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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼が好きなあの人が好きな貴女が好き

作者: ムーン

私の親友は、クラスでも評判の美少女。

俗にいう「ゆるふわ系」で、同じ学年だけでなく、三年生からも一年生からも人気が高い。今月に入って何人の男が彼女に言い寄っては撃沈していったか、もう数えるのも億劫だ。

そんな私の親友──カオリは下駄箱の前で待っていた私を見つけて、走ってくる。


「ミキちゃーん、ごめんね、待ったぁ? センセーにプリンと運ばされちゃって……あっ、ねぇねぇ! 帰りに駅前のカフェ寄っていーい?」


きゅっと腕に抱きついて、上目遣い。天然なのか計算なのか、モテる理由は見た目だけではない。


「……店員さんが目当て?」


「そう! あの金髪のおねーさん! すっごくタイプなの……見た目も、声も、話し方も、何もかも!」


「分かった分かった」


想い人への愛を語る姿は輝いている。

人は恋をすると綺麗になると言うけれど、あれはきっと本当だ。

けれど私は知っている、その店員のお姉さんに彼氏がいることを。

女の子には興味がなくて、彼女の恋は叶わないということを。

どうせすぐ知ることになるだろうし、その前に恋から覚めるかもしれないし、私が今傷つける必要はない。

だから私はそのことを伝えない。



そして、件のカフェ。私達は窓際の席に案内された。


「おねーさーん! また来ましたー! えっと、ケーキセット!」


カオリは太陽の光を受けて輝きながら想い人へとびきりの笑顔を向ける。私はあの顔を正面から見たことがない。


「……コーヒー」


私は太陽の光に目つきを悪くして、ぼそと呟く。


「かしこまりました」


「おねーさん!」


「……いっつも言ってるけど、アタシ仕事中、見りゃ分かんだろ? ほわほわ遊んでるだけの学生に構ってる暇ないんだよ」


店員は声を低くして、嫉妬を混ぜた迷惑そうな目で私達を睨む。

クレームでも入れてやろうかな、なんて思ったことは一度ではないけれど──


「…………ふへへぇ」


それが好き、らしい。

金髪で、ピアスを耳以外のところにもいっぱい空けていて、口が悪くて、シルバーアクセサリーが似合って、ちょっと暴力的。

私の親友が好きなのはそんな女。

私はそんな女は嫌い、大っ嫌い。


「おねーさん格好いいよぉ……」


「ほんと、イイ趣味してる」


「あぁ……抱かれたい」


「……っ、あのねぇ、外でそんなこと言うんじゃないの」


潤んだ瞳に紅潮した頬、ぽーっとしたその顔を学校の男子に見せたなら、八割──いや九割は襲いかかってくるだろう。

あぁいや、学校に限定したのは間違いか。

隣の席に座った男がチラチラとこちらを見ている。

会話は聞こえていないとは思うけれど、一応声を小さくするように伝える。


「あっ……えへへ、ごめんごめん。つい」


店員に向けたものとは違う、照れた顔。


「いつ告白しようかなぁ……いつがいいと思う?」


「やめておけば」


「……どうして?」


「フラれたらまた泣くんでしょ、私に深夜に電話かけて、朝まで愚痴言うんでしょ。テスト近いし夜はゆっくり寝たいの」


「フラれるって決めつけないでよ」


仕方ない、知っているから。

店員のお姉さんは男と付き合っている。そう、隣の席に座っている──軽薄そうなホスト風の男と。

今だって注文を聞いているあの女の顔は弛んでいる。見れば分かる。でもカオリは気が付かない。


「そりゃ……女の子好きな女の子は少ないけど」


「それもカオリみたいな美人、嫉妬はしても好きにはならない」


「……ミキちゃんも、嫉妬……する?」


カオリは不安そうに首を傾げる。小動物みたいな可愛さだ。

親友が自分を嫌うかもしれない、なんて考えたらそんな顔になるのか。新しい表情を知れて嬉しい。


「私はしない」


「どうして?」


「貴女は可愛いから好きな人が盗られちゃうーって女は嫉妬するの。でも私の恋のライバルは貴女じゃないもの、だから嫉妬しない」


「……ふぅん。ミキちゃんは誰が好きなの?」


先程までの暗い顔はどこへやら、目を輝かせて前のめりになる。

そこらの女子高生と変わらず、彼女も恋バナが好きなのだ。

私は嫌いだけれど。


「ひみつ」


「えー! 私はずっと言ってるのにぃー、いいじゃん教えてよ。親友でしょ? 誰にも言わないから!」


「貴女が勝手に相談してくるだけでしょ、私は聞いた覚えはないし、絶対に教えない」


「けぇーちぃー!」


ぷうっと頬を膨らませて、不満を表す。

彼女が本気で怒っていないけれど気に入らない時にする顔だ。

本人の思惑とは違って微笑ましいだけ。


「……ねぇ、君」


視線の端、テーブルの端に男の手が置かれる。

私はこんな手は嫌い。

こんな太い指、繋いだら指の間が裂けてしまう。

こんな大きな手、抑えられたら動けない。

こんな骨ばった手、硬そうで乱暴そうで気持ち悪くて──大っ嫌い。


「君さ、名前は?」


「カオリですけど……」


何故か移動してきた隣に座っていた男に、カオリは不思議そうなまん丸の目を向ける。

あぁダメだ、そんな顔。男の欲を煽るだけだ。


「カオリちゃん、可愛い名前だね、君にぴったり」


「はぁ……どうも」


ダイゴロウと名乗っても同じ台詞をその薄汚い口から吐くのだろう。

男はその筋張った手をカオリの小さくて柔らかい可愛い手に重ねる。


「後でさ、俺と二人で遊ばない?」


「え……嫌です」


「ちょっと、カオリに触らないでくださいよ。警察呼びますよ」


男は私を見て舌打ちをする。

私がいなければカオリを無理矢理連れて行っていただろう、乱暴に下品に欲望のままに、カオリを凌辱しただろう。


「うるせぇよブス」


「ブスはうるさいんです、騒がないと見向きもされませんからね」


別に私はブスではない、カオリほどではないけれど、整ってはいる。

けれど大半の男の好みではないだろう。女の子らしくない、という言葉がぴったり。

髪は鬱陶しいからと肩にも触れさせない、表情はほとんど顔に出ない、カオリに近づく輩を睨む為に目つきも悪い。


「ミキちゃんはブスじゃないもん!」


「うわっ、あぁいや、その……君は」


「ミキちゃんは格好いいもん! 謝って! ミキちゃんに謝れ!」


カオリは男の手を払って、立ち上がって男に詰め寄る。


「落ち着いてよカオリ」


「だって……」


「……いやぁごめんごめん、カオリちゃんって友達思いのいい子なんだねぇ。えっと、ミキちゃん? もよく見りゃ可愛いしさぁ、ちょっと注意されて腹立っちゃっただけなんだよ、悪かったって」


男はヘラヘラと笑顔を作って、適当な謝罪と乱雑な褒め言葉を並べた。

カオリは一応怒りを収め、席に戻る。


「なんなら三人で遊ぼうよ、俺も友達呼ぶから……四人かな」


男はまだ食い下がる、それほどカオリを逃したくないのだろう。


「お友達ってブス好きなんですか? びーせんってヤツでしたっけ」


「い、いやいや……」


仲間内で輪姦? それとも私を撒いてカオリを強姦?

