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教団

 一応、教団と言う立ち位置だからだろうか? ラスターにある教会を買い取り、改修した拠点に案内された。

 シシルの話が本当ならケイジ達が潰したラプトルズの後釜。つまりは暗黒騎士ヴェノムギルドを介さないクスリの販売に手を出していることをケイジは知っている。「……」。知っているが、忘れておくことにした。

 厄介事はごめんだ。

 好奇心は猫を殺すが、人だって殺せる。

 無知と鈍さは平和に生きて行くのには必要なことなのだ。


「ケイジ様、ガララ様、この度は助けて頂き、ありがとうございます」


 案内された応接室。教会に相応しく落ち着いた、それでも客を招かれる為に整えられた一室にて向かい側のソファーに座ったリコが、しず、と頭を下げる。

 無音で近づいて行ったレサトがその顔を確認して、ケイジに向き直った後、身体全体を傾けてきた。リコだったが、リコっぽく無かったのでちょっと良く分からなくなってしまったのだろう。気持ちは分かる。気持ちは分かるが、レサトよりも少しだけ世間と言うモノを知っているケイジはリコの対応も分かってしまった。

 既に新しい護衛騎士が付いている。

 護衛騎士を一つ潰したことに関して、責められた様子も無い。

 命は平等だ――何て絵空事だ。平等にクソではある。それでも価値と言う見方は確かに存在している。組織にとって平の護衛騎士よりもリコは高級なのだろう。

 安い命。開拓者としての、暗黒騎士ヴェノムとしてのリコの様な対応は出来ない。そう言うことだ。


「……アンナ、心配してたぜ?」

「……」


 む、と笑顔で固まるリコ。


「ゼンもな、めっちゃ青い顔で俺に土下座して来た」

「……ゼンくん、関係ないじゃん」

「責任感が強ぇんだよ。ヘィ、そんな責任感が強ぇナイスなガイを困らせた気分はどうだい、家出娘?」

「……ケイジくん、もっと関係ないじゃん。わたしとアンナちゃんを弄んで捨てたじゃん」

「……おい、コラ、言い方に別にあんだろ? 態々人聞きが悪い風に言うんじゃねぇよ」


 あとロイの名前も上げてやれや、とケイジ。室内にそれなりの殺気が満ちていた。主にあちらサイドの護衛からだ。

 リコが居るとは言え、信用はしていない。SGは傍らにあるし、ガララのSMGも卓上にある。だから始まれば対応は出来る。護衛騎士に“あがり”はそれなりに混じっては居るが、まぁ、許容範囲内だ。多分、という言葉が付くがどうにかできる。

 それでも別にやりたくはない。

 ケイジは無抵抗を示す様にバンザイしながらリコの訂正を待った。


「でも抜き出すと間違ってはいないよね」


 紅茶の香りを楽しんでいたガララが裏切った。「ヘィ、ガララさん?」おいコラ。睨む。「……」。素知らぬ顔でガララは茶菓子に手を伸ばしていた。

 リコを助ける為に動いたのはケイジだ。ガララではない。だから口は挟まない。ケイジが動いた理由は分かったので、既にガララにとって今回のことはどうでも良い。そう言うことだ。


「……んで、何でテメェはこんなとこでそんな綺麗なお洋服を着てこんな良い茶ぁ飲んでんですかね、リコちゃんや?」


 あと、フォロー。俺へのフォローを早めに下さい。

 そろそろバンザイするのも嫌になって来た。手が疲れたのだ。交戦開始で良いから下ろしちまいてぇな。ケイジはそんなことを思った。


「ケイジくんには関係ないから良いじゃん。お礼はあげるからもう良いでしょ?」

「……」


 す、とケイジの眼が細くなった。あ、ヤバいとガララがカップを下ろし手首を軽くほぐすのが見えた。そちらに向けてふりふりとケイジが手を振る。『良いから』或いは『大丈夫だ』。そう言うサインだ。


