聖女
崩れて、落ちた。
細くは無いが、太くも無い。右腕と言う限られたスペースに六発を入れているのだ。強度を確保したらどうしたってそれで十分となってしまう。そんな杭はケイジの体重を暴力に変えた。腹に減り込んだ。地味にいてぇ。泣きそうだ。まぁ、逆側を担当させられたタカハシはもう泣くことも出来ないので、ソレと比べれば、良いかと言う気分になる。
気分には為るが、ピンチだ。
杭に寄りかかる様にして倒れるのを防ぐ。
ケイジの足には既に感覚が無い。
肉が捲れていた。骨が見えていた。向こう側が見えていた。おびただしく流れる血でも穴が塞がることなく、はっきりとした孔が開いていた。上手い具合に中心を抜いてくれたから両側で繋がっているが、足はこれでは使い物にはならない。
それでも痛みは無い。
ポーションでは間に合わないと判断して使ったのは痛覚遮断。神官が、アンナが居なくなって直ぐにケイジが覚えたレシピだ。右腕の切断や、今回の様な致命的な一撃に対する部分麻酔。ただし、万人向けではなく、個々人に向けて調整することで凶悪さを増しているレシピだ。
効果はあった。
狙い通りだ。
最後の一歩はコレでなければ踏めなかった。だからケイジの判断は正しい。タカハシに勝つ為には正しい。だが、今。この瞬間に限ってしまえば悪手だ。先が無い。タカハシが倒れたことでダメージが通る様になった。それならば銃口が向く。道理だ。道理だが、クソだ。
――あぁ、これ、少し拙……
縋る鉄杭に身を隠す。隠せない。困ったな。そんな感想。ガララが来た。
衝撃と共に抱え上げられる。銃口が向くよりも先に読んでいてくれたのだろう。肩に担ぐ俗に言うお米様だっこで運ばれる。ガララの黒いマントに銃弾が突き刺さる。防弾仕様ではあるが衝撃は殺せないし、そもそも力の乗った弾丸を止められるのは呪印のガードだけだ。数発は受け切った。数発分の孔が開いた。
それでも肉体的に強いリザードマンは走り続け、一応の味方――教団側のカバーに隠れた。
「ケイジ、ポーション」
「おう」
言って、背中に刺してやる。
「そうでは無くて!」
怒られた。だが――
「無理だぜ、ガララ。完全にゃ塞がらねぇ。999コースだ」
宇宙の彼方に行く必要はねぇんだから、まだ楽だ、とケイジが笑う。
痛覚遮断で痛みは無い。だから大丈夫だ。カバーに隠れて居れば、まぁ、死なずに済む。多分。その可能性を増やす為に行ってくれ、ケイジは余ったグレネードを手渡し、裏拳で体重を預けるカバーを叩いた。ハンドシグナル。だから行け。そういうことだ。
「右腕に続いて、だね……」
「ヤァ、秘跡がねぇんだ。こうなったら諦めるしかねぇよ」
その為の痛覚遮断だ、と肩を竦めてケイジ。痛みが無いのだ。痛くないのだ。だから、まぁ、良い。ベストのポケットから取り出したダクトテープで足の付け根をぐるぐると縛り上げる。血を止め、足を捨てる。ケイジはその判断をした。
それでもポーションは未だ使わない。
ケイジ達は秘跡を使えないが、当然、ここに居る神官なら余程の変わり者でなければ使える。落ち着いた後、金貨を払えば可能性はある。その時にポーションで半端な治療をしていたら拙いからだ。
「……直ぐに終わらせてくる」
左手にSMG。右手に三本の針を持って、ガララ。
声が硬い。目が真剣だ。それを見てケイジは軽く、笑ってみせた。
「……ヘーイ、良くねぇ、良くねぇぜ、ガララ。そのテンションは控え目に言って――ヤァ、良くねぇよ。クールになれや、それがテメェの強みで、盗賊の強みだろ?」
「そうだね、ごめん」
「オーケイ、さっさと行きな、冷血野郎。レサトが来たらSG貰って援護に入っちまうぜ」
「出番は無いよ」
「そう願ってるさ」
ナマケモノだからな、と笑うケイジ。目を細めてガララがソレに返し、煙幕を焚く。そしてその煙の中に消えて行った。
無音殺人術。煙の中から悲鳴が上がる。ソレはエルフのモノかもしれない。ソレはダークエルフのモノかもしれない。それはただ、単に巻き込まれた奴等のモノかもしれない。
同士討ちの可能性もある。ちゃんと敵を殺している可能性が一番高い。だが、多分、ガララが本気を出した。
速攻で終わらせる為に、自分以外を殺すことにしたのだろう。
シンプル・イズ・ベスト。
