兄弟達
ブラックメタルのガイコツが耳に絡む。
オークの文化では戦士こそが至高であり、戦士に成れなかった者達は戦士を支えることこそを至高とする。
そうなってくると鍛冶の業は良く伸び、その影響かガイコツはオークの太い指からは想像が付かない細かさと精巧さを持っていた。
割とケイジも気に入っている。気に入っては居るが、またブラックメタルか、とも思う。リコは放っておくと黒いモノを選ぶ傾向があるようだ。少年か。
「冷たくなる、ない。熱くなる、ない。それ。ヒールなる」
カタコトの店主の言葉を聞くに何らかの付呪が施されているらしい。多分、温度変化を起こさず、その変化は治癒になるとかそんなんだ。マジかよすげぇな。「……」。ちょっと凄すぎんな? そう思ったので、メモを書いてくれとジェスチャーで伝えてメモを貰った。後で通訳にでも訳して貰おう。ズボンのポケットに丸めて押し込んだ。
「それじゃ、ケイジくん、ごはん食べよっか?」
「ヤァ、プレゼントのお礼に奢らせて貰うぜ?」
「高いとこ行っていい?」
「……」
お好きに、肩を竦めるケイジ。「嘘だよ?」。そんなケイジの腕にリコが絡みつき、屋台の方に引っ張って行く。
「……ご機嫌だな?」
「首輪を付けれたからね」
「耳だが?」
「それじゃ耳輪?」それは兎も角、とリコが一息「アンナちゃんには悪いけど、ケイジくんにわたしのしるしを付けられたからね?」
「……そうかよ」
どういうリアクションを返すのが正解なのかケイジには分からなかった。かったので、取り敢えずそれだけを言って頬を掻いた。
そんな曖昧な返事でもリコは満足らしい。満面の笑顔でケイジを見上げる。
「ケイジくん」
「なんだよ?」
オークで無いってだけで注目されてる中、更にそんな風にくっつかれると注目度が跳ね上がるから止めて欲しい。
「前にも言ったけど……わたしはケイジくんが好きだよ」
「……ありがとよ」
「だからこの仕事中だけでも――恋人にしてくれないかなぁ?」
「? おい、テメェ――」
何かがおかしい。
リコのテンションがおかしい。
だが具体的に何がおかしい原因なのかが分からない。
笑っている。
だが目が真剣だ。
――冗談だよ。
そんな言葉を待つが、出てこない。腕を掴む手が震えている。瞳の色に不安が混じっているのをケイジは拾い上げた。
だから――
「サービスだ。料金は取らねぇでおくぜ、ハニー?」
「素敵な答えをありがとう、ダーリン」
あーんがしてみたい、とリコが言った。
適当な食事処で注文を終えて、品モノが出てくるのを待って居る間のことだった。
バカップルと言うのは種族を超えて存在しているらしく、オークのカップルがソレをやっていた。人間であるケイジからすると何の甘酸っぱさも感じられず、寧ろ悍ましい位だったが、独り身のオークが、けっ、と言う感じだったので、恐らくは人の世界でやられるのと同じようなモノなのだろう。
やってる方は楽しい。
周りは何も楽しくない。
そんなんだ。
リコはソレに憧れたらしい。ケイジは色々と文句は有るが、三十分ほど前に恋人になったので、何となく断れない。「……」。と、言うか断ることをリコが許してくれそうにない。多分、泣く。断ると泣く。どうにも不安定に見える。焦っている様に見える。
だからケイジは楽しそうに箸を向けるリコに向かって口を開けた。
「……」
「……」
そこでちょうど店に入って来た客と目が有った。
ソイツはケイジを見て嬉しそうにした後、リコを見て、リコとケイジを見て、何をしているのかを見て、にやー、と笑った。
「お邪魔しましたー」
「――ヘィ、行くな行くな行くな。四人掛けだ、コッチ来い」
「えぇ、でも……オレ、兄ちゃんの邪魔したくないっすわー」
「兄ちゃんヤメロ。それと座れ」
訊きてぇことがあんだよ。ケイジにそう促されて席に付いたのは、ケイジと同年代の男だった。黒髪黒目の良くある髪と目の色だ。少しタレ気味の眼からくる人相は柔らかく、人好きしそうな感じだった。ケイジよりも少しだけ身長が低いその男は――
「起きたんすね、ケイジ」
「見舞いに来てくれたらしいじゃねぇか、ケージ?」
滅んだ国が掻き集めた強化兵の一人だった。
向かい側の席からリコが隣に移って来て、空いた席にケージとツレの少女が滑り込んだ。
二人分の注文を追加して、来るのを待って乾杯を一回。それで、さて、と話を始める空気になった。
「……警告してやったのに、結局関わることにしたんだな、テメェ?」
「あぁー関わる気は無かったんすけどね、ほんと、無かったんすけどね……」
ちらり、とケージの視線が横の少女を見る。髪と目の色はケージと同じ黒だ。癖のない長い黒髪は従妹サマを連想させるが、実際にはお姫様と開拓者では随分と違う。この区域を歩ける。ケージの隣を歩ける。そういう種類の少女だと分かった。
彼女はケージの視線を受けて、恥ずかしそうに俯き、下腹部に手を置いていた。
「あー……」
そう言うことか、とケイジは納得した。その良く分からないうめき声で、ケージもケイジが察してくれたことを理解したらしい。
「……『そう』なのか?」
「どうっすかね? 検査の結果は違うらしいっすけど……正直、産まれる迄は分かんねぇっす。遺伝するのかどうかも……兄ちゃん、その辺は……」
「詳しくはねぇ。ただ、俺の子は多分、テメェの子よりも『そう』なってる可能性がたけぇ」
「シングルナンバーだからっすか?」
「父ちゃんがな、元よりそう言う家系だ」
生まれやすい家系の血を混ぜた上で弄ってある。
それを皇族に混ぜて強い兵を身内に造ろうというのが見たことも無い爺さんの野望だったのだろう。
「子供は大丈夫だったとしても、孫に、その先って考えると……」
「皇国庇護下の方が都合が良い――ってか?」
お優しいこって、言いながら枝豆をぷちぷちとケイジ。暫く沈黙が落ちる。ケイジにはまだ聞きたいことがある。ケージにもソレは分かって居る。それでも、そこにお互い触れたくない。
リコと少女が野郎二人を放置して盛り上がる中、ケイジが折れた。溜息を吐き出し、滑りを良くする為に一口、アルコールを流す。
「……アイツもか?」
「……会話が通じねぇっすわ」
「随分と壊れてんな……副作用か?」
「オレ達と違って正真正銘の天然モノらしいっすからね。――容赦なく喰われたんでしょうよ」
割とソレが決め手でした、とケイジ。
強化兵の遺伝子の起き方次第では、あぁなる。
狂う。笑い続ける。ラフメイカー。ケージよりも上。ケイジとは同等か、それ以上、そう言う強化兵が出来上がる。
「――」
成程。子供を持った親ならではの視点だな。ケイジはそんなことを思いながらジョッキを空にした。