「そーですかい」


 ど、と机に脚を投げ出す。カップを砕き、横柄な態度。部屋の中の護衛連中がざわり、と騒ぐ気配。気にしない。良い。もう良い。ヤルならヤルで良い。来いや。そんな気分だ。


「そんじゃさっさとそのお礼とやらを持って来な、お嬢ちゃん(・・・・・)?」

「……」


 ケイジの言葉にリコは泣きそうな顔でネックレスを握りしめた。

 何故、泣きそうな顔をするのか? 事情が有るのでは? そんな疑問が湧く。湧くが、蓋をする。言わないのだ。ただ、ただ、泣きそうな顔をしているだけなのだ。

 ソレに手を伸ばしてやるほどケイジは優しくない。







「失礼」


 柔らかな物腰で、一歩。護衛の中から神父が進み出た。本職。神官クレリックと言う意味ではなく、オルドムング教団としての神職に付くモノなのだろう。匂いは前で戦うモノの匂いだった。短く、芝の様に刈られた銀髪。ゆらりとしたローブでも分かる鍛えられた肉。鎧の代わりにプロテクターでも仕込んでいるのだろう。硬さが見えるその装備は騎士ナイト或いは暗黒騎士ヴェノム。その辺りだろう。

 つ、と中指で押し上げられた丸眼鏡が室内の光を反射して、そのダークエルフ特有の赤い瞳を隠した。


「当支部を任されているウィンデです。この度はトラブルに際し助力していただいた様で、ありがとうございます」

「ヤァ、気にしねぇでくれよ、ディッキー。良いからそちらのお嬢ちゃんのご指示に従って礼とやらをさっさと持って来な(・・・・・)


 天井を見上げて、かったるそうにケイジが言う。聖女リコ様への態度に加え、支部長に対するこの態度である。殺気が満ちる。ソレを溜息で流し、ウィンデが近づいてくる。


「リコ様のお知り合いですかな?」

「違うっ! 違うからっ、ケイジくんは関係ない! はやっ――早く帰ってよ、ケイジくんっ!」

「……」


 叫ぶようなリコの声。泣きそうだ。寧ろ泣いている。ソレに思う所が無い分けではない。だが、気にしない。ケイジは気にしない。「……」。足を振り子の様に振り、ソファーから起き上がる。SGを右肩に担ぎ、左手をズボンのポケットに突っ込む。


「――だそうだ、ガララ、レサト。帰るぞ」

「……お礼は貰わなくて良いの?」

「弁償代でチャラで良いだろ」


 ケイジが言いながら、さっき砕いたカップとソーサーを指差す。紅茶の水たまりに砕けた白磁が混ざる様は不様でしかない。レースのテーブルクロスに紅茶が沁み込んでいるので、クリーニング代もかかりそうだ。

 レサトがおろおろとケイジを見て、リコを見て、ガララに鋏をかしょかしょ振って来た。SOSを求めて居るのだろうが、ガララだって助けて欲しい。溜息を吐き出す。


「良いの?」

「良いんじゃねぇの? 昔、同じパーティ組んだ仲だしよ、一回くれぇ見逃し――」

「ケイジではなく、リコだよ。……良いの?」

「……」


 少し、振り返る。

 ガララの言葉に俯き、沈黙するリコが見えた。リコが顔を起こす。涙で潤んでいた。口が動く。「……」。ケイジに読唇術の心得は無い。だから願望を含む。含むが『た』と言う形を造った様に見えた。だが、声は出ない。リコは縋る様にネックレスを握ると、口を一文字に結んでしまった。


「……あぁ、クソ」


 溜息が出る。頭をガリガリ掻く。唾を吐き捨てたい気分だ。嫌な気分だ。完全に回れ右をする。柔らかく、胡散臭く、笑う神父が居た。向き直ったケイジを確認して、やれやれと言いたげに茶菓子に手を伸ばし出すガララが見えた。泣きそうなリコが見えた。そして――


 レサト。


 サソリの尾が持ち上がる。先端に紫電が奔る。射出。コードを引きながらケイジの頬を霞める。血が噴き出す。赤い血だ。そして――

 背後。

 扉を突き破る様にして飛び込んで来たRPGを空中で炸裂させた。

 衝撃が来る。吹き飛ばされる。地味にいてぇ。ソレで済んでいることに安堵する。背中が痛い。破片が刺さっていた。ガララがケイジをソファーの内側に引き込み、破片を引き抜いてポーションを突き刺す。肉が塞がる。出血が止まる。