確かにそうだ。だが、その答えをあっさり選べるガララはやっぱりケイジの相棒で、それを悪路場の開拓者にやれてしまう当たりもケイジの相棒だった。
出番はねぇな、そう溜息を吐くケイジ。
「よぉ、兄ちゃん、しんどそうだな?」
と、タカハシの呪文の種明かしをしてくれた酒盛りドワーフが声を掛けて来た。
「まぁな、泣きそうだ。神官居ねぇ?」
金なら払うぜ、とケイジ。
「おるし、金も要らんよ、ただなぁ――」
「潰れてる?」
「いんや、ちぃと旅に出てる」
「……」
アル中ではなく、薬中らしい。指を差された先には白い煙を吐き出してケタケタ笑うドワーフが居た。アレは駄目だ。使いモノにならない。
「ちゃんぽんは止めとけって言っとるんだがなぁー」
「……ヤァ、クソ見てぇなオトモダチを持ってて羨ましいぜ」
一瞬の希望があっさり絶望に切り替わる。この会話を聞いて居てもケイジ達と関りたくないのか、神官が名乗り出てくれない辺りが本職の神官と開拓者の神官の差だろう。
「ま、大丈夫だろ」
「……」
軽い口調でドワーフ。目ん玉腐ってんの? とケイジが中指おったてる。ドワーフは酒盛りに戻る前に「ほれ」と指差してケイジの視線を誘導した。「?」。なんだ? そう思って視線をずらしてみれば、カバーを伝ってこちらにやって来るローブが見えた。銀色のネックレスが見える。見えるし、心配そうに駆け寄ってくる様を見れば――
「ヨォ、家出娘。元気だったかよ?」
「そう言うの良いからっ! 大丈夫、ケイジくん!」
案の定、リコだった。燃えカスは好きだが、血はそこまで好きではないので、慌てている。
「リコ様、なりません! 何処とも知れぬ者で――」
「わたしの知り合い! 治して!」
喰って掛かる様に言うリコ。言われた護衛は、リコを見て、ケイジを見て、ふっ、と鼻で笑った。
「良いではないですか、所詮は人間です。それに命に問題も無さそうですし」
「――」
リコから表情が消えた。
内弁慶と言う奴だろうか? リコは随分と教団内ではイイコにしていたらしい。護衛騎士はリコのその表情を見ても、逃げることなく。別のカバーへ誘導しようとしている。
リコが懐から素早く試験管を取り出した。叩きつける。中に入っていた粘性の高い液体が護衛騎士の兜に付く。「……」。少しだけ、リコが手を引く。呆気にとられる護衛騎士。「――あはっ」。リコが嗤う。楽し気に笑う。これから自分がすることに、嗤う。
機工手甲を通さないでの火炎放射は飛ばない。それでも手の先にあるモノに火を点けるのには十分だった。
「ッア、アァアァァァアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――」
叫び声。口から入った火が喉を焼き、肺を焼き、直ぐに無音になった。転がる護衛騎士。動けないケイジの方に転がって来そうだったソレをリコが蹴り飛ばす。恍惚とした表情。艶っぽくて、色っぽい。子供の様に無邪気で、魔性を孕む妖艶さでリコが嗤う。
転がる護衛騎士を助けようと教団の神官がこっちのカバーに駆け寄って来た。
「先にケイジくんを治して」
笑顔でリコ。
「え?」
どう見ても重症なのは護衛騎士だ。ついでにその神官の仲間は護衛騎士だ。だからそんな声が漏れてしまったのだろう。
「さ、はやくしよっか?」
ね? と戸惑う神官に笑顔でリコ。
「……」
秘跡。半分諦めていたケイジの足が治る。それでも深い傷だ。直ぐには治らない。時間が掛かる。その間に護衛騎士は動かなくなった。だがリコはソレを気にしない。
「助けてくれてありがとう、ケイジくん」
久しぶりだね。
リコは見覚えのある笑顔でケイジにそう言った。
イイコのリコしか知らない教団の皆さんが、恐れる様に、それでも敬う様な目でリコを見ている。
場が静かになる。
静かにさせたガララが血塗れで煙から出てくるが、予想外のリコに固まる。
今更やって来たレサトが場の空気に不思議そうに左右を見渡した後、リコを見つけて、ひさしぶり! と鋏を掲げた。その音がやけに大きく響いた。
Q.喧嘩している人たちがいます。どうしたら喧嘩を止めさせることが出来ますか?
A.両方殺せば止まるよ
Q.貴女のお付きの騎士が言うことを聞きません。さて、貴女はどうしますか?
A.燃やしちゃう!
ゆかいななかま。