ミノタウロス
拳が来た。
顔だ。歯を食いしばり、耐える覚悟を決めたケイジだったが、何故か一撃は腹に来た。「ぐ、」と苦悶が漏れる。受ける覚悟はしているのだ、避ける気は無いのだ。変な小細工はせめて止めて欲しい。そう思う。そう思うが、仕方がないな、とも思う。
ガララがケイジに同じことを言ったらケイジだってガララを殴る。
だから仕方がない。
仕方がないことなんだ。そう言い聞かせる。
くの字に折れ曲がるからだ。不様に晒した後頭部に両手を組んでの拳槌が来る。衝撃。脳が揺れる。「――」ヒスイの声が聞こえた様な気がした。言葉はちょっと良く分からない。認識するよりも早く、尾。筋肉の塊であるリザードマンの尾が側頭部に叩きつけられる。吹き飛ぶケイジ。追撃のサッカーボールキックが追い打ちの様に腹に来た。もう声も出ない。
だがガララは追撃を休めない。
踵落とし。
ジェィドの装甲車がそれなりの高さを持って居ることから許される暴挙。腿が顔に付く手本の様な構え。アレが落ちればケイジの頭を砕くだろう。それでも仕方が――
ない分けが無い。
いい加減我慢も限界だ。軸足を払いガララをこかしてケイジが立ち上がる。
「――」
ぶっ、と血を吐き捨てる。歯は砕けて居ない。それ位しか救いが無い。
「……何か文句があるの?」
「しかねぇよ。やり過ぎだぜ、冷血野郎」
「あぁ、そう。人間は脆くていけないね。手加減をしてあげなくてゴメン」
「……はっはー、言うじゃねぇか。謝罪する時間をくれてやるよ。さっさとしな」
「ひ弱な貴方を気遣って手加減してあげられなくてゴメンナサイ」
「――死んだぞ、テメェ」
「大丈夫。口喧嘩では死なないよ」
「……」
「……」
揺れる車内だ。それでも平地の様に立ち、平気で殴り合いをするケイジとガララ。そんな二人を見てリコは「ケイジくんも、ガララくんも体幹強いなぁー」と色々諦めていた。
素の身体能力はガララが上だ。だが、近接戦闘の技術はケイジが上で、その上、鋼の右の一撃がある。杭は使わないだろうが、それでもあの一撃は重い。
「ぼくはガララに銀貨五」
ヒスイがそんなことを言うと同時、装甲車を容赦なく蹴りつける踏み込みと共にガララが間合いを詰める。ケイジは一歩。踏み込んでその足を削ることで間合いをずらし、頭突き見舞う。リザードマンの前に出た口吻が潰される。ガララはそれでも構わずケイジを蹴り飛ばした。
「それじゃわたしはケイジくんに銀貨五。――いいの、ヒスイちゃん?」
「止めても聞かないし、ぼくには止める実力はないからね、せめて儲けたい」
吹き飛んだケイジが観戦していた神父にぶつかる。そのまま転がるとそこにガララの追撃の蹴りが来た。逃げ遅れた神父の腹に刺さり、神父は胃の中身を披露する羽目になった。ゲロを踏まない様に――。そんな配慮は無い。平気で踏みつけ、その靴底を擦り付ける様な蹴りをケイジが放つ。嫌な顔をしたガララは咄嗟、手に取ったワンショルダーバックで受けた。ケイジの物だった。「……」「……」。二人の間に何とも言えない間が出来た。車の速度が落ちる、反作用で床に落ちたガララのSMGがケイジの方に滑って来た。踏んで止める。ゲロを踏んだ足だ。「……」「……」。またケイジとガララが無言で固まった。
「あー……」
リコがあちゃー、と天井を見た後、これ以上の被害を出さない為にガララのカバンとケイジのSGを確保する。だがもう手遅れだ。
「――ぶっ殺す」
「それは、こっちのセリフ」
一足。
無声で強襲を発動したのだろう。車が速度を上げるに合わせてケイジが跳んだ。膝。それがガララに突き刺さ――
「何かに捕まれっ!」
る、瞬間に運転席のカワセミからの警告。ハンドルが切られ、ブレーキが踏まれる。車体が大きく振られる中、リコとヒスイは咄嗟に椅子を掴んだ。神父もどうにかした。
飛び膝蹴りをしたケイジとそれを受けて吹き飛んでいたガララが車外に飛んで行った。
後方から来た車に対応する為に、ロックを外していたのが拙かった。
扉は二人分の体重と衝撃に開かれ、リコが見守る中、転がって行った。「ケイジくん!」思わず叫ぶリコの視線の先、マウントを取ったガララの拳をケイジが額で受けて、そのまま鋼の右を向けることで杭を警戒させて飛びのかせていた。つまりはまだまだ元気だ。