 何が起きた? 攻撃をされた。

 何故だ? 知るか。

 敵の規模は? 知るか。

 何で気が付かなかった? 油断をしていた。いや、ちげぇな。と、否定。敵地に居る。そう言う認識で居た。それなのに気が付かなかった。ケイジは兎も角、ガララが気が付かなかった。練度が高ぇ。そういうことだ。そう思え。油断をするな。

 頭上で銃撃戦が始まっている。

 ソファーを、テーブルをひっくり返し、ウォールのポーションを砕いて、そういう風にバリケードを造ったダークエルフの教団員たちが応戦を開始していた。


「嘘っ! そんなっ、なんで、こんなに早いのっ!」


 取り乱すリコ。彼女と眼が合う。へたん、と力なくリコが落ちた。


「だからっ、だから早く帰ってって、言ったのにっ――!」


 隠れもせずに、ぐずり出すリコ。ソレを咄嗟に抱き寄せてカバーに隠れる。ガララが応戦する。レサトもだ。そんな中、ケイジは胸の中のリコを見る。涙をジャケットで拭かれた。多分、鼻水もだ。ソレは良い。嫌、あんまり良くない。でもそれを言ってる場合では無い。

 リコが顔を上げる。

 唇の形がさっきケイジが読んだ『た』の形に代わる。

 言いたかったのだろう。

 言えなかったのだろう。

 アンナ達を、或いはケイジ達を巻き込まない為に、言いたかったのに言わずに逃げたのだろう。味方がどこにも居なかったからイイコにして耐えて居たのだろう。

 なのに。

 それなのに。

 ケイジが来てしまったから崩れそうだったのだろう。


「――たすけ、たすけて、ケイジくん」


 そしてリコが決壊した。


「……」


 ケイジが無言でリコを強く抱く。言葉にはしない。出来ない。状況は良くない。だからだ。強く抱きしめることしかできない。

 そこに、笑い声。柔らかい笑い声。見れば神父が笑っていた。


「おやおや? 今更ながら、気が付いてしまいましたが、皆様はジャックでは? これはこれは――襲撃のタイミングでお二人が居てくれるとは、実に、実にありがたい(・・・・・・・)


 声を張る。味方に聞こえる様に、敵にも聞こえる様に。

 名は売れている。

 組織が脅威と取るレベルのパーティ。その位置にジャックは居る。味方側が期待を持つ。敵側が動揺する。神父は、戦場の空気を操って見せた。


「……」


 ケイジに抱き着くリコの力が強く成る。ケイジは無言で神父を見た。


「時間を調整したの?」


 無言のケイジの代わりにガララが神父に尋ねた。

 笑みが深くなる。角度が変わり、反射していたメガネの奥の瞳が見えた。


「タヌキが」


 吐き捨てる様にケイジ。

 ケイジとガララとレサトが居る。

 ジャックが居る。

 このタイミングを狙って導火線を短くした。リコが泣きつく様に調整した。リコを泣かせた。そう言うことだろう。


「相応の謝礼はご用意させて頂きます」

「――あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、あぁ、そうか、そうか、そうかよ」


 分かったぜ、とリコの手を解く。彼女をカバーの中に隠し、ケイジは立ち上がる。ガララもだ。銃撃が来る。知るか。と、ゆっくり振り返る。味方と認識した教団員がケイジとガララを守る様に動く。


「ヘェーイ、神父。喜べ。良いニュースをくれてやる」

「うん。ガララ達は手が貸してあげる」

「おぉ、感謝します。お二人にオルドムングの祝福があらんことを」

「オイ、コラ、止めろや。要らねぇよ、ンなクソ見てぇなオリジナル邪神の祝福なんざな」

「……そうですか。残念です。それでは、お手伝いの程、宜しくお願いします」


 頭を下げる神父にへーへー、と気の抜けた返事をケイジが返す。だが、まだ向かわない。


「さて仕事の時間だね、ケイジ」

「いいや、ちげぇな。勝利の時間さ、ガララ」


 あぁ、でも、その前に――


 ケイジとガララ、どちらともなく、そんな前置きをした。

 教団員に銃弾を任せたまま、ケイジとガララは神父に向き直る。

 ガララは中指をおったてた。

 ケイジは親指を下に向けた。


くたばれ糞が(ファックオフ)


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[一言] とりあえず先にこのクソ神父ヤッてから鎮圧しようよ
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