エレベーター
前に魔女種の魔眼に付いてアンナと話したことがある。
その際、ディスカードにいるもう一人の魔女種、ヒナタの魔眼に付いての話をケイジは聞いていた。
普通の家の子であるアンナとは違い、貴族に連なるヒナタの眼はランクが違うらしい。
一つが死体探査。命を失った生物だったモノを見つける目。そしてもう一つが――生命探査。命を見る目。煙で包んだ世界の中、ソレでも狙撃をこなして見せるタネはソレだろう。「……」。煙幕を焚いたのが裏目に出た。こちらの視界だけが失われ、あちらの眼は残ったままだ。それに加え、そもそも距離を開けると魔術師、狩人、魔銃使いがいるあっちの方が有利だ。こちらで切れる札は狩人のケージのみ。騎士も蛮賊も盗賊も、オーク・パラディンも遠距離は仕事場ではない。ソレに加えて――
『どうするの?』
ガララの声。それがケイジの思考に波紋を生む。揺らす。
『……特別扱いしろってか?』
『したいでしょ?』
『……』
まぁな。その言葉を呑み込んだ自分をケイジは褒めてやりたくなった。未だ晴れない煙幕の中、ゆらりと立ち上がる。「ちょっ!」。ケージの慌てた声。被せる様に銃声。だがもう種は割れた。相手はこの煙の中でも正確に狙える。ならば狙う場所は分かる。だからシューゴの盾を奪い、頭を守る。ィン、と音。弾丸を叩き落とした。ぴゅー、と口笛。シューゴが吹いていた。
『……したいと出来るは別もんだ』
『だろうね』
『……金を貰って殺しました。金を貰ってるけど、相手が知り合いだから殺しません。そりゃ無しだろ?』
『うん。そうだね。相手が変わったからって――』
『態度を変えるのはダセェ』
だろ? と、言葉を先に言ってやればガララからは、ふぅん、と言う大きめの鼻息が返って来た。「……」。曲芸にビビってくれたのか、追加の銃撃が無い。だから少し考える時間が出来た。白い煙の中、ケイジは見えない空を探す様に視線を空へと奔らせた。
リコに付いた。付くと決めた。付き合うと決めた。その為には隣のビルの制圧が必要だ。それを邪魔する奴等が居る。奴等は知り合いだ。
――それだけだ。
「……」
結論が出た。
『ガララ、それとレサト。――俺は殺す気で行くぜ』
『そう』
と、あっさり無味無臭にガララ。レサトからの返事はない。通信の受信しかできない彼には基本的に発言権は無い。ケイジの決定を聞くだけだ。それでも。それでも何となく、鋏を上下させているであろう彼の姿をケイジは幻視した。「……」。苦笑い。
「作戦変更だ。遠距離だと削られて終わる。足の速い俺とガララ、それとレサトが制圧に行くから残りは合流して入り口確保」
壁二枚の間から狙撃すりゃ時間は稼げんだろ、とケイジ。
「オレも足は速いっすよ?」
「クルイとシューゴの二人だと攻撃力が足んねぇ」
だからテメェは残れ、とケイジ。そしてまだ何か言いたそうなケージの腰のロープを指差し――
「っーわけでテメェにゃ引いて貰うが――わりぃが最後に命を賭けて貰うぜ」
笑って言った。
薄くなった煙を突き破り、先端に重しを括りつけたロープが飛ぶ。
投擲。身体で覚えた狩人の技能は隣のビルの屋上の手摺りにロープを巻き付けた。
「うっし」
引いて、手応えを確かめて、ケイジは即跳ぶ。
迷いはない。敵は屋上にいる。切られてしまえば、折角ケージに命を賭けさせたのが無駄になる。だから行く。行く。行け。言い聞かせ、足を動かし、速度と勢いに任せて屋上から飛んだ。ロープはそれなりの長さがある。だから大して距離は稼げない。それでも多少は昇る距離を稼げる。
狙い通りに、窓。
旧時代から割れずに残っていた奇跡の一枚が目の前に現れた。ブーツで蹴る。破れない。「……」。ちょっと予想外だ。膝を曲げて、溜めて、跳んで、右手で構えたSGの引き金を引く。弾丸がガラスに罅を淹れる。踏み込む様にして蹴り割ってケイジは中に転がった。
勢い殺さずに壁にぶつかる。素早くクリアリング。廊下の様だ。それは良い。
「……」
「……」
目が有ったのが問題だ。
エルフと犬系獣人。敵。別パーティ。二人。――ディスカードではない。
ならばやれ。
互いが互いに不意を突いた遭遇戦。
廊下の真ん中でかち合い、角に隠れることも、手ごろな部屋に隠れることも出来ない半端な位置だ。だから撃つしかない。攻めるしかない。ケイジは得意だ。