「えー……」
ちょっとリコはあきれた。
「兄さん、どうしたの?」
「オゥ、聞いてくれるか、マイエンジェル? 倒木だ。道が塞がれてる」
「自然に……な訳ないよね?」
「アァ、このクソ急いでる時に、いいタイミングだよ」
ミノタウロスどもだ。
カワセミがそんなことを呟いた。挟み撃ちをするつもりだったのだろう。装甲車の背後に牛人間が出て来た。角が有る者も居る。無い者もいる。雌雄混合。それでも人と呼ばれる種のどれよりも巨大な体を持つ変異生物、ミノタウロスだ。斧に混じってARを持って居る個体も居る。厄介だ。
「……」
けどなぁー、とリコはそんな彼等を憐れみの眼で見る。
「その位置は拙いと思うよ?」
リコのそんな言葉を肯定する様に、殴り合い中のケイジとガララが容赦なく彼等を巻き込んだ。
ミノタウロスは猿から人に進化した様に、牛から人に進化したある意味での人類だ。
繁殖力が高い。
戦化粧の様な形で呪印も獲得している。
それでもフロッグマンと違って銃器を奪うことしかできないので、亜人ではなく、動物として扱われている。
それは弱いと言う意味ではない。
中途半端に賢く、中途半端に愚かな彼等は殺し合いになった場合、全滅まで『やる』。
人を凌ぐ身体能力。
戦化粧による呪印の獲得。
銃器を扱うモノは少なくとも、彼等の戦士階級が持つ斧は強力だ。
ラスターより先に進めない理由の一つに全員が死兵とでもいう彼等の巣が無数に存在するからと言うモノがある。
だから弱くない。油断をしてはイケない。事実、カワセミの言葉を受けたヒスイは慌てて銃座に付いたし、リコも装甲車に乗り込んでくる奴を燃やすべく、機工手甲を身に付けた、
でも出番は無かった。
雄ミノタウロスの角をケイジが掴み、ヘッドバッドをかます。鹿の獣人のロイにも打ち勝つ鉄頭は鉢がねの補助もあり、ミノタウロスの頭蓋を砕いて見せた。ミノタウロスが狙われたのは彼が戦士階級で斧を持って居たからだ。それだけだ。ケイジは斧を掴むと「――!」気合い一閃で振り抜いた。
三匹のミノの上半身と下半身が両断される。
でも彼等は巻き込まれただけだ。
二歩。それだけ下がってその斧刃をやり過ごしたガララが上がる血煙の中、振り抜いて隙を晒したケイジに飛び掛かる。蹴りで迎撃、撃ち落とされると同時に、回し蹴り。前進を止められたケイジが運悪く横に居たミノタウロスを引き倒して、それをガララが踏みつける。
ラスターの悪夢。殺人種ならぬ殺人集団と称されるミノタウロスが喧嘩に巻き込まれるだけで数を減らしていた。
「……ひーちゃん。リザードマンの名前、何だっけ?」
「ガララ」
「オレ、ガララに銀貨五な」
「えー……ケイジくん、人気ないなぁ」
リコ達はそんな会話が出来る位に余裕だった。
ケイジの全身が血で濡れる。
返り血の様な気もするし、自分の血の様な気もする。赤い。赤は良い色だ。そう思う。だって今の気分にぴったりだ。
「寄越せ」
下がった先に居た牛に言う。牛はこちらの言葉が分からないので、ただ、恐怖に固まっていた。仕方がないのでケイジは指を指す。ソイツがもっているARをだ。「寄越せ」。それで彼は自分が何を持って居るのかを思い出したらしい、慌てた様子でケイジに銃口を向けた。「ちっ」と言う舌打ちと共に引き金を握る指を折っていた。ぴぐ! みたいな悲鳴。その悲鳴が出て来た長い口吻を右手で潰してケイジはARを奪った。奪って、撃った。ガララを、と言うよりもガララの壁になって居る牛をだ。
ぶもぶも言いながら牛がケイジに殺気を向けてくる。知るか。振られた斧に合わせて、下がって、進んで、踏みつけた。刃を地面に減り込ませる。「……」。無言で睨みつけてやれば、その牛は斧から手を放し、下がった。両手は上に。言葉が違っても降参のジェスチャーは同じらしい。動物が腹を見せるところからの派生だろうか? そんなことを考え、ARを向ける。引き金を引く。牛がぶもっ、と短く鳴いて身体を抱いて小さくなった。それだけだ。弾切れだ。だからその牛は助かった。運の良い奴だ。そんなことを思いながら、ケイジは背後に生まれた気配に向けて、ARのバックストックを叩きつけた。組みつこうとしていた牛が腹を強打されて悶絶していた。振り返り、角の先を狙って、バックストックの一撃。頭蓋骨を揺らされた牛が崩れた。ガララの姿はない。
