兄妹
巻き込まれるのはごめんだとでも言うのだろうか?
待ち合わせ場所に逃がし屋の車は無かった。
どうすんだよ? そんな気分でケイジが神父を見る。神父が「ご心配なく」と言うと、装甲車が一台滑りこんで来た。
「業界の言葉に五秒前集合、五秒後解散と言うモノがありましてね」
「え? でもわたし達、ちょっと待ったよね?」
「そうだね。五秒くらい待った」
「ヤァ。イケねぇな、ソイツぁ。ピザ屋なら半額にしねぇと有罪だぜ?」
その辺はどうお考えで? 滑りこんで来た履帯タイプの装甲車をコンコンと叩く。
「積荷は聖女さんとその護衛と訊いて居たんだが?」
そんなケイジを無視して運転席から顔を覗かせたダークエルフの男は神父を見る。ダークエルフにしては珍しい黒髪だ。それをドレッドヘアにしていた。
「聖女サマと愉快な護衛達。複数形だったんだよ、それ位は分かってくれや」
「ジャックがか? お前らがダークエルフの宗教を信じているとは思わなかったぞ?」
ニヤニヤと笑いながらドレッドダークエルフ。
「俺等のこと――」
「知っているさ。一度は組もうと思って調べた相手だからな」
「そうかぃ。そんじゃ俺達の腕はそれなりに知ってんだろ? 雇われ護衛って奴だ。さっさと乗せてくれ」
そこでケイジは自分の言葉に「ん?」となった。
「ガララ、俺、乗んの?」
「……リコを無視するなら乗らなくても良いんじゃない?」
そのガララの言葉だけで、ケイジの服の裾を掴んでいたリコの手が離れる。どうにも気弱過ぎる。屋台村で有った時は何時ものリコに見えたが、どうやらよっぽど教団の空気はリコに会わないらしい。
教義を体現したかの様な理想的な放火魔で死体愛好家。それでも教団はリコにとってはアウェーらしい。
仕方がないので、ケイジはリコの手を握ってやった。
それを見て何故かドレッドダークエルフが満面の笑顔になった。不気味だ。
「ジャック。その子はお前の恋人か?」
「あ?」
「いや、良い。お前がオレのエンジェルに手を出さないのならばいい。お前は兎も角、聖女さんはお前を頼りにしている。そうだな? それなら良い。乗れ」
突然上機嫌になったドレッドダークエルフに色々言いたいことはあるが、ゆっくりしている暇は無い。都市軍が動いたのだ。事情は知らないが、既に巻き込まれている。“こと”から降りる気が無いのなら車に乗るしかない。
「……ガララ」
「もう手遅れだろうしね。良いよ、付き合う」
「……わりぃ」
厄介事に首を突っ込むことにしたケイジ。
そんなケイジにガララは付き合ってくれる。ソレを証明する様に先立って乗り込む。ケイジとリコも続く。レサトは天井に昇った。機銃とソナーの代わりをするつもりなのだろう。ケイジはそんなレサトを見て、換装用のトランクがバイクに積みっぱなしなのをそこで漸く思い出した。「……」。回収。そんな言葉が、無理だな、の諦めで塗りつぶされた。
――高かったのになぁ。
そんな嘆きを振り切る様にして乗り込んだ装甲車の後部座席には先客が居た。
ドレッドダークエルフと同じ黒髪、同じくダークエルフ。何となく顔の造りも近い気がした。少女も開拓者なのだろう。野戦服に身を包んでいるが、黒髪をショートカットにした姿は幼く、どうにも不釣り合いに見えた。
「追撃が来た時は手伝ってね。機銃は、ぼくが使う。天井の自動戦車は……」
「レサトだ。一応、テメェの言うことを聞く様に言っとくが……」
うーん、とケイジが記憶を探る。
「声に聞き覚えがあんだがよ、どっかで会った?」
「ヘイヘイヘイヘイ、ジャック、ジャック、ジャァーック? マイエンジェルにナンパか? 良し降りろ、殺す」
