トルカ
ダークライトで浮かびあがったのは、糸にしがみつく髑髏だった。コレが今年の地下へのパスらしい。先日、レサトが駄々をこねたので資源回収では無く、共同墓地に入れてやったモミジと出会った思い出の場所でもある地下街は相も変わらず負け犬どもが集まっていた。
以前来た時よりも随分と名前と顔は売れた。
ケイジとガララを見て絡もうとしてくる奴は居ない。それどころか、道が開く様な有様だ。歩きやすいっちゃ歩きやすいが……
「つまんねぇな」
SGで肩をトントンと叩きながらケイジ。
「ちゃんと絡まれることは無いって言ったでしょ?」
さっさと銃をしまったら? とガララ。
「折角新メンバーのスカウトに来たっつーのに……」
「……もしかして、それで態々ここを集合場所にしたの?」
「験を担ぐタイプでね。モミジの様な素敵な脳ミソとの素敵な出会いを期待したんだよ」
だと言うのにこのままじゃTシャツ代を無駄にしてお終いだ。勘弁して欲しいぜ。嫌そうにそんなことを言うケイジを見て、ガララがそれ以上に嫌そうに溜息を吐く。
「ケイジ、無駄遣いは止めてよ」
「無駄だと思ったら、無駄になんだよ。有効だと思ってる限りは大丈夫だ」
「それじゃガララが教えてあげるよ。ソレ、無駄」
「……」
言い返せないので、ファック、と中指を立てて見る。ファックオフと同じ様にハンドサインを返された。
そうこうしている内に目的地に着いた。地下街に幾つかある旧時代の店舗スペースを再利用した飲食店だ。用途に合わせてか、この場所ではそれなりの値段がするが、個室が二つだけと言う小さな店は壁が厚く、自前でジャミング装置も設置していることもあり内緒話にはもってこい! と言うのが売りだ。
「また大した話もしないのに、こんなお店を選んで……」
店前の植木の葉っぱの裏から録音式の盗聴器を外して、指先で潰しながらガララ。
盗聴対策はされている。つまりは、ここの利用者は内緒話をする。それならば……と考える連中は幾らでも居るのだ。
部屋代の分、高価な癖に、料理はそれなり。そして売りである内緒話にはそこまで適していない。それがこの店の実情だった。
案内された部屋には既に仕事相手が来ていた。
リザードマンが居た。ガララが赤錆の様な色であるのに対し、相手は赤は赤でも太陽とヤシの木が似合いそうな明るい赤色をした鱗を持って居る。
トルカ。
以前、この地下街を歩く際に雇った情報屋だ。
「オメデトウ」
ややカタコト気味にトルカがそう言って席に付いたケイジとガララの前にグラスを置いた。
「クソ情報で驚かないで。ここに来たのはトルカへのテストなんでしょう? トルカは情報屋だから知っているよ」
「良いね、期待出来そう」
すー、とリザードマンが二人、目を細めている。
笑っていることは分かるが、どうにも静かすぎてそうと認識しづらい絵面だった。
「……」
と、言うか何だかこの二人は仲が悪い様な気がする。何でだ? そう思う。知るかよ。それが結論だ。適当にアルコールを入れてぷわぷわさせてしまいたい所だが、多少は頭を使わないけない作業だ。この空気、どうにかなんねぇかなぁー、と思いながらケイジは卵焼きと揚げ出し豆腐を頼んでみた。柔らかいモノを食べれば多少は空気も柔らかくなるだろう。
「そんで、情報屋? どの程度こっちの状況を掴んでる?」
「アナタ達は表ギルドよりの情報屋を使ってたせいで、色々と玩具にされている」
「……」
そうだったの? そんな目線をガララが寄越してくるが、ケイジの回答は『知らねぇよ』だ。情報屋に表よりとか裏よりとかがあること自体、初耳だ。
――代金払やぁ客として扱うもんだと思ってたんだがなぁ。
どうやらそうでは無いらしい。
利権。めんどくさい。縄張り。ファック。
この辺り、まだまだケイジは青い。キティやルイならこう言うミスはしなかっただろう。
「もしかして、アレか? 俺が頼んどいて手に入ってねぇ情報とかも……」
「獅子の心臓だね。クソ情報とまでは行かないけど、結構安いよ」
「――ヤァ。ガララ、どうしたら良い? 泣きそうだ」
「慰めたくないから泣かないで」