「……」
牛が手放した斧を担ぐ。重い。横薙ぎの一閃を放つのが精々だが、それでもタイミングを見測ればそれなりに怖い。ケイジはそれを牛共に教えていた。だから斧を持ったケイジから逃げる様に牛共が動いた。円が広がる。スペースが出来る。隠れていたガララが見えた。
「かくれんぼはお終いか?」
「鬼が弱くてね、見つけて貰えないんだ」
「そうかい。だったらその怖い鬼に見つかる前にさっさと逃げな蜥蜴野郎。尻尾も要らねぇから安心しな」
「その鬼とは友達だからね。弱いから心配なんだ」
「……」
「ケイジ」
「……うるせぇ、黙れ」
「いやだ」
「は、テメェの意見なんざ聞いちゃ居ねぇんだよ。この仕事にテメェは足手纏いだからさっさと失せろっ―話だ」
「その足手纏いでそうされたのは誰?」
「……」
「ケイジ。ガララが居なくて勝てるの?」
っ、とケイジがその言葉に言葉を呑んだ。俯く。行けるのでは? そんな気分になったミノタウロス達がちょっと前に出た。
「テメェがいりゃ勝てるってもんでもねぇだろうがっ!」
叫んで、一振り。八つ当たりで二匹のミノタウロスの足が吹き飛んだ。ぶもぉぉぉおお! と叫びが上がる。「うるせぇ!」「ウルサイ」。ゴブルバーで、首を真後ろに向けさせられて、強制的に二匹は黙らされた。ミノタウロス達はゆっくり下がった。まだ駄目らしい。そう判断したのだ。
「……もう良い。ぶち転がして置いてく」
「やれるなら、どうぞ」
歩いて近づき、合図無く拳を繰り出す。蹴りを繰り出す。キャットファイト。そんな楽しい見世物ですら泥に塗れた殴り合い。
「分かれや、ガララ。無駄死になんだよ、テメェが俺に付き合うだけな。死体が一つ増えるだけだ」
「違うね。死体が一つ減るんだ」
「……ヤァ、吹くじゃねぇかビビり屋の盗賊風情が」
「犬みたいに吠えるのが良く似合っているよ蛮賊」
「――っの! 分かんだろーがよ! 国だ! 都市だ! おまけに種族ぐるみの宗教だ! 都市軍でて来てんだぞ! 終わってんだよ! こっち側はな! だからテメェは――」
殴る、殴る、殴る。
倒れろ、倒れろ、倒れろ、とケイジがガララを殴る。
それをガララは何でも無い様に受け止める。
「――敵が」
不意に、すっ、と人差し指と言葉でガララがケイジの言葉を遮る。
「敵が強いと対応を変えるの?」
ふっ、と鼻で笑う。
「ケイジ、それは、うん。控え目に言っても――ダサいね」
馬鹿にしたように笑うガララは「は?」とあっけに取られたケイジの腕から抜け出し、血と歯を吐き捨てた。
「……いや、おまっ、ダサいって、なぁ、ダサい……って……」
「大事なことだよ、ケイジ。良く聞いて、良く考えて、これは大事なことだ」
糞みたいな世界で、糞みたいな仕事に就いて、糞みたいなことをしている。
だから。だからこそ――
「いつもどおりだ。いつもと同じだよ、ケイジ。敵が変わってもやることは変わらない。そうでしょ、ケイジ?」
「……ガララ、テメェ――馬鹿だろ?」
「そうかな?」
「あぁ、そうだ。大馬鹿野郎だ。けどなアレだなカッケーな。俺が女だったら惚れてた」
「……のーさんきゅう」
「ヤァ、安心しな。俺は男だ」
「そう? それで、女なら惚れてた。男ならケイジはどうするの?」
「決まってんだろ?」
は、と軽く嗤い、ゴブルバーをガララに放り投げる。止めを刺すのはガララの仕事だ。任せた方が良い。
「かっこつけるしかねぇだろうがよ」
さて、と一息。
「片手間で相手して悪かったな、牛ども。そんな訳で……スーパーヒーローの登場だ」
――良い感じのBGMを頼むぜ?
コメント返しは起きたらにさせて下さいませー。
P.Sカレーメシは傾けてスプーンを補助にすることで食べ切りました
(尚、その後自宅なので普通にスプーンがあることに気が付いた模様。モルダーは疲れてないかもしれないけど、ポチ吉は疲れて居るのよ)