099: 性懲りもなく来たあの貴族④
私の腕に矢が刺さった――と理解するまでに、どのくらい時間がかかったのかわからない。
そんなことを考えている余裕なんてなかったし、そのあとすぐに周囲に砂ぼこりが舞ったかのように視界が悪くなったからだ。
私は二撃目が来るかもしれないと、よく回らない思考のまま、頭上に障壁を張る。念のため正面にも。しかし、思ったよりも面積が小さくなってしまった。でも……、もう一度張る余裕はなかった。
周りはごちゃごちゃと煩いけど、そんなことを気にしている場合ではない。
「っ……ぐ」
早く治さなくちゃ……。
「〝きゅあ゛〟……!」
……、…………。…………え。
…………?
ちっとも回復しない……。何で……?
そうか、矢だ。矢が治癒の邪魔をしているんだ。
雑菌なら治癒魔法で取り除けるけど、この異物は大きいし、矢が貫通しているのだから矢じりや矢羽根が邪魔をする……。
ということはまず、この矢を、取り除かなければ……!
…………取り除くのか……。
ということは、ぬ、抜くということで……。
――いや。
ここは躊躇しては、いけない……と思う。――恐る恐る矢羽根側の矢を掴む。
「ぐっ……く……!?」
ちょっと掴んだだけで、ビリッとバリッと痛い!!
触りたくない!
…………。
そ、そうだ。その前に何か優先事項はないだろうか。
私が今、考えるのは、この矢を射られた経緯だ。……いや、それは今考えることじゃない。マーサちゃんの言っていた例の男が、矢を放ったのか。……いや! そうではない。『探索』でどこから誰が攻撃してきたのか確かめよう。…………。『探索』がうまく働かない。周りの砂ぼこりのようにひどくごちゃごちゃする……。
……この腕だ、やっぱりこの腕を先に治さなければ……!
いた、い……。痛くなってきた、いや、元から痛いのだ。
こ、ここは女は度胸! ばっと掴んで、ぐっと引っこ抜き、さっと回復する。
この流れだ、――この流れでいこう。
矢を抜こうと、もう一度手を前に出す。
射られたほうは右の前腕だ。だから右腕を前方に持ち上げて……。……ぐっ……この時点で痛いのだけど……! ちょっと動かしただけで痛いのだけど……! 腕をすこーしひねっただけで痛いのだけど!
左手を右腕の矢のほうにもう一度近づける。
一気だ、一気に引っこ抜くんだ。そのあとさっと治癒魔法だ……。
行くぞ。抜くぞ。や、やるぞ。――せーーのっ!
「ぐっ!! ……ぬぬっ!?!?!? …………っぐぅ……」
がくっと膝の力が抜けた。
そのまま突っ伏す。地面に寝転がる。周りがぼやぼや見える。
……泣いてない。痛すぎて目から水が出ているだけだ。
もちろん腕から矢は抜けていない。抜けないどころか、ちょっと――ほんの爪の先ほども抜けたかわからないくらいで、もう無理だった……。
無理! 私には抜けない! だ、誰か、この矢を、……抜いてくださ……い!
「シャーロットさん、大変! 動かないほうがいいですよ」
……この声は院長さんだろうか。視界が少しずつ晴れてきて、近くにいた院長さんが地面に転がっている私の様子に気づいたようだ。
院長さん、これ、抜いてください。
「……シャーロットさ~ん、そこにいるっすか……あっ!」
痛くて、声がしたほうに顔を向けられないんだけど、この声はコトちゃんでは?
いいところに……。院長さんよりも、ダンジョンで大暴れしたコトちゃんのほうが抜けるはず……。
「ぐ、……ぬ……」
コトちゃんを呼ぼうとしたのになかなか声が出ない。
「え……うぎゃーー!! シャーロットさん! た、たいへ……! 治癒魔法使いの人~! いませんか!?」
コトちゃん、私が使えるんだ。だから――。
「コ、ト……ぬ、い、て……」
「えっ、この矢を、ぬ、ぬぬぬ! 抜くっすか!? わかったっす…………いや! やっぱり無理っす~!!」
コトちゃんは私の傍にしゃがみ込んで両手で矢を掴もうとするも、急に立ち上がり両手を広げて離れてしまう。
矢が少し刺さっただけだと思ったら、よく見ると矢が貫通していたから、抜くことを拒否したようだ。
「いい、……か、ら。抜……」
いいから抜いて~! と言いたいのに痛くて口が回らない。コトちゃんはただオロオロしている。
「マーサ!」
と、そこにルイくんがやってきた。――そういえばマーサちゃんが「おにいちゃ~ん、大変だよ!」とか叫んでいたような……。
「マーサ……え、シャーロット大丈夫!? ……よしっ、コトねえちゃんどいて!」
ん? ルイくんが抜いてくれるんだね! ありがと…………ん!?