それは流石にカオリの前では言えない、カオリにそんな汚い言葉を聞かせる訳にはいかない。


「とにかく、カオリちゃん。俺と遊ぼ?」


ラブホで、いや路地裏で、いや公園で、いやいや廃墟で……なんて続けてやりたい。


「ちょっと何してんの!?」


「……やべっ」


カオリの想い人がやって来た、心の中でナイスタイミングと賞賛を送る。そのまま男を殴ってくれないかな、顔が歪むまで。

男は性懲りもなくカオリの手を握った直後だった。

何番目かも知らない交際相手にとっては、それは浮気に見えただろう。実際そうだ、ナンパだ、さぁやれ喧嘩しろナイフで刺せ。


「いやーその、べ、別にナンパとかじゃなくてぇ」


「……っんの!」


パァン! と店内に響き渡るビンタの音。男は通路側に倒れ込む。

よし、そこでマウントだ、殴れ殴れ、グーでいけ。


「お、おねーさん……」


カオリは怯えながらも見蕩れていた。

暴力的な女が好きだなんて、本当に理解出来ない趣味だ。


「……ホント、男って馬鹿だと思わない? アンタみたいな脳みそ空っぽの女に騙されるんだから!」


「……おねーさん?」


「おねーさん? じゃねぇーよこのクソビッチ! んだそれ、計算か!? 計算なのか!? あぁムカつく、アンタみたいな女が一番嫌い!」


私の期待とは正反対に、店員の怒りの矛先はカオリに向いた。

女の敵は女とはよく言ったものだ……なんて言ってる場合じゃない。


「やめてください、彼氏さんの方から声掛けてきたんですよ?」


「はぁ!? どーせその女が誘惑したに決まってる!」


カオリは放心している。

想い人に彼氏がいて、その上誘惑したと難癖をつけられて罵倒されては当然の事だろう。

さて、どうなだめるか……男はもう逃げてしまったし、他の店員を呼ぶのが手っ取り早いか。

私がそんな事を考えている間に、女はカオリの髪を掴んで顔を殴った。


「なっ……何してんのよこのクソ女!」


私は女を無理矢理引き剥がす。

ぶちぶちとカオリの髪がちぎれて、カオリは痛いと泣き出した。


「邪魔してんじゃねぇよ! どけ!」


「絶対嫌、死んでも嫌、これ以上カオリに手は出させない」


「だったらアンタから……」


私に殴りかかろうとしたところで、女は騒ぎを聞き付けた店員に羽交い締めにされた。

この後店長でも出てきて、私達に謝罪でもするだろう。そんな面倒な時間は過ごしたくない。

私はカオリの手を引いて、さっさと店を出た。

まだ注文したものは来てもいなかったから、食い逃げにもならないだろう。



カフェを出て、少し歩いて、公園のベンチに座る。

空は真っ赤に染まっていて、黒い点々──カラスが飛んでいた。少しずつ小さくなっていくその群れを眺めて、落ち着いたカオリを置いて自販機に向かう。

私はコーヒーを、カオリにはジュースを。


「……ありがと」


「ん」


「……お金」


「いらない」


カオリは俯いたまま、ジュースを手に持ったまま、肩を震わせて泣き出した。


「カオリ? どうしたの、痛いの? 病院行く?」


頭を横に振る。


「おねえっ……さん、私のこと、嫌いってぇ…………私、なんにもしてないのに……私、私っ」


「カオリ……」


ポロポロの零れていく涙は真っ赤な太陽の光を反射して、美しい赤で私を魅了する。

なんて、可愛い泣き顔をするんだろう。

殴られて腫れていたって、その美しさも可愛さも、少しも翳らない。

私がカオリに見蕩れていると、私の胸にぼすんと頭が押し付けられる。


「ごめん……少しだけ、少しだけでいいからぁっ……」


