら書類を読んでいた。


 ――似合わねぇな、おい。


 そんなケイジの視線に気がついたのは、秘書の様にその虎の横で作業をしていたダークエルフの女だった。女は顔を上げると苦笑いを浮かべて近づいて来た。


「はぁぃ、リトルキティ。キミにしてはタイミング、あんまりよくないわね?」

「……リトルキティは止めて下さいって言ってんでしょうが、ミリィ姐さん」

「あら? でもキミは私のキティの弟子でしょう? だったらリトルキティよ?」


 つー、と手の甲で頬を撫でられる。

 ぞわり、と背中の毛が逆立つような色香。

 リコと同種族だが、リコとは比べ物にならない本物の大人の女のソレにケイジの脳が少しクラクラとした。


「……んで、タイミング悪いってなんすか? デッカイ方のキティは何か忙しいんすか?」

「あの子、書類を溜めすぎちゃったの」

「……」

「半年分も」

「駄目な子っすねー……」


 果たして頼って良いのだろうか? とケイジ。


「ヨ、ヨ、ヨ、しっかりと聞こえてるからなぁ、ボーイ?」

「だったらさっさと仕事終わらせろやマスターキティ。可愛い弟子が助けを求めに来たんだぜ?」

「ヨ。ボーイが可愛けりゃオレっちの仕事はマッハで終わるんだがよ! ボーイじゃオレのやる気は出てこないぜぃ!」

「ヤァ、素敵な答え過ぎて頭が痛いぜ。だが安心してくれマイマスター、テメェの可愛い弟子はちゃんと綺麗所も用意しといてやったぜ」


 ほら、しかも二人もだ。

 と、リコと少女を見せるケイジ。二人は何となく、ペコリと頭を下げた。


「ヨ。良いな。可愛らしいぜ。十年後に期待って感じだな」

「そりゃ残念。一人は開拓者的な意味で五年生きられるかが怪しくて、もう一人は今回の相談の件だから明日も危ういからよ」


 邪魔したな。悪かった。

 それだけ言って、Uターンをする。


「ヨ、ヨ、ヨ! ヘイ、ボーイ? 相談ってのはそのお嬢さん達に関係することなのかよ?」

「そうだ」

「オーケー、ミリィ。ボーイ達を応接室に案内してやってくれ」

「良いけど……お仕事はどうするの、キティ?」

「ヨ、後でマッハでやるさ。女性のピンチに動かねぇオレなんてオレじゃない。そうだろう?」

「――そう言う所、素敵よ。キティ」


 するり、とキティの太い首に腕を絡め、体重を掛けるミリィ。そのままキス。リコが「ひゃー」と言って顔を覆いながら指の間からソレを見ていた。


「……ヘイ、ヘイヘイヘーイ。『そう言うの』は俺達の相談が終わってからにして貰えねぇですかねぇ? 教育に良くねぇぜ、お二人さん」


 ケイジは手ごろな事務机をこんこんと叩いて抗議をした。







「俺の妹の――名前何だっけか?」

「……アンナよ」

「妹のアンナヨだ」

「ア・ン・ナっ! 『ヨ』要らないっ!」

「……だそうだ」

「オーケー、ボーイ。今のやり取りだけでお前さんの妹じゃねぇってことだけは分かったぜぇー」


 革製のソファーとガラス板のテーブルが置かれた応接室で、アフロの虎が苦笑いを浮かべた。ケイジも別にその設定を使う気は無いので、軽く肩を竦めただけで終わりにした。


「開拓局から仕事受けてシオミコーポレーション行ったらこの嬢ちゃん、あー……アンナが捕まってたから助けたんだがよ……」

「ヨ! イイコだ、ボーイ。ソイツはかなり正しいぜ!」

「その時に向こうさんと揉めた」

「頼みたいのはそのケツ拭き、ってか?」

「そう。ケイジが村長の尻の孔を増やしたから汚れが酷いんだ」

「大量にクソひり出せば性格も良くなるんじゃねぇかと思ったんだがなぁ……」


 怒らしちゃったよなー。何でかなー。不思議だなー。便秘なのかなー。と、ケイジとガララ。


「ヨ。ボーイズ、ソイツは無理ってもんだぜぃ? あそこの村は割と重症な宗教狂いだ。宗教を信仰はしていないが、宗教の都合が良い部分を利用して正当性を主張するゴミダメの中の便所みたいな場所だ。ハエとクソと羽音が煩いハエの三種類しか居ねぇんだぜぇ?」

「そうとは知らねぇ少年少女が義憤に駆られてお姫サマを救助したわけだがよ。この後、多分、開拓局、無名教、辺りから呼び出し喰らって叱られそうなんだわ」

「……ボーイ、考えなしで動いたのかい?」


 眉毛を器用に八の字に曲げてキティ。


「都市法を盾にする気で居たんだがなぁ……」


 そんな師匠の様子にガリガリと頭を掻いて、言い訳を絞り出しながらケイジ。


「……おぅふ、イイコ過ぎるぜ、ボーイ。法律ってのは権力者の為のモンだ。で、この場合、権力を持ってるのはボーイ達じゃなくて無名教だぜ」

「知ってるよ。つーわけで、二枚目のカードがアレ。村長サンちで見たサソリクンだ。アレから映像取り出せる工房、紹介してくれねぇか?」

「オーケー、それ位ならお安い御用だが、オレっちの出番はそれだけかい? 出番、少なくないかよ?」

「ヤァ、良い勘だぜ。マイマスター。……ぶっちゃけ小娘の為にアンタがここまで乗り気になってくれるとは思ってなかったからな。勿論、本題はこれからだ」

「ヨ、ヨ、蛮賊って響きのせいかオレの様なフェミニストが誤解されてイケナイなぁ。それで、ボーイ? マスターキティへのおねだりは何だい?」

「逸るなよ、マスター。コレは蛮賊バンデットギルドへ利益がある話だぜ?」


 そこで、一息。


「どうだい? 一丁、蛮賊に法の上で正当性を与えたらどうなるかを、無名教の連中に教えてやらねぇか?」


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