ルイくんが矢を抜いてくれると思ったら、なんと、私が貸していた剣を構え出したのだ。
そしてその剣の切っ先を頭上に上げた。視界がぼやけている私でも、キラリと光ったのが見える。
え、なぜ? どういうこと!?
ルイくん! 剣を構えてどうしちゃったの!? ま、まさか! 私の腕ごと切ろうというの?!?!
や、やめて~~!
――ヒュッ!
風を切るような音がして、スパッと切れた。
私の腕……ではなく、刺さっていた矢の棒の部分(何て名称だったかは痛くて忘れた)が切られ、矢羽根側が切り離されて地面に落ちたのだ。
(……あ……そ、そりゃあそうだよね。私の腕を斬るわけないよね……)
それにしても、矢の棒部分を切ったとき痛くなかった。さっきはちょっと動かしただけで痛かったのに。本当に奇麗にすぱっと切ったものだ。ルイくんの腕もだけど、私が貸していた剣の切れ味もよかったに違いない。
(ルイくんにあの剣を貸しておいてよかった~)
――ルイくんから剣を返してもらえばよかった――とは、露ほども思ったことはないよ。うん。
「先生、コトねーちゃん、シャーロットをひっくり返して押さえておいて!」
あ、ルイくんが抜いてくれるんだね。……って、何で仰向けにされるの?
「――ん? ぐう……!」
「シャーロットさん! もうすぐっすよ!」
コトちゃんに、矢が刺さっている傷口の上部分を布で固く縛られた。たぶん失血の問題なんだろうけど、とにかく痛いし、これ以上考えられないから早く抜いてほしい……!
「よし! 抜くよ。せーのっ!」
ルイくんが声をかけると嫌な音がして、矢が抜けた。……けど、音を気にしている余裕なんてほぼなかった。
「ぐっ……! ぬぬっう、ぐぎゅぬぅぅ!!」
私は痛すぎてのたうち回ったつもりだったけど、コトちゃんが上に乗っかっていたのでほとんど動けなかった。歯を食いしばっていたからみっともなく叫ぶことがなかったのか幸いかな……。
「シャーロットさん! 治癒魔法を使える人呼んでくるっす」
「……コ、コトちゃ……、退いて……! わ、私が、自分で、治すから……!」
「え、はいっ……いや、でも難しいんじゃ……」
コトちゃんがもにゃもにゃと何か言っているけど、それよりも早く治してしまいたい。
「――“きゅあっ”」
左手を患部にかかげ、いつもの呪文を絞り出すように言って治癒魔法を使う。
「……ぐっ! んうぬぬぬ――!?」
「シャ、シャーロットさん。いくら治癒魔法が使えても、これじゃ自己治癒は無理っすよ……」
魔法は気が散ると精度が極端に低くなる。
コトちゃんが言う「自己治癒は無理」というのは、あまりにも自身の怪我がひどいと、治癒魔法を使っても治すまでにとにかく痛くて、中断せざるを得なくなるということだった。
先ほど矢を射られた直後に使った障壁魔法が小さかったのは、私の心の中が大きく乱れていたことによるものだ。その障壁ももう消えている。
転んで擦りむいたくらいなら問題ないけど、矢が貫通するくらいの怪我だと、治す際に痛みが生じる。
以前、建国祭のスタンピードでゲイルさんを治したときもそうだった。
しかし。しかし――!
(私のはゲイルさんよりずっと軽傷だ。ゲイルさんもがんばっていたのに、私ががんばれないでどうする!)
それに、私に矢を放った犯人に、この矢の残骸をお返ししなければ!
そう、ぶすっと刺してお返ししよう! ついでに障壁で挟んでやるのだ!
そうと決めたら、さっきより気合を入れて回復だ!
「“ぎゅあ~!!”」
私はそのまま治癒魔法を続けた。
(――痛い~~! ……っならば、とにかく早く治癒を完了させるんだ!)
コトちゃん、私の心配をするより周りを見張っていてね。
おまけ・次回予告
シャル「☆きゅあ☆」
――きらきら、しゃららら~ん♪
コト「シャーロットさんの治癒魔法が輝いてるっす!」
ワーシィ「……コトのキラキラ障壁で輝いてるなぁ」
シグナ「音もね」
コト「音響と視覚効果だよ~。ボクだけに来た指名依頼なんだ!(どやぁ!」
ワーシィ「そんなんより、次回は記念すべき100回ですって言わへんと!」
シグナ「次回のあとがきが長くてすみません!」
シャル「……!!!(必死に治し中」