「良いから車を出せや、ロリコン野郎。テメェのエンジェルに何ざ興味はねぇよ。俺の好みは年上でボインボイ――へぃ、リコちゃん、ほっぺ痛い」
放して、とケイジ。
調子が少し戻ったのは良いけど、ほっぺを抓るのは止めて欲しい。
「……声を覚えて居たのは意外だったよ。うん。そうだね、久しぶりだね、トム。ジェリーは初めまして、って言えば分かるかな」
抑揚のない声音。
それで読み上げられる様にして呼ばれた偽名で彼女の声をどこで聞いたのかをケイジは思い出した。ガララも声は聞いたことは無くともその呼び方で凡そ誰かを察したらしい。
「その節は、どうも」
「偽装カードはいい出来だったぜ、妹ちゃん?」
以前、ラプトルズに紹介された偽装屋。
兄妹二人パーティ、ジェイドの片割れだ。
兄の逃がし屋がカワセミ。
妹で偽装屋がヒスイ。
それがジェイド。魔銃使いと盗賊と言う構成の有名パーティだ。
教団は彼らを雇ったらしい。
随分と気前の良いことだ。そう思う。思うが、まぁ、妥当だったのだろう。
敵が都市軍だ。つまりはヴァッヘンの支配区域でヴァッヘンを敵に回していると言うことだ。この状況だとまともな逃がし屋は仕事を受けない。金さえ貰えば、そんな前提に加えて一応はダークエルフだったからジェイドは受けたのだろう。
「……」
裏で手を回していたのか、張られていた検問をカワセミが顔パスで通過した。組織が腐っているとこう言う時、有り難い。追う側になった場合はクソだと思うが。
「――んで」
それじゃ車での戦闘はやり難いだろうから、とヒスイから渡されたLMG。その動作チェックを行いながら、ケイジは向かい側に声を掛ける。
ジェイドの装甲車の後部座席は左右にベンチが取り付けられているタイプだった。
こちら側にはガララが居る。リコも居る。だから向こう側に居るのは神父だけだ。
「落ち着いたからもっかい聞くけどよ、何で都市軍と揉めてんだ?」
「それではもう一度お答えしますが――ソレは重要なことですか」
相も変わらず変わらない。笑顔。
「……」
受けて、ケイジが無言で立ち上がる。一瞬、ガララに視線を送る。閉じた右手を、開いて、閉じた。タイミングを見計らって投げてくれた針を掴む。そのまま神父の耳を突き刺した。刺したまま、横に払う。耳が破れた。
「――おや、痛い」
これに表情を変えないのが怖い。
「仲良くなるにゃぁお揃いが一番だと思ってな、勝手ながらやらせて貰ったぜ?」
「成程。先程のケイジ様と同じ負傷ヵ所と言う訳ですね」
「ヤァ。そう言うことだ。それで、どうだぃ? 俺と仲良くする気にはなってくれたかな?」
「神職に仕える身ですので、暴力に屈するのに抵抗がありますね」
「そうかぃ。ソイツは残念だ」
一手、即、鋼の右で鼻を砕く。後頭部が壁にぶつかり、跳ね返る。そこに二発目。口。
歯を砕く。
そうしてから襟首をつかんで持ち上げる。運転席のカワセミが「暴れんなよー」と軽い警告を送って来るが無視だ。
「リコを見習ってイイコにしたのが拙かったかな? だったらすまねぇ。勘違いさせちまったな。分かりやすく言ってやるぜ、神父? 死ぬか、話すか、どっちが良い?」
き、と軋む鋼の右。
「――、――」
ふるっ、と神父の身体が震えた。
眼が溶けている。恍惚としている。うわ。ケイジは少し引いた。引いたら視界が広がって更に後悔をした。股間のイチモツがズボンを持ち上げているのを見るとウンザリするし、その先端の布地が湿って色が変わっているのに至っては思い込みからくる錯覚だと思いたい。
「あの、ケイジくん、ウィンデ神父は、その――」