SGを投げつけて、注意を引く。
――強襲。
始まりの合図に血が加速する。世界が減速する。鋼の右が床材を削り、砂礫を投げつける。慌てて向けられたARの先端が弾かれ、それた。戻される。距離を喰う。至近距離。「よぅ」。言いながら犬歯を剥き出しに笑うケイジ。エルフの口の端が、ひくっ、と引き攣った様な笑いを造るのが見えた。そこまでは見てやった。金的。膝で潰して、黙らせ、力の抜けたその身体を押して、こけさせて、残り一人の方に転がす。
ぎゅぃ、と残像がケイジの視界に踊る。
速い。強化兵の眼でもその感想を持つことが出来た。
転がした味方の身体を壁に、ケイジの眼を誤魔化して残り一人が一気に距離を詰める。ハンドアックス。犬系獣人の手にはソレがあった。「……」。風切り音を伴う殺意。半歩の後退でソレをやり過ごし、一歩の前進で距離を詰める。マズルを潰す様に殴りつける。下がった。距離が出来たゴブルバーの引き金を三回引く。一回で抜けた。二発目を腹に「良い動きだったぜ? 花丸あげちゃう」言いながら三発目を頭に。それでソイツを終わらせた。
「待っ――」
「……」
残りの三発を残ったエルフに撃ち込む。見覚えのない犬獣人とエルフはそれで敵から肉に変わった。
『ガララ、屋上にいんのはアンナ達だが――』
『途中にも別パーティがいるかもしれないね』
『良い予想だ。出来ればソイツを早めに教えて欲しかったぜ?』
『つまり――』
『遭っちまったよ。俺は友達に成りたかったんだが――』
『嫌われているだろうね』
『ヤァ、その通り。悲しくって泣きそうだ』
そんなわけで二人クリア。一パーティと見た場合、まだ四人いる可能性がある。
『俺は外階段から行くからテメェは――ヘイ、ヘイヘイヘーイ! ガララさぁーん? 何かエレベーター動いてんだけど?』
呼び出されたのか、下に向かってるんですけど?
え、ここ電気生きてんの?
っーか、乗る気じゃねぇよな、テメェ?
ケイジのそんな疑問。
『ケイジ、悪いけど――走ってね?』
ガララの笑いを含んだ声が出掛かった言葉に対する答えだった。
出て、引いて、引き込んで、SG。
角待ちの凶悪な一撃はマスクをしていたソイツの頭部を吹き飛ばした。毛皮が無いので獣人では無いだろう。分かったのはその程度。倒れて、広がった赤い血が未だ補修された外階段の狭い踊り場に広がり、端から垂れて行った。
終わらせた。
その行く末に興味はない。
ブーツが血を踏み、三歩だけ赤い足跡を残してケイジは外階段を駆け上がる。手摺りから身を乗り出す様にしてこちらを狙うSMG。弾雨が当たるよりも、狙いが追い付くよりも、速く駆け抜けることを許されたが故に出来る荒業。駆け抜け、折り返しのタイミングでSGの引き金を引く。雑な狙いだ。ソレを攻撃にしてくれるからSGは良い。呪印のガードは抜けなくとも、ビビらせ、頭を引っ込ませることには成功した。視線が切れた。SGを咥える。手摺りに足を掛け、運動能力に任せて飛ぶ。頭上の踊り場へのショートカット。成功。手が掛かる。「……」。だが昇り切れない、ブランとぶら下がる間抜けな姿をさらす。行けると思ったんです。そんな言い訳が過る。いや、言ってる場合じゃねぇよ。このままだとただの的じゃねぇか。ぎっ、とSGを噛みながら体を上げて、丸めた。予想外の動きにケイジを見失ったSMG持ちが顔を出し、落下でもしたのか? とケイジの下に来てくれたのはラッキーだ。落ちて、踏んで、押さえつけて耳の孔からゴブルバーの弾丸を通した。トンネル開通だ。めでてぇ。
『エレベーターが開くと同時に奇襲をしかけたいんだけれども、行けそう?』
『……イキそうだよ、クソッタレ』
疲れマラってやつさ、とケイジ。
その手がRMDに伸びる。打った方が良い様な気がする。と言うか打ちたい。それがケイジの素直な感想だ。だがこの後がある。アンナ。ゼン。ロイ。ヒナタ。ディスカード。この程度の相手に使うのは――馬鹿らしい。
ふっ、と肺の中の空気を空にして足を動かす。楽をするな。しようとするな。だって――
「ヘェィ、おいたが過ぎるぜ雑魚共?」
所詮は捨て札だ。歩くケイジとガララに付いて来られなかった連中だ。