冷たい。流石は冷血野郎のリザードマンだ。
「オーク領の遺跡から良く発掘される。でも、あの装置はオークにも使えるから――」
「?」
「……」
「……へーぃ、どうして黙るんですかね?」
めっちゃいいとこだった。聞く体勢を造っていたケイジは中々出てこない次の言葉を早く出せと、机を叩いた。
それを真似する様にトルカが空いた自分の皿を叩く。「……」。無言でケイジは卵焼きを一切れ、そこに乗せた。ガララがそこに大根おろしと醤油、それと七味をかけた。
「――」
一口。と、言ってもリザードマンの一口だ。呑み込まれる様に卵焼きが消えて行った。
「オークの正規軍人からの方が良く取れるよ」
「血液感染とかしねぇの?」
取って、付けたら――豚コレラ。
そんなオチはケイジとしては勘弁して欲しい。
「? もしかして、現物を知らない?」
「……ガララぁ、ちょっと前使ってた情報屋に『お礼』をした方が良い気がしてきたぜ」
「一応、女の子だし、やめてあげたら?」
「いーや、駄目だね。客取らせてやる。何なら客引き位なら俺がやってやる」
あのツインテロリエルフに豚見てぇな親父を引っ張ってってやる、とケイジ。
「調子に乗っているのは確かだけれども――」やれやれ。溜息を吐きながら写真を数枚、トルカが取り出す。「この界隈ではアイドルで通ってるからヤメテあげて」
「フェミ気取ってモテる様な街でもねぇだろうに、良くやるもんだな。クソ紳士のクソ蜥蜴共が。俺にはねぇ種類の優しさだよ」
感心するぜ、と言いながら写真を手に取る。小さな機械が付いた心臓が見えた。
「骨髄注射と合わせて使うんだ。ソレの主な用途はビーコン」
「……生体ナノマシン系の技術っー訳か」
一応、一通り以上の教育は母親に施された。だが、母親自体が疎かったのだろう。ロステクの中でもソッチ系統はさっぱりだ。名前くらいしかケイジは知らない。知らないが、分かることもある。奪っても骨髄に打つ用のモンがねぇと使えねぇな。
「注射液の方は再現できているよ。それと、最近の情報だと――」
「……」
電池が切れた様にとまるトルカ。仕方がないので、焼き鳥を置いてやる。動かない。もう一本。まだ。「ケイジ」。ガララに肩を叩かれる。溜息を吐き出し、二本の焼き鳥を回収して、一気に口の中に納めた。
「――あのロリにゃ手は出さねぇ。見逃す」
「最近の情報だと、心臓に付ける方もオークが技術再現で自分達で造りだしてる」
「性能」
「故障が多い。紅蓮って知ってる?」
「ヤァ、勿論。最強パーティのイカした奴等さ」
「そこの二軍騎士といい勝負してたオークが倒れたと思ったら、心臓が溶けてた」
「……ケイジ、海賊版は止めておいたら?」
「あぁ、ぜってぇ使わねぇよ」
豚コレラもごめんだが、発火する心臓とかも勘弁して欲しい。
「っーかよ、こっち側での生産はねぇの?」
「サンプルが少ない。出回ってるのは、オーク領だ。こっち側のは――」
「大抵が使用中、だろ? 賞金首で該当する奴とかいねぇ?」
「流石に料金が発生するよ」
「契約するかどーかの最終テスト……って言ったらどうだい?」
「……」
無言でトルカが封筒を投げて寄越した。中を見る。リストだった。コレが持って居て、殺して良い奴。そう言うことだろう。金額が大物ばかりだ。ヴァッヘンには居ない、ラスターなら居るかもしれない。だが、大物過ぎて、居場所を探ることすら難しそうだ。「……」。まぁ、良い。ケイジの運が良ければ、そして相手の運が悪ければ出会うこともある、位の話だろう。
「トルカ」
言って、ケイジが金貨を弾く。
契約料としては破格だ。それはケイジも理解している。だが――
「兄貴、そろそろ呪印がやべぇんだろ? ソレで彫り切ってやんな」
このタイミングなら金貨一枚以上の価値があることを知っている。
「情報屋が情報を握られてるとはね……」
困ったような笑顔を浮かべながらも、感謝をする様に目を瞑るトルカ。そんな彼を見て、揚げ出し豆腐を齧るケイジ。そして――
「ナクルから聞いた」
なにやら喧嘩腰にガララ。
「……」
ケイジはちょっと、えー、となった。