「――あぁ、良い。大体分かった」
狂信者。
と、言う奴だろう。無名教の名の無い神や、アンナ達魔女が信仰する月の女神とは異なり、正真正銘で存在しない空想の神、オルドムング。
それを信仰し、暴力に晒されて性的な興奮を覚えることが出来るこの男とは、多分、一生分かり合えないだろう。
「リコ、テメェは事情知ってんのか?」
「うん。一応は……」
「そうかよ。そんじゃ今更だが俺達が乗っちまった船の材質を教えてくれや」
「安心して、リコ。ガララは贅沢を言わない。木製位なら平気だよ」
リコに都市軍と敵対した理由を聞くにつれて、ケイジとガララからは表情が消えていた。
話に混ざって来たヒスイから目的地を聞いた時点で全てが嫌になった。
「……」
無言でケイジが電子タバコの電源を入れる。吸い込んで、吐き出す。「……禁煙」。冷たい声でヒスイに蹴られるが、吸うのを止める気は無い。「ケイジ」。ガララが手を出していたので、そこに電子タバコを置いてやる。同じ様に吸い込んで吐き出した。
リザードマンは手だけではなく、口も器用らしい。
少ない煙で綺麗に造られたドーナッツを見てそんなことを思った。
現実逃避だ。
「リコ」
「ん?」
――強く、生きてくれ。
キラキラとした良い笑顔でケイジ。そうして車から降りようとする。それをリコは止めない。「うん、頑張るね」と笑顔で見送ってくる。「……」。どちらかと言うとイヌ科のケイジは待って! と追いかけてくれないと面白くない。面白くないので、大人しく席に戻った。
「……控え目に行ってビッグトラブルじゃねぇか」
「うん。でも、ちょっとウチの方も抑えが効かなくて、一応勝算があるみたいで……」
「ヴァッヘンが誇る最深部の拠点都市ラスターの強奪に勝算? んで組むのが仄火皇国と――」
オーク。
その言葉は自然、小さくなった。なったが、車内は静かなものだったので、普通に全員に聞こえた。
ヒスイ、カワセミ、神父は全員知っていたので、特にリアクションを起こさない。ガララもだ。ただ、ガララは口を開けたアホ面で天井を見ていた。多分、乗る船を間違えた自分を、かっこつけて「良いよ、付き合う」とか言っちゃった自分を責めて居るのだろう。良く分かる。何故ならケイジもさっきやってたからだ。
リコを見捨てるべきだった。
と、言うか今からでも見捨てたい。それが本音だ。半分くらい。
「……神父」
「はい?」
「俺に関してだ。どこまで知ってる?」
「オルドムング様は血を流す為に必要なことを全て与えて下さいます」
「煙に巻くんじゃねぇ。言え」
「イズミコ様」
「……オーケイ」
父親では無く、母親の名前が出た。亡国の姫家系図にすら表立って載らなかった姫。獣を、慶児を産む為に調整された姫の名が、出た。つまりは他人事として扱うのは無理。そう言うことだ。
「ガララ」
手を差し出す。電子タバコが置かれる。ソレを受け取り、仕舞う。
「わりぃがレサトは貰う」
「……ケイジ?」
嘘でしょ? 眼を見開くガララ。次の言葉を予想している。それでもそれが信じられないと目を見開いて居る。
それでも。
それでも/だから
ケイジは――
「やっぱテメェは、降りろ」
言った。
急募:絶望への立ち向かい方
コンビニで晩御飯にカレーメシを買ったらスプーンがプリンとか食べる用のアレでした。
僕はどうしたら良いのでしょう?
まぁ、そんな知るかと言われそうなことはさておき。
次の話まで一気に上げないと読者さんが離れていく気がする。
でも明日も更新できるかは分からない。休出だから! でも頑張るよ!!
あ、予約投稿すれば良いのか……。