「いくらでもいいから、ゆっくり泣いて?」


肩を抱いて、頭を撫でて、カオリをゆっくりと慰める。

あの可愛らしい泣き顔が見られないのは残念だけれど、それ以上の喜びがあった、カオリに抱きつかれるという、カオリを抱きしめられるという、最高の喜びが。


「……ねぇ、カオリ、知ってる? 好みのタイプの人と付き合ったって、あんまり上手くいかないらしいよ」


そして、口からでまかせを並べ立てる。


「カオリの好みって、ほら、乱暴そうな人でしょ? 付き合ったってきっと……今日みたいに殴られちゃう、そんなの嫌でしょ? カオリ、痛いの嫌いよね」


子供に言って聞かせるように、カオリの恋の芽を摘む。

そうしているうちに日は沈んで、公園は夜の帳に包まれる。

この公園には街灯が少なくて、ようやく顔を上げてくれたカオリの顔もよく見えない。


「……庇ってくれて嬉しかった」


「え? あ、あぁ……でも、カオリが痛い目に合う前に止められなかったから意味無いよ。ごめんなさい」


「…………ミキちゃん、格好良かった。ううん、ずっと格好いい」


「あ、ありがとう……」


そういえば私がブスと言われた時も、格好いいと言っていた。

そりゃ私には可愛いは似合わないけれど、格好いいと言われるのも少し違う。


「ねぇミキちゃん、好みの人と付き合って上手くいかないなら、どんな人と付き合えば上手くいくの?」


「え? そ、そうね……一緒にいて楽しい人かな?」


適当に言った嘘を突っつかれても困る。

カオリがまたあんな女を好きにならないように、と思っただけだから、誰となら幸せになれるかなんて考えていなかった。


「そっかぁ、友達みたいな恋人って長続きするっていうもんね」


「そう……かな?」


カオリは今どんな表情をしているのだろう。

太陽はどうしてもう少し長く空にいてくれなかったのだろう。


「と、とにかく! 優しい人じゃないとダメ。カオリはそんなに強くないんだから、守ってくれるような人じゃないと」


「……騎士様みたいな人?」


「騎士でも王子でも王女でも小人でも魔法使いでもなんでもいいけど」


白馬に乗った王子様に憧れる子は多い。カオリの場合は王女様かな。


「まぁ、さっさと忘れた方がいいよ。あんな女」


「うん、もう次の恋しちゃった」


もう!? いつ、どこで、そんな暇あった!?

また私の知らない間に、また変な女に引っかかって──


「ミキちゃん、騎士様みたい」


「……へ?」


「格好良くて、私を守ってくれて、私のこと考えてくれて、一緒にいると楽しくて……どうして、今まで気づかなかったんだろ」


カオリの腕が私の頭の後ろに回る。

カオリの細い指が私の顎を押し下げる。

微かな街灯に可愛らしい上目遣いが見えた気がした。

いつものとは違う──私がいつも正面から見られなかった顔がここにある気がする。


「ねぇ……いい?」


何が、なんて聞けなくて、私は黙って頷く。

ゆっくりとカオリの顔が近づいて──唇に柔らかいものが触れて、私の頭はもう回らなくて、何が起こっているのかよく分からなくて。


「えへへー、ミキちゃん今から私の彼女!」


「……え、ぁ……か、かおり……?」


「あらためてよろ……え、嫌?」


「い、嫌じゃない嫌じゃない!」


きゅっと抱きしめられて、抱きしめていて、自分の鼓動がうるさいくらいに鳴っていて、いろんな考えがぐるぐる混ざるけれど、たった一つ確かな私の気持ちを叫んだ。


「私、貴女のことが大好